第4話 私のお願い聞いて下さい!
「おはようございます」
新入生歓迎会のイベントが終わり、次の日からちゃんとした授業が始まった。そんな記念すべき、小春の初めての登校。
寮からの通学は、兄である創真と一緒。ガッツポーズしかない。
とはいえ、学年は勿論学科も違う事もあって敷地内ですぐに分かれる事になる。
小春は今日から正真正銘の武刃科1年生。どんな授業があるのか楽しみで仕方ない。
「小春!」
自分の席に着いて早々、大声で名前を呼ばれた。自分の名前を知っている人と言えば、かなり絞られる。よいしょと、振り返れば。
「小春、おはよー!」
「うん、おはよう風花ちゃん」
昨日、舞台で出会った叢雲風花だった。しかも、まさかの隣の席と。
「いやー、昨日はありがとう。ずっと側に居てくれたんだよね?」
気絶して医務室に運ばれた風花の側に、ずっと小春が寄り添ってあげた。
「兄さんが風花ちゃんを放ったらかしだったからね。それよりも体調は大丈夫なの?」
「一日寝たら全回復! 制服が一着分ダメになったけどね。あはは」
上から下へ舐め回すように風花の状態を確認する。目立った傷も無いし、不自然な動きも無いと思う。本当に大事には至らなかったみたいで良かったと安堵する。
「それにしても、小春のお兄さん凄かったですよ!」
「そ、そうかな?」
「そうですよ! だって、武鍛刃なのに武刃家の私と渡り合うどころか勝っちゃっているんだもん。あれはプロでも中々ないよー」
二刀流だよ二刀流、と付け足しもした。
小春は今まで間近で見ていたから、風花の言う凄さがイマイチ伝わってはなかったが。けれど、選手と鍛治氏の両刀をこなすのは覇道では物珍しい。
「ねーねー、小春にお願いがあるのだけど」
「お願い?」
何だろうと首を傾げる。昨日今日会ったばかりでお願い。頼まれている自分も、その内容にはちょっと気になる。
「お兄さんとお話がしたいの!」
「お話? 鍛刃科の教室は知っているから案内は出来るけど、でもお話?」
ビクリ、と風花ちゃんは肩を震わせた。
挙動不審なその反応。
「そ、そんな大した事じゃないのだけどね……」
指先でモジモジとして遊び、頬も赤く染めて火照っている。瞳も潤って、どことなく泳いでいるようにも見える。
(まさか、まさかまさかまさか!)
「私、すっごくお兄さんの事が……創真先輩の事が気になっちゃって」
「へ、へぇー……流石私の兄さん。そ、そそそそれはいい妹としてて、誇りにおも、思うよよ」
落ち着け落ち着け、と自分に頑張って言い聞かせる。多分これは、よくある勘違いものの類いよ。そう、小春自身の勘違い。「気になる」というのは恐らくそう言う意味の「気になる」ではない、と信じたい。
などなど、小春の頭の中は只今ジェットコースター並みに愉快痛快と化している。
それに加え冷静になろうとすればするほど、動揺を隠せず剥き出し。
「どうしたの? この教室そんなに寒いの?」
寒さで震えているとは違う、動揺している。学園全体は冷暖房がしっかりと完備されているから、寒さに震える事なんてない。
このままこうして憶測を立てていても埒があかない。ちゃんと内容を聞くしかなさそうだ。
「えっと、どんな内容か訊いても差し支えない?」
「うん大丈夫だよ。お話って言っても、どうしたらあそこまで強くなれるのかって」
スン、と小春の表情には感情が消えた。
あ、はい。分かっていましたよ。いえいえそんな、えっ、別に。
それにしても風花のお話というのは、創真の強さについて。それなら妹である小春がばっちりと説明出来る。
「兄さんの強さの秘密。それは刃具だよ」
「刃具、ですか?」
創真の身体能力は家族内でも下の方。それを武刃家と対等までに闘える力があるのは、創真自身が製作している刃具のお陰。
実際小春も、銃剣型の刃具の大剣銃撃墜砲丸に助けられてばかり。
「私の家、高坂家は刀鍛冶の家系でね。と言っても、今は武刃具専門の鍛治屋だけど」
そんな事はどうでもいい。
「私も一応武鍛刃ではあるの。だからこそ、兄さんの造る刃具の完成度にはいつも驚かされる。私なんて足元にも及ばない」
そしていつもその腕を、才能を欲しいと思っている。
「だから訊くなら刃具についてだと思うの」
「なるほど。でしたら、そんな凄い刃具を私が使えば更なる強さを得て、私は最強になると!」
「あっ、うんそうだけど。ただ一つ言わないといけない事があって──」
「今から鍛刃科に行ってくる!」
まだ最後まで言っていない。なんなら、これから言う事が一番大事な事なのに。
「風花ちゃん、せめてお昼休み! お昼休みの方が話しやすいと思うよ!」
これからの3年間は身を引き締めよう。多分、振り回される事が多くなると思うから。
◯
「この学園の和風ハンバーグ美味しいからオススメだぞ」
「コスパもよく、豊富な日替わりランチもオススメ。そんでウンメー!」
創真、侑斗が順を追って後輩2人にささやかなお得な前情報を伝える。
いつもと変わらないお昼の食堂。自分達が好きなメニューを頼み、席に着いて「いただきます」と各々食器に手を伸ばす。
「そーなんですか? では、一口貰いまーす!」
「風花ああああああ‼︎」
同席している風花が、創真が楽しみにしていた和風ハンバーグをたった一口で半分ペロリと食した。
何事も無かったような振る舞いで、モキュモキュと口を動かす愛くるしい風花。
そんな可愛らしさを振りまいても許されない。
「創真先輩が美味しからオススメと言ったので、食べたくなったんですよ」
「せめて一言! あーもう」
「まあまあ兄さん、私の分あげますから機嫌を直して」
「そういう問題じゃ……もういいよ。それで、2人して何の用だ?」
入学したての1年生なら、まずクラスで出来た友達とお昼休みを過ごすと思っていたのだが。
まさかとは思うが、友達作りに失敗してアドバイス欲しさに尋ねて来たのか、と考える。だとしたら人選を間違えた。あいにく創真は友達と呼べる人が侑斗だけしかいない。それまではぼっち生活。
「それは──」
「私から言います!」
わざわざ小春を遮り、席を立って元気いっぱいの大声で言う。
「創真先輩の刃具が欲しいです!」
こういった頼みの事だから、それで小春も同伴。風花も風花でストレートな言葉でとても清々しい。
ふと、小春に目を向ける。
小春は目を伏せてお願いをした。どうしようか迷いはした。刃具は、おいそれとあげれる代物ではない。一度創真が出した答えは。
「聞くだけ聞こう」
そう、聞くだけならタダだ。
「小春から聞いたの。創真先輩の造る刃具は、誰にも真似出来ない代物だって」
自画自賛する訳じゃないが、まあ大体そうだな。分かっているではないか。
「あの凄まじい力、私欲しいのです! 私が最強になる為に」
「『私が最強になる為に』か」
武刃家だろうが武鍛刃だろうが、とても簡単で且つ短期間で強くなる方法は1つしかない。それが性能の良い武刃具の交換だ。
ゲームと同じだ。初心者だろうが、高性能の武器を装備させればそれだけでレベルの差以上のものまでひっくり返せる。
「お金ならいくらでも出します! 私の家、結構なお金持ちですから! 今は縁を切っちゃってますが、そこは適当に請求書でも送り付けてもらえば」
これもゲームと同じ。高性能なものを手にするなら、その分それに見合った金額もする。高級ブランドに関しては、思わず何度も桁を数え直してしまうくらいに。
「いくらでも出すってお前なぁ。あと最後、ちゃーんと耳にしたぞ」
話をする隣で、小春とで侑斗は昼食を口に運びながらヒソヒソと話していた。
「結構生々しい話になってきたな」
「家の商談と比べたら可愛いものですよ」
「例えるなら?」
「レッサーパンダの威嚇くらい、ですかね」
「それはめちゃくちゃ可愛いな!」
シャー、とわざわざモノマネまでしてくれた小春。可愛い、と思ってしまった。
そんな彼女の口に、侑斗はフライトポテト1本運んであげる。
「妹ちゃんも大変だね。家の事とか」
「まあ、はい。大変ですよ、本当に……」
横目で兄の姿を見る彼女。何故だがその表情、その瞳には、何か黒いものを帯びているのを侑斗は見た。
見てはいけない一端を見てしまった気がする。
そして相変わらず、風花の交渉は続いていた。
「いくら欲しいのですか?」
本当にしつこい子だとつくづく思う。まだ断りもしていないというのに、それでいてこの詰め寄り方。
こうなったらと、いくらお金持ちの家柄だとしても、目ん玉出るくらいの値段を提示して意地悪をする。
「2500万」
「2500万円、ですか……」
ほーれみろ、と心の中で嘲笑う。あり得ない金額を提示してたじろいだ。絶対に払えない額を言えば早々諦めてくれる。どちらにしろ、自分が造る刃具に値段なんて付けられないと最初から自信を持っており、いくらお金を積まれたところで絶対に「はい」の言葉なんて言わない。
「安いですね、現金ですか? それともクレジット決済?」
「おいおいおい、2500万だぞ? 頭大丈夫か?」
「昔からお小遣いは貯金していましたので、それくらいのお値段でしたら一括で払えます」
そんな馬鹿な。
「……やっぱダメだ。悪いが、俺の刃具は値段じゃない」
高校生でそんな大金を一括で払える財力がある叢雲家ってどんな所なのか。後でちゃんと調べる必要がある。
風花は渋々お財布を元に戻した。本当にこの場で払おうとしていた事に恐怖でしかない。
「じゃあ、どうやったら先輩の刃具が手に入るのですか?」
ジーッ、と見つめる風花の瞳。小春を見て、その後侑斗にも視線を移す。
どうやら、何故2人には渡して自分には渡せないのか。そこに疑問があるらしい。
「こっちだって渡したくても渡せない理由があるんだよ。だから基準と条件を設けさせているんだ」
「それって、私が弱いって事ですか?」
そんな事はない。寧ろその逆で風花は虹の卵だ。鍛え上げられたその肉体美、野生と称しても遜色ない直感力、重みのある剣技、そして誰にも負けないライフエナジーの総量。
どれを取っても、学生レベルの域ではない。
「侑斗は、あらゆる刃具のポテンシャルを限界以上まで発揮させられる。小春は、高スペックの俺の刃具を扱えるまで自身を磨き抜いた」
しかしこれだけ言っても、実力は風花が上回っている。では、何が足りないのか。
「2人には、強い刃具に見合った強い志しを持っている。全てを投げ打ってでも成し遂げたい目標が、道がある」
「それなら私にだって──」
「実力は認めてやる。だけど俺が刃具を渡さない理由。何より一番の問題は、俺の刃具を強くなる為の『道具』としか見ていない」
強さを求めるのは武刃家の性だ。否定はしない。だが肯定はしない。
創真は、武鍛刃に誇りを持っている。相手を倒す為だけに刃具は存在しているのではない。
「言っている事が難しいです……」
「なら一生無理だな。そんな奴に俺の刃具を渡せない、絶対に」
ギュッ、と奥歯を噛み締める。
「強さの基準はもう満たしている。後は刃具とは『何か』を見つめ直すんだな」
それだけ言って、創真はその場を後にした。それに後をついて行く小春。その姿を残った風花と侑斗が見送る形となった。
「兄さん、普通の人は刃具を競技に使う道具にしか思ってないよ」
「だとしてもだ。刃具にだってちゃんと意思はある。道具呼ばわりされるのが癪だ」
「それ、兄さんの私情が入っていませんか?」
「彼女はもっと伸びる。虹の才能を、煌びやかに彩らせるのが俺達武鍛刃だ」
けどまあ、と付け足す。
「実際問題、今の風花は思考が親父となんら変わらん。あまりにも危険過ぎる。覇道を愛する可愛い女の子が、道を外すのを黙って見ていられる俺ではない」
「さり気なく、風花ちゃんの事を可愛いって言いました?」
「それに枠は5つしかない。その内の3つは、もう俺達で埋まっている訳よ。強い武刃家だからって、無闇に刃具を渡す訳にはいかない」
小春は、創真の表情を見て質問をする。
「兄さんがそんな顔をするの久し振りに見た。結構緩んでいるよ」
「そーか?」
あまり意識はしていなかったが、そんなにウキウキとした表情になっていたのか、と思わず自分の頬を触る。確かに、少しばかりえくぼが出来ている。小春にこんな姿を見られてちょっと恥ずかしい所はある。
「でもそうだな。あの子にちょっと期待しているのかもな」
それは。
「それは良かったね!」
「んじゃ、それまで風花の事をよろしくな。俺は俺でやることあるから。グロリアスも修理に1週間ぐらい掛かるだろうし」
やる気を出して何処へ行く兄の背中。背中からでも分かる楽しそうな雰囲気。
そんな兄の姿を見て、小春はちょっと。
◯
「あいつ、お昼残っているのに」
侑斗はこの気まずい雰囲気をなんとかしようと口を動かすも、それに対して何も言葉が出ない。余計に居た堪れない気持ちが込み上がる。
「そ、そんなに落ち込む事はない、よ? ほら、後輩ちゃんは結構な実力を持っているし。創真だってそれを認めている。だから、その……」
フォローをしたいが、その言葉がどうにも出てこない。どうしたものか。
「侑斗先輩」
「お、おう?」
俯く後輩ちゃんの口が不意に開かれた。思わず返事に吃ってしまった。
「ある意味で、今の私にはピッタリだと思います」
「ピッタリ?」
「丁度私も、今の自分の姿を見直そうと考えていたところです。そこで創真先輩が言っていた通り、刃具についてより理解を深めれば。今までにない発想、今の私には最適だと思います」
この光景に侑斗は見覚えがある。
「最強を目指す私に創真先輩は、最初の試練を与えてくれたのです! なんか俄然やる気が出ましたよ!」
『──最っ高の武鍛刃を目指す俺に、お前はうってつけの武刃家だ! 損はさせない。だから、俺の刃具を受け取ってくれ!』
1年前の創真と姿が重なる。
同じだ。創真と小春は同じ人種の人間。しかも幸運な事に、武刃具と武鍛刃という組み合わせ。
最高と最強の組み合わせ。侑斗は見てみたくなった。
「後輩ちゃんの心意気、俺の魂の奥深くまで届いた」
「共感してくれるのですか?」
「俺も協力しよう。ついて来い、後輩ちゃん!」
「ありがとうございます!」
こうして、叢雲風花の己を探す特訓が始まった。