第1話 入学式
とあるスポーツが、武道の項目として国際競技連盟の一つ加わった。その武道の名を「覇道」と呼ぶ。
覇道は、特殊な道具と生命エネルギーを用いて真剣勝負する今までにない危険で、誰もが手に汗握る近代スポーツ競技。
剣、弓、銃、斧、槍、籠手など、規定に基づいたものなら、多種多様の道具の使用が認可されているかなり特殊な競技。
まるで異種格闘技戦だ、と表現する人もいる。実際、その例えは間違っていない。
競技が盛んになるにつれて覇道の専門学校を設立まで至る。世界全土その数は年々増えていき、大きな影響を与えている。
そしてこの日本国でもその熱は高まっている。日本が覇道の発祥地も相まってかなり力を入れており、わざわざ領土内に人工島を作っては専門の学園を設立をしたりと。更には、その人工島を新たに49番目の都道府県として登録するまで至った。
海洋地方天海県。覇道を取り入れた天海学園に興味を示した者、プロを目指す者達が集まって行く場所。
高坂創真も、そこで最高傑作を造る為にその天海学園に進学していた。
晴れて今日から高等部1年、そして妹の入学式だ。桜舞う今日この頃、最高の1年が始まろうとしている。
◯
「最悪だ……」
天海学園の隅にある工房。様々な道具に囲まれ、その中心で頭を抱えてる創真の姿がそこにあった。
目の前にある弓型の「刃具」の調整をするのに、相当苦労しているようだ。
刃具というのは覇道で使用する道具の1つであり、「ライフエナジー」と呼ばれている己の生命エネルギーを操り、刃具に纏わせる事でその真価を発揮させている。
ただ、道具が道具な為に死亡事故が発生する程危険な代物でもあった。その為使用時には、必ず「防刃具」という特殊な防具を身に付けるよう義務付けられている。
軽装な勝負服のものが主流だが、その見た目とは思えぬ選手を補助する機能がある。
身に付ける事で過度なライフエナジーの消費を抑えたり、外部からの攻撃から身を守る鎧になったり。
なので、本当にそういう事故が起こるのは今ではごく稀だ。
覇道は、矛である刃具と盾である防刃具。この2種類の道具「武刃具」を用いて行う。
創真は選手ではない、刃具を造る事を専門とした「武鍛刃」と呼ばれている鍛治師。学科も鍛刃科というのを専攻している。
それで、何故創真が頭を抱えているのかと言うと。
「ライフエナジーをもっと効率良く刃具に纏わせるには、この部分をちょいと捻れば……どうだ!」
弓型の刃具に手を添え、もう片手にはホロディスプレイで時間を測ろうと操作する。少しぎこちなさが見え、マルチ作業はあまり得意としていないようだ。
「さーて刃具ちゃん、上手く行く事を願っているぞー」
刃具にライフエナジーを流し込んだ。すると、エネルギーを得た刃具は水を得た魚のように展開して、弓にその輝きが灯る。ここまでは上々。
ピッ、とタイマーを止めた。ホロディスプレイを目の前まで引き寄せ、ライフエナジーが刃具にちゃんと行き届いたかの時間を確認する。
「だークソ、少し絞り過ぎた! 2秒も掛かっちまった」
また、刃具の調整に失敗した。ライフエナジーのエネルギー伝達がとても悪くなってしまっている。それも、最初よりも酷くなって改悪としか言いようしかない出来となった。
「変な割り振り方するもんじゃないな」
ライフエナジーを矢として撃ち放つ攻撃力に多少なりと出力を割り振ったせいで、矢を生成してから次の攻撃に移るまでのエネルギー伝達にラグが生じてしまっている状態になっている。
ここら辺の調整が一番面倒で、創真が最も嫌っている作業。
2秒のタイムは市販の刃具と比べたら結構早いのだが、プロが扱う刃具は1秒を切っている。創真も1秒代までは叩き出せるが、僅かなコンマ数秒の壁を超えたくて無理をしている。
出力を落とさず、エネルギー伝達を効率良くさせるにはまだまだ経験と技量不足。
それでも創真は、これこそ武鍛刃の醍醐味だと思っている。苦労して、壁にぶち当たっても、その先にある成功の達成感を味わったら今までの気苦労など吹っ飛んでしまう。
武鍛刃ではないものから見れば「そこまで拘る必要性があるのか?」と思うに違いない。でも、これが必要というか、試合では結構命取りになりがちでとても重要なこと。
もう一踏ん張りだ、と息巻いて工具を手にする。
「やっぱこの部品外すんじゃなかったな。だとしたら、ココとココをこうして、このスプリングをもう一回り小さいやつと交換したら──」
コンコン、とノック音がした。許可の声を上げる前に、先に扉が開いた。「誰だよ?」と口から漏れるも、すぐに察して深い溜め息を吐く。
「邪魔するぜー」
「お前なぁ……」
ノックと同時に入って来るのはいい加減やめろ、そんな言いたげな視線を入って来た男性に向ける。
それについて反省しているのかしてないのか、いまいち微妙な反応をする男性。
名を四季崎侑斗。1年生からの付き合いで、今調整している弓型の刃具の持ち主だ。気さくで親しみやすい、とても理解のある創真の親友。正直勿体無いくらいだ。
そして何より、弓型の刃具「グロリアス」は創真自身が造り上げ、託した「武刃家」でもある。
武刃家とは、簡単に言ってしまえば舞台上で武刃具を用いて闘う競技選手の事を指す。
特に特別な説明は無い。
「それで、グロリアスの調整はどんな感じだ?」
「出力の調整ミスで、ライフエナジーの伝達効率が少し悪くなった」
「どんくらい?」
「2秒だぜ、2秒! 調整前は1秒切るか切らないかだったのに改悪だ」
「1秒の差くらい、別に良いだろ?」
その瞬間、創真の目がギラつく。
地雷踏んでしまった、と侑斗は両手で口を覆って後悔した。
しかしながらそんな反応しても、もう手遅れ。
「刃具がライフエナジーを纏うのに2秒も掛かったら、矢を生成して撃ち出すのにその分時間が掛かるだろうが! ライフエナジーの伝達効率を上げるという事は、試合の優位性にも繋がると言えるんだ」
「んな、細かいな」
「細かいだろうが何だろうが、これくらいの調整を当たり前にするのがプロってもんだ。最高の刃具を完成させるというのは、そういう事を気にして──」
「はいはい、分かったって。創真の熱烈歓迎刃具トークは聞き飽きた。勘弁してくれ」
侑斗は、逃げるようにホロディスプレイを操作してある画面を見せつける。
見せられた画面を見て、創真は顔面蒼白。
「今、何時だと思う?」
「オゥ……最悪だ。遅刻だ!」
今日は新入生の入学式。在校生は新入生の歓迎の為に一度学園へと赴かなければならない。しかも、その新入生の中には妹の小春もいる。
わざわざビデオ通話で制服を見せびらかしては、入学式の時は遅れずにその晴れ舞台を見に行くと約束までされたのに。
そんな大事なイベントがそこまで迫って来ている。
グロリアスを折り畳み、それを投げ付ける様にして侑斗に返却。
その際「調整途中なのに……」と呟かれた。
慌てて工房の電気を落とし、入学式が行われる会場へと猛ダッシュする。
「何でそんな大事な事を早く言わない?」
「三度の飯より刃具が大事なお前の事だ。妹ちゃんの入学式なんて、なんかこう適当かなと思っただけ」
「確かに俺は、最高の刃具を造るに三度の飯よりって感じだ。けどな、たった1人の妹の入学式だぞ? 見逃してたまるか!」
「それは悪ぅござんした」と渋々謝る羽目になった侑斗。
一刻も早く、可愛い妹の小春の入学姿をこの目に焼き付けなければと意気込む。
「侑斗急げ! 入学式は待ってくれないぞ!」
「何で俺がこうも言われなきゃいけないんだ?」
◯
会場前。創真と侑斗は、汗を垂らし息を切らせながらも到着はした。
此処まで来るのに全力疾走。深く呼吸をして負担が掛かった心臓をゆっくりと落ち着かせる。
そして創真は一言叫んだ。
「よっしゃ、間に合った!」
「──これが全然間に合ってないんですよね、兄さん」
「うひゃ⁉︎」
堂々たる物言いに、バッサリと後ろから辛辣な言葉が突き刺さった。
声がした背後。ゆっくりと振り返ると、そこには噂の妹である高坂小春が立っていた。
細長く一つに束ねられた黒い髪、丸みのある可愛い目。自慢の妹のお見えだ。
制服もちゃんと似合っている。ただ、着こなしている制服が、育った豊満な胸によって今にもボタンが弾け飛びそうになっているのだけが些か気にはなる。
「式はもう終わりました。残すは、新入生を歓迎するイベントだけです」
「それは、ごめんな」
小春は、少しばかり汚れている兄の制服を見て、直前まで何をしていたのか察した。
「また、刃具に没頭していたんだ」
創真がそういう人なのは、昔から知っているのでそれに関しては追求はしない。なんとも理解ある妹。
そして、そんな事もつゆ知らずの創真。
「困った兄さんです。ですが、兄さんらしいと言えばらしいですね」
「あっ、おはよう噂の妹ちゃん。俺はね──」
「四季崎侑斗先輩、ですよね? 兄さんが選んだ武刃家の」
「おっ、妹ちゃんにまで俺の事が耳に入っているとは光栄だ! そう、俺は創真の親友であり、創真が造った刃具を託された1人の四季崎侑斗先輩だ!」
これから宜しくねー、とお互いにお辞儀をして挨拶を交えた。
妹と親友が、こうして邂逅するのは良い事だ。それに、武刃家とこうやってコミュニティが広がる事は嬉しい限りだ。武刃家と武鍛刃の繋がりはそれくらい大事だから。
「小春、新入生歓迎会のイベントは参加しなくて良いんか?」
「しますよ。いつまで経っても姿を現さない何処ぞの兄さんを、此処で心寂しく待っていたのです」
それを言われたら何も言い返せない創真は、言葉を静かに呑み込んだ。
「ところで妹ちゃん、イベントについてはもう把握している?」
「はい、何も問題ありません」
天海学園で行われる新入生歓迎のイベントは、普通の学校とは違ってかなり特殊なもの。
新入生は、2、3年生と交流を深める為に武刃家と武鍛刃でそれぞれイベントが別の会場で行われる。
スポーツ選手として舞台に立って闘う武刃家の者は、先輩方相手と模擬戦を。
武鍛刃の者は、此処とは別の会場に移って、競技に使う武刃具の展覧会を先輩達と談笑しながら見て回るというものだ。
仕方のない事だが、武鍛刃よりも武刃家の方が会場の優遇差に一際目立っている。
武刃家は選手。やはり、表舞台に立つ事で世間の目触れる機会がとても多い。
それでも武鍛刃の存在あっての武刃家。お互いがお互いにリスペクトの気持ちを忘れてはいない。
「ルールは公式戦と同じですが、時間制限が五分と聞いています」
覇道のルールは、規定に基づいた刃具と身を守る為の防刃具の使用が必須。
勝敗は至ってシンプル。どちらかが戦闘不能、防刃具の強制解除、負けを認めさせる、審判による判定のいずれかだ。
試合時間は基本30分と規定されているが、今回は五分という特別ルールを設けられている。
新入生の歓迎イベントなのだ。それくらい気楽な方が良い。
「そういえば創真、妹ちゃんの使う刃具ってもしかしてだけど」
侑斗は会場の外からずっと気になっていた。小春が背負っている女の子には全く似合わない大きな刃具。そこにあるだけで、かなりの存在感を放つそれを。
創真は指を鳴らして「そう、お察しの通り!」と反応した。
「小春が使う刃具は『大剣銃撃墜砲丸』って言う名前だ。その名の通り、大剣と銃を合わせた強力な攻撃力を秘めた刃具。欠点として、機能を追加する度に色々と大きくなってしまって重量が……まあ、そこは妥協点だ。防刃具さえしていれば、別に持てない事は──」
「兄さんの刃具トークは、いつ聞いても飽きません。だけど、今はイベントが先です。早く行きましょう」
刃具の話になると手が付けられなくなってしまうので、そうなる前に小春はこの話を一旦区切られせた。その後、創真の背中を押して会場内へと進んで行く。
この説明は追ってしよう、と親切心で口走るが、2人はあまり乗り気じゃない反応をしていた。