94話
コンコン……。
「アリス……入るよ」
まだおぼつかない足でゆっくりと中に入っていくとアリスはベッドの上で座り、窓越しに外をじっと見ていた。
「……」
俺が前まで過ごしていた天使のような笑顔を振りまいていた幼い姿ではなく成長して可愛いらしさを残しつつも大人になったアリスの姿に少し戸惑う。それでも、アリスの雰囲気はそのままだった。
「ちょっと座っていいか」
俺はまだまともに立っていられない状態で、アリスが小さく頷くと俺はベッドの横に置いてあった椅子に座った。
「アロントから伝言を受けたんだ……レシナに罪はない、幸せになってくれって」
俺の言葉を聞いたアリスの目には涙が溢れていた。
「私……悪い事いっぱいした……お兄ちゃんも私の為に死んじゃった……私が体を乗っ取られたのは私の心に隙があったからなの……あの時、洞窟で囁かれた誘惑に逆らえなかった……」
「誘惑?」
「この狭い世界から出たくないかって……力を貸してやるって」
「ラセンから聞いたよ……アリスがアロントとふたりだけであの洞窟に篭ってたって……」
「最初はお父さんがあの洞窟を攻略したら好きな場所に連れてってくれるって言われて夢中だった……でもね、あの日洞窟の中でそれは嘘だってお兄ちゃんに言われたの……お父さんは私達を外に出したくないんだって、それでケンカして別れた後悲しくて辛くて泣いていた時に……」
そうか……その心が弱っていたアリスにつけ込んで奴が体を乗っ取ったのか……。
「ごめんなさい……私はあなたの大切な人まで奪う所だった。だからもう私はいない方がいいの」
「アリス、エニィがなんでアリスを助けようと命までかけたのか分かって欲しいんだ。それはアロントとガイアに託された想いとまたみんなで楽しく過ごしたい強い想いがあったからだ」
俺の話をじっと聞いているアリスは嗚咽を漏らして泣き始めた。
「俺だってそうだ……死ぬほど寂しくて辛かった時アリスの笑顔に救われてここまで来れた」
「リアンだけじゃないぜ!」
扉が開くとそこにはセラニとマーナが立っていた。
「俺だってアリスにいっぱい助けられたんだ! 妹ができたみたいで嬉しかった!」
「私もです。アリスちゃんがいたから皆んな笑顔でいられるんです!」
「セラニ、マーナ……」
アリスはとめどなく流れる涙で顔を赤くしながら感動しているのか体を震わせていた。
「また俺達と一緒に来てくれないか? これからモンスターのいない世界を作る為に力を貸してくれ」
「うん……ありがとうセト……」
「アリス、俺リアンに戻ったんだ」
「リアン!」
俺に抱きついてきたアリスの頭を優しく撫でる。そして泣きながら震えるアリスの体を強く抱きしめた。
次の日からアリスに笑顔が戻っていた。
城は復旧に向けて慌ただしくなり俺やアイナの体も回復した。そう……壊れたら直せばいい……間違えたらやり直せばいいんだ。
アリスは今だに眠っているエニィを介抱していた。俺は今日もエニィの眠るベッドの横に座り見守っているアリスの横に座った。
「はやくエニィの声を聞きたいな」
俺はエニィをじっと見つめるアリスに話しかけた。
「私ね、皆んなと過ごしていた時間が本当に楽しくて嬉しかったの……エニィはお母さんみたいに優しくてセラニと友達みたいに笑い合ってマーナはお姉ちゃんみたいに居心地が良かった」
「俺は?」
「リアンはお兄ちゃんに似てて、いつも私を気にかけてくれた……みんなが家族みたいで、そのひとりになったみたいで幸せだった……」
「エニィが皆んなをまとめてくれてたな。本当に助かったよ」
「そうだね、よくはしゃぐ私を呆れた顔をしながら、でも目は優しくて……私、エニィが大好き」
その時だった……アリスは驚いた様子で俺を見た。
「どうしたんだ?」
「エニィが私の手を握ったの‼︎」
「本当か! エニィ!」
俺がエニィに呼びかけるとエニィの目がうっすらと開いた。
「エニィー!」
アリスがエニィの名を呼ぶと視線がこちらに向いた。
「良かった……俺だ、分かるか?」
「リアン……私、生きてるのね……」
エニィのやっと聞き取れるくらいな小さな声に俺は頷いた。
「ああ、そうだよ……」
「アリスも……良かった……」
「うぅ……エニィー!」
エニィにしがみついて泣きじゃくるアリスをエニィは優しい眼差しで見ていた。