第5話 弱点だらけのチーズファイター
「2人共、宜しくお願いします!」
天海学園の幾つもあるトレーニングルームの1つ。
その中心にはジャージに着替えている風花、小春、侑斗の3人が立つ。広さは50メートル四方と申し分なく、練習するにしろ、試合にするにしろうってつけの場所だ。
「その前に準備運動しろよ。過去に1回サボって肉離れした奴がいるからな」
「それってもしかして侑斗先輩……あ、ごめんなさい」
「察したんなら言わないでくれる? 中途半端が一番傷付くんよ」
ちょっと言おうとしていた小春だったけど直前でそれの口を瞑るも、言おうとしていた内容を察していた侑斗には大ダメージ。
そんな無駄口を叩きながらも軽く準備する。その途中、また小春が口を開けた。
「あの、兄さんは?」
「創真なら工房に篭ってグロリアスの修理。それと、後輩ちゃんほい」
侑斗は風花に、1本の刀剣型の刃具を手渡された。自分のでなければ、学園側で貸し出ししているものでもない。
特になんの装飾も無く、シンプルな灰色一色の直刀の刃具。
「これは?」
「創真がな『壊してしまった刃具の代わりだ』って言って、渡してと」
「それでは私の事を認めて──」
「「多分それは違うと思うよ」」
「で、ですよねー」
ちょっと期待していたけど、案の定の返しだった。
それもそうか。昨日、あれだけ無理と言われたのにいきなり「はいどうぞ」なんて渡してくれる訳がない。
「でもでも、この刃具も創真先輩が造った物ですよね?」
「じゃないか? こんなデザインの直刀の刃具は学園じゃ見たことないし、売り物にすらならんだろうし」
それを耳にした瞬間風花はパァ、と満面の笑みを浮かべる。
「やったやった!」
「見た感じ、多分試作の刃具かなと思うのだけど」
小春がその刃具を手に取ってよく観察する。そして「うんやっぱり」と言った。
「それでも、創真先輩が私の為に造ってくれた刃具! それだけでも嬉しいよー!」
「そろそろ始めるか。この場所もずっと借りられる訳じゃないし」
「「はーい」」
返事をした後、それぞれが配置場所に着く。
風花と侑斗は当然トレーニングルームの中心に、小春は別室にて待機して2人の様子をそこからモニタリングをする。
『あーあー、テストテスト。2人共聴こえますか?』
ルーム内にあるスピーカーから、小春の透き通った声が耳に届く。
風花達は手を振ったり、親指を立てたりして応答する。
『こちらいつでも準備出来ていますので、宜しくお願いします』
今回の特訓は風花自身が、刃具についてよく理解しようという目的だ。小春は、風花の姿をモニタリングしながらアドバイスを送る記録係的な役割。侑斗は風花の相手というわけだ。
「取り敢えず最初は適当に動くか」
「1ついいですか?」
武刃具を起動させようとする直前で呼び止めた。確認したい事があるから。
「侑斗先輩の刃具って確か、弓型の刃具じゃなかったんですか? それ、どう見ても私と同じ刀剣型の刃具」
そこにツッコむか、と肩を落とした。侑斗の表情が僅かにほころんでいる。モニタリングしている小春も「そういえば」の表情をしている。風花の単なる気のせいじゃなかった。
「俺、自分で言うのもなんだけど結構器用なもんでな。使い方さえ理解すれば、大抵の刃具は使えるぜ」
『だから兄さんが言っていた、刃具のポテンシャルを最大限まで引き出せれる力があるって』
その刃具の仕組みを理解しただけで、そこまで力を引き出せてしまうのはまず普通の武刃家では無理だ。時間を掛ければそうでもないがそんな短期間で。
「おぉー、それ結構強くないですか!」
「しっかし、それが弱点でもあるからなぁ。器用貧乏、中途半端ってやつさ。今は、弓型のグロリアスで落ち着いているからいいが」
「そうなのですかね? 私はやっぱり強いと思いますけど」
「そう言ってくれるのは後輩ちゃんだけよ」
そう言われて少しこそばゆくもなる風花。あまり褒め慣れていない様子。照れては、多分今表情は崩れているに違いない。
「さ、さぁ始めましょうか!」
気を取り直し、刀剣型の刃具を抜刀。そして構える。
「そうだな、やろうか!」
お互いに身体の内に秘める生体エネルギーを練り出し、それを武刃具に行き渡らせ、その力を解放させる。
「武刃具、抜刀!」
「武刃具、穿孔!」
互いの刃に相手を斬り倒すライフエナジーが纏われ、着用しているジャージにも同じく身を守る為の力が備わる。
『2人共行きますよ。始め!』
試合開始の合図と共に風花の姿は消え、瞬く間に侑斗の間合いに侵入。
縮地。
「風花流、疾風!」
瞬間移動と遜色ないその歩法に度肝を抜かれた。その年でここまでの技術とそれをこなす身体能力があるとは。間近で見ている分、改めて風花のその凄さに感服する。
年相応とは言い難い瞬発力に乗った鋭い突き。当たればひとたまりもない。
「だが甘い!」
間合いに入る刹那に、風花の刃具を上に弾いた。
「そんな!」
風花の持つ剣技の中でも最速と誇れる疾風を、こうも軽々しくかわされた。
それでも一度体勢を立て直す。すかさず距離を置き、腰を深々と落として突撃体勢を取る。
「いきなり飛ばしてくるか」
その読みは当たりだ。
風花が練り出すライフエナジーの影響によって大気が震え、荒ぶる暴風を纏わせる。
「創真先輩みたいな力が無い事はお見通しです!」
明らかに、次の一撃に懸けているのが分かる。いきなり勝負を決めにきた。
「風花流最終奥義、風神!」
風と一体化となり、その勢いはまさしく風神の名に相応しい。ほぼ嵐と化した風花が何の躊躇もなく突っ込んで来た。
トレーニングルームとはいえ強化壁で覆われている。しかし、そんな床や壁など抉り飛ばしながら特攻する。それだけで、どれくらいの破壊力があるのか見て取れる。
侑斗はどうする? 避けるか、それとも創真のように打ち合うか。
否、避けるまでもない。何せこの最終奥義とやらには弱点があるから。
「自分のポテンシャルだけで来たか。それで勝てる程覇道は甘くない」
避ける素振りなど見せない。寧ろ、刃具を突き立てて素手で対抗しようと構える。
そんな侑斗の姿に、流石の風花も怪訝な表情を見せる。
「舐められたものです。ですが、風神はもう止まりません!」
そっちがその気なら遠慮無くぶつかりに行ってやる。先輩だからといって、怪我をしても知らない。その油断ごと斬り伏せる。
(とでも、思っているのかな?)
風花の闘志に油を注ぐ羽目となったこの挑発だが、その方が都合が良い。今の風花は動きに単調さが見られる。それ故、その思考もまた読み取りやすい。
「終わりです!」
風花の刃が届くその瞬間に侑斗が仕掛ける。
「──えっ?」
いつの間にか、風花の視界は天井に向いていた。
そして、風花が唖然として何が起きたのか理解する前に床に叩き付けて背中を強打させる。
風神という強力な特攻攻撃の勢いも上乗せされているのだ。叩き付けられた床は、隕石でも落下したのかと思わせるクレーターが出来上がった。
ダメージは見ての通り。風花が纏っていたライフエナジーはバラバラに砕け散り消失。肺の中にあった空気が全て外へ出て行ってしまう程。
「そ、そんな、ぁ……」
悶える風花を見下ろす。一体何をしたのか、至極単純な技だ。
「まさか、適当な背負い投げで攻略出来るとは思わなかったよ」
たった1回の投げ技で全てを終わらせたのだ。
あれだけ派手な剣技を披露したにも関わらず、終わりはなんとも呆気ない。拍子抜けもいいところだ。
「も、もう1回」
「いいよ。最初からそのつもりだし」
◯
それから4度ほど再戦をしただろうか。風花の剣技が通じる事はなかった。試合の最中、幾度と倒せるチャンスはあった。なのに、仕留められなかった。
どうして?
自分の持ち得る全てを出したとまでは言わないが、それでも全力を出し切った。なのに、倒せなかった。勝てなかった。
どうして?
圧倒的な敗北を前にして両手を着き、下を向いてしまう。目の前には、勝者である侑斗が佇んでいる。
「勝てない……」
「創真の言うように実力は申し分ない。この年でここまでやれる事に誇りを、胸を張っていいと思う。だけど」
侑斗は刃具を鞘に納める。
「後輩ちゃんには致命的な弱点がある」
「弱点、ですか?」
弱点があるなんて今まで思いも寄らなかった。だって、これまではこの剣技で勝利してきたのだ。
穴がある。突き付けられる現実。しかし受け入れ難い。
「1つは太刀筋に迷いが一切ない。それは褒めるところだけど、それ故読まれやすい。何かしらのフェイントをという動作が無いのかな? 結構単調な動きがあったよ」
「それは、はい……」
「それと突きの攻撃が非常に多い。細身の剣を使っているんじゃないんだから、もう少し刀の使い方を見直せ」
言われてみればそうだ。とにかく刃を振り下ろせば基本的に相手を斬り倒せる。打ち合いや鍔迫り合いになっても、それを力で押し通し、捩じ伏せていた。
その中でも突きに関する攻撃に関してはかなり得意としていたから、無意識にその様な攻撃方法しか取っていなかった。
それにフェイントを織交ぜたりなど、今まで覇道をしていてそんな駆け引きは一切していない。
自慢じゃないけど自慢の1つでもある。
「力一辺倒で通じるのは格下相手にだけ」
更にそこへ小春も話に参加する。
「風花ちゃんの家の人って、覇道しているの?」
「しているよ。ルールとかも全部父さんや母さんに教えてもらったの」
「それなら、いろはを叩き込まれたんじゃないのか?」
「私、そういう細々としたの苦手で。教えてもらった剣技でなんとかなるなら、それで良いかなって」
2人はそんな風花に呆れていた。
「ただ、今はもう家族の縁を切ってるから我流でやっているのもある」
世の中、才能や感覚だけで勝てるほど世の中は、覇道は甘くない。これまで培った技術と経験を経て、皆成長してきた。
「そしてもう1つ」
「えっ、もう1つあるのですか?」
「いや、誰も1つだけとは言っとらん。後輩ちゃんのスタイルは長所であって短所。それが致命的な弱点でもある。今から言うのは強くなる為に必要不可欠なもの」
「それは!」
「それはだな」
ジッ、と真っ直ぐな瞳で侑斗を見る。
口を開けようとした。だが、その寸前で口を噤んだ。
「やっぱこれは、俺が言うべきじゃないな」
「えぇー、なんですかそれは! 勿体振らず教えて下さー!」
「なんでもかんでも教えたら、俺が創真に怒られる」
何度もしつこく訊ねるが、そっぽ向いて一向に口を開こうとしない。
「だったら小春は──」
「あっ、私も兄さんから口止めされているの」
「どうぢでぇー!」
床に拳を打ち付けて悔しがる。
「そこまで落ち込むか」
「落ち込みますよ!」
歯ぎしりしながらゆっくりと立ち上がり、そして揺ら揺らとおぼつかない足取りで、風花はトレーニングルームを出ようとする。
「お、おい何処に行くんだ?」
「そんなの決まっていますよ、創真先輩の所へ直接行くんですよ!」
「「何で⁉︎」」
トレーニングルームの扉が開き、そこで振り返って風花は叫んだ。
「2人が教えてくれないからですー!」
プンスカプンプン、と最後に遠吠えする。さあ、トレーニングルームから出ようとするタイミングで扉が閉まり、挟まれてしまった。その際、変な声を上げてしまった。
見ていられない。
侑斗と小春は「可愛い……」と言葉を溢すが。
「教えてもらえると思うか?」
「どうでしょう。兄さんの機嫌が良ければ、ってところですか」
「てか、もう答えは本人がこの前言ったんだけどなぁ」
2人であれこれ言っていると、再度扉が開いて風花はドスドス足音を立てながら戻って来た。
「おかえり、早かったな」
「違いますよ!」
「どうしたの?」
「創真先輩って何処ですか?」
はぁ、と深い息を吐いて「あっち」と侑斗が答えてあげた。
バビュン、の効果音と共に風花は自慢の足で創真が居る場所と思われる所に走って行った。
馬鹿なのか天然なのか、些か判別がし難い。困った女の子だ。