90話
馬車は草原を颯爽と駆け抜ける。開いた窓から心地いい風が俺の体を吹きつけると明るい日差しに目を細めた。
「今日はいい天気ね」
「ほんとね。今が大変な時とは思えないくらいだわ」
俺の横でアイナとエニィの会話が聞こえるとその方向に視線を移した。馬車の中では皆思い思いに過ごしていて束の間の休息といった感じだ。
「リアンさん、向こうに着いたらどうするんですか?」
視線を移した俺に気付いたウェンディがそう訊いてきた。
「目的はスキルですぐに飛んで行けるようにするだけだから悪いけどすぐに帰るよ」
朝にラスターからの報告を聞いた後残り3つの洞窟へスキルですぐに行けるよう各国に行っておこうという話になったのだ。マーナの故郷であるホーネス王国は一度行っているし、ガードル王国は昔行った事があるから問題ない。でも、カラナ王国にはまだ行ったことに無い事に気付いて今まさに向かう途中だった。
「お祖父様からカラナ王国のザムド王に私達が行く事を連絡してあると聞いたので挨拶はしておいた方がいいと思います」
「じゃあ少し寄るか」
「でもラセンのじっちゃんの話と違ってアリスは街とか城を攻撃しないよな〜。なんでだろ?」
セラニは頭の後ろに手を回すと上を向いて疑問を口にした。
「確かに話を聞いた時は凄く絶望したけど魔族の件も片付いたし、平和にさえ感じるもの」
そう答えるアイナは長くて綺麗な髪を掻き上げた。
「もしかしたらそんな余裕がないのかもしれないわね。アリスは禁断の洞窟を開放した後に深淵の洞窟の開放はしなかった」
エニィが会話に入ってくると皆も耳を傾けていた。
「しなかったんじゃなくて、できなかったのかもしれないわ。あの時私達がいて力を使わせたから」
「ラスターから聞いたけど洞窟開放術は相当な力を消耗するんだ。いくらアリスでもひとりじゃ負担がデカいのかもな」
アイナと俺の会話の後、椅子からガタッと立ち上がる音がした。
「じゃあ洞窟開放術を使った後エニィのスキルを使えばアリスは助かるんじゃないか!」
「いいかも!」
セラニの作戦にアイナが興奮している中俺は俯くエニィに話しかけた。
「エニィ、スキルの発動は俺が判断していいか? 1回しか使えないから失敗はできない。慎重に見極めた方がいいからさ」
「ええ……あなたに任せるわ」
これでとりあえずは安心だ。エニィが助かる方法が分かるまで止める事ができる。
「リアン様! 城の方で煙が‼︎」
外から聞こえるマーナの声が馬車の中を騒然とさせた。
「まさかちょうどここにアリスが来てたなんて……」
静まり返る中セラニの声がすると俺は瞬時にどうするか考えた。
「外の様子を見よう。もしも城周辺にモンスターが溢れていたらすでに洞窟は開放されたとみていい。ある程度倒しておこう。アリスは居ない可能性が高い」
すぐに俺は不安そうな顔をのぞかせる皆に考えを話すと皆が同時に頷いた。
「マーナ! ここで馬車を止めてくれ!」
「はい!」
馬車が止まるタイミングで外に出ると確かに前方で騒がしい声と共に城から煙が立ち込めていた。
「あれは……アリス⁉︎」
俺は居ないと思っていたアリスの気配を城から感じて動揺した。
「まさか城を襲うなんて⁉︎」
「城の周りはモンスターでいっぱいだわ! 早く行かないと!」
俺の背中に驚くエニィの声と焦りを含んだアイナの声がかかる。
「アリスがいる以上放ってはいけない! 俺とアイナはアリスを止めに行くから皆はモンスターを頼む!」
「私も行くわ!」
エニィの声に俺の胸がドキッと音を鳴らす。
「まだその時じゃない……エニィ焦っちゃだめだ」
皆はエニィを連れて行かない俺に疑問を持っているのか、なんで? という顔をしていた。
「アイナ行くぞ!」
早くその場から離れたかった俺はアイナと城に向かったのだった。
城に向かう俺の目には放っておけない場面が幾つも広がっていた。モンスターに襲われている住民達を目にすると体が勝手に動いてそれを阻止する。時間だけが過ぎて俺の中で焦りが出ていた。
「くそっ! もう街にモンスターがこんなに入り込んでいるなんて」
「リアン! 早く行かないとアリスが!」
アイナも俺と同じで焦っている。前方にまたモンスターの大群が人を追いかけているのを見つけると見捨てる事はできず体が反応した。
まずい……こんなところで足止めされたら間に合わない!
「オラァー‼︎」
ズガン‼︎
突如現れた大きな体をした男はモンスターに強力な一撃を与えると軽々と持っていた武器を肩に乗せた。
「久しぶりだな!」