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23.金モヒ氏の投石

*****


 本日の香田はバイクではないらしい。そういうこともあって、セーラー服姿の女子――否、美少女三人だなと訂正する。俺たちは街を歩いていた。


 風間が「どっか寄ってく?」と話を振り、「だったらマックに行こうぜ」と桐敷が応じた。香田は無言だ。香田の場合、風間が行くところにご一緒するつもりだろう。そこにあるのは途方もないくらい大きな愛に違いない。俺はいよいよ彼女たちの関係を危ないと思って――いや、違う。そういうのもアリだろう。いまのご時世、そういうものだ――多様性なる綺麗事にも似た言葉はどうしたって好きにはなれないが。


 桐敷と香田が並んで前を歩いている。その後ろに風間、その後ろに俺である。桐敷はせっかちだから前を行きたがるのだろうが、香田の場合は風間を守るべく盾になっているのだと思われる。三者三様。つくづく微笑ましいなと感心させられてしまう。


 夜になれば賑わうであろうこじんまりとした飲み屋街をのんびり歩いていた折のことだった。後頭部にいきなりの衝撃、なにか硬い物だと知り、俺は咄嗟に「伏せろ!」と叫んでいた。


「な、なんだよ、神取!」

「後ろからなにかぶつけられた!」

「やっ、野郎っ!」

「桐敷! だからしゃがんでろ!」

「なんだよ! しょうもねー不意打ちとか許せねーよ! 舐めくさりやがって!」

「誰も向かうな! 俺がカタをつけてくる!」

「はあ? おまえ、怪我したんだろ! だったら、あたいに任せろよ!!」


 優しいな、桐敷、おまえは、ほんとうに。


「俺だけで処理できる。桐敷、それに風間も香田もだ。表通りまで急げ。とっとと行ってしまえ。そのほうが俺は安心する。わかるだろう?」


「でもよ、神取っ」

「やかましいぞ、桐敷」


 投石だろう――かましてくれたグレーの学ランの男――たぶん、パネコーの生徒――であろう人物は、「ハッハァッ、大命中!」と快哉を叫んだ後、いまなおゲラゲラゲラゲラ笑いながら、続いて「チャラチャラ女といちゃついてんじゃねーぞ、クソオボッチャンがぁ!!」と汚い言葉で口撃してくれた。路地だろう、そちらに消えた。


「ヒトを殴りたくなったのは久しぶりだよ、ああ、得難い感情だ」

「ば、馬鹿言え、神取。おまえ、それこそ石ぶつけられて――」桐敷は俺の後頭部にそっと触れ、それから手に付着した物をみて、顔を真っ青にした。「だ、だめだ神取、あたいがのしてやる。心配すんな」

「それはいけないな」

「だから、どうして――」

「おまえは女だからだ」


 大した傷じゃない。

 十二分に動くことができる。

 だから俺は異性の三人に向かって「とっとと逃げろ」と改めて伝えた。

 なんだかんだ言っても、俺の言うことを聞いてくれた三人には感謝したい。



*****


 後頭部からうなじにかけて、さらには背中にかけて、血液がだらだら流れている感覚がある。だが、そんなことはどうでもいいわけだ、取るに足らないわけだ。


 金髪のモヒカン――金モヒ氏が駆け込んだ路地へと折れ、一本道をしばらく進むと、駐車場に行き当たった。逃げ道については来た道を引き返せば――なんとかならないようだ。もはやそちらもグレーの学ランの男に塞がれている。まるで出口がない。周囲は四角いコンクリートブロックに囲まれている。殺されても文句は言えないくらい迂闊だった――なんてわけがない。俺ならなんとでもできる。


「なあ、オボッチャン? いまの状況だ、ビビッていい状況だ、俺がおまえに負けると思うかね、キャハッ!!」


 まったくもって、やかましい男だ。図々しくもある。だいたいろくに腕もないニンゲンほどからかうようにバックアタックに終始するものだ。阿呆な金モヒ氏が右手の指をパチッと鳴らした。左右と後方。三か所から男らが突っ込んできた。――右の拳だけでじゅうぶんだった。計二秒足らずで全部撃沈する、撃沈した。


 金モヒ氏は「へっ?」みたいな驚いた顔をして、それからいっそう馬鹿みたいな顔をして、そんな感じで無抵抗だから、俺にさっさとのされてしまった。金モヒ氏の金髪モヒカンを掴んで、その顔面をガンガンガンガンコンクリートの壁に叩きつけてやる。


 金モヒ氏は「ふへっ、ふへへっ」と気色の悪い笑い方をした。


 そして、ああだこうだと復讐の呪詛を振りまいた。


「死んでおけ」


 俺は金モヒ氏の顔をいっそう強く壁にぶつけてやった。



*****


 自宅にとっとと戻った。


 するとだ。風間も桐敷も香田も、我が家――アパートの一室の前に立っていたのである。


 桐敷はほっとしたような顔をして、風間は笑顔を見せて、香田に至っては無表情だった。


「ほぉら、サキ、あたしたちの恋人はきちんとご帰還じゃない」

「信じてたさ。信じなかったわけねーだろ? つつつ、つーか、恋人とかっ!」


 香田にしては珍しく、優しい顔をしてくれた――ように見えた。


「あらためて神取くんの家に押し掛けてやろー、おーっ」

「だ、だからよ風間、不純異性交遊という言葉があってだな――」

「3Pしたい?」

「ばばっ、馬鹿言ってんじゃねーぞ!」

「だったらリリも加えて4P?」

「だから馬鹿言ってんじゃねーっ!!」


 彼女らのやり取りが面白くて、俺はぷっと吹き出してしまった。


「ピザをごちそうしてやろう」

「えっ、いいのか?」

「いいんだよ、サキ。あたし、ピザ、だーいすきっ」

「でもよ神取、あたい、その、あの……怪我の具合が――」

「そのへんはだいじょうぶでしょ。ねぇ神取くん、だいじょうぶだよね?」

「ああ。なにもかも、大したことじゃあない」

「神取おまえ、それ、本気で言ってんのかよ」


 なにもかも気にするな。

 俺にはそうとしか、言いようがない。


「わたしもピザ好き……」


 香田の微笑みはとにかく尊い。


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