第一話
─東京都荒川区
季節は師走。東京23区にも、今年初の雪が降るとか降らないとかニュースで伝えられていた在る日。
地下鉄千代田線を町屋駅で降りた少女は、地上出口に出るとすぐ近くの店に立ち寄る。
「おばさん、大判焼きください。あんことクリーム2個ずつ」
「はいよ。“今川焼き”のあんことクリーム2個ずつね。480円だよ」
今し方、大判焼きを受け取った彼女の名は多楼亜麻奈。高校二年生。塾帰りにこの店で大判焼きを買って帰るのが好きなだけの、ごく普通の女子高生だ。強いて変わっていると言 えば、彼女は必ず好きなその菓子を「大判焼き」と呼称する。店の看板に「今川焼き」と書いてあり、店のおばさんにも「今川焼き」と訂正されてもだ。
亜麻奈は大判焼きの袋を抱え、都電荒川線のホームへと向かう。都電荒川線は東京都を走る唯一の路面電車であり、亜麻奈はここから北区の王子駅まで20分近く乗る。
「(大判焼き、早く食べたいなぁ……)」
勉強で疲弊した脳味噌へと供給する糖分を、出来たての内に摂取してしまいたいが、都電の中で食べるわけにはいかない。亜麻奈はその楽しみを紙袋にしまい、胸に抱きながら都電が王子駅に着くのを待つ。
『次はー熊野前ー熊野前ー』
都電が日暮里舎人ライナーの通る交差点に差し掛かったその時だった。
轟音、衝撃、横転する車両。信号を無視した乗用車と都電が出会い頭に衝突したのだった。
薄れゆく意識の中、亜麻奈は思った。
「(大判焼き、食べたかったなぁ……)」
その日、東京じゅうのテレビの全チャンネルで荒川線の交通事故が報道された。この事故により死者は出なかったという事と、多楼亜麻奈という女子高生が鞄だけを残し、行方不明となった事を……