第7話 職場見学
歩き始めて10分も経つか経たないかのタイミングで、創真はふと言葉を溢した。
「そうだ、俺から誘ったからエスコートはするけど、基本回る場所は全部同じ場所だぞ」
「同じ場所?」
「んー、というより同じお店か? おっ、ほら、1軒目のお店だぞ」
同じ場所と言っても、どうせそんな大して気にする事でない、と風花は鷹をくくっていた。あくまで社交辞令のようなものと思っている。
それになんだかんだで風花は男性経験は皆無な純白な乙女。しかも、年の近い人とこうやって出歩くのは初めて。
初めてをくれる創真に、自分を一体どんな所に連れて行ってくれるのか胸の高鳴りが止まらない。ドキドキでワクワクもんだ。
足が止まり、創真が指で指し示すそのお店に瞳を輝かせながら入り口正面に立つ。
「……嗚呼、鍛冶屋なのですね」
あんなに輝いていた瞳はすぐに目を細めて光など消え去った。
「お前が刃具について知りたいって言うから連れて来たんだぞ? 鍛冶屋以外なんかあるか?」
知ってはいた。でももっとこう、淡い期待に胸を膨らませたってバチは当たらないじゃん、とか思ったり思わなかったり。
さっきまでのムードが台無しだ。いや、もうデート気分で浮かれるのはよそう。そもそも今日はそういうお花畑なお出掛けではないのだから。
「私の初めては鍛冶屋かぁ……」
「んじゃ、店の裏にある工房に行くぞ」
「お店じゃないの?」
「俺は武鍛刃だぞ。刃具を打ったりメンテしたりと自分でしている。だから正面に用は無い」
「じゃあ何の為に此処へ来たの?」
「お前に見せたいのは、武鍛刃がどんなものかを見させる為だ」
武鍛刃のお仕事現場かぁ、と言葉が溢れる。
今までは刃具の調子が悪ければメンテナンスを頼み、更に頼めば刃具を打ってくれた。そんな彼らの姿をまじまじとは見た事がない。
興味はある。だが、自分には関係ないと、関わる事はそうそうないだろう、と思い深くは考えた事はない。
「こっちだ」
「あの、勝手に裏に来て良いのですか?」
「事前に連絡を入れたからな。去年までで何回か口も聞いたし、論争した中でもある。それに」
それに、とは。
「鍛冶師は皆仲良しだし」
◯
「こんにちはー、連絡した高坂創真です。軽い見学に来ました」
工房に入って挨拶をすると、武鍛刃の皆が一斉に振り返って返事をしてくれた。
「よー、待っていた。適当に見とってくれや」
「そうさせて頂きまーす」
作業をする1人の男性の隣に立ち、覗き込むようにして見学を始める。
風花は風花で、慣れない場所でよそよそしくしている。
「今日の調子はどうですか?」
「うー、まあまあってところか? なんせめちゃくちゃ使い方が荒い奴がいるからな」
精巧に造られた刃具に、より磨きをかける為に研磨作業をする職人達。その様子に風花は首を覗かせる。
「武鍛刃さん、これは今何をしているのですか?」
「刃がボロボロだから研いでいるんだ。嬢ちゃんも、武刃家なんだからこれくらい知っているだろ」
ビクリ、と両肩を震わせて風花の目が泳いでいた。創真が顔を覗こうとするも、逸らされる始末。
嗚呼なるほどな、と察した。風花は自分の刃具の手入れの以前の前に研磨の存在すら知らなかった、と。
叢雲家について軽く調べたが、風花の家系は元を辿れば武士。侍ときた。現在は家族全員がプロの武刃家で風花はその家の長女。
そんな名誉ある家系に生まれ、育てられてきた筈なのに研磨も知らないとなると。余程の箱入り娘か天然、もしくは馬鹿なのか。
「わ、私だってちゃんと研いでいるよ!」
創真からの蔑んだ痛い視線にようやく気付いて、そう慌てて誤魔化そうとする。
顔に全部出ているから嘘だと言っているのがよく分かる。分かりやす過ぎるくらいだ。
「武刃具は武刃家に取って命と同義だ。武刃具が無けりゃ刃を交えるどころか闘いの舞台にすら立てない。そんな奴らの背中を支えてやるのが俺達鍛治師、武鍛刃の役目さ」
「背中を支える……」
「だがよ、こんなにボロボロにされちゃ文句のひとつでも言わないと気がすまねぇ!」
バッ、と2人に見せつけたのは、刃の先から柄の下先まで傷付き、削れて卒倒もんのボロボロな槍型の刃具。
風花でさえ「わぁ……」と思わず素直な感想が溢れるまで。素人目でも分かるくらいの酷い有様。
「刃具は使い捨ての道具じゃないんだよ。一つひとつに俺達武鍛刃の魂と想いと願いを込め、その使用者のポテンシャルを十分に引き出せられる様に刃具を打ち、調整しているってのに。最近の奴らはそこんところのありがたみがわかっちゃいねぇ」
「それは、相当苦労していますね」
これは言えない。同情している風花自身も、その内の1人だなんて口が裂けても言えない。
「あの創真お兄さん、魂は分かりますが武鍛刃の想いと願いってなんですか?」
「簡単な事だ、お前達武刃家が勝ちたいと思うみたく武鍛刃にだって丹精を込めている。それだけの事だ」
己の威信を懸けて闘う者が居るのと同じように、生み出す者にだってそれくらいのものはある。
「それに、武刃家が勝てば勝つ程武刃具を造った武鍛刃の知名度も上がる。『あの武刃家が使う刃具スゲェー! 俺も同じの使いたい!』そんな感じに続出するって訳さ。スポンサーみたいなもんだな」
「それが、武鍛刃の闘い」
「ま、1番は武刃家が勝つのを願っているだけだしな。俺だってそうさ」
風花は顎に手を当てて何か深く考え始めた。
「嬢ちゃん、魂が込められた刃具には意思だって存在する。存外に扱われてはその力もなんも発揮出来ねぇんだ。そこんところ、よーく考えて覇道頑張りな」
◯
あれから時間の許す限り、他の鍛冶屋にも立ち寄っては見学した2人。
行く先々、武鍛刃の人達はまるで照らし合わせたみたいに同じような事を言ったり、聞かされたり、頷いていた。
さあ只今の時間帯は夕方となっており、そろそろお開きの事もあって待ち合わせをしていた渦巻銅像前に居た。
「さっすが大人が造る刃具が凄かったな。どれもこれも一級品。くぅー、惚れ惚れするぜ!」
「はい」
「何だ、やけに元気が無いなどうした?」
鍛冶屋を巡り巡るその都度、風花が大人しくなっていっていた。単なる気のせいだと思っていたけれど、違ったらしい。丸く上がっている眉も、今では皺を寄せて難しい表情と言うか険しい表情をしていた。
あんなに元気の権化みたいな風花がこうも大人しいと心配もする。
「少し……ううん、かなり武鍛刃の気持ちを考えていたの」
「ほぉ」
「皆さんそれぞれが、それぞれの想いと願い、熱く震える、滾らせている心を持っていました。私も何かこう、武刃家なのに感化されて身体から熱が溢れてきています」
創真は思う。これならば、と。
「創真お兄さんが言っていた『刃具は道具じゃない』。その意味が分かってきました。ううん、その答えを私はもう知っている」
「その答えを出して、今後どうして行くか見ものだな」
そうだな、と一言付け加える。
「どうだ、明日にでも刃具を握ってみるか?」
「出来るなら」
「それなら練習試合の予定を組んでやる。もし、俺に勝てたのならお前の刃具を用意する」
「それホントですか⁉︎」
両肩まで掴んでグイグイと顔を近付けさせる。
近い近い近い。さっきまでとのテンションの差が激し過ぎる。
「約束だぞー。場所も後で全部送るから、それまでにちゃーんと万全の準備をしてろよ」
風花を引き剥がして、肩に軽く手を置く。
「そんな訳でまた明日」
帰る創真の背中、風花はハッとして大きな声で叫んだ。
「今日のデートありがとうございました! また、ちゃんとした普通のデートをしましょう!」
振り返りはせず、手を振って応答する。
にひ、と歯を見せる笑顔で、両頬を叩いて気合いを注入。
「よーし、明日は頑張るぞー! えいえいおー!」
明日に向けて、身体を気張らせていくのだった。