4.始めよう
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翌朝、挨拶をしたわけである。教壇の上で適度に勇ましく名乗り、俺は自分を主張した――いや、そんなのはまるっきり嘘で、それはもう慎ましやかに自己紹介した。渡世の仁義のような概念はわきまえているつもりだ。
女子生徒らは静かでふんわりとした、それでいて若々しい柑橘系の色気がある「わぁぁ」という深い深い歓声で迎えてくれた。しかし男子はどうだ。敵対心剥き出しではないか。それならそれで都合がいいのは事実だ。俺はとっとと敗北を知りたいのだから。ゆえにさっさと突っかかってきてもらいたいのだが、しかしそういうわけにもいかないのだろう、だったらどういう話なのかというわけだが、そしたら後方の席の女子生徒が勢い良く立ち上がり、右手を上げ、「ウチには番長がいるんだよ!!」と元気良く突拍子もなく投げかけてきて――。
番長?
番長?
ああ、そういえば、ウチの父親がかつてそうだったらしいなと思い出す。その称号が軽々しいものだとは思えない。むしろ輝かしいものだろう。俺が知る限り、父はじつに優秀な人物だ。
「番長を知りたい!」
俺がそんなふうに腹から声を出すと、教室はざわついた。まあ、良いのだ。とにかくまずは番長を狩りたい。でなければ直近の未来すら見えないだろう。転校してきた意味もないだろう。しかし、誰も返事をしなかった。誰も番長を教えてくれなかった。自分で探せということなのだろうか。それともほかになにか理由がある? どうでもいいことなのだが、若干のイラつきくらいは覚えた。
俺は「もういい」と思い、壇から下りた。一つ空いている後ろの席がそうだろう、そちらに向かう。
「はいはーい! はいはいはーい!!」
教室中にそんな大きな声が響き渡ったものだから、さすがにびっくりした。俺はそちらを向いた。エンジンをかけなおしたのか、そちらに顔を向けると、先程の女子生徒がにこにこ笑っていた。
「雅孝くんだよね? 雅孝くんだよね?」
「ああ、雅孝くんだが、それがどうかしたか?」
「ウチのガッコには序列があるんだよ?」
「序列?」
初耳だ。
「そ。ケンカが強いヒトが上から下なの。雅孝くんはトップを目指したいよね? そうなんだよね?」
「そう言ったつもりではあるが」
そう。彼女が言っていることに間違いはない。
「女――ではなく、そこの女性」
「いいよぉ、女でも。だって女ですから。名もなき女ですから」
「べつに君臨したいわけじゃあない。だが、下に見られるのも面白くない」
「だよね? だよね?」
「心得た。下からやろう。誰の首からとればいい?」
女子生徒は「うーん」と首をかしげてから、「じゃあ、四位から狩ろう」と言い出した。臆したわけでもなければ反対に興味深く思ったわけでもない。ただいきなり「序列四位」とやらからぶつかれるとなるとたいへん嬉しく光栄に思った――だけだ、中途半端だなとも考えたが。
「名前だけ言っていい? 序列の上のヒトって上級生ばかりだし、そうである以上、彼らのフロアには行きづらいのですよぅ」
「ままあることだろうと思う」
「うっへ、男前すぎるぜ、にいさん」
「世辞はいい。序列四位とやらの、言わば住所を教えてほしい」
女子生徒はメモ用紙にさらさらとボールペンを走らせ――。
ちぎったメモを寄越してきて――。
「美少女の女子生徒さん」
「びびびっ、美少女とかっ!? うひゃぁっ?!」
「ああ、質問があったはずなんだが、忘れてしまった。まあ、良しとしよう」
「あはははは、面白いね、雅孝くんは」
「五位だっているんだろうと思う。きりが悪いように思う。四位からでいいのか?」
「いいの、いいの。どこからにせよてっぺんまで駆け上がることができれば、きみは我が校におけるスターになるのですし」
なるほどなと唸った。
本校における仕組みはだいたい理解した。
だったら、たとえばまずは戦ってやろうではないか。
力こそすべてだ。