第五話
オーバーン王国。
多楼亜麻奈が転移してきたこの世界において、大陸の西側を治める国々のうち一つがこのオーバーン王国である。
かつて地上の人々と魔界の住人“魔族”による戦いが地上人の勝利で終わったのも束の間、人類同士に よる戦乱から只人らが各地に国を興すこととなった。そして多くの国々では亜人は被差別種族として扱われ、只人の文化・習慣を強いられる事となる。
オーバーン王国当代国王キャラメ・ル・クリム3世は亜人達への同化政策を撤廃し、国有地各所を亜人達の集落として開放、自治権を認めた。只人による過度な干渉を行わず、各種族の文化・習慣を尊重する政策を執った事により平和を愛する名君と謡われている。
―ツヴァン村
アマナが村に来てから数日後。一頭の馬がその背に人を乗せ、村の入り口へと差し掛かる。
「むっ」
竜人の番人コレートは、その姿を視認すると、槍を構えるが、すぐにそれを下ろす。
「ご苦労様、コレート」
馬から下り、被っていたマントのフード部分を脱いだ男は端正な顔立ちをした青年であ った。
「殿下!ご足労、お疲れ様です!」
殿下と呼ばれたこの青年こそ、オーバーン王国王子カスター・ド・クリム。村人達が信頼する 数少ない只人の一人である。彼は領地であるツヴァン村を定期的に視察するのだが、村人達の意向を汲み、いつも従者を伴わず単独で訪れる。
「コレート、いつもより鱗のツヤがいいな」
「解りますか。これも聖女様からもらった“奇跡の菓子”の賜物ですよ」
聖女と奇跡の菓子……カスターが此度ツヴァン村を訪れた目的は、その噂を確かめる為 でもあった。
「成る程、私もその聖女とやらの元へ案内してくれまいか」
「いいですとも。聖女様も只人の様ですし、同族の方に会いたいとお思いでしょう」
東方からやって来たと思しき“聖女”と呼ばれる只人がツヴァン村の亜人達に“奇跡の菓子”なるものをばらまいている……王都に聞こえた噂話はそのような内容だった。聞けば何とも胡散臭い話ではないか。
(もし、その聖女だかが邪悪な宗教や薬物の類いを我が領土に持ち込んだとすれば、私は王族の名に於いて、この国と民を守らねばなるまい……)
カスターの腰には儀礼用の細剣が差してあるのみだが、いざとなればこの剣を前から抜く事になるやもしれぬ……そう思いながらコレートの後をついて行く。