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素数と五芒星  作者: 陶子
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 将聖(しょうせい)はショックを受けていた。

「え……。そんなに簡単にできるの?」

「うん……。」

 少し困ったような表情(かお)優希(ゆうき)が応える。

 その手には、折り紙を切って作った金色の五芒星形が、卓上灯の光を反射してきらきらと輝きながら乗っていた。



 このところ、将聖たちは七夕祭りの準備に余念がなかった。

 授業中だけでなく放課後の時間も使って、お花紙を蛇腹に折ったり、折り紙で折った鶴を糸でつなぎ合わせたりしている。

 二人の地元は、旧暦で祝う七夕祭りが有名な地域だった。その飾りにも一つ一つ意味があり、学校の授業でもそれらの名前と意味、作り方が取り扱われるくらいである。大きな文房具屋に行けば専用のキットも売っているため、覚えてしまえば手軽に作れてしまうようにも思えるのだが、教師が勧めるように、そこに「自分らしさ」を取り入れようとすると、途端に難しい創作物にもなった。吹き流しに模様を入れたり「お花紙」でくす玉の表面を埋めたりと、割と時間と労力もかかるものなのである。

 年々凝った装飾や仕上がりの美しさを要求されるようになるため、学年が上がるにつれ面倒に感じられるようにもなるのだが、毎年シーズンが近づくたびに必ず一そろい、将聖たちは七夕飾りを作っていた。でき上がった作品を、海外の姉妹都市へ贈ったこともある。

 そして、今年は特別な年だった。

 将聖と優希の通う小学校では、六年生が飾り付けた竹竿を一年生にプレゼントし、その下に短冊をかけてもらうということが伝統的に行われている。一年生に六年生が作った立派な七夕飾りを見てもらい、彼らの手本とするためだ。一年生にはまだ難しい、技巧を凝らした作品を見せることで「将来は自分たちも、こんな素晴らしい飾りを下級生にプレゼントできるようになりたい」という意欲を育てる意味合いもある。

 そして六年生にとっては、それは「これまでの五年間培ってきた成果を大々的に発表する場」なのであった。用意された竹竿は葉の付いた真竹ではなく、暖簾竿として売られている黒竹で、しかも廊下と教室の高窓の枠に横に渡して飾られるだけである。だがこの六年間のうちただ一度、六年生だけが、地元の商店街で見られるような本格的な七夕飾りを作るための材料を手渡され、制作の機会を与えられるのだ。

 だから今年は学級(クラス)全体でどんな飾りを作るかが話し合われ、大がかりに作業に取り組んでいたところなのだった。みんなで下絵を描いてデザイン・コンテストを行ったり、班ごとに作る飾りを分担して材料を分け合ったりと、あれこれ試行錯誤を繰り返しながらの慌ただしい日々を送っていたのである。

 将聖たちの班は、くす玉と吹き流しを作る担当だった。三種類作るうちの一つを任されている。五年生まで個人個人で飾りを作っていた時は、この吹き流しはただ紙を筒状に貼り合わせ、一方の端にハサミで切り込みを入れただけの素っ気ない物だった。

 だが、今年の吹き流しは違う。

 綺麗な色合いの薄い和紙を内側に垂らし、その外側を自分たちで絵柄を入れた楮紙(こうぞし)で覆う。そんな複層構造に仕立てることにしたのである。風に揺れると、厚い楮紙(こうぞし)に入れた切り込みから、内側の柔らかな色合いの和紙が覗く。そんな豪華な作品になる予定だった。外側の絵柄を凝ったものにする代わりに、内側の和紙は無地のものを選んで調整することにもしている。

 ところが突然、班の女子がデザインを変えたいと言い出した。放課後に男子だけが教室の黒板前のスペースに集まって、お花紙で作った蛇腹を花の形に開いていた時の事である。

「あの……、吹き流しなんだけどさ。薄い和紙のほうを外側にして、折り紙で星の飾りを貼り付けたいんだけど……。だめ?」

 女子の一人、副班長のしおりんが意を決したように声をかけてきた。

「え~。最初のデザインとちがくなーい?」

 同じ班のともやんが驚きの声を上げた。もう準備も終盤に差し掛かってきたところだからだ。

「な、何かさあ、絵の具の色が滲んじゃって。模様っぽくなくなっちゃったんだよね……。」

「あ、あんなに滲むなんて思わなかったから……っ。」

 言いにくそうに口ごもりながら、みづっちが横から言葉を添える。

 しおりんは説明を続けた。

「今年の吹き流しは、星柄の花火の絵にしようって学活(がっかつ)でみんなで決めたじゃん。で、あたしたち最初にちゃんと鉛筆で下書きも書いて、みんなで色を塗っていたんだけどさ……。」

 言いながら、しおりんの声は徐々に尻すぼみになっていった。

「どんどん色が滲んじゃって、敷いてた段ボールにも絵の具が移って、それが今度は他の場所に付いちゃったりしたんだよね。だから、何だか汚くなっちゃって……。ごめん。」

 女子は三人共、今にも泣き出しそうな表情(かお)をしていた。

「でもさ、俺らお花紙と吹き流しの薄紙と、厚い和紙しかもらってないじゃん。その折り紙はどうするの?」

 ともやんがまた訊き返す。この班の中では一番おしゃべりで、思った事をすぐ口にするタイプだった。

「買ってきた。今、百均で。」

「えっ。」

「いいの。一人三十七円だから。」

 ぱるるが、手提げ袋からビニール包装されたものを取り出し、男子に向かって差し出した。まだ封も切っていないものだった。

 綺麗な折り紙だった。百均商品だが、そのクオリティは侮れない。金紙と銀紙だけが入ったもので、光沢加工された表面が鮮やかな艶を放って輝いている。

「待って。まず、その和紙見せてよ。」

 班長の将聖は言った。

「ほんとにそうした方がいいのか、それから決めよ?」



「うっわ、ひっで。」

 廊下の突き当り、階段の踊り場前に着くなり、ともやんが呆れた声で言った。広いスペースがあり、女子はここで作業していたのである。

 床に敷かれた段ボールの上に、びしょびしょに濡れた何かがのたくっている。それが数日前に渡されたあの楮紙(こうぞし)だと知って、将聖もしばし絶句した。ひと目見て、女子がわざわざ自分たちの小遣いで折り紙を買ってきた理由も(うなず)けるほどだったのだ。

 紙の表面はボロボロだった。所々、毛玉のようなものがこびりついている。何度も何度も筆でこすった結果だろう。しかも数箇所に、場違いのようにどぎつい油性ペンの色まで滲んでいた。確かに上から何かで覆って隠さなければ、とても「飾り」としては見られないものになっていたのである。

 花火の絵柄に彩色するのを失敗したのなら、そこでいったん手を止めて、周りに相談していれば良かったのかもしれない。今更ではあるが、そんなことを将聖は思った。中心部は惨憺(さんたん)たる有様だが、周辺部はさほどでもなく、「そういうぼかし染めなのだ」と主張すれば、それはそれで通りそうだったからだ。

 しかしきっと、そこで手を止めることができなかったのだろう。「絵の具を水で溶かずに、そのまま乗せれば何とかなるのではないか」「下絵の(ふち)を油性ペンでなぞったら、それ以上周りへは滲まないのではないか」などと、思いつくかぎりの試行錯誤を行った形跡があり、それが上手く行かなかったことも、そこにはしっかりと残っていたのである。

「これはやっぱ、何とかしなきゃダメでしょ。」

 優希が言った。

「しおりんが言うように、薄い紙のほうで何とかしないと。これ外側じゃ、厳しいと思う。」

 そう優希が結論付けると、ようやくともやんも(うなず)いた。

「しゃーねーわ。やるか、ゆきちゃん。」

 それからさらに、ともやんは言葉を続けた。

「あ~あ。ちゃんと乾かせよー? これ以上ひどくするんじゃねえぞ。」

 女子三人は、黙って(うつむ)いた。落ち込んでいることを察したらしく、それ以上優希は何も言わない。「こういうところが、こいつは男らしいよなあ」と将聖はいつも思っていた。

 教室に戻ると、全員すぐに自分の机に向かい、筆箱やハサミを取り出した。

「ゆきちゃん。これ使って。」

「おう。」

 女子が、クリスマスツリーに使う星型のオーナメントを男子三人に手渡し始めた。聞けば、星形を書くための定規替わりだという。星形を取る定規のようなものも売られているらしいのだが、女子三人が回ってみたどの文房具屋にも見当たらず、みづっちの家にあったそのオーナメントで代用することにしたのだそうだ。

「将ちゃんも、はい。」

「うん。」

 少しそのオーナメントが大きいことが気になったが、将聖も(うなず)いて受け取った。そして折り紙にせっせと下絵を描き始めた。



 ――結局、六芒星形になっちゃったなあ。

 しばらく折り紙を切り続けた後で、将聖は思った。長い時間続けたせいで、少し神経が擦り減ったような感覚があった。

 初めはオーナメントを定規に五芒星形を書いて切っていたが、今は作り方を変えていた。折った紙にハサミを入れる方法を用い、六芒星形を作っている。その方が時間が短縮できるからでもあるが、先の五芒星形では折り紙が足りなくなることが判明したためでもあった。

「小さな星が寄り集まった花火の絵柄」にすることは、学級(クラス)全体で決めたことだ。だから彼らの一存で、その原案まで変更することはできなかった。

 一方女子が買ってきた折り紙は、十六枚入りが一パックしかなかった。花火の絵柄として並べるには、この十六枚から百五十個ほどの星を切り出さなければならない。折り紙一枚につき星を九つは切り出さなければ、到底足りるわけがないのだった。そこで色々と工夫をしてみたのだが、定規を縦にし横にし斜めにしても、どうにもうまく収まらず、一枚から五つしか切り出せなかったのである。五芒星形を省スペースに収めるのは、意外に難しいということが分かったのだ。

 それと知って、女子は全員焦った様子で青ざめてしまった。目算では一枚の折り紙から、ちゃんと九枚切り出せるだろうと思っていたものらしい。ここで大人なら、ややはみ出そうが構わず星形を九つ並べて描き、ハサミを入れる時に縮小させてバランス良く切る、などといった工夫もできそうなものなのだが、将聖たちにはまだ、そんな応用テクニックを駆使するほどの人生経験が備わってはいなかった。

 仕方なく一枚の折り紙を四等分して使うことにし、今度は「折ってハサミを入れるだけで綺麗な五芒星形を切り出す方法」を班全員で探してみたのだが、歪んだ六芒星形や八芒星形になるばかりで、これまた上手くは行かなかったのである。

 最終的に話し合い「星型は六芒星形に変更すること」「折り紙は四等分したものをさらに四等分して使うこと」が全員一致で可決された。こうすれば、今まで無駄にしてしまった紙の分を除いても、二百個ほどの星が作れる。十六等分した紙を、二つ折りしてさらに斜めに三等分に折り、これをまた二等分して切ればいいのだから、さほど作業の負荷も重いわけではない。

 それから将聖たちはただひたすら、折っては切り、折っては切りを繰り返していたのである。

 女子は三人共、すっかり元気になっていた。折り紙の六芒星は、順調にその数を増やしていったからである。しかも縦横斜めにセンタープレスが入ったお陰で、最初に切った五芒星よりも、むしろ見栄えもするようになっていた。四等分にされ面積が小さくなった分、最初の紙を折る作業にはやや手こずるところがあるものの、ついでにおしゃべりをしていれば、そんなことさえ苦ではなくなる。

 最初は「あー、めんどくせ~」などとこぼしていたともやんも、今は楽しそうに手を動していた。みんなで一緒に作業しているうちに、すっかり和やかな雰囲気になっていたのである。

 やや不満が残ったのは、実のところ将聖ただ一人だった。

 ――あと少し。あと少しでできそうだったんだけどなあ……。

 心の中で、将聖はまだ未練がましく考えていた。「折ってハサミを入れるだけで綺麗な五芒星形を切り出す方法」のことを、である。将聖の頭の中では、五芒星形を切り出すためのおおよその方法はすでにでき上っていたのだ。「こうすればできるはず」と折った紙で、すでに歪んだ五芒星形を切り出す事にも成功していた。

 ところが、そこからそれを()五芒星形に寄せていくのが難しかった。考えれば考えるほど、切り出した形は()五芒星形から離れていく。

 ――家に帰ったらもう一度試してみよう。余った折り紙、あったはずだし。

 ハサミを使いながら将聖は思った。いつまでも五芒星形にこだわっていてともやんに怒られてしまったので、今は六芒星形を切ることだけに集中しようと努力している。

 だが、頭の中は五芒星形のことでいっぱいだった。早く今日の作業を終えて、家に帰るのが待ちきれないくらいだった。

 ――ちゃんと時間をかけて考えたら、絶対見つかる。そしたらみんなに喜ばれそうだし、ほかの奴らにも自慢できそうだし……。

 そう考えた途端、急に将聖はどきどきし始めた。もし折って切るだけで、限りなく()五芒星形に近い形を切り出す方法を見つけたら、もう一人、その成果を自慢できる相手がいることに気が付いたのだ。もし次の土曜日までに、自力で驚くような発明、ないしは発見をすることができたなら、その相手は将聖の「ある願い」を叶えてくれることになっていた。

 ――絶対に、絶対に見つけてやる。

 将聖は固く決意した。


次の更新は、本日(2024年5月5日(日))4時です。

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