75話
「世界に危機が迫ったと聞いてもよく分かるまい……それを理解するにはまず過去に何があったのかを話さなければならん」
ラセンは当時を思い出すかのように遠い目をすると静かに語り始めた。
「1100年前……当時は人間と魔族で激しい戦いがあった時代じゃ、人間が魔族の住む土地を奪いに戦争を始めたのがきっかけで人間は魔族の力に及ばずにいたがそれでも侵略を止める事はなかった」
ラセンの話を俺は知っている……これも英雄ガイアの物語と同様有名な話で小さい頃じいちゃんから聞いていた。昔人間と魔族は戦争をしていたがいつからかそれもなくなり今の互いに接触しない不可侵を保っているのだと。その時俺は何で戦わなくなったのかと聞いたがじいちゃんは「分からんがきっと人間が魔族に勝てないと諦めたのじゃろ」と答えていたのを思い出した。
「ワシは当時人間が嫌いでな、私利私欲の為に戦いを仕掛けてくる野蛮さに嫌悪感を抱いていた程じゃ。そんな時魔族の領土に人間の若い女が倒れているのが発見された。名はパーラといってな人間同士の戦争に巻き込まれ逃げてきたそうじゃ。発見したのが今の魔王エルドで当時はまだ王子という立場だったな、それからエルド王子はパーラを城へ連れて帰った……当然周りは反対意見が多くエルド王子はパーラを逃したと嘘を言って近くの森にある屋敷に住まわせたのじゃ」
「何でその王子様は敵対する人間にそこまでしてあげたのかしら……」
エニィからそんな疑問が口に出されるとラセンは苦笑する。
「ふっ、後からワシもエルド王子に同じ事を聞いた……答えは一目惚れだそうだ。それからふたりは相思相愛になり、やがてふたりの間に双子の子供が生まれたのじゃ。兄の名はアロント、妹の名はレシナという」
な、なんだって!
レシナと聞いた瞬間俺は心の中で驚いていた。
あの時……あの若い男が言っていた名前じゃないか……。
「アロントとレシナはスクスクと成長していったが屋敷から出る事を許されず、ずっと屋敷で暮らしていた……しかし子供の好奇心は外の世界を見たがるだろう……それを危惧したエルド王子は屋敷の近くにある洞窟にふたりを連れて行ったのじゃ。そこは魔族の間で薄気味悪いと誰も近付かない場所、それを知っていたエルド王子がふたりの遊び場としたんじゃ。それからふたりのあり余る好奇心はその洞窟に向けられアロントとレシナは毎日のように洞窟に行き始めたのじゃ」
「可哀想な話ね……」
「そうですね……ずっと暗いダンジョンでふたりだけで遊んでたなんて……」
アイナとウェンディは話を聞いて悲しげな表情をして言った。
「ふたりとも容姿は人間に近かったからな……外に出れば必ず迫害が目に見えていたからエルド王子もパーラもふたりを世に出す事が出来なかったのじゃ。わしも当時ふたりが悩んでいたのをよく見ていた」
「……あなたは何故そこまで詳しく知っているんですか?」
俺はこの人物が王子とどんな関係なのか気になり始めていたので話の切れ目にさりげなく聞いてみる事にした。
「……わしの父は当時エルド王子の専属護衛として城に仕えていたのじゃ。父は王子にかなり信用されていたからパーラを匿っていることも知っていて子供であるわしを連れてよく屋敷に行ったものだ。アロントとレシナとはすぐに仲良くなって遊び相手として付き合っていた」
「なるほどな……」
「そして100年が過ぎた……パーラは亡くなり更に孤独になったアロントとレシナは寂しさを忘れる為かダンジョン攻略に没頭するようになっていった。時々わしも様子を見に行っていたが殆ど屋敷に居なくてな……」
話を聞く皆の表情は暗かった。俺も親が死んでしまった寂しさや辛さを痛いほど知っている。俺の住んでいた村が襲われ突然家族が居なくなったあの時を思い出すと5年が経った今でも涙が出る程悲しい気持ちになる。
「それから程なくした時じゃ……突然レシナが魔族の城を襲った。あの時の事はよく覚えておる……わしを含めた城の兵士達は暴れるレシナを止めようとしたが強力な魔法で蹴散らされてしまってな、城どころか街までも破壊されてしまったのじゃ」
「何でそんな事を……」
アイナの呟きにラセンは首を横に振って分からないと答えた。
「レシナは明るい性格でいつも楽しそうに笑っているような子じゃった……あの様な軟禁状態にもかかわらずな。恐らく両親の心配そうな顔を見たくなかったからそうしていたのじゃろう」
「そんな優しい子がなんで豹変したのかしら……」
レスナはそう言うと顎に手を添えて考えている。
「わしもそう思って兄のアロントに訊いたのだが洞窟の攻略中に突然人が変わったようになってしまったと言っていた」
「そのダンジョンで何かあったのかもしれませんね……」
マーナの言葉に俺は頷いた。
ダンジョンで何かに取り憑かれたか呪われたか……。
「その後消えたレシナを追うべくわしとアロントに加えて王子から頼まれてアロントとレシナを世話をしながら魔法や文学を教えていた老人ダーラの3人で旅に出たのじゃ。旅は何年にも渡り人間達の住む場所もレシナによって破壊されていた……どこにいても安息のないまさに地獄のような世界じゃ」
教皇がラセンの話の後思い出したかのように話し始めた。
「実はわしも昔そのような事があったとこの建物にある古い書物で読んだ事がある……しかし書には天災により各地に火があがり大きな風が吹き大地が荒れたとあったからな……まさかそんな裏があったとは……」
「レシナは強力な魔法で街や城の破壊をするから当時の人々にはそう見えたのだろう……話に戻るが旅の途中ある人間の男と出会った。白銀の装備を纏う冒険者で名はガイアといった」
「ガイア⁉︎ もしかして……」
ウェンディは驚く声を上げた。あの英雄ガイアだと言いたいのだろう。
「多分そうかもしれない……1000年前だからちょうどガイアが生きていた時代だ」
白銀の装備はガイアを象徴するものだし、実際俺が持っているからラセンに見せれば分かるかもしれない。
「変わった男でな、わしらが魔族と知っても顔色ひとつ変えずこの事態を引き起こしている人物を追っていると知ると半ば強引に付いてきたのじゃ。わしはガイアと共に戦い生活していくうちに人間にもこんな奴もいるのだと考えが変わっていた。あやつは正義感に溢れ自分を犠牲にしてでも困った人を助けようとする……いつしかわしらは親友と呼べるまでの関係になっていた」
ラセンの目は当時を懐かしむように微笑んでいた。
「英雄ガイアの人柄は人々から凄く愛されていて奥さんが100人は居たっていう話があるくらいですから」
ウェンディはガイアの逸話を披露する。
ガイアの事に関してウェンディはかなり詳しい、ガイアグラスにはガイアの物語が書かれた本が多く存在しているらしくウェンディは小さい時からそれらを読み漁って英雄の話に目を輝かせていたと教皇から聞いていた。
「そしてわしらは長い旅の末レシナを封じる術を手に入れレシナがこの大陸にある洞窟に潜んでいる事を突き止めると見事に封印する事ができたのじゃ」
「その場所が禁断の洞窟ってことか……」
俺は頭の中で全てが合致し、そう呟いていた。あの洞窟に何故アリスがいたのか、そのアリスを見たラセンが破壊者が復活したと言った事……そうレシナとはアリスだったのだ。
「じゃあその子がアリスなのね……」
俺と同様の確信を得たのかエニィは暗い表情で呟くとセラニとマーナも同様な顔をして俯いていた。
「アイツ……凄く素直で……いつも笑顔で……こっちまで笑顔にしてくれて元気をくれた……」
セラニはアリスの笑顔を思い出しているのか涙声になりながら話した。
「私もそう思うわ……だってあの目はアリスの目は凄く輝いていて綺麗だったもの‼︎」
エニィも涙を流して泣き出した。
「そのアリスが突然変わってしまったという洞窟に行きたい。そこに答えがあるはずだ……俺はアリスを助けたい」
俺はアリスがいなかったらここにいない、それがダンジョンを出る目的だったとしても……なんとしても真実を知りたい。
「あそこに行くというのか……レシナをそこまで想ってくれる者がこんなにいるとはな……」
ラセンは嬉しそうに微笑むと分かったと頷いた。