第8話 ちょっとした変化
就寝時間まで1時間を切り、夜も深くなり始めた時間帯。
寮から僅か10分程の近場にある公園で、風花が1人佇んでいた。腰にある刃具をなぞる様にして右手を置き、柄を握る。
「武刃具、抜刀」
起動コードを呟き、微量のライフエナジーを刃具に纏わせながら鞘からゆっくりと引き抜いた。
上段の構えを取り、反射で刀身に映り込む自身の姿をジッと見つめる。
そこに映る己の姿はいつもの浮かれた自分とは違い、試合の時に見せる真剣な表情の風花が居る。
深呼吸し、軽く刃具を振るう。
真っ向斬り、袈裟斬り、一文字斬り、と刀を扱うにあたっての基礎的な型で空を斬る。
一通り振り終えてから呼吸を整え、上段の構えに戻す。
「うーん……」
何か風花の中で気に入らなかったのか、構えを解き、呻き声を上げながら片手で刃具を遊び回す。
そのまま片手で2度3度振ってみたりとしたが、特に何も納得する事なくすぐさま止める。
次は刃具を掲げ、月明かりに照らしてみる。暗い夜の空から僅かに届く月の光が刀身を光らせている。
「違う」
やはり何が違っていた。
今度は指で軽く刃具を弾いて、響く金属音に耳を傾けてみた。
冷たく、硬いという感触しか伝わってこない。
「これも違う。どうやったら刃具の声なんて聴こえるの?」
風花がこれまであれこれ試していたのは、刃具の声を声を聴く為にやっていた行動。自分なりに考え、刃具と向き合ってみたが上手く行かなかった。
一度ライフエナジーの流れを切り、大の字になって芝生の上に寝転がる。
「意思が込められているって言うから、刃具の音が声として聞こえてくるんじゃないかって思ったのだけど、そういう意味じゃなかったのかな?」
どうすればいい? と思い耽りながらゴロゴロと転がり頭を悩ませる。
いっその事、舐めたりでもしてみるかと妙案まで浮かんだりとしたりしなかったり。
「ねえ、貴方の声を聞かせて刃具さーん」
すると、肌寒い夜風が風花の白い髪を靡かせた。砂も舞い上がり、それが目に入って咄嗟に瞳を瞑った。
「いったー!」
思わず刃具を落として目を掻く。同時に大切な刃具を落とした事に気付き、視界がままならないまま手探りで探す。
運がない、と嘆いているとまたも風が吹く。しかも今度のは少し強い。
その時だった。
風に紛れて聴覚が何か聞き慣れない音を拾った。
風花はゆっくりと立ち上がり、その音がした方へと足を運ばせる。
迷いのない足取り。まるで、そこへ導かれているみたいな、そんな感覚に。
4歩程歩いた所で風花は止まり、その場で膝をついた。手を伸ばし、地面に落ちているものを拾い上げた。
それはさっき思わず落としてしまった刃具だった。目が見えなくても、触った瞬間確信を得た。
同時に違和感もあった。
何故、どうしてこんなにも確証を得れたのか。愛用しているどころか、今日学園から借りた刃具なのにこうも手に馴染むのは。
それが逆に奇妙だった。
「ってて、そういえば目に砂が入ってたの忘れた。水道何処だったかな?」
一度その違和感は頭の隅にでも置いといて、目が痛いのをいつまででも我慢出来る訳もなく、公園に設置されているだろう水道を探す。
「わっ⁉︎」
気のせいだろうか。誰かに右腕を引っ張られている気がする。こんな夜更けに、自分以外にも公園に誰か居たのか疑問符が浮かび上がる。
それでも、こうして先導してくれるのはありがたい。
「誰だが知らないけどありがとー!」
引っ張られる感覚が急に無くなった。
もしかしてと思い、腰を引かせながら手探りしていると水道の蛇口らしきものが手に当たった。
捻り、水が流れ出る音がする。急いで目元を洗い流し、水浸しのまま顔を上げて急いで先導してくれた人にお礼を言う。
「ありが、と?」
目の前に居ると思っていた人物は、何処にも居なかった。
辺りを見渡す。
すぐ立ち去ったにしてもその背中どころか、影も誰か居た形跡すら見当たらない。
「おかしいな」
確かに誰かがそこに居た。それは事実。
風花はこの公園の蛇口の場所を把握していない。夜も相まって、視界にすら入っておらず。
記憶を辿って、自力で行くにしたって無理がある。
それに引っ張られた感覚は確かに今も尚残っている。刃具を持つ右腕がちゃんとそれを覚えている。
「……もしかしてだけど」
まさかな、と考える。その「まさか」というのが、刃具がここまで導いてくれたのかと。
「そんなねー」
でもそれが「本当」なら。
刃具の声を聞こうとして試行錯誤を繰り返していた直後、この奇妙な体験をした。この現象を「偶然」と捉えるか、それとも「必然」と捉えるべきか。
「さっきの感覚忘れないうちに!」
それを知る術として、もう一度同じ状況を作り出す。
瞳を閉じ、深く息を吸い、感覚を研ぎ澄ませる。
草木が揺れる音がする。虫のさざめき、風切り音。人気もなく、こんなにも静かな公園でも案外うるさいものだ。
(この感じ、もう少し意識を深く落として……)
深く深く、海の底に潜るみたいに。
肩の力を抜き、そのまま落とし込む。
「ッ‼︎」
偶然にも、風花の人生の中でこれ以上ない程の集中力が心身共に極致に達した僅かコンマ数秒。
心の奥底に眠るライフエナジーと刃具が共鳴し、脳が活性化、刀身が震える。
ドクン。
鼓動が聞こえた。
ドックン、ドッ、クン。
風花も気付かぬ異変が起こる。
心拍数が急激に落ちる。
ドクンドクンドクンドクン!
否、その解釈は間違えている。正しくは心拍数を急激に上げる為の前準備。
全身を巡る血液の循環が普段よりも早くなる。これにより、体の熱量は上がるがその分活力が増幅。普段よりも質の高いパフォーマンスを出せるようになる。
1番の変化と言えば。
「フッ!」
目にも止まらぬ速さで振り抜かれた刃具。
そこでようやく風花は気付いた。
世界が止まって見えている事に。
「これだ、これだ……あひゃぁ」
突然襲った貧血。先程とは打って変わって、全身に力が入らずその場にくの字に倒れ込んだ。
ビクビクと痙攣して、尻を突き出している姿はあまりにも情けない。
けれど、掴んだ成果はあった。
「こ、これをものにしたら。でも、その前に」
熱くなった体に夜の風が吹いて熱を冷まさせる。そこで冷静になる。
「体力をもっと上げないと使い物にならない。あへぇ……」