67話
野営のテントの中にて……。
「ねえアイナ」
「何?」
レスナに声をかけられたアイナは横を向いた。ふたりの目が合うとレスナは少し顔をニヤつかせる。
「あの人に惚れた?」
「ち、ちがうわ!」
テントの中でいきなりレスナに核心をつかれたアイナは思わず動揺した声で否定する。誰が見ても嘘だと分かるような返答だった。
「ふふっ、どうやら図星みたいね」
「……多分違うと思う」
「どう言う事?」
「好きだった人に雰囲気が似ているの……」
「その人は?」
「……」
「そう……冒険者の人?」
「うん……私がいけないの私が彼を殺したようなものなの」
「良かったら聞かせて」
アイナはリアンを夢での恐怖からパーティから外しそれが引き金となって禁断の洞窟に行ってしまったことを話した。じっと話を聞いていたレスナは話が終わると視線をアイナから天井に向けて口を開いた。
「なるほどねぇ……私は両方とも間違ったことをしたと思うわ。アイナは彼の意志を無視して居場所を奪ったし彼もアイナの意志を無視して死んでしまった……でもね、人はその時の感情ではどうにもならないくらいに脆くて間違いだったと分かっていてもやってしまうのよ」
レスナの話をアイナは痛いほど分かっていて、後になって間違ったことしたとどんなに悔んだか分からなかった。
「私が弱かったから……」
「アイナ……言ったでしょ? 人は皆弱くて間違いを犯す生き物なの、もう起きたことをいつまでも悔やんでも元には戻らないのよ」
「レスナは強いわ」
「……私は勇者の装備を手に入れるまでに沢山の人を犠牲にした……時には逃げ出そうとしたわ」
アイナは装備を誰一人死なせずに終わったが他の勇者達は犠牲者を出しながら進んでいた事をあの後カーライル王から聞いていた。
その時あのウェンディが瀕死の状態になった時の事が記憶から思い起こされ戦慄したのだった。
「でもね、勇者の装備を見た時これを取った時に死んでいった人達の顔が浮かんできて……出来なかったの……だから私はもう逃げるのはやめた……それだけよ」
アイナはレスナがどれほど辛い目に遭って来たのか想像できないくらいの道を歩んできたと思うといつまでもリアンの死から立ち直れていない自分が情けなく思えた。
「私は……どうすればいいのかな……本当は使命が終わったら禁断の洞窟に行くつもりだった……でもあの人に会ってから心のどこかで迷っている自分がいたの……そんな自分が嫌でしょうがないの!」
「アイナ、死んだ彼はきっと後悔していたと思うわ。もしかしたらあなたに謝っていたかもしれない……」
「ううっ……」
「あなたはもう十分に苦しんだわ……だから……少しずつでいいから前に進むの。それを彼も願っているはずよ」
アイナは声を殺して泣き続けた。レスナは優しくアイナの頭を撫でる。アイナが泣き疲れて眠るまでずっと……。
その頃ガイアグラスでは幹部達が騒がしく動き始めていたのだった。
俺がそれを聞いたのはダンジョンから帰った時だ。
「ついに来たか……」
俺は帰ってすぐ教皇に呼び出されると魔族の軍隊がこの大陸に上陸したと言われていた。
「これから会議を始める。勇者達を集めて参加してくれ」
「分かりました」
そしてガイアグラスの幹部と勇者達が集まり話し合いが始まった。
「まずは状況の説明を」
教皇の言葉に隣にいた中年の男が立ち上がると紙を見ながら話し始めた。
「報告によるとここから東北で見張っていた部隊が魔族の団体を発見したそうです」
「数は?」
「およそ1万との話です」
1万か……これがこの大陸に散らばったら相当な被害がでるぞ。
会議室にどよめきが起こり何人かの幹部はその数に頭を抱えている。まるでこの世の終わりのような顔をしながら。
「セト殿……何か意見が有れば言ってくれ」
教皇からそう振られると俺はある作戦を提案した。それは一見無謀とも言える作戦だった。
「俺は魔族と戦っていますが強さは圧倒的です。本陣にいるであろう率いている者を叩く。それしかありません」
「だけどよ! 1万の魔族がいる奥にどうやって行くんだ? いくら何でも無理だろ⁉︎」
俺の意見にイラスタがすかさず反論すると周りの幹部達も首を縦にして頷いていた。
「俺に考えがあります。場を混乱させる奥の手が……その隙をつきます」
「うーむ、セト殿がそう言うなら賭けてみる価値はあるか……しかし」
教皇は策が思い付かないのか俺の言う奥の手にかけるか迷っているようだ。
「教皇、別に失敗しても人が滅びる訳ではありません。先制攻撃は効果があると思いますしセト殿の作戦をやってみては?」
そう言ったのはシャルトさんだった。
「そうだな……セト殿頼む」
「では明日向かいます」
それからは大陸にある国や町に村全てに魔族襲来を公表すると決めて解散した。
「リーダー大丈夫かよ……」
会議室に俺と勇者達だけになるとイラスタが普段しない不安な顔で俺に話しかけてきていた。
「こういうのは最初が肝心なんだ、遅くなればなるほど相手の布陣が整って事態は深刻になっていくし犠牲も増える」
「それはそうだけど戦える人がこれだけだと心配よね」
レスナの不安はもっともで魔族と戦った事のあるアイナの顔は誰が見ても分かるくらい青ざめていた。
「そこは強力な味方がいるから安心しろ」
「え? 誰?」
「俺の仲間だ」
「リーダーの仲間なら相当強いんだろうな……まあそういうことならやってやるか!」
イラスタ同様他の勇者達も納得したようなのでとりあえず明日の朝正門に集まるよう言い残して俺は部屋に帰っていった。
「セト……いよいよね」
部屋に入るとエニィ達が俺の帰りを待っていたようだその目は真剣でそれを見た俺は頷くと作戦を話した。
「東北に魔族の軍隊が現れたらしい、数は1万だそうだ」
「うえ〜 あんなのがいっぱいいるのかよ⁉︎」
セラニは嫌そうな顔をして言った。
「とにかくそんなのを全部相手にしていたらキリがない。だから大将を叩く」
「作戦は?」
「それにはアリスの力が必要だ」
「ん? 私?」
「ああ、魔族の軍隊のど真ん中で思う存分に暴れてほしいんだ」
「まっかせて! いっぱい暴れちゃうから!」
アリスはお菓子を手に嬉しそうに答えてくれた。
「頼もしいな……で、混乱した中俺達が敵の大将を倒すんだ」
「かなり難しい作戦ね」
「頑張りましょうエニィさん。セト様とこれから幸せに暮らすためにも」
「おお! 海に連れて行ってもらうんだ!」
不安そうなエニィの言葉にマーナとセラニが励ます。
「私も不安ですがもうあの頃の私と違う……頑張りましょう!」
ウェンディもやる気十分に答えてくれた。
「皆んなありがとう」