第四話
─長老の家
アマナがこの家に来るまでの道中、あらゆる種族の亜人種、動物や魔物の姿があったが、自分と似た種族……所謂“只人”は一体もおらず、そしてみな自分を見る目が好意的ではなかった。
通された部屋で椅子に腰掛けたアマナに、まず長老が口を開く。
「改めまして、私はこのツヴァン村を任されておりますコ・シアンと申します」
長老シアンは顔こそ皺の多い老婆でありながらも目鼻立ちは整っており、プラチナプロ ンドの髪と長く尖った耳から、やはり亜人種であることが窺えた。
「種族はハーフエルフ……エルフと只人の混血よ」
長命種族であるエルフは外見も年を取らないのに対し、ハーフエルフは只人の血により老化が顕著となる。
「長老さま……私、名前以外の記憶が無いんです。パンセとポンセは私を只人だって言うけど、それすら本当かどうか自信がなくて……」
「アマナさん、あなたの名前……タロウが姓でアマナが名ね?名前の響きと、黒い髪と瞳は東方の地にある“蜂楽皇国”や“クァイ・ティエン王朝”の人に多い特徴だわ」
「さっすが長老様!長生きなだけあって物知りだぜ!」
ポンセが茶々を入れるが、
「でも、その服装は東方にも、この辺りにも、どこにもない意匠ね。それに、“無からお菓子を作り出す魔法”みたいなものも聞いたことないわ……」
「そうですか……」
アマナは自らの正体が結局は解らず終いであり、落胆する。
「別にいいじゃないの!アマナが何の種族でも、どこの出身でも、あたし達には関係ないわ」
「そうだよ、オイラ達は姉ちゃんの友達だぜ!コレートのおっちゃんや村の人たちだって、仲良くしてくれるさ!」
「ありがとう、パンセ。ポンセ」
アマナは双子の頭を優しく撫でる。
「そうね。ここは種族を問わず生活し、各種族の生き方が尊重される村として、この国の国王陛下がお作りになられた場所。少しずつでも打ち解けられるはず。ツヴァン村の住人としてあなたを歓迎するわ」
アマナは席を立ち、長老の側まで近づくと、彼女の皺だらけの手を先ほどコレートに対し行ったのと同様に握った。
「ありがとうございます、長老さま。じゃあお近づきの印、受け取ってください」
アマナは掌から、またも円形の菓子を生み出す。
「ええ。いただくわ」
長老はにこりと笑い、菓子を口に運ぶ。
「美味しいわ……あっ……はぁぁっ!?」
パンセ・ポンセ、コレートの時と同じく長老の体にも変化が訪れる。
「ちょ、長老様!」
「顔の皺が……!」
パンセが鏡を長老に見せると、そこには見目麗しい乙女のような顔が映っているではな いか。
「老化が……消えた!?」
ハーフエルフの老化は、長い寿命の大半を苦しみながら過ごすという呪いの如き遺伝上の欠陥であった。パンセの冒された毒と同じく、アマナの菓子はこれを病や外傷と認め消し去ったのだろう。
「凄いわ……そのお菓子の効果、まるで奇跡よ!」
長老は喜ぶと同時に、アマナの持つその力に対し不安を感じた。
ふと、パンセとポンセの鋭敏な感覚が異常を掴む。
「家の外が騒がしいぜ」
「ちょっと見てみましょ」
「わ、私も……」
双子とアマナが長老宅の玄関を開けたその時だった。
家の前に押し寄せる村中の亜人たち。
「タロウ・アマナ!」
それらの先頭に立っていたコレートが口を開く。
「いや……アマナ様!見てくだされ、この鱗を!!」
コレートは背中をアマナに見せつけると、アマナはそれを触る。
「すごい、ツルツルしてるわ!」
「あの菓子を食べてすぐ、脱皮が促され全身の鱗が生まれ変わった様です!お陰で十数年悩まされたクレスト(トカゲ等にある背中の突起)の脱皮不全もすっかり解決しましたぞ!!」
爬虫類は指先などの脱皮柄が上手く脱げない事により脱皮不全という現象が起こる。ひどい時には殻が脱げず壊死してしまう事すらある。
「この事を村の者に話したら、是非ともあの菓子を食べてみたいと皆が言い出しまして……」
村人達はアマナの顔を一瞥すると、口を開く。
「アマナ様、私にもコレートに与えた菓子を!」
「病気の爺様に食べさせてやりたいのです!」
「我らに“奇跡の菓子”を!!」
只人という人種に良い感情を抱かぬ亜人達が一斉にアマナの元へ集まる。
「皆さん、落ち着いてください。あと何個出せるか解らないけど、皆さんにもあげますよ」
と、アマナは左右の掌に円形の菓子を出現させる。
「私はタロウ・アマナ。たぶん東方の只人らしいです。そしてコレは、皆さんへのお近づき の印です!」
アマナから菓子を受け取った亜人達は次々にそれを食べ、体の好調を示す。
「すごいわね、アマナ」
「あっという間に村の人気者じゃねーか!」
微笑ましく見守るパンセ・ポンセとは対照的に長老は眉をひそめる。
「あの力、他の国々にでも知られたら……きっと良くない事が起きるわ」