72話
「ウェンディ‼︎ セトに回復を‼︎」
「は、はい‼︎」
エニィの叫ぶ声は放心状態のウェンディを突き動かした。血の海の上でうつ伏せになったセトに駆け寄ると必死で魔法を唱えた。
「誰か! 回復薬を持ってねぇのか⁉︎」
「セトが持ってた薬を出して!」
イラスタは怒鳴るように叫ぶとエニィが思い出したように答え回復を必死で唱えるウェンディの横でセラニはセトの道具袋から数本の回復薬を取り出した。
「どれだ⁉︎」
「時間がないわ! 全部飲ませて下さい!」
「分かった!」
マーナの声にセラニはセトの口に薬を注ぎ始めた。
「リアン……そんな……どうして……」
アイナは皆が必死にセトを介抱しているのを放心状態で見ていた。そして崩れ落ちるように座り込み涙を流して青ざめたリアンの顔を見つめていた。
「ダメだ! 血が止まらない‼︎」
セトから流れる血は止まることなく血の海を広げ段々と皆の顔に焦りとセトを失う恐怖が心を支配し始めていた。
「あきらめないで‼︎ 嫌よ……セトがいない未来何て‼︎」
エニィは涙を流してセトの手を握った。
「お願い……誰かセトを助けてぇぇ‼︎‼︎」
俺は何故か禁断の洞窟に立っていた。
「何でここに……」
不意にこの洞窟に来た時の感情が俺に乗り移ると胸が苦しくて手で押さえていた。
ひとり孤独に苛まれ死のうとしたあの時……俺は助けられたんだ。
そこで俺は何となくここにいる理由が分かった気がした。
その考えは当たった。目の前に姿を現したのは俺に力をくれた若い男だった。
答えは多分あの人が教えてくれるはずだ。
「もう俺の人生は終わりなのか?」
俺は若い男に問いかけた。この先どうなるのか不安が襲い、もうみんなに会えないかもしれないと思うと更に胸が押し潰されそうな苦しさを感じた。
「皆を置いて死ぬのは嫌だ……守るって約束したんだ!」
「……の時だよ」
「え?」
「覚醒する時が来たんだ」
「覚醒? どういう事だ? お前は俺に何をさせたいんだ⁉︎」
「レシナを救ってくれ……」
「レシナ? 誰だ? もっと詳しく話してくれ!」
それ以上若い男から何も言葉は発せられなかった。
何も分からないまま段々とまた意識が薄れていった……。
「セト様ぁ!」
「わぁぁ!」
「ううっ……」
「セトぉ!」
生命の鼓動を停止したセトにしがみつきエニィ達は涙を流して泣いていた。
その場は重い空気が流れ、しばらく誰も動けない状態が続いていた。
「どうして……どうしてセトはこんな酷い目に遭わなきゃいけないの⁉︎」
エニィはセトの体にしがみついたまま泣き叫んだ。
「今までもいっぱい辛い目にあってそれに耐えて生きてきたのに……ひどいよ……セトが何をしたっていうのよ‼︎」
その時だった。
セトの体から光が出て包み込んでいった。
それに気付いたエニィ達は泣き腫らした顔でそれを見つめていた。
「傷が⁉︎」
セトの胸に空いた痛々しい傷がみるみるうちに塞がっていくとドクン! とセトの体が波打った。
ウェンディはすぐにセトの胸に耳を当てドクンドクンと鼓動を感じとると「よかった……」と呟いて再び涙を流した。
「セト様……」
ウェンディの様子でセトが生きている事を知ったマーナは小さく微笑んでセトの手を握った。
「ううっ! 良かった……セトとまた話せる、笑い合える……」
セラニはセトに抱きつき胸に顔を埋めた。
ザッ! ザッ!
そんなホッとしたエニィ達の元にふたつの足音が近づいて来るとそれに気付いたイラスタとレスナは武器を構えた。
ラセンは手でそれを制すると静かに口を開いた。
「人間と魔族の戦いは終わったのじゃ……彼をベッドに寝かせよう」
それからエニィ達はラセンとラスターに案内されセトを街の宿屋に連れていくとベッドに寝かせたのだった。
驚いたことに街の人は全員無事だった。ラセンから密かにこの街の人間を近くの洞窟に強引に避難させていた事を聞いたイラスタとレスナは洞窟に避難していた住民を助け出し街は破壊された建物の修復に追われていた。
セトが運び込まれてから3日が経ち未だ目を覚まさないセトをエニィ達は順番に寄り添っていた。
「アイナさん……ごめんなさい!」
ウェンディはセトがリアンだった事を知ったアイナに謝った。
「どうして教えてくれなかったの⁉︎」
「リアンさんは禁断の洞窟に行った事を凄く後悔していて……会う資格がないとあの仮面を戒めとして付けていたそうです……」
「でも……」
「私は偶然素顔を見てしまいました。でもリアンさんは言っていました! この戦いが終わったらアイナさんに全てを話すと……だから……」
「ごめんなさい……私にそんな事言える資格なんてないのに……」
「リアンさんが目を覚ますのを待ちましょう」
「うん……」
エニィはベッドの横に座り安らかな顔で眠るセトを見て微笑む。
普段からセトの顔を見ているだけで穏やかな気持ちになれいつまでも見ていたいと思わせる。セトにはどれだけの魅力があるのか……エニィはこれほど人を好きになった事はなかった。事実セトが死んだと思った時自分も死にたいと思った程だ、それほどセトという人を好きになっている。
「早くあなたの優しい目を見たい……早くあなたの心地いい声を聞きたい……」
エニィはセトの手を包み込むように握ると額を当てて願った。
「……! セト‼︎」
その願いが叶ったのかセトの体が光始めると驚いたエニィは皆を呼びに急いで部屋を出ていった。
皆の俺を呼ぶ声が聞こえる……
徐々に意識を取り戻し始めた俺は両手が温かいことに気付いた……誰かが握ってくれているのが伝わり嬉しくなるとその柔らかい手を握り返した。
「セトが握り返した‼︎」
「私もです!」
セラニとマーナの嬉しそうな声がはっきりと聞こえた俺は目をゆっくりと開けた。
「ああ!」
エニィは言葉にならない声をあげると両手で顔を覆い泣いている。
「へっ! やっとお目覚めかい? リーダー‼︎」
「ふふっ! 心配したんだからね」
イラスタとレスナが並んで俺の顔を見ている……目には涙を浮かべて。
「セト〜!」
「セト様‼︎」
セラニとマーナは俺に抱きつき泣いている。
「良かった……」
ウェンディも俺の顔を見て泣いていた。
「……」
アイナも嬉しそうな顔をしていたが俺と目が合うと俯いて視線を逸らし部屋を出て行ってしまった。
アイナ……。
俺はベッドからまだ気怠い体を起こした。
「大丈夫なの?」
エニィが心配そうな顔で俺を見ているので元気を装いそれに応えるように立ち上がった。
「この通り! 問題ないよ!」
「さすがリーダー! 超人だな!」
イラスタのいつもの口調は場に明るい雰囲気を作ると隣にいたイスナが俺に話しかけた。
「色々聞いたわよリーダー……アイナの所に行くのね?」
「セトさん……いえ! リアンさん! アイナさんを苦しみから救って下さい!」
ウェンディの悲痛な願いを聞いた俺は視線を皆に向けるとエニィ、セラニ、マーナが微笑んで頷いた。
「皆んなありがとう……俺……行ってくるよ……全部話してくる」