82話
ラセンが姿を現したのは朝食後に屋敷の庭で休んでいる時だった。
ラセンの後ろからラスターが目にクマを作った眠そうな顔で付いてきていた。昨日いかに忙しかったのかがそれだけで分かるものだった。
「待たせたな」
「昨日あの部屋から持ってきた本と液体はそこにまとめて置いておいたぞ」
俺は庭の一角に本と液体などの材料が入った瓶を置いていたので場所を目で教えた。
「では、これから持ち帰って調べます。何人か呼んだのでじきにここに来るでしょう」
ラスターがそう答えるとここにいてもしょうがないと思い、一度聖都に戻ろうと皆に提案する事にした。
「じゃあ一度帰って教皇と話そう。何か分かったら教えてくれ」
「分かりました。では、お祖父様を宜しくお願いします」
ラスターの言葉に俺は少し驚いてラセンを見た。まさか付いてくるとは思わなかったからだ。
「当然じゃ! わしはしばらくあのガイアグラスという建物に住もうと思っておる」
ラセンはもう行く気満々になっている。
大丈夫かな……。
俺は少し不安になる。まあとりあえず教皇に任せようと押し付ける気満々な結論を出すと、ラセンを連れていくことにした。
「……教皇に相談だな」
俺はスキルを唱えると一気にガイアグラスへと帰還したのだった。
「帰ってきましたね……」
ウェンディはホッとした様子だった。少しの時間とはいえあの魔族の大陸にいた事で気疲れしているのかもしれない。
「ウェンディ、悪いんだけど教皇に話を頼むよ」
「そうですね、今の時間なら大丈夫だと思います」
俺はそんなウェンディに頼むとウェンディは頷いて部屋から出て行った。
「リアン、これからどうするの?」
アイナがまさに今俺が考えていた事を訊いてきたので頭で整理してから話す事にした。
「とりあえずはアリスをどうやって救うのかラスターの報告を待とう」
「今の私達にはそれだけが頼りね。ただ闇雲に走ってもしょうがないわ」
エニィの言う通りしばらくは様子を見るしかないな。
しばらくして扉が開きウェンディが帰ってきた。
「リアンさん、話はしておきました。これからお祖父様の所へ行きましょう」
俺は頷くと教皇の元に向かった。
「おお、来たか」
俺は教皇の前に座ると一緒に来ていたウェンディも隣に座る。
「……最近の状況はどうですか?」
俺は少し身構えながらそう訊いた。俺達が魔族の地に行っている間アリスが現れて街や城を破壊しているんじゃないかと心配していた。
「今のところ被害は出ていない……各国ではいま地下避難場所の整備が急いで行われている所だ」
被害が無いと聞いてひとまず安心だ。
「すいませんがここで少し待たせて下さい。魔族の地で手掛かりを見つけました。それを今解析しているんです」
「分かった。あの魔族の御仁も制限は付くが滞在を許可しよう」
「ありがとうございます」
それからラセンの存在はガイアグラスの中でのみ公表され口外を禁止する事となった。
次の日の朝早くから俺はガイアグラスの訓練場に呼ばれていた。
「来たな……」
俺を呼んだラセンは誰もいない訓練場でひとり俺を待っていた。
「ここに呼ばれた理由は分かってるつもりだ。俺もそれを望んでいたからな」
実は何故呼ばれたのか聞いていなかった俺だけど場所が訓練場と聞いて内心ワクワクしながらここに来ていた。
「お主にはもっと強くなってもらわねばならん。アロントの力を受け継ぎ、ガイアの装備を受け継いだ……後はわしがお前に技術を受け継ぐのだ。先の洞窟でお主の戦闘を見ていたがまだまだ動きに無駄がある」
元々はただの村人だった俺が成り行きで冒険者となってそのままここにいるわけだ。レベル差でのゴリ押しと相手のパターンを読んでなんとか戦ってきたからな。
「まあ、俺は剣を教えてもらったことはないからな。ダンジョンで盗みしながら見様見真似で覚えたから」
「そうであろうな。さあ時間はもうないのだ。剣を持て」
ラセンの顔はすでに戦闘モードだ。その気迫に押されないように俺も気合いを入れる。
「かかってこい! お主の体に我が剣を叩き込んでやろう!」
……あれからどれほど戦っていたのか記憶がない。
戦いで疲れ果てた体を引きずりながら部屋に帰るとその疲れが取れるくらいの愛らしい笑顔達が俺を迎えてくれていた。
「その顔だと相当しごかれたみたいね」
エニィは俺の様子を見て笑っていた。
「皆んなも訓練やってたんだろ?」
異空間の訓練場でアイナを加えた陣形や連携を強化したいと言われていたのを思い出した。
「おお! 楽しかったぜ!」
セラニは楽しそうに話すと皆んなが同意するように頷いた。
「じゃあ疲れた体にはお風呂ね」
エニィにそう言われると汗が気になって早く風呂に行きたいと部屋に出ている異空間の入り口に足が向かった。
「ああ、じゃあ行ってくるよ」
異空間に入ろうとした俺の後を何故か皆が付いてくる。
「あー! 早く風呂でスッキリしたいぜ」
「私も! 結構汗かいちゃった」
「……」
俺は後ろを振り返ると皆の足が止まった。
……え?
「もしかして一緒?」
俺の言葉に皆が同時に頷いた。
「い、いや! 俺はひとりでいいよ!」
思わぬ事態に動揺した声が出てしまった。
「だーめ! 今日は一日リアンと会えなくて寂しかったのよ?」
そう言って俺の腕に手を絡ませてくるエニィ。
「リアン様との時間を少しでも過ごしたいんです!」
マーナもそれに続いた。
「もう諦めなさいリアン」
アイナも乗り気な様子だ。
「私は少し恥ずかしいですけど……皆さんが行くなら……」
顔を赤るウェンディ。
可愛い嫁さん達にそう言われるともう断ることはできなかった。
……こんな状況は夢でしか見ないと思っていた。
大きなお風呂で可愛い女の子に囲まれるという状況に俺は目のやり場に困っていた。
「気持ちいいね」
「アイナって見た目によらず胸が大きいのね」
エニィはそんな俺の心中を知らずか突然そんな事を言い出した。
「え? そうかな? でも、私に比べればセラニなんて……」
アイナはそう答えると気持ちよさそうにお湯に浸かるセラニを見ていた。
「セラニは特別だから気にしなくていいわ」
エニィの返しに俺も心の中で同意した。確かにセラニの立派な胸と比べるのは酷だ。
「私は標準なのでしょうか?」
今度はマーナが話に加わる。
「私は……皆さんより小さくて……」
ウェンディは気になっていたのか少し悲しげな顔でそう言った。
「リアンはどうなの?」
「え?」
いきなり話を振られた俺は瞑っていた目を開けると皆の視線が俺に集まっていた。
「い、いや……皆んなそれぞれでいいんじゃないかな」
「あはは! リアンらしい答えね!」
アイナはぷっと吹き出している。
「そうね。でも、リアンには慣れて貰わないとね。もう子供じゃないんだから」
エニィにダメ出しを受けてしまった。
「リアン様は堂々としていればいいんですよ? こんな状況でも動揺する必要はないんです」
マーナに励まされ少し大人として成長しようと心に誓う俺。
「じゃあこれから毎日一緒にお風呂に入ろうぜ!」
セラニの提案に皆が頷いた。
勘弁してくれ。まだ俺は20年も生きてないんだぞ……少し前までアロンズと子供みたいなケンカをしていた俺なのに急に大人になれと言われても無理だよ……。
「も、もう少し時間をくれないかな……」
「「だーめ!」」
見事に合わさった皆の声が返ってくると頷くしかなく、そんな時いつだか武器屋の親父に言われた言葉が頭によぎった。
「リアン……男はな、黙って嫁の言う事を聞いていれば全てがうまくいくんだ……覚えておけ……」
最初はカッコつけて何言ってんだと呆れて見ていたけど今思うとよくわかるよ。