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第2話 毎年恒例の歓迎会

「結構盛り上がっていますね!」

 

 競技場内に入れば、今年の新入生と刃交える先輩方の姿が舞台上にあった。2階の観客席から見下ろして、場内全体がよく見える。

 浮き足立つ小春。隣で「そうだろ、そうだろう!」と会場の熱気に便乗する侑斗。その背中を微笑ましく見るのが創真。

 歳を重ねた身ではないが、青春を感じるとはこの事だろう。

 

「そういえば創真、お前展覧会はいいのか? 刃具が大大大好きなお前なら、絶対そっち優先で観に行くと思ったんだけど?」

 

「展覧会って言っても、先輩達の刃具でしょう? それなら準備する時に粗方見たから。今日は、新入生の刃具を見たくて!」

 

 舞台上で既に新入生歓迎の模擬戦が始まっており、刃具と刃具を打ち付け合っていた。その甲高い音が、全身に響き渡り、細胞一つ一つ震える。

 嗚呼、覇道はこうでなくちゃ、と改めて感じる。

 刃具を見ていたり、刃が奏でる音を聴くのも楽しいが、やはりそれを振るう武刃家の姿も見てみたいのだ。

 自分の事の様に楽しくなってきた。

 

 いつの間にか、口の端から涎を垂らしていた。その様子が小春の視界に入っている事も知らずに。

 

「なんて感傷に浸っている場合じゃなかった。小春、そろそろ舞台袖にでも行って相手を見つけに行かないと」

 

「あっ、うっかりしていました。では兄さん、侑斗先輩。失礼します」

 

 大きな大剣銃撃墜砲丸を背負い直し、重さなんてものともせず小春は舞台へと降りて行った。

 いってらっしゃい、と言って見送る創真達。

 

 自分で造っておいて言うのもあれだが、大剣銃撃墜砲丸って実は総重量が45キロと、かなりの重量物。それをあんな軽々しく持って移動とは、兄でありながら末恐ろしく感じる創真。

 正直なところ、創真自身あんな刃具持ち上げるだけで精一杯だ。小春は胸だけじゃなく、身体も逞しく元気に育って創真は感激で涙が止まらない。

 

「どうした創真、気持ち悪いぞ」

 

「妹の成長に涙しているんだよ」

 

「シスコンかよ」

 

 その言い草は失礼だと言いたげな表情をした。創真は断じてシスコンではない。可愛い妹を可愛がっているだけである。他愛は無い。

 

「にしても、今年の新入生は気合い入れているね」

 

「『今年』って、侑斗お爺ちゃんは今何歳だ?」

 

「ピチピチの16歳です! 今年で17歳!」

 

「介護保険、今から手続きしようか?」

 

「辛辣だな、おい」

 

 馬鹿を言えと鼻で笑う。こんな口調だが、創真は実のところノリが良い。

 

 話を戻して、気合いを入れるのは新入生に限らずだ。学園の武刃家は「覇王」の称号を手に入れる為に日々己を鍛え、滾らせ、磨き上げている。

 年に2度行われる、学園内で最強の武刃家を決める大きな競技大会が行われる。覇王の称号はその頂点に君臨した者に贈られる名誉ある称号。

 それを一度でも獲得でもすれば、プロのチームからお声が掛かったりなど。

 

「おい創真、あそこの舞台見てみろよ!」

 

 隣の親友が指差す方向の先、そこでは結構盛り上がっている試合があった。

 

 新入生の相手は3年生。流石に実力と経験の差があり過ぎて一方的になっているのかと思いきや、案外そうでもなかった。武刃家でもない創真ですら、その3年生が切羽詰まっているほど、追い詰められている事が見て取れる。

 そこまで追い込んでいる新入生の子に目が離せない。

 

 動きに沿って揺れ動く真っ白な長い髪。素早い動きで3年生を翻弄する、鮮やかで、軽やかな身のこなし。和服タイプである防刃具の振り袖が、その柄と相まってとても絵になる。

 そして何より驚かせられるのが、やはりその圧倒的とも言える剣技だ。

 3年生が技量のみで流れを変えようとするが、その全てを正面から流され、無力化している。

 

「ありゃ、相手している3年生が可哀想だな」

 

「そうだな。侑斗なら瞬殺だろ」

 

「おっ、ありがとう心の友よ。そこまで俺の実力を買ってくれるとはお客さん、中々に目の付け所が宜しくて」

 

「逆だ、お前が瞬殺されるんだ」

 

「今まで黙っていた右拳がとうとう解放される時だな」

 

 うるさい、と押し退けてその試合を眺める。

 多分だが、見る限り新入生の中ではあの白髪の子がダントツの力を持っている。小春も武刃家としての実力はあるものの、適性があるのはどちらかと言うと創真と同じ武鍛刃の方だ。

 

「ん?」

 

 今一瞬だが、創真と白髪の子の目が合った。多分気のせいだ。何故なら観客席から、あの白髪の子までの距離は何百メートルと離れているのだ。

 どう考えたって、肉眼で捉えるのは至難の業だ。ましてや目と目が合うなんて。

 

「……あー、やだやだ」

 

「何がだ?」

 

「別に」

 

 目と目が合った気がした、なんて言える訳ない。言ったとして小馬鹿にされるのがオチだ。

 

「それよりも、そろそろ小春が入場する……おっ、来た来た! おーい!」

 

 創真は、愛しの妹にも分かるように大きく手を振って名前を叫ぶ。



 ◯



(今、兄さんの声がした!)

 

 2階の観客席に視線を上げた先には、大きく手を振って小春に呼び掛けている創真の姿を発見した。

 手を振り返して、聞こえるか聞こえないかも分からないけど、声を出して「おーい」と声を上げてみる。

 

「おー……あっ」

 

 ふと周りの視線が気になった。手を振って呼び掛ける姿見ていた人達が、ヒソヒソ話をするのがチラホラと。

 それが急に恥ずかしくなって萎縮し、赤面する。

 

(うぅ……兄さんのバカ! 私、恥ずかしいよぉ!)

 

 昔の様に接するのは、今だけは控えよう。

 

 舞台に上がり、相手の上級生を確認する。黄色のネクタイやリボンは3年生、2年生が青、1年生が赤。青のネクタイをしているから相手をするのは2年生の先輩で男。

 深呼吸だ。先輩と言っても一つ上、創真と変わらない。緊張する事なんてない。胸を借りるつもりでこの試合に挑もう。

 そう考えたら、いつの間にか気が楽になった。さっきまで溢れ出ていた高揚感は鎮まり、逆に今は闘気を漲らせている。

 

 後はいつもの様に起動の言葉を──綴るのみ。

 

「武刃具、展開!」

 

 綴った言葉と共に、防刃具が制服の上から書き換えられた。そして、大剣銃撃墜砲丸にはライフエナジーが注ぎ込まれ、それがエネルギーとなって刃具として稼働し、闘う為の武器としてその力を起動させた。

 

「いいかね2人共?」

 

 審判が準備は出来ているかと促した。小春は小さく頷き、先輩も小さく頷いた。

 柄を強く握り、いつでも飛び出せれるよう左足を一歩前に出す。

 

「では──始め!」

 

 始まりの合図の瞬間、床を蹴り飛ばし、勢いと重さを乗せて横に振るった。大剣銃撃墜砲丸の刃は先輩の右脇腹を捉え、振り抜き、そのまま数百メートルは先であろう壁際まで吹っ飛ばした。

 

 ドゴオォン、と激しい音が場内に轟いた。普通なら盛り上がる場面なのに、何故か会場は静寂に包まれていた。

 その光景を2階から見ていた創真は、一言だけこう呟いた。


 

「やっべぇ、マジかよ……」


 

 当の本人である小春も開いた口が塞がらない。

 防刃具は、刃具と同様生命エネルギーであるライフエナジーを消費して刃具による攻撃を守っている。その総量によって、防御力と耐久力が変わってくるのだけど。

 

「あ、あははは……はぁ」

 

 ここまでの威力に苦笑いしか出ないし、想定外。だって遠目からでもよく分かる。かなりの距離をまで吹っ飛ばしただけでなく、直撃した先輩の防刃具は木っ端微塵に砕け散っている。たった一撃で強制解除し、気絶までもっていっているのだから。

 冷や汗もんだ、これは。

 

 審判が続行不可能と判断して試合は終了した。相手の2年生はタンカに運ばれて医務室へ連れて行かれた。

 やり過ぎたと感じつつ大剣銃撃墜砲丸を引き摺りながら舞台から降りると、目の前に白い髪の少女が急に現れた。

 

(兄さんのお知り合い……じゃないよね? 侑斗先輩の妹さん?)

 

 先ず妹なら、「友達になってくれ」と先に紹介してくれるはず。

 では、誰なのか。

 

「さっきの」

 

 喋った。鈴でも転がった様な、なんとも表現し難い綺麗な美声だ。

 顔だって、羨ましいくらい整えられた美形。肌もぱっと見、艶やかでハリがある。いつもどうやって手入れをしているのか、女の子としてアドバイスを求めたいくらいに。

 

 なんて、考えている場合じゃなかった。さて、目の前に居る彼女は何を言おうとしているのか。

 

「私と試合しませんか?」

 

(うーん!)

 

 空のように鮮やかな青色の瞳が、ものすごいキラキラとさせて小春を見つめている。そして、開口一番が試合の申し込みていうのがまたちょっと。

 圧倒された。ジリジリと詰め寄る彼女に対して、どう対処するのが正しいのか。「困惑」の2文字が頭の上に浮かぶ。

 

「先輩、ですか?」

 

「新入生! そっちと同じだよ!」

 

 リボンの色を見れば自分と同じ赤色。だと思った。

 それなら他の先輩と試合でもすれば良いのでは? なんて訊くのは野暮みたい。偏見だが、こういうタイプの子は強者だけを求める。

 なんて言って断ろうかと言葉選びに迷っている矢先、彼女の口が開く。

 

「さっきの凄かったよ! もう、こうしてバゴンって先輩を力で一刀両断! とんでもない怪力だね!」

 

「あはは。確かに少しは鍛えてはいるけど、あの破壊力を出せれたのは兄さんが私の為に打ってくれた刃具のお陰」

 

 そう、全て創真のお陰。意外と小春の力なんてまだまだだ。

 

「お兄さん?」

 

 ほらあそこ、と2階の観客席の方へ指をさす。

 

「あー、あの人お兄さんだったんだ!」

 

 ドキリ、と小春の胸が強く鼓動を打った。

 

「し、知り合いだったの?」

 

「ううん。さっき試合していたら『なんかやけに視線感じるなー』って思って横目で見てたの。そしたらあのお兄さんが居たの。おーい!」

 

 彼女が手を振る隣で、私も一緒に手を振る。

 

「あっそうだ!」

 

 何か閃いたみたいだ。

 

「お兄さんと試合出来る?」

 

「えっ、それは、どうかな?」

 

「じゃあ、聞いてくるねー!」

 

「そんな急に! 待って!」

 

 言い出したら止まらない彼女。小春は慌ててその背中を追い掛けた。



 ◯



 小春の試合の結果を見届けた創真は、前のめりになって舞台上を見下ろしていた上体を起こす。

 

「さて、そろそろ下に降りて帰るか。小春の入学祝いもしたいし」

 

「そうか。なら、兄妹水入らずで今日のところはこれでおさらばでもするか」

 

「遠慮するなよ、と言いたいが。まあそういうなら、今回は2人だけで」

 

 それでも一言だけ挨拶を、それで解散しようとした。

 1人の少女が現れるまでは。

 

「お兄さんこんにちは!」

 

 回れ右で会場を後にしようとしたら、何処からともなく真っ白な少女が目の前に。

 

「「うわぁっ⁉︎」」

 

 創真達は驚いて後退り、手摺りに背中を強打。両手で顔を覆い、急に現れた少女へと悪態を吐いた。

 

「おいまたかよ、心臓に悪いわ!」

 

「創真、確かこの子って」

 

「……あっ‼︎」

 

 ニコニコと笑う少女に見覚えがある。なんならさっきまで見ていた。2人が舞台上で注目していた、例の白い髪の少女その人だ。

 小さく跳ねた長く白い髪が左右に揺れ動く。

 

「聞きましたよ、お兄さん。あの常識外れの刃具、それを打ったのはお兄さんだと!」

 

「あ、ああ。そうだけど、それがどうした?」

 

 武刃家が、こうして瞳をキラキラとさせて差し迫って来る時はいつも決まった台詞を言う。

 例えば「試合を申し込みます」とか。

 

「ハハ、まさかそんな……」

 

「試合を申し込みます!」

 

 なんという事でしょう。まさか、一字一句間違えずに言うとは、あまりにも真っ直ぐ過ぎる彼女に呆れた。

 

「お兄さん、試合をお願いします」

 

 こうして試合を申し込まれたのは生まれてこのかた初めてだ。どうする、といった様子で創真と侑斗は互いに顔を見合わせる。

 肩をすくめ、やれやれとため息混じりに侑斗の肩に手を置く。

 

「侑斗」

 

「何だ?」

 

「言われてんぞ、相手してやれ」

 

「お兄さんはお前なんだよ!」

 

 背中を叩かれて、一歩前に踏み出した。こうなりゃヤケクソだ。

 

「で、名前は?」

 

「はい! 新入生の武刃科1年、叢雲風花(むらくもふうか)です! とにかく覇道が大好きで、最強になる為強者を求めてこの天海学園にやって来ました!」

 

 すぐ近くに居るというのに、馬鹿みたいな大声で自己紹介をするものだから頭の中で響く。

 わざとか? わざとなのか?

 

「元気なのは宜しいが、せめて常識を考えてくれ。鼓膜破る気か?」

 

「お兄さんのお名前は?」

 

 心配してくれるどころか、右から左へと華麗にスルーされた。あまりにもマイペース過ぎる。元気いっぱいの子が、こんなにも取り扱いが難しいなんて。嗚呼、面倒な子に絡まれてしまったと苛まれる。

 

「2年の高坂創真だ」

 

「では創真先輩、改めて試合お願いします!」

 

「だからあのな……ったくよぉ」

 

 何を言っても無駄な様だ。この場を逃れたとしても、多分翌日辺りにでも追い掛けに来る……なんて事は無いように切に願う。

 

「分かった」

 

「やっっったぁ‼︎」

 

 その場で「やったやった!」と何度も飛び跳ねては、歓喜の小躍りまでし始めた。

 

「やめろ、そんな小っ恥ずかしい事するな。周りから変な目で見られる。てか、見られてるからな」

 

「いいのか、お前今刃具なんて持ってないだろ?」

 

 侑斗が耳元でそう囁いた。

 

 確かに今は生憎、自分の刃具は持ち合わせていない。よって、このままだと素手で相手をしなければならない事態。

 覇道のルールには、他人の刃具を使ったら駄目なんて記載はされていないから正直学園で貸し出ししているものでもなんでも構わない。

 それでも、使い心地というものがある。

 

「グロリアス、ちょっと貸してもらうぞ」

 

「お前が造った刃具だから、俺は別に構わないけど。それで本当に大丈夫か? なんなら持って来るけど?」

 

「寮から学園まで片道30分だ。無理だ、間に合わん」

 

「何話しているのですか? 早く行きましょう!」

 

 創真達の間に風花が割り込んで、試合を早くしたいと促して腕を掴んできた。

 見た目とは裏腹に意外にも力は強く、ズルズルと引っ張られる。

 

「ではもう1人の先輩! 創真先輩を借りますね!」

 

 風花は履いているスカートなどお構いなく片足を手摺りに掛けていた。

 その瞬間表情は強張り、青ざめた。

 

 おいバカやめろ、と言う前に風花は手摺を蹴り、その場から大きく跳んだ。

 お腹がスゥーッとした。それはまるで、ジェットコースターにでも乗っている様な爽快感のある気持ちに。

 

「って、なるかあぁぁああ‼︎」

 

 舞台の外に着地するのと同時に、入れ違いで小春が2階の観客席に到着した。

 ぜぇはぁ、と肩を上下させて荒く呼吸をしながら侑斗に訊く。

 

「あ、あの、兄さんは?」

 

「舞台の方に、ほら」

 

「えぇ……兄さああぁぁぁああんっ‼︎」

 

 上に来たと思ったら、今度は下へと小春は急いで創真の後を追って行った。

 

「創真の奴、今年は色んな意味で相当苦労するな。お前もそう思うだろ、グロリアス?」

 

 返ってくる筈も無い会話だが、なんとなく「そうだな」と言ってくれた気がした。独りボソリと呟いた後侑斗は、グロリアスを舞台に降り立った創真に投げ渡した。

 

「しっかりやれよ、グロリアス!」

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