第九話
―イマーガワ帝国
西方大陸随一の国土と国力を持つ軍事国家イマーガワ帝国。有史以来、一度の敗戦も喫した事が無いという。
「お父様!」
皇帝の間へ、扉を乱暴に開けて立ち入ったのは皇女チェルン。
「どうしたのだチェルンよ。オーバーン王国を訪問していたのではないのか?」
玉座に構えるはイマーガワ帝国皇帝ゴザソール。チェルンは皇帝にツヴァン村での出来事を、多少大袈裟に話す。
「カスター王子の行いは、わたくしとの婚約破棄も同然!そして皇女たるわたくしへの侮辱はイマーガワ帝国への侮辱にも等しい行為ですわ!!」
激高する皇女を窘めながら、皇帝は言う。
「確かに、此度におけるオーバーン王国側の行いは目に余る!然らば、須く報いを受けさせねばならぬ!文官、全兵に勅令を発せよ!!」
「御意に!」
皇帝の命を受けた文官は部屋を後にする。
「さすがお父様ですわ!見てなさいカスター!そして東方女!わたくしを嘗めたこと、後悔させてやるんだから!!」
高笑いをしながら退出するチェルン。部屋に残されたのは皇帝と、皇子オヤキンの二人であった。
「……親父」
先に口を開いたのはオヤキン。第一皇位継承者であり、帝国軍の指揮を執る将軍の地位も兼任する武人である。
「いくら親父がチェルンを溺愛しているとはいえ、戦争まで仕掛ける事か?」
オヤキンの問いに皇帝はくくくと笑いを漏らす。
「なぁに、婚約破棄はただのキッカケよ。余の、真の狙いは別にある。オーバーンが抱えているという“聖女だ」
「聖女……?」
皇帝日く、オーバーン国王が難病から回復したのは、王国に現れた聖女が奇跡の菓子を食べさせたからだとか。
「余も、噂を耳にした時は与太話だと笑った。だがな……入れ!」
皇帝の一声で扉が開く。
「失礼致します!」
一礼ののち、入室したのは一人の兵士。その傍らには地竜を連れていた。
「何だ貴様、宮廷内に魔物を入れるなど……」
「よいのだオヤキン。余が許可した。それよりも、その地竜を見るがいい」
皇帝に促され、地竜を注視するオヤキン。
「その竜は長年もの間、酷使され、身もぼろぼろで寿命も近く戦力にならんので、チェルンの護衛にしておったのだが…」
「老齢どころか若々しい鱗の輝きじゃないか!親父、これは……」
皇帝はにやりと笑う。
「その竜が奇跡の菓子を食べ力を取り戻したと聞き、与太話は確信へと変わった。王国の“聖女”と“オーバーン焼き”、この二つを手中に収めた時、我が帝国は世界の覇者となるであろう!!」
高らかに言う皇帝。確かに最強の軍隊を持つ帝国に奇跡の回復力を持つ菓子が加われば、不滅の力が手に入るであろう……オヤキンは皇帝に向き直る。
「親父…いや、皇帝陛下!その任とこの地竜、我が輩にお預けください!王国の領土と聖女、そしてオーバーン焼きなる菓子を持ち帰ってみせましょう!!」
「うむ、任す。期待しておるぞオヤキン……いや、将軍よ!!」
親子ではなく皇帝として、正式にその任を将軍に任ずる皇帝。
「奇跡の菓子も、帝国のものとなれば名を改めねばな……《《イマーガワ焼き》》と!!」