92話
俺の剣はことごとく空を斬りアリスを捉える事ができずにいた。それはアイナも同じで、ただ体力だけが消耗していた。
これじゃアリスを追い詰めるどころじゃないな……。
アリスの余裕ある顔に俺は不安を感じ始めていた。
「そんな攻撃では我は倒せんぞ!」
アリスの中に潜む憎っくき敵が俺を挑発してくる。アイナも俺も手を抜いている訳じゃない、なかなか攻撃が当たらない状況に仕切り直そうと息を切らせるアイナの元に移動した。
「完全に遊ばれちゃってるね……」
アイナの悔しそうな顔を見ながら俺の中にあった迷いは完全に消えた。
あれを使うしかない……。
「アイナ……出来るだけアリスの注意を引き付けてくれないか?」
アイナは俺の目をじっと見つめると少し微笑んでコクッと頷いてくれた。
「分かったわ。私も試したいスキルがあるの」
「頼む……」
アリスは俺達に負けるなんて一切頭にない。その油断している隙を付いて大技を叩き込む……それに賭けるしかない。
「全力で行くわ!」
アイナはぐっと溜めを作ると地面を強く蹴ってアリスまで一気に間合いを詰めた。
「雷光陣!」
アイナのスキルで稲妻がアリスの周りに展開されるとアリスの顔から笑みが消えていた。
「はあああ‼︎」
アイナはアリスに突進しながら剣を振るう。
俺は一瞬の隙も逃さないと神経を尖らせその瞬間を待っていた。
アリスの顔に苛立ちが見え始めていた。少し動けば周りに展開された稲妻がアリスを襲い、動きを制限されるとアイナの止まることのない斬撃は初めてアリスに防御をする事を強制させた。
「こしゃくな! おおおー‼︎」
ここだ‼︎
ついにアリスは怒りを露わに咆哮を上げた瞬間、俺は心の中で大きく叫びながら全速力で飛び出した。
アロントから受け継いでいた5つのスキルで唯一使わなかったものがあった。炎の加護の力を借りたスキルはどれも強力で、敵一体に強力な一撃を繰り出す蒼炎刃剣や蒼炎陣剣をはじめ広範囲に斬撃を乗せた炎を放つ範囲スキル蒼炎斬に、先程アイナが放ったようなスキルで炎を戦場に撒き散らして敵の行動範囲を抑制する蒼炎陣だ。
それらを上回る5つ目のスキルがあった。それを使ってこなかったのは1日1回しか使えないからもあるが多分一度見せたら対策されると思ったからだ。だからアリスには一度たりとも使ってこなかった。
「蒼炎……獄陣‼︎」
そして今、とっておきとも言えるスキルを放った。
ゴォォー‼︎
俺の体から灼熱の炎が解き放たれるとアリスの体を瞬く間に包んでいった。
「な、なんだこれは⁉︎」
アリスが初めて焦った様子を見せる。
「これでどうだ! 渾身の一撃‼︎」
俺はアリスを包み込んでいる燃え盛る炎に向かって剣に蒼炎を纏った渾身の一撃を放った。
ドカァーン‼︎
青い炎と赤い炎がぶつかり合い閃光を放つ。そして大爆発を起こすと轟音と共に辺り一面が眩い光に包まれた。
「はあはあ!」
周りが煙で何も見えない中で立つのもままならない俺はその場に座り込んだ。
「リアン! 大丈夫?」
アイナも慣れないスキルを使ったせいか俺の横に来ると疲れ果てたようにヘタっと座り込んだ。
「……予想以上に体の負担が大きかった……やっぱりスキルを本番で初めて使うのはよくないな」
実は初めて使うスキルの後に放った蒼炎の剣を纏わせた渾身の一撃は最近会得したスキルを組み合わせたものでかなりの集中力と技術を必要するから当然負担も大きかった。
「そうね、後のことを考えると少し軽率だったかも、私も体が言うことを聞かない……そんな⁉︎」
「くっ⁉︎」
そんな会話をした直後だった。俺達の前にアリスが歪んだ笑みを浮かべ姿を現したのだ。
まずい……。
絶望的な今の状況にした自分を後悔が襲う。
馬鹿だ俺は……後先考えないで力を出し尽くすなんて……。
「アイナ……すまない……」
「いいの……自分を責めないで……」
闇に染まるアリスの手から氷が形成されていくのをただ見ることしかできない。
「やってくれたな……ここでお前達には死んでもらう……」
アリスはかなり消耗しているように見える。かなり追い詰めている感触がしたが最後の一押しができない事が悔しい。
「くそ……後少しのはずなのに……」
「消えるがいい‼︎」
アリスの手に浮かんでいた闇に纏われた氷が巨大化し、それが俺達に向けられた時突然アリスの手から氷が消えた。
「くっ! な、何を⁉︎」
「ああ……」
言葉が出なかった……アリスを後ろから抱きしめるように拘束するエニィの姿に俺の体が恐怖で震え出す。
「だめだエニィ……やめてくれ……」
エニィと目が合った。その覚悟を決めた眼差しが優しい眼差しに変わるとその目が「ごめんなさい」と言った。
「やめろぉぉー‼︎」
力の限りに俺は叫んだ。
「エニィ‼︎ ダメぇーー‼︎」
俺とアイナの必死な制止も虚しくエニィはそれを唱えてしまった。
「呪縛解放術‼︎」
「エニィィィーー‼︎」
必死に伸ばした手はエニィには届かない……愛する人が果てしなく遠くに行ってしまった大きな悲しみの波が押し寄せ、俺を飲み込んでいった……。