56話
馬車は街の中に入る、普段より数倍も広い道幅を悠々と進んでいく、それがこの聖都の大きさを物語っていた。
「ちょっと行ってくるね」
目的地である建物に到着するとエニィはそう言って大きな門に立っている兵士の様な格好をした男に近寄ると手にカイアス家の紋章を持って話しかけた後小走りに戻って来る。
「今案内人を呼んでくるって! あとセトの仮面は外してくれって言ってたわ」
「ああ、分かった」
いつの間にか街では仮面をかぶるのが当たり前になっていた俺はすぐに仮面を外すと案内人が来るのを静かに待つ事にした……のだが、早く建物に入りたい気持ちが募り俺はその案内人が来るまでの少しの時間が長く感じてソワソワとしていた。
「お待たせして申し訳ありません」
俺は落ち着かない体を鎮めようとしてじっと下を向いていた。そんな時、声がかかると顔を上げた。
俺のすぐ先に高貴なローブ姿の男が立っていた。その顔はまだ若く俺より10歳くらい歳が上だという印象だったが流石この大陸の中心である場所にいると思わせる知性あふれる面構えだった。
「お初にお目に掛かりますセト様。私はフェイルシード様の孫にあたりますシャルトと申します。どうぞお見知りおきを……」
「セトです、案内人の方宜しくお願いします」
「お任せを……ではこちらへ」
俺達は入り口に彫られた美しい女性の像に迎えられ建物の中に通されるとその細部まで作り込まれた美しい内装に思わず息を呑む、外から差す光がその内装を更に美しく見せ神でも降りてくるような神々しさを放っていた。
広大な広間を抜け日の光が差す通路を歩いていくと階段の前でシャルトさんの足が止まりこちらを振り返った。
「すいませんがここから上はセト様だけです。他の方はあちらの部屋でお待ち下さい」
「皆んな行ってくるよ」
「セト、どんなことを言われたかちゃんと話してよね……隠し事はなしだからね?」
「ああ、エニィに隠し事は無理だって分かってるさ」
「じゃあいいわ、いってらっしゃい」
「では行きましょう」
皆と別れ階段を登って行くと途中窓から見える景色は圧巻の一言で足を止めて見たくなるがシャルトさんに置いていかれないようについて行った。
少し薄暗い通路の奥にひとつだけある扉まで来るとそこで俺は待たされていた。
待っている間辺りはシーンと物音ひとつなくそれが俺に時が止まったような感覚に思わせた。
ガチャ
少し前に中に入っていったシャルトさんが扉から出てきた。
「ではお入りください」
シャルトさんはそう言って俺に中に入るよう促した。
部屋の中は陽の日差しで明るく窓は空しか見えない真っ青な色に染まっていてここがあの建物から突き出た塔の中だと分かった。そして奥にはひとりの男が立って窓から外を眺めていた。
「ようこそガイアグラスへ……ほう、なるほどな」
こちらを振り返る男は白髪に皺が多く刻まれた顔で恐らく年は俺の祖父くらいだろう。男は少し驚きをみせ俺を観察するようにじっと見ていた。
「セトといいます」
「話はランド王から聞いている。ワシは今まで色々と人を見てきたが一目見て分かった。君は雰囲気がまるで違う……あやつが言っていた以上だ」
「一介の冒険者である私を呼んだのは何か理由があるのでしょうか」
「はっはっは! 一介とは! 君は自分の力がどれほどの影響を及ぼすのか考えた事があるかね?」
「いえ……」
「聞くところによると君はレベルが200を超えていると聞いた」
……本当は400なんだけど恐くて言えないな。
「昔からレベルという強さを追い求め人生をレベル上げに費やした者を何人も見てきたがいくら才能があっても120を超える者は現れなかった……それを君はその若さで超えてしまったのだ。恐らく君がやろうと思えば国ひとつ滅ぼす事ができる」
「そんな事はしません」
「まあ仮にの話だよ、カイアスから聞いていると思うが4人の勇者が伝説の装備を取る旅に出ていて東の勇者は既に集め終わり国に帰ったと聞いているし他の3人も最後のダンジョンに潜っているそうだ」
「……何故その話を私に?」
「率直に言おう4人の勇者達を率いて魔族と戦って欲しい」
「……」
「正直言ってワシは魔族には勝てないと思っていた。この世界が魔族に支配されるのも時間の問題だと、それほど人と魔族には力に差がありすぎるのだ」
「……自分だけで判断したくない、仲間と話をさせてください」
「うむ、すぐにとは言わないがいつ魔族がこの大陸に来てもおかしくないのだ」
「明日には返事をします」
「そうか、では今日はゆっくり話し合ってくれ」
「分かりました」
「さてと……これで話は終わりだ、少し休憩しながら雑談でもどうかな?」
教皇が手を叩くと先程のシャルトさんが入ってくる。
「シャルトよセト殿を私の居間に案内を……おおそうだ、婚約者の方々も待ちくたびれているであろう呼んできてくれ。それと菓子と飲み物をウインディーネに持って来るように伝えてくれ」
「分かりました。セト殿こちらへ」
今度の部屋は壁側に様々な美術品が並び真ん中に大きなテーブルと椅子がある場所だった。
「ここはお祖父様のお気に入りの部屋で人を呼ぶなんて相当珍しい事なんですよ! 気に入られている証拠ですね!」
部屋に着くなりシャルトさんは少し興奮気味に話していた。
少しするとアリス、エニィ、マーナ、セラニが部屋に入ってくる。エニィは俺に何か聞きたげな視線を投げかけた。
「セトどうだった?」
「……すまない夜に皆んなで話さないか? これから教皇が来るんだ」
エニィの問いに俺は頭で考えがまとまらず夜に決めようと答えを返した。
「本当ですか! 教皇様と面会できるなんて光栄です! でも緊張しますね……」
マーナはこれから教皇と会えると思うと急に緊張した顔になって胸を撫でていた。
「ふふ、お爺さまはどこにでもいるようなお優しい方ですよ。緊張しなくても大丈夫です。そろそろ来ると思いますので私はこれで失礼します」
部屋を出ていくシャルトさんを見送ると入れ違いに教皇が扉から現れた。少し砕けた衣装を身に纏い俺の向かい側に座った。
「待たせたな、ほほう皆綺麗な女性だなセト殿? では少し老人の話に付き合ってくれ」
シャルトさんの言っていた通り先程の鋭い眼光から別人のように柔らかくなった目と顔で俺達を見るとエニィ達は教皇に綺麗と言われ照れた顔でひとりひとり挨拶を交わしていった。
コンコン
「来たか……入りなさい」
皆の挨拶が終わるタイミングで部屋の扉から音がすると教皇が穏やかな声で答えた。
「失礼します……」
入って来た人物を見た俺は時が止まったように動く事ができなかった……それは相手も同じで目に涙を浮かべ俺を見つめていた。
な、なんで…… ここに……。
「ウェンディ……」
俺はウェンディを見た瞬間驚いて動揺していたがウェンディの今にも倒れそうなやつれた顔を見ると胸が痛くなり思わず名前を呼んでいた。
「う……うあぁ〜!」
ウェンディは俺の声を聞くと大きな声で泣き崩れひたすら涙を流していた。
あの気丈なウェンディの取り乱しように俺は言葉が何もでず……ただそこに立ち尽くしていた。