28話
何とか修羅場を乗り越えた俺は皆と一緒に広間に戻ると旅の目的をカイアスさんに話す事にした。
カイアスさんは膝をつき俯いたままじっと話を聞いていたが話が終わると顔を上げ俺を見た。
「あの禁断の洞窟から帰還するなど信じられない話だが254ものレベルを見せられたら信じないわけにもいかないか……それに勇者の手助けをしているのであれば感謝しなければならんな」
「お父さん分かってくれた?」
「うーむ、しかしエニィと結婚するのは……な」
カイアスさんは大事な娘を嫁にやりたくないのか気持ちが大きく揺らいでいるようにみえた。
ガチャ!
そこへ扉が開く音が聞こえると俺は視線を移した。
そこには少しやつれた30歳位の女性が移動式の椅子に座っており、使用人に椅子を押されて部屋に入ってきていた。
「こんにちはセトさん、私はエニィの母親エミリーよ」
「はじめましてセトと言います」
俺が頭を下げるとエミリーさんはやつれた顔を少し笑顔に変える。
「あなたがエニィが夢中の彼ね、ちょっと顔を見たくて来ちゃったわ!」
この人がエニィのお母さんか……病気かな? 少しやつれて元気が無さそうだけど娘にあんな物を渡すくらいだから本当は活発で大胆な人かもしれないな。
俺は以前からエニィが俺に迫った時に持っていた秘密兵器を渡した母親がどんな人なのか気になっていた。
「お母さんは数年前から足が動かないの……」
俺がエミリーさんの足を見ているとエニィは暗い表情で俺に言った。
「治らないんですか?」
エミリーさんに直接聞くと頷き笑顔が消えた。
「ええ、色々な医者や教会の重鎮にも診てもらったけどダメだったわ」
エミリーさんはあんまりやつれた顔を見られたくないのか目を伏せていた。
「病気や呪いの類も疑って色々探ったんだが全く良くならなくてな、最近は病状が悪化してきているんだよ……」
カイアスさんも表情を曇らせ心配そうにエミリーさんを見ていた。
……そうだ、あれなら効くかもしれない!
俺の頭にある物が浮かぶと腰に付けた袋から瓶を取り出して机に置いた。
微弱な青い光を放つ液体に皆が注目しているのを見て俺は説明を始めた。
「これは禁断の洞窟で手に入れたもので鑑定ではあらゆる病を治す薬だそうです」
「何だと!」
「そんなものがあるの⁉︎」
カイアスさんとエニィは驚いた声を上げ薬を凝視していた。
「もしかしたらこれで治るかもしれません。是非飲んで下さい」
「そんな貴重な物を……いいの?」
「ええ、エニィのお母様に元気になってもらいたいので、それに効くかも分かりませんが試す価値はあると思います」
「ありがとうセト……」
エニィは大事そうに瓶を手に取るとエミリーに渡した。
ゴクゴク
エミリーさんは意を決して薬を一気に飲み干すと体がうっすらと光に包まれていった。
「か、体が軽いわ! それに足も自由に動く……うっ」
エミリーさんは信じられない様子で体を確認するとスッと立ち上がった。その姿に周囲は驚きエミリーさんはあまりの嬉しさで涙を流していた。
「なんて事だ! それにエミリーの顔が若く見えるぞ!」
カイアスさんの言う通りエミリーさんのやつれてシワが見えた顔にハリができてまさに若返りをはたしていた。
「ほんとだ! やつれた顔も元気な顔に戻って……良かった」
カイアスさんとエニィは涙を流してエミリーさんの元へ行くと抱き合って喜んでいた。
「娘と妻を助けて貰った事を感謝する、私は君が気に入った! これからは家族として君を迎えよう」
カイアスさんは俺を気に入ってくれたようだ。ここに来た時の怖い顔が今や穏やかな顔に変わっていた。
「良かったねセト!」
エニィも嬉しそうに俺を見て言った。
「ありがとうございます」
「で、いつ結婚するんだ? 可愛いエニィの結婚式は盛大にやるからな!」
「できれば旅がひと段落したらするつもりです」
「そうか、確かに今魔族の侵攻がこの大陸にも及ぶかもしれんから私も忙しんだよ。だが国王にいい報告が出来そうだ。何せ歴代でも最高レベルの者がいたのだからな」
「できれば公表は避けてもらえると助かります。僕は死んでいると思われていますし今は陰で動いているので」
「分かった、国王に留めておこう」
「では明日にもまた旅に戻ります」
「じゃあ今日はここに泊まっていきなさい。とりあえず親交の深い者と屋敷の者達にエニィの婚約とお祝いをしなきゃね」
エミリーさんが嬉しそうにそう言ってくれたので俺は頷いた。
「ありがとうございます」
そしてその夜は屋敷内の使用人や親交の深い貴族が集まる中盛大に俺とエニィの婚約を発表したのであった。
豪勢なパーティが始まり俺とエニィは並んで立つと次々と貴族達に挨拶をされていた。
「お初にお目にかかりますね、私はエニィの兄であるライナスです。よろしくお願いしますねセトさん」
ある程度挨拶が終わった時だった。俺に声をかけてきたのはかなり顔立ちのいい俺より少し年上と思われる男だった。
「よろしくお願いしますライナスさん」
「あの父上から溺愛していた娘を貰うなんて最初聞いた時は信じられなかったよ! 君は相当気に入られたんだね」
「はは、最初は殺されかけましたけど」
「ははは、エニィは昔から色々な貴族から目をつけられていたからね。近づこうにも父上が立ちはだかるから誰もエニィに近寄る男がいなかったんだ。ふふ、見なよ君に敵意を向けてる連中がここには結構いるんじゃないかな」
俺は周りを見てみると確かに俺を睨んでいる者がチラホラと見受けられた。
参ったな……貴族ってめんどくさいから嫌いなんだよな。
パーティが終わると俺とエニィは広い街を一望できるバルコニーで夜景を見ていた。アリスはお腹いっぱいにして既に眠りについていた。
「何か幸せ過ぎて信じられないわ……お母さんも元気になって昔の幸せだった頃がまたやってくるなんて思わなかった……」
エニィは所々に明かりが灯る綺麗な街並みを眺めながら話し始めた。その横顔は美しく愛おしくなっていた。
エニィは俺が激痛で苦しんでいる時いつも側で優しく抱きしめてくれた。俺が悩んでいる時いつも励ましてくれた。
俺は今では当たり前のように側にいてくれるエニィの存在が大きくなっている事をあらためて思い知らされた。
「エニィ」
「どうしたの?」
エニィは可愛いらしい微笑みを浮かべ俺を見た。
「いや、ハッキリ言ってなかったなと思って」
「何を?」
俺はエニィの前で跪くと手を取って言った。
「君を愛してる。俺と結婚してほしい」
俺のプロポーズを聞いたエニィは目から涙を溢れさせると笑顔で答えてくれた。
「セト……嬉しいわ……こんなに幸せをくれるのはあなたしかいない……私もあなたを愛してるわ」
俺達は見つめ合うとキスをした。
「これからもよろしくね」
「ああ、必ず幸せにするからな」
「うん……」
エニィは俺の肩に顔をもたれかけると俺はエニィの肩に手を回し抱きしめた。
そしてふたりで幸せを感じながらしばらく夜景を見ていた。