第十六話
孤漫道─1980年代米国にて、中華系アメリカ人マイケル・リーにより創設された武術である。ボクシング、忍術、カンフー等々古今東西のあらゆる格闘技を融合させ生まれた秘伝の継承者である母より、アマナは幼き頃からその技術を叩き込まれていた。
「高校生になって!やっと彼氏が出来て!素敵な恋愛が出来ると!思ってたのに!!」
オヤキンの体を滅多打ちにしながらアマナは呪詛の言霊を拳に乗せる。やっとこさ出来た恋人との初デート中、彼女らに絡んできた不良男達を拳で返り討ちにした事によりドン引きされ、そのまま別れる事となった記憶も甦ったばかりなのだ。
「嘗めるな小娘ぇっ!!」
オヤキンの反撃。100キロ近い男の拳が顔面を打つが、オーバーン焼きの効果により強化された体には擦り傷だ。通常ならば骨折は免れないが、鼻血が出る程度で済む。
「ううんっ……」
「殿下!」
「気付いたのね!」
オーバーン焼きを食べたカスターは意識を取り戻した。
「そうだ……アマナは!?」
辺りを見回す彼の視界に飛び込んできた光景……それは、アマナがオヤキンと殴り合っている様子であった。しかもアマナの方が押しているではないか。
「……何だアレは?僕は夢でも見ているのか?」
「残念ながら現実だぜ」
「というか、あれが本来のアマナみたいなのよ」
たおやかな少女であるはずのアマナが、自分を負かした帝国最強の将軍と、互いに血だらけで殴り合っている。カスターの脳は目前の出来事を処理するのに手間取っていた。
「これで……終わりよッッッ」
孤漫道絕技・神竜掌!丹田で練った氣だかオーラだかそういうものを掌から放ち、触れた相手の身体機能を内側から破壊する究極の技であり、開祖マイケル・リーですら生きている内に完成させる事が出来なかったという。
「ゴハァっ…」
口腔・鼻腔・眼窩から血を噴き出し、オヤキンの2メートル近い体は音を立てて倒れた。
「手強い相手だったわ」
倒れたオヤキンに背を向けたアマナの視界に、カスターの姿が映る。
「カスター!気が付いたのね!」
鼻血と返り血にまみれたアマナが駆け寄ってくる。
「良かった……私の王子様!」
自らを抱きしめる腕は細いはずなのに、甲冑の上からでも伝わるほど力強い。
「アナタは私が守護ってあげるから!」
血の化粧で彩られた彼女の笑顔に、カスターの心臓は萎縮ののちに大きく脈打つ。
これは恐怖ではない…恐怖のその先にある感情を目覚めさせられたのだ。
(僕は……彼女に、“支配されたい”!)
と。
「だからカスター、私の傍から居なくならないで!」
「……誓うよ、アマナ。僕は、君のものだ」
カスターを立たせた後、アマナは倒れたオヤキンの元へと歩み寄り、アマナは掌から生み 出したオーバーン焼きをオヤキンの口にねじ込む。
「起きなさい!オヤキン!」
無理矢理オーバーン焼きを飲み込まさせられたオヤキンは、飛び退くように立ち上がり、 アマナと距離を取る。
「この回復力…まさに奇跡の菓子だな……」
先ほどまで死にかけていた自らの体を見ながら、オヤキンは続ける。
「何故、俺を助けた」
「貴方が殺すには惜しい男だからよ」
「……今、平然と殺すとか言ったわよ!?」 「やべー女じゃん。“聖女”って何だっけ」
パンセ・ポンセの言葉を無視してアマナは続ける。
「兵達と共に引き上げなさい。負傷した者がいるなら、私が治してあげるわ!」
「待てアマナ!そいつは国家間の条約を破り、我が国に侵攻したんだ。捕らえて王宮に……あ 、ハイスイマセン…」
カスターの言い分を、アマナはひと睨みで黙らせる。
「もっと強くなって出直しなさい。あなたにも、“私を奪い合う権利”をあげるわ!」
アマナは右掌からオーバーン焼きを生み出し、オヤキンへと差し出す。
「その選択、後悔するなよ?いや、後悔どころか悦びに変えてやろう。タロウ・アマナ、近い内に必ずお前を俺の妃に、その菓子の名をイマーガワ焼きにしてやる!その日を楽しみにしておれ!!」
オヤキンはオーバーン焼きを受け取ると、帝国の兵達に撤収を命じた。両軍共に負傷者はオーバーン焼きの力により回復した為、此度の戦は死傷者を出すこと無くオーバーン王国側の勝利に終わった。
※弧漫道とマイケル・リーについて知りたい方は、たかはた睦の小説『干支乱勢~えとらんぜ!~』を読んでみましょう。