ヤンデレJKは振り向いてもらいたい。そんで俺はダメになっていく。
『木洗さん!』
見えているのは、白く華奢な腕だけで後は観覧車の下から血溜まりが見えるくらいだ。
好きな人が傷つく姿は見たくない。
そう願ったとしても、観覧車の下から伸びている手の根元からは、真紅の液体がドクドクと流れている。
いくら願っても
いくら頑張っても
俺の愛は何かに引き裂かれる。
『きゅ、救急車!』
119番を押す。
しかし、携帯は反応しない。
『死んじゃう!木洗さん!木洗さん!』
『神崎くん。』
『ソーニャ!?お前、、お前か!!?』
『神崎くん、あっちにね美味しいパフェが売ってるの。そこに寝転んでる人なんてほっといて食べに行こ?』
ソーニャの透き通るような銀髪が、夕陽によって映える。瑠璃色の瞳が真っ直ぐ俺をとらえる。
そんな見かけだましの美しさは全て汚くて、
吐きそうだった。
爆発音がする。
『あ、あっちは、、、!?山北会長!まさか・・・・。』
袖を掴まれる。
『神崎くん。パフェね、早くしないと売り切れてしまうから。早く行こ?』
『ソーニャ!!2人が、、死にかけてるんだぞ!?』
『ふーん。そっか、大変だね。早くパフェ食べよ?』
カランコロンと何かが落ちる音がした。
音の方を見ると、ネジを緩める為の工具だった。
まさか。
ソーニャ、、観覧車を落としたのは。
『ああいけない。』
工具を拾う。
ソーニャの手を見る。
油まみれの手だ。
黒く、何かこびりついたような手。
考えたくもない。
でも、そう考えるしかなかった。
『ソーニャ、、、お前なのか?観覧車を落としたのも、あの爆発も、、、』
ソーニャはため息をつく。
『さんざん行ったじゃない?このクソウィルス女をデリートするって。』
ソーニャはニコリと笑う。
『お、お前自分が何をしたかわかっているのか!?』
『うん?わかってるよ?神崎くんの目を覚ます為にウィルスを削除した。ただそれだけなんだけど?』
スカートの端をつまみ、あいさつするような仕草でそう話す。
『お、お前!人の命をなんだと思ってやがる!』
『はあ、、、悲しい。まだ、あなたは気づいてないのね。』
『は?』
ソーニャは深いため息をつく。
そして、先ほどからの嘲笑うかのような表情でなく、何か物悲しい顔をしてこちらを見る。
『いい加減目を覚まして。ログアウト。』
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『きゃー!神崎くんよ!』
『こっち向いてえ!』
うんざりするくらいの黄色い声に囲まれている。
俺は前髪をさっと手で払う。
『きゃあ!あー、だめ、耐えられない。』
『だ、大丈夫!?』
聖ハレム学園の女子学生の1人が倒れる。
その隣にいる友達らしき、女子学生。
『だめよ、、もう息をしてないわ。死因は、鼻血による失血死。また、神崎クンがかっこよすぎて人が死んだわ。』
担架で運ばれていく。
そんな馬鹿な。
『ふん。神崎クンのかっこよさは私しか知らないわ。』
教室前にいる、銀髪のロングヘアが綺麗な女子学生が1人。
『また、、お前か。』
『またって何よ。私、待っていたんだから。』
『なんなんだよ、いつもいつも付き纏って、、』
『付き纏うなんて。あなたの良さは私にしかわからないのよ。さっき鼻血で死んだ女の子なんて、あなたの外見だけでしょ?』
『何がいいたいんだ?』
『知っているもの。神崎クン、昨日食べたのは回鍋肉ね。うん。昨日より体重が300グラム多いかしら。』
確かに回鍋肉は食べた。
食べ過ぎて体重が300グラム増えたのも事実だ。
『あら、くんくん。ああ石鹸変えたのね。うん。いい感じ。』
石鹸は変えた。
いろいろ的中しすぎてスパイか何か、こいつは。
いや、それどころか。
『今日はグレーのボクサーパンツね!あれ似合ってるよね!!』
なんで下着まで把握してやがる。
そう、それは。
『そこまで知っているのよ、、ってどこに電話してんの!』
『けーさつだ。お前盗撮、盗聴、なんでもやってるだろ!?』
『盗撮?盗聴?人聞きの悪い。ダーリンの細かい情報くらい、把握してるよ!』
ピースサインをしてくるソーニャ。
殴りたい。
『お前は!ただのストーカーだろ、、』
ため息をついて席につく。
ソーニャはうっとりとした表情で頬杖をつきながらこちらを見てくる。
ソーニャは海外からの転校生だ。
あれは、転校初日だったか。
『海外から来ました、ソーニャです!あ!ダアリイイイン!!!』
自己紹介もほどほどに俺に抱きついてきて周りの女子から反感を買っていた。
俺に銀髪の海外女子の幼なじみなんていないし、そもそも恋人は作ったことはなかったはずだ。
ソーニャは見た目は可愛いが、なんでか俺のパーソナルな情報をかなりの量知っていて、ハッキリ言わなくてもストーカーだ。
『きゃあ!神崎くうん、こっちむいてえ!』
『あら、そこのあなた。このデリンジャーで頭、撃ち抜かれたいのかしら?』
『ひぃっ!』
半径3メートル以内に他の女が近づこうものなら、本気で銃殺しようとする。
恐ろしい女だ。
『はあ。早く帰りてー。』
『帰ったらお風呂にする?ご飯にする?それとも、、、』
『いやいや家が違うだろ、お前とは。』
そんなやりとりをしていると、、、
『神崎孝夫さん、神崎孝夫さん、至急生徒会室までお越しください。』
校内放送で呼び出しがかかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『なんで、お前がついてくる?』
『悪いウィルスはデリート対象だからだよ?』
『意味わかんね。』
生徒会室前に立つ。
『お前はここまでだ。呼び出し受けたのは俺だからな。』
『わかったわ。』
えらいものわかりがいい。
普段なら、ただを捏ねるのだ。
『失礼します!』
生徒会室に入る。
生徒会室は、10畳程度の空き教室に、この字型に簡易テーブルが置かれている部屋だ。
生徒会が駄弁る部屋は隣に生徒会準備室という謎の部屋があり、噂によるとそこに誘われた生徒は生徒会長に骨の髄までしゃぶり尽くされると言われている。
『失礼します。何の御用でしょうか?』
テーブルの真正面にいるのは、
青髪ロングヘアで頭にはアメリカの学生が卒業の時にかぶるような帽子を被った大変グラマラスな体型の学生。
『えーっと、、あの、、、はい、えっとですね。神崎クンですよね?』
『あー、うん。そうだけど。』
『うんとね、あ、、なんだっけ?えっと、、、』
『今朝の騒動についてです、生徒会長。』
隣にはメガネ、三つ編みのいかにも生徒会長を補佐してます!的なむしろこっちが生徒会長じゃね?という感じの女子がいた。
『はわわわ、、、そ、そうです!神崎クン!今日もあなたの、、えっと、、ああ、神崎クン!かっこいいからって!めっ!』
『はい?』
『神崎がかっこいいのは会長の意見ですよね?』
『はわわわ、、!ああ!違う違いますぅ!!』
生徒会長は顔が真っ赤だ。
眼鏡っ子は冷静で、表情一つ変えない。
『で、ですから!うんと、、ああ!朝、またあなたが女の子を1人尊死させた件について!』
『尊死って、、、』
『会長、正確には尊すぎて鼻血ブーの失血死が死因です。』
眼鏡っ子、そんな淡々と言われるとちょっと面白いぞ?
『で、ですから!あなたの外見は、、えっと、こーぞこうぞりょーじょくに反してまして!』
『公序良俗です。』
『はわわわ、、、』
生徒会長準備室の噂はほんとだろうか?
こんなぽわぽわしている生徒会長が男を骨抜きにするなど考えずらい。
『会長。私から。神崎クン、あなたはもう少し身だしなみを学生っぽくしてください。さらさらの銀髪を目元が隠れそうになるくらいの前髪。ワックスも流してると思いきや、絶妙にツンツンする、ヘアモデルもびっくりなスタイリング。原宿や渋谷を歩くならそれでいいですが、聖ハレム学園においては刺激的すぎます。』
『うーん、これ何もセットしてないんだけどな。』
『であれば、なおさら。前髪は目にかからない程度が望ましいです。』
『カチューシャでオールバックでもいいの?』
『そのあたりはお任せします。ただし、また尊死、、いえ今朝のような事例が出たらその時は、生徒会準備室にて整えていただきますから。身も心も。』
生徒会準備室を見る。
あそこに何があるのかわからないが、おぞましい臭気を発しているのはわかる。
『わかりました。』
『あ、明日からはた、頼みます、、よ?私だって、、生徒会準備室は、、その、恥ずかしいんですからね!!』
は、恥ずかしいことをさせられるのか!?
それは、それで嬉しいのだが、、
『わかりましたね?』
眼光が鋭い眼鏡っ子に免じて明日は髪を整えることにしよう。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『じゃあさ!じゃあさ!放課後、いつもの並木通りね!』
クラスには一際大きな声で話をしている女子がいる。
肩までかかるサラサラした茶髪。
凹凸のある美しい曲線美。
パチリと大きな目。
木洗陽子だ。
彼女はこのクラスで一際目立つ存在だ。
『神崎クンとかどうなの?陽子ー?』
『えー、タイプじゃないってー。』
こちらに聞こえる。
この聖ハレム学園で黄色い声援を浴びまくっている俺からしたら心にグサリと刺さる一言だ。
『陽子、彼氏作んないの?』
『えー、今はそういうのキョーミないかなあ。』
木洗さんはまだ、恋愛にさしてキョーミがないようだ。
花の女子学生なのに。
結構、陽キャで可愛いのに、男に興味がないのか。
『キャーキャ!神崎クン、こっちみてえ!』
いつもの黄色い声。
山北会長との約束で、次女の子を尊死させたら
生徒会準備室に連れていかれてしまうので視線は合わせず手だけ振る。
『神崎クン、なんだか視線合わせないで感じ悪いね。』
木洗はナチュラルにディスる。
しかも遠くから、その言葉は俺に向けられていないから悲しくなる。
木洗は正確が悪い訳ではないと思う。
素直なのだ。
そう思いたい。
『まあ、でもさ、神崎クンって誰ともくっつかないよね。』
聞き耳を立てる。
『なあに?陽子?神崎クンやっぱ気になるんじゃん?』
『違うの。イケメンだけどさ、、勿体無くない?恋愛に興味あるならさ、誰かとくっつけばいいじゃん?でも手を振って、黄色い声援浴びてるだけだよね?』
『承認欲求強いんじゃん?』
『えー。女の子1人沼らせた方がさ、承認欲求満たされると思うんだけど。』
木洗は明るい。
そして陽キャだ。
かわいい。
そしてゾワッとする、なんかこう思わず、
知りたくなるような、もっと木洗という女を
掘り下げたくなるような発言をする。
だけど近づかせない。
陽キャで明るいのに、何かこう思春期の男にブッ刺さるような発言をする。
計算でなかろうかと思う。
ただ男と話をしているのを見たことがない。
年上の彼氏がいるのでは?パパ活女子なんじゃないか?といういろいろな憶測があるが、真実は定かではないのだ。
黄色い声援を浴びている俺だからこそ、
この明るい陽キャ、ミステリアス女子。まあ、まさに高嶺の花に憧れてしまうのだ。
悶々としながら、家路を歩く。
今日も木洗に近づけなかった。
『はあ・・・。』
黄色い声援を浴びて、女の子を尊死させるくらいはできるが、自分から気になる女の子には声をかけられない。
結局見た目だけの男なのかもしれない。
こういうと嫌な奴だが、自分の中で思っているだけだから良いのだ。
並木道を歩く。
桜が散り、新緑の季節が近づいていることがわかる。
心地いい季節だ。
桜の季節が終わり、浮かれている気持ちが少し落ちついたはずなのに、俺は木洗のことばかり考えてしまう。
これは恋なのか。
『おーい!待ったあ!?』
木洗だ。
そういや、並木道で友達と待ち合わせする話をしていたな。
前にいるのは、木洗と話をしていた、女の子だ。
眼鏡っ子。
おさげ。
あれ?既視感・・・・?
すこしボーっとしていると、何やらいかついエンジン音が近づいてきた。
ただの公道を、150キロくらいはあるだろうか。
スポーツカーが並木道をかっ飛ばしてくる。
『陽子!』
『え?』
木洗さんに突進してくる、スポーツカー。
俺は体が勝手に動いていた。
『いったい、、、え?神崎クン?』
木洗さんを庇い、俺は額からダラダラと流血をしていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『うん?朝か。』
いつものように起きる。
顔を洗うことなく、髪もそのまま登校する。
静かな登校。
普段ある黄色い声援は今日はなかった。
身なりを整えていないから、俺だとわからないのだろう。
教室に入る。
『えー陽子!またあ?』
『お願い!名前貸してよ!』
『うーん、仕方ないなあ。お泊まりなんでしょ?』
『うん。』
『学生なんだからさ、大概にしなよ?』
『大丈夫だって。』
木洗さんはいつも通りやかましい。
隣にいるソーニャは、、、
『あ、神崎クン、おはよう。』
『ああ?おはよう。』
黒髪の見知らぬ女子が座っていた。
『おーい、お前ら、今日は全校集会だぞ!』
担任が偉そうに呼びかけてくる。
『ですから!我々の学園は例年になく!緩み切っていて!不純異性交遊なんて、もっての他なのです!この前も、補導されたのは、この学園の、、』
山北会長だ。
正義を貫き通す、というか自己の理想を生徒に押し付けているように聞こえる演説はやかましいだけだ。
『ねえ、会長が言ってるあれって。』
『うん、木洗さんのことだよね?』
『あーあ、また準備室に連れてかれんのかな?』
『木洗さんも会長もまんざらじゃないみたいよ?』
『やだあ!木洗さんって両刀なの?』
ひそひそと聞こえる影口。
こんなのは聞きたくもない根も葉もない噂だ。
『せんせー、具合悪いんで、保健室いきます。』
『ああ神崎。おい、誰か連れてけるか?』
『わ、私が、、、』
隣にいる黒髪の女子だ。
『か、神崎くん、早く行こ?』
『ああうん。』
唯一挨拶してくれる、女子だ。
静かな廊下を2人きりで歩く。
(コイツ、なんで俺に構うんだろうな。)
そんなことは決まりきっている。
俺が黄色い声援を送られるくらいのイケメンだからだ。
今日は一言もその声援を聞いてないが。
『・・・・』
その黒髪ロングの女子はチラチラとこちらを見てくる。
俺と保健室に行くのも、俺に構って欲しいからであろう。
地味子な癖にしたたかな女子だ。
名前くらいでも聞いてやるか。
『あのさ、キミ名前はーーーー』
『保健室着いたよ、神崎クン。ほら、早く入って。どこが具合悪いの?』
『え?ああ、ちょっと立ちっぱなしでクラクラしただけだから寝てれば治るよ。』
『そう・・・・良かった。』
『・・・・・。』
地味子は急ぎ俺に布団をかけて、コップにお水を入れた。
『喉、、乾いたら、飲んでね。』
『ああうん、ありがとう。』
布団に横たわる。
しかし、ソーニャはどこに行ったのだろうか。
木洗さんも昨日今日で人が変わったようにビッチだし、山北会長もなんだか気が強い。
『ふわぁぁぁ・・・・。』
寝たのはいつぶりだろうか。
いや、今朝は起きたから、寝てたか。
ウトウトとしているうちに、いつのまにか意識は白くなっていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
目を覚ますと、真っ白な天井。
隣にはピッ、ピッと規則正しいリズムで
刻み続ける電子音が聞こえる。
腕には何か、液体につながるチューブのようなものが刺さっていた。
『いっつ・・・・・・。』
激痛が走る。
『お目覚めね、神崎クン?』
声の方を見ると、果物ナイフでりんごを剥いているソーニャがいた。
剥いているがとても歪な形をしている。
『あれ?俺・・・・。』
『車に轢かれてね。3日ほど寝ていたわ。』
寝ていた・・・・。
さっきまでのことは夢か?
『ずいぶんと、木洗さんに熱をあげているのね。こんな体がズダズタボロになるくらい庇ってさ。』
ソーニャは肩をガツリと掴んでくる。
『あだだだだだだ!!』
『そうやって、、私以外の女に、、うつつを抜かして、、こんな死にかけの体になって・・・何が!何が!何がいいのよ!!あんなビッチが!!』
『い、痛い!痛いよ、ソーニャ・・・。』
『ああっ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
私はそんなつもりじゃ・・・ああ腕が腫れあがってしまって・・・』
ソーニャは俺の衣服を脱がす。
肩が露わになる。
肩は傷だらけだ。
『わ、わ、私が間違えたから、、ああ!私がいけない!ああ!』
『間違えた・・・?とりあえず、そ、ソーニャ、、落ちついて、、、』
『落ちつけと?落ちつける訳ないじゃない!!あんな木洗という女がボケっとしてるから、神崎クンがこんなケガをして、、、』
『ああ、、そういや、木洗さんは?無事なの、、かな?』
ソーニャは髪を振り乱していた。
ただ俺のその一言でピタリと動きが止まる。
『・・・・気になるわ、よね。そりゃ、そうよ。だって・・・・』
ソーニャは立ち上がり、こちらを見下ろすように凝視してくる。
『あなたはあの女に犯されているんだから。』
そういうとソーニャは病室を去っていった。
『神崎クン!』
入れ違いで、木洗さんが入ってきた。
木洗さんは特に怪我はないようだ。
『ああ、ごめんなさい!私がボケっとしていたから!!』
木洗さんは手を握ってくる。
手先に女子特有の柔らかい肌感を感じる。
あれ?でも俺、女子の手を握るのは初めてなのに。
『ごめんなさい。なんて言えばいいか、、どうお詫びをしたらいいのかな・・・』
『お詫びなんて。』
『私、命を助けてもらったんだよ?だから、何かお詫びさせて欲しい!なんでも言って!私に出来ることなら、なんでも!!』
なんでもか、、
木洗陽子。
明るく健気で、スタイルもいい。
何にしても憧れている男子は多い。
『だ、、だったらさ、、』
『うん!』
『お、、俺と遊びに行かない?俺、木洗さんと仲良くなりたいんだ!』
『・・・・』
木洗さんは俺の手を握り、固まる。
だ、だめだったか、、、
『あ、もちろん!1対1じゃなくてもいいんだ!そうだな、、誰がいいだろうか、、、』
『いいよ!遊びに行こ?』
『え・・ああそうだな、ソーニャはだめだし・・・え?』
『だ・か・ら!遊びに行こ?どこがいいかなあ?うん、2人でもいいし、誰か誘ってもいいし!任せるよ!行きたいところ決まったら教えて!』
『ああうん。』
『そーだ。連絡先交換しよ?友達なんだから、チャットしようよ!』
スマホを出してくる。
『そ、そうだね!はい!』
連絡先交換の電子音が病室に鳴り響く。
『はい!これでオッケー!友達なんだから、1日1回はチャットする!これノルマね!』
『ああうん。わかった。』
1日1回。
木洗さんは以外と細かいのかもしれない。
『じゃあ、今日はそろそろ行くね!また明日学校でね!』
『ああうん。』
木洗さんが病室を出る。
『明日学校・・・か。てか、俺明日から学校行けるんか?この怪我で今日にでも退院なんか?』
肩の傷を見る。
『あれ?治ってるな、、、見間違いだったかな。まあ病室いても暇だからなあ。』
そのまま次の日、退院することになった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『えーっと、木洗陽子さんを、命を張って、、たすけた?わ、わはわわー、、ああすごいですね!神崎クン!』
全校集会で山北会長から謎の症状をもらった。
『あ、ありがとうございます。』
『ゆ、ユーアーうぇるかめ!』
『なんで英語?しかも発音が、、、』
『会長、そこはウェルカムです。』
生徒会長補佐の眼鏡っ子が耳打ちしていた。
そういや、この眼鏡っ子どこかで見たことあるな。
とりあえず全校集会で表彰されたことは悪い気はしなかった。
『・・・・で、なんで俺呼び出されたんですか?』
生徒会室。
いつもはそばに控えている眼鏡っ子は不在だ。
『いや、、、神崎くんってなかなかか、かんけがあるなって思いまして、、、』
『かんけ?』
『かんけです。ただの、、その顔がいいだけの、人かなって思ってたので、、』
『褒められてんのか、けなされてるのか、、』
『そ、尊死、、させてますから。』
尊死って・・・・マジで死んでるわけじゃあるまいし。
『まあ、、で、俺は全校集会で表彰されたんだから、用はないはずだけど、、』
『はい。ですから、これは生徒会長としてではなく、女、山北ミサとしてのお呼び出しです。』
山北会長ってミサっていうのか。
『えっと、なんでしょうか?』
『えっと、その、私とそのもてあそんでいただけないかと!』
心臓がドクドクと鳴る。
山北会長の容姿は悪くない。
凹凸がはっきりしていて、大きな瞳に整った鼻筋。パンダ目だが、唇はいつも潤っていてどことなく守ってあげたくなるオーラ。
そんな人が弄んでくださいと、わざわざ呼び出してお願いしてくる。
どんなご褒美だ。
俺に漢気を感じてくれたのだろうか。
『うん?かんけ、漢気。かんけ、、、』
生徒会長は漢字が苦手らしい。
『会長と、もてあそぶ。、、遊ぶ?もてなし、、』
山北会長を見る。
顔はポッと赤くはなっているが、もしかして。
『会長、、この前の国語の中間考査何点でした?』
『え?もちろん、、赤点よ。』
『あーー、わかりました。会長は俺を生徒会室でもてなしたいと。そして、遊びたい。そんなとこですか?』
『だから、ね。そう言ったんだよぉー。』
ああそういうことか。
だったら、ちょうどいい。
『会長、そしたら、俺ともう1人別の女子も混ぜて遊びに行きませんか?』
『えっ、ええ!複数でプレイ!?』
なんでこの人はちょっとしもい方におバカなのだろうか。
かくして、木洗さんと山北会長と3人で遊ぶことになった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
生徒会室を出る。
『神崎クン。』
声の方を振り返る。
そこには銀髪の女の子が立っていた。
サファイアの瞳。
口元にはうすら笑みを浮かべている。
『そ、ソーニャ、、どうしたの?』
『木洗さんを助けた神崎クンがなんで生徒会室にいるのかな?って』
『いつものように指導だよ。』
『あら。眼鏡っ子の補佐ちゃんがいないのに、あのポンコツ乳だけ生徒会長が指導なんてできるのかしら?』
『え。』
眼鏡っ子がいないことを知っている。
生徒会室に監視カメラでもついているのか。
『生徒会長をバカにしすぎじゃないか?一応生徒会長になる力量はある人だぞ?』
『かんけ、とかもてあそぶとか言っちゃうおバカさんじゃない。』
ぎゅっと心臓が掴まれたような気がした。
『ふ、ふーん、随分と生徒会長のこと詳しいんだな。』
『いつも見てるから。』
貫くような視線。
がっと捉えて外さない。
俺は獅子に狙われた小鹿のように体がフリーズする。
『なんで、、あんな女がいいの?』
『え?』
『だって別に神崎クンのこと、そんなに知らないじゃない。たぶん神崎クンのことそんなに好きじゃないし。私は24時間365日、神崎クンの事考えているよ?昨日食べた夕飯も、何時にお風呂に入ったかも。1日何回トイレ行ったかも、全部全部知ってるのに!』
『え、、、、』
俺はずっと監視されてるのか?
俺の胸ぐらを掴んで、何度も壁に打ち付ける。
『なんで!なんで!なんで!なんで!こんなに、こんなに愛してるのに!ああ!』
『痛いよ、ソーニャ。』
『はっ!ごめんなさい、、、』
ソーニャは胸ぐらから手を離す。
『ソーニャ、キミは俺の何が好きなんだい?キミは俺を監視しているだけじゃないか。キミに俺を束縛する権利はないだろ。だって、、、』
ソーニャは固まっている。
『俺ら恋人でもなんでもないよな?』
その言葉を発した瞬間。
ソーニャから、怒気のようなものが溢れて出ているような気がした。
『そう・・・よね。何も・・・覚えてないものね、、、』
『は?』
ソーニャは涙を流していた。口元はうすら笑みを浮かべ、笑うように。
『手段は選んでいられないわ。あなたをウィルスから守って、ちゃんとログアウトできるように、私が、、、私が!!』
そう告げるとソーニャは振り返る。
『・・・・すから。』
『え?何か言ったか?』
ソーニャは足を止める。
振り返り、満面の笑みで。
泣いていたのに、次の瞬間は満面の笑みで。
俺はその光景に畏怖を覚えていた。
この闇が深い女に、狂気を覚えた。
『神崎くんが、目覚められなかったら、、、、
ごめんね。』
ソーニャはそう言って、走り出してしまった。
夕陽が差し込む廊下に俺は立ち尽くしていた。
帰る頃にはすっかり真っ暗だったが。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『おーい!神崎くぅん!』
『神崎クンお待たせー!』
山北会長と木洗さんと待ち合わせする。
今日は3人で遊園地に来た。
土曜日の午前中。
『人、たくさん、いるね!』
木洗さんが指差している方向を見ると、
長蛇の列だ。
入園するのに、2時間くらいはかかりそうだ。
『困りましたねえ。並ぶの時間かかりそうですねえ、、、』
人気の遊園地だから、仕方ないか。
そう諦めていると、
列が一気に進み出した。
『わあ!これで!すぐ入れそう!』
木洗さんは飛び跳ねるように喜びを表す。
『な、何だこのおお、、さあ。ええー、な、何乗りましょうかあ・・・・。』
山北会長は乗り物の多さにあわあわしている。
かわいい。
『じゃあ!ジェットコースター!』
木洗さんは片腕を思い切りあげる。
『はわわわ、速い乗り物ですかあ・・・・。』
『か、会長もジェットコースターは苦手ですよね?』
良かった。
俺はジェットコースターは絶対ダメなのだ。
会長が、苦手なら、、、
『速い乗り物、乗りたいですね!!』
『え、、、、』
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『神崎クン、ごめんねえ、、、』
ベンチでグロッキーになっている。
ジェットコースターは本気でダメなのだが、
木洗さんも会長も乗りたいなら水をさせなかった。
『神崎クン、横になって。』
『ああうん。』
横になるとふわりとした柔らかい感覚が顔に感じる。
上を見上げると、観覧車と木洗さんの顔。
『え、、膝枕・・・・。』
『ベンチよりは固くないでしょ?』
いい匂いがする。
柔らかい。
薄手のスカートなのか、木洗さんの肌が感じられる。
『え、、でも、、、』
『いいの。寝てて。』
はあ。
たまらない。
柔らかい。
いい匂い。
木洗さんの整った顔。
寝れない。
『そ、そういや、、山北会長は?』
『医務室に薬もらいに行ってるわ。』
『ああ、なんだか申し訳ないなあ。』
『ごめんね、あんなに苦手なの知らなかったから、、、』
ジェットコースターは散々だったが、
木洗さんにはこうやって介抱してもらい、山北会長は自分の為に薬を取ってきてくれる。
こんなにいい思いをしてもいいのだろうか。
ゴン!!
『痛っ、、、、何が起き・・・・。』
目の前には俺が横になっていたはずの、ベンチがあった。
そこには、吊るされているはずの観覧車が地面に落ちており、腕が一本その下から伸びている。
周りには赤い、そう血の海ができていた。
俺は誰かに体を預けていた。
『神崎クン?大丈夫だった?』
『ソーニャ・・・・?』
『ウィルスはデリートされたわ。』
ソーニャは観覧車の方を指差す。
『木洗さん!』
見えているのは、白く華奢な腕だけで後は観覧車の下から血溜まりが見えるくらいだ。
好きな人が傷つく姿は見たくない。
そう願ったとしても、観覧車の下から伸びている手の根元からは、真紅の液体がドクドクと流れている。
いくら願っても
いくら頑張っても
俺の愛は何かに引き裂かれる。
『きゅ、救急車!』
119番を押す。
しかし、携帯は反応しない。
『死んじゃう!木洗さん!木洗さん!』
『神崎くん。』
『ソーニャ!?お前、、お前か!!?』
『神崎くん、あっちにね美味しいパフェが売ってるの。そこに寝転んでる人なんてほっといて食べに行こ?』
ソーニャの透き通るような銀髪が、夕陽によって映える。瑠璃色の瞳が真っ直ぐ俺をとらえる。
そんな見かけだましの美しさは全て汚くて、
吐きそうだった。
爆発音がする。
『あ、あっちは、、、!?山北会長!まさか・・・・。』
袖を掴まれる。
『神崎くん。パフェね、早くしないと売り切れてしまうから。早く行こ?』
『ソーニャ!!2人が、、死にかけてるんだぞ!?』
『ふーん。そっか、大変だね。早くパフェ食べよ?』
カランコロンと何かが落ちる音がした。
音の方を見ると、ネジを緩める為の工具だった。
まさか。
ソーニャ、、観覧車を落としたのは。
『ああいけない。』
工具を拾う。
ソーニャの手を見る。
油まみれの手だ。
黒く、何かこびりついたような手。
考えたくもない。
でも、そう考えるしかなかった。
『ソーニャ、、、お前なのか?観覧車を落としたのも、あの爆発も、、、』
ソーニャはため息をつく。
『さんざん行ったじゃない?このクソウィルス女をデリートするって。』
ソーニャはニコリと笑う。
『お、お前自分が何をしたかわかっているのか!?』
『うん?わかってるよ?神崎くんの目を覚ます為にウィルスを削除した。ただそれだけなんだけど?』
スカートの端をつまみ、あいさつするような仕草でそう話す。
『お、お前!人の命をなんだと思ってやがる!』
『はあ、、、悲しい。まだ、あなたは気づいてないのね。』
『は?』
ソーニャは深いため息をつく。
そして、先ほどからの嘲笑うかのような表情でなく、何か物悲しい顔をしてこちらを見る。
『いい加減目を覚まして。ログアウト。』
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
目を開ける。
薬臭い。
白い天井。
『眼鏡・・・かけたまま寝てしまったのか。』
体を起こす。
ソーニャがそばにいて、、、
木洗さんと山北会長が、、、
飛び起きる。
どういうことか。
俺は会長と木洗さんと遊園地にいたはずだ。
なぜ、学校にいるのか?
そう、遊園地で木洗さんは、、、
『おえ!おえええええ!』
血みどろになった木洗さんを思い出す。
その場で全て胃の中を空にすることになった。
『はあ、はあっ!どういうことだ・・・・。』
もう吐くものがない。
嗚咽だけを繰り返す。
胃が痙攣しているのだろうか。
状況を整理しなくてはならない。
まずなぜ学校にいるのか。
遊園地で山北会長と木洗さんといたはずだ。
遊園地にいたのは、、
そんなことより。
木洗さんと会長の無事を確認しなくてはならない。
どこにいる?
病院か?
『・・・であるからにして!昨今の我らが聖ハウロ学園は、、、』
体育館の方からだ。
気の強そうな声色。
威圧するような空気感。
聖ハウロ学園・・・。
俺がいたのは、聖ハレム学園のはずなのに。
体育館の扉を開ける。
『であるからにして!!かのような不順異性交遊は!認められない!本来ならば!即刻退学であるが!!そこは理事長以下理事の皆様の、、、』
目を見開いた。
爆発に巻き込まれたはずの、山北会長が体育館で演説していた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
全校集会を終えて、クラスに戻る。
『はーい、じゃあ今日は一日自習にする。』
全校集会で山北会長が話をしていた内容に関係があるのだろうか。
クラスを見渡す。
木洗さんはいない。
そういや、山北会長が爆発に巻き込まれたのは直接見ていない。
山北会長はもともと爆発に巻き込まれていなかった。だから、全校集会で本来すべきだった、生徒会長の仕事をしていた。
それなら筋が通る。
で、俺は気を失って、、、
なんで保健室にいたかは、、、説明がつかない。
では、木洗さんはどうか?
木洗さんの姿を見ていない。
そうだ。
一緒に遊園地行った、山北会長なら知っているはずだ。
生徒会室に向かおう。
生徒会室の扉をノックする。
・・・・。
何も反応がない。
不在か?
ドアを引いてみる。
『開いてる・・・・。』
恐る恐る開けてみる。
部屋には誰もいない。
部屋を見渡す。
『ん・・・?』
生徒会準備室の方から明かりが漏れている。
『・・・・っ、ああ!』
『何の・・・声だ??』
生徒会準備室を恐る恐る見る。
『な、、んだ、、これ?』
そこには、山北会長がいて、簡易ベッドに座っている。
簡易ベッドには、腕を前方で縛られて四つん這いのような格好で全身に導線のようなものが繋がれている。
『あなた、、、誰の許可を得て、、パパ活なんてしたのかしら??』
山北会長はスイッチを押す。
『あだだだだだだ!!!ひぎぃ!』
木洗さんが悲鳴をあげていた。
会長がスイッチを押すたびに全身が痙攣したようになり、白目を剥く。
『ふふ・・・べ、別に美絵子に迷惑かけてないじゃない、、、な、、何?嫉妬?』
『わからせないといけないわね。』
スイッチを押す。
『ひぎぃぃぃぃぃ!!!』
痙攣するように、木洗さんはのたうち回る。
木洗さんは、白目を剥き、涎を垂らしていた。
気絶したのか、全身の筋肉が弛緩したのか。
『あーあ。ベッドがまた臭くなったじゃない。何度目のおねしょよ。クソ豚が!!』
山北会長はその後もスイッチを押していた。
木洗さんは反応していなかったが、電気による反射で体が反ったり曲がったりしていた。
ど、、、どういうことだ。
山北会長と木洗さんの関係。
そして、普段よりはっきりと話す山北会長の口調。
そういや、あの眼鏡っ子は、どこだ?
会長補佐の子に聞けば木洗さんについてわかるはずだ。
そして。
木洗さんは生きていた。
生きていたが、
生きていたが、、、
何か、、変だ。
俺が知っている現実では、、、
生徒会室をよろけるように出る。
『いったい・・・何が起きて・・・・。』
廊下の壁にもたれる。
『神崎クン。』
声がした。
声の方を見る。
黒い髪の女の子。
目元が隠れていて顔が見えない。
こいつは、、、
ソーニャの席にいた、知らない女子。
スカートを短く履いている女子が多い中、
規定通りの丈の長さでスカートを履き、いかにも真面目、いや、陰キャというべき女。
俺を保健室に連れて行った女子。
『ああ、、なんだよ。』
『見た?生徒会準備室。』
『は?どういう・・・』
『思い出しましたか?』
『え?』
言葉の凪が訪れる。
女の子はこちらをじとりと見てくる。
俺は視界が揺れるような感覚に襲われる。
生徒会準備室で行われていた
信じがたい光景をなぜ、知っている?
なぜ木洗さんは生きている?
山北会長はなんであんなに人が変わってしまったのか。
そして
この女は何者だ?
『お、まえ、、何を知っている??』
『私?私は、、あなたのことならなんでも知っているわ。あなたの寝顔も、あなたが昨日何を食べたのかも、あなたが困っているときの表情も。』
『は・・・・?』
黒い髪の女の子は近づく。
俺の顎を人差し指で撫でる。
長い前髪から仄かに見えた瞳で
こちらを突き刺すように見る。
俺は全身に鳥肌が立った。
体温が下がっていくような感覚。
『でも、、あなたは何も、、覚えてない。まだ、、なのね。でも大丈夫。もうすぐ、、だから。』
立ち上がり俺に背を向ける。
『大丈夫。あの子は、、ソーニャにはもう頼らなくて大丈夫。』
『お、、お前今・・・・。』
そう、この女は。
ソーニャのことを知っている。
『ま、ま、、て。』
俺は腰を抜かしていたのか、その場にへたり込んでしまった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
ピンポーン。
チャイムが鳴る。
五月蝿い。
ピンポーン。
だから五月蝿い。
何度目だ。
俺はいないのだ。
もう構わないで欲しい。
腑抜けた俺は引きこもって1週間くらいだろうか。
窓に何か当たる。
窓の方に視線をやる。
小石だ。
別に俺の部屋の窓を壊したいわけではないらしい。
カツカツと音を立てている。
なんなのだろうか。
うざったい。
保健室で目が覚めてからだ。
この世界はおかしくなってしまった。
木洗さんが目を覆いたくなるようなアバズレ女に成り果て、山北会長は言葉と暴力で他人を抑えつけるのを楽しむような。
そして、2人を殺したはずの、ソーニャがいない世界。
そして、、、、
何日にもわたってチャイムと小石で俺をノイローゼにする、黒い長い髪のクラスメイト。
世界はこんなにも狂っていていいわけがない。
俺はこの世界に蓋をした。
見ないように、触れないように。
ただ時が立てば元に戻る。
そう思っていた。
こういうときに親がいれば。
一人暮らしだとこういう治安対策も自分でやらないといけない。
それはとてもしんどい。
しばらくすると小石の音は止んだ。
少し深く呼吸をした。
肺に足りない空気を溜め込むように。
澱んだ空気を吐き出す。
そうすると体がとろけてくる。
眠いのだ。
昼夜関わらずこんなストーカーまがいの事をされていては、気が張って寝れない。
スマホが鳴る。
表示を見た。
そこには、先生と出ていた。
先生とは誰だろうか?
学校の担任?
『神崎クン、この世界のソーニャには会えたかな?』
『ああああああああああああああああ!!!うぇっ、うぇぇぇっ!!!』
胃の中のものを床に撒き散らした。
この世界はどこまでも、、俺を追い込むのか。
この世界のソーニャだと、?
ソーニャを知っているやつ。
先生から着信が入る。
黒髪の女だろうか。
ソーニャのことを知っている。
それは、木洗さんと山北会長のことを知るきっかけになるかもしれない。
『は、、、はい、、もしもし。』
『神崎クンですね?』
『はい。』
『明日、診察をしたいので今から言う住所に、朝10時来て下さい。』
『・・・診察?あんた、いったい、誰・・・。』
『はい、診察です。』
『何の?』
『もうわかるよね?』
『はあ、、、』
『わかってなくても構わないわ。とにかく診察よ。来なさい。』
先生は、住所を伝えて電話を切った。
怪しいことこの上ない。
普通なら行かないだろう。
スマホで住所を調べると1件の病院の名前が出てきた。
『不知火病院。』
診療科を見る。
一件、普通の総合病院のようだ。
どの科も俺には縁がなさそうだ。
『うん?なんだこれ?』
1つだけ見慣れない科があった。
『サイトリビング症候群専門外来。』
聞いたことがない。
サイトリビング?
どういう意味だろうか。
スマホを使って打ち込む。
『・・・・っ。』
なんだこれ。
そんなはずは、、、
調べれば調べるほどバカげた病気だ。
バカげてはいるが、、、
『・・・・行ってみよう。』
何かがわかるかもしれない。
木洗さん、山北会長の豹変ぶり。
そしてソーニャのいない世界。
黒髪の女の子。
時刻は朝4時。
『少し眠ってから行くか。』
俺は相当眠かったらしい。
眼鏡をかけたまま眠っていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『はっ!今、何時だ?』
俺は眠りこけていた。
ここは・・・・?
白い天井。
四方は白いカーテンで仕切られている。
薬の臭い。
直感的にわかる。
ここは、病院だ。
やけに静かだ。
何時だろうか。
11時。
7時間も寝てしまったのか。
『はあ・・・・。病院か。』
誰が病院に連れて、、
『ん?』
俺は謎の先生という人から、
通院するように言われたはずだ。
だから、部屋で少し仮眠をとった。
なぜ今、病院にいるのか。
どうも腑に落ちない。
『・・・よっしょと。』
起き上がる。
白いカーテンを開ける。
『あれ?』
また目の前には白いカーテンがひかれていた。
再度開ける。
『あれ?』
何度も何度も開ける。
その度に白いカーテンが出てくる。
『どういうこと、、、?』
こんな事はあり得るのか?
カーテンだ。
カーテンならば、突っ切ればいいさ。
開けることなく全力疾走をした。
『わっ!』
あっさりと病院の廊下に出た。
カーテンだけで仕切られている病室だったのか?
廊下を見渡す。
一直線に続く廊下。
後ろを振り返る。
カーテンだけの病室はなく、壁がそこにはあるだけ。
『なんだ?これ。』
壁を触っても、何も出てこない。
『仕方ない。歩こう。』
歩く。
廊下はどこまでも続く。
壁だけ。
病室などは何もない、無機質な空間。
30分くらいだろうか。
歩くと、目の前にあるのは霊安室と書かれた部屋。
唾を飲む。
心拍数が上がるのがわかる。
全身にドクドクと血液が行き渡る。
霊安室のドアに、恐る恐る手をかけた。
霊安室は、薄暗く何かカプセルホテルのような様相だ。
カツカツと、薄暗い道を歩く。
カプセルの中に入っているものを想像する。
胃がムカムカしてきた。
胃酸がドバドバ出て胸が熱い。
なんでこんな病室と霊安室しかない病院に俺はいるのだろうか。
しばらく歩くとカプセルが空いていて、明かりが漏れている区画があった。
察した。
たぶんあそこには。
見たくもないのに、開いてるからという
非常に短絡的な理由で見てしまうのが、、
人の性というものなのだろう。
『は、ははははははは!!!』
そこには2体の遺体が安置されていた。
黒焦げのバラバラのものと、背中がぐしゃりと潰れていて、、かろうじて頭部の一部が視認できる。
その頭部の一部を見て全て察した。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『まずいわよ、奈菜子ちゃん。』
先生から電話が来た。
『神崎クン、またサイトリビングに入ってしまったみたい。』
『え・・・でも木洗さんと山北会長は、、』
『そう彼女らはデリートされたはずよ。でも、、2人のバックアップがあって、それで彼をログインさせてしまったみたい。』
『またログイン。』
『うん。しかもね、侵入できないの。』
『ソーニャのアカウントでも?』
『うん。ソーニャは北欧のアカウントだけど、、今神崎クンのアカウントがどこの国のサーバーにいるかわからないの。IPアドレスがコロコロ変わるから、、、』
『そんなこと・・・。』
『とりあえず神崎クンの家に入るわよ。事情が事情だから、ワーカーからはok出てるから。』
先生との通話を終える。
困った。
ソーニャアカウントを使って、木洗、山北会長ウィルスは除去したはずなのに、デリート仕切れていなかったなんて。
家を飛び出して自転車にまたがる。
黒い長い髪は、後ろで結える。
『必ず、、必ず助けるから!神崎クン!』
『奈菜子ちゃん!こっちよ!』
『先生!』
先生は、眼鏡をかけて三つ編みだ。
不知火病院のサイトリビング症候群専門外来の医師だ。
『開けるわよ。』
神崎クンの家に入る。
2階に上がり、彼の部屋を開けた。
神崎クンは眼鏡をかけたまま寝ていた。
『先生・・・どうしよう!!』
『ハッキングはあなたの18番でしょ・・・。』
『でもソーニャアカウントが使えないなんて・・・』
『デバイスから直接ハッキングするのはどう?』
『うーん、デバイスはあくまで起動装置だから、、彼の意識データは、、サイトリビング上、、クラウド上にあるの。』
『じゃあサイトリビングそのものをハッキングするしか。』
『うーん、、出来ないことはないけど、、他のサイトリビング症候群患者がどうなるか、、』
サイトリビング。
いわゆる仮想空間で、アカウントそれぞれが好きなように空間を構築することができる。
自分の知っている世界ならば、その記憶情報をイメージデータとして出力。
つまりは、神崎クンの世界は神崎クンが山北会長と木洗さんに対して抱いている幻想を投影したもの。彼がいた聖ハレム学園での、ハーレムも彼の妄想だ。
このサイトリビング。
製作者が不明で、メインサーバーもどこにあるか不明。
数年前、唐突に現れて、みるみるうちにアカウントを作る人が増えた。
サイトリビングに入る為のメガネは広く流通しており、サイトリビングを利用して起業する人間も出てきた。
と、ここまではいいのだが、記憶情報をデータ出力する、つまり脳への負荷が高く、サイトリビング上の仮想空間と現実を混同し記憶障害を引き起こす人も増え始めた。
それがまさに神崎クンだった。
サイトリビング同士は交流も可能で、フレンド申請さえ通れば他人のサイトリビングにも入れる。
が、、ここが問題だった。
私、祖庭奈菜子の記憶をすっかり無くした後だったので、神崎クンはフレンド申請を却下。
私は、サイトリビング症候群患者申請を彼に代わり行い、ワーカー経由で不知火病院の先生に診察をお願いした。
『神崎さんとはどういう関係?』
診察で開口一番に先生に言われた言葉だ。
『えっと、、、将来を約束した仲です!』
『まあ、、確かに神崎さんは数値的にやばいね。サイトリビング滞在時間の方が長いし、、でもあなたの記憶がないから、、ふむう。どうしたものか。神崎クンの親とか、親類はどうして、、、』
『先生!今はそんなことより、どうやってサイトリビング上の神崎クンに会うかです!サイトリビング症候群専門外来なら、超法規的措置の実施も可能と聞きました。』
そう、それは海外サーバーから別アカウントで強制的にサイトリビングに入る。
同じ国だとフレンド申請却下から3ヶ月は申請できない。
海外アカウントを作り、神崎クンのアカウントに入る。
サイトリビングは、国を跨いでのアカウント作成は原則不可としているがサイトリビング症候群専門外来はそれを超法規的措置で可能にする。
まあ、平たくいえば法律に抵触しない形でのハッキングだ。
かくして神崎クンのアカウントにソーニャとして入った私は、記憶障害の引き金になるものをサーチした。
決定的なのは、現実の木洗陽子と山北ミサとサイトリビング上の神崎クンの妄想上の2人が違いすぎたのが引き金だった。
だから引き剥がそうとあれやこれやで私なりに神崎クンの気をひこうとしたけど、ダメだった。
だから、ショック療法として先生が提案したのは、サイトリビング上の2人の死であった。
これで違和感を感じたはずなのに。
神崎クンはなんで、、またサイトリビングにログインをしたのだろう。
『うむー。そしたら、もう一度ソーニャを使うか?』
『IPアドレスが変わる瞬間を見計らってハッキングかけるしかないです。』
『メガネをかけたまえ、奈菜子ちゃん。』
先生に促されてメガネをかける。
『IPアドレスが変わります。カウント、3.2.1・・・ハック!』
私らは、サイトリビングにダイブしていった。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
『神崎くーん!』
『ああ!奈菜子ちゃん!』
俺は長い眠りから覚めた。
サイトリビング症候群だったことを、恋人の奈菜子ちゃんから知らされて必死の思いで助けてくれた。
『神崎クン、桜綺麗だね!』
『ああうん。』
残念ながらサイトリビング症候群になる前の記憶は非常に曖昧だった。
一人暮らしである理由、
奈菜子ちゃんとどこで知り合ったのか、
サイトリビングに入った経緯。
ただ一つ、サイトリビングから目が覚めてそこにいたのは無性の愛を注いでくれた彼女。
全てを投げ打って俺を現実に戻してくれた事は感謝してもしきれない。
だとしたら、今まではどうでもいい。
これから彼女と愛を育めばいい。
『ねえ、、今日、、ウチ来れるかな?』
『う、うん!!』
彼女の家に初めて行く。
どんな事が待っているのだろうか。
サイトリビング症候群によって失われた月日を、今度こそ現実で取り戻す。
『ここで待ってて。シャワー、、先浴びるね。』
奈菜子ちゃんがお風呂に入る。
つまりはそういう事だ。
俺らは今日、一つになる。
『そう言えば、、、奈菜子ちゃんの部屋って、、』
リビングに通されたが、部屋にはあげてもらえてない。
ガタガタ。
『・・・・音がする?』
何かあるのだろうか。
奥の部屋だ。
廊下を忍び足で出て、進む。
奥は襖で仕切られている部屋があった。
ガタンガダン!!
『〜〜〜〜!!』
う、うめき声?!
襖を恐る恐る開ける。
8畳ほどの和室。
獣臭い。
何かを食べ散らかしたような後が点々とある。
吐きそうになるのを堪える。
音は、、押し入れの方だ。
明らかに何かいる。
生唾を飲む。
飲み込む音が脳内にこだまする。
襖に手をかけた。
『孝夫!私よ、、お母さん・・・よ!』
押し入れは牢屋のようになっている。
隣には干からびた男性の死体。
俺は思い出してしまった。
父と母が、黒髪の女の子に気絶させられてここまで連れて行かれたこと。
『私、、私、!孝夫くんの事好きだから!』
首輪をつけられて、犬のように扱われた和室。
洗脳できないと思ったのか、サイトリビング上に記憶情報を全て送られて、俺はそこで全ての記憶をソーニャ、祖庭奈菜子にぐちゃぐちゃにされた。
記憶がいい感じにデリートされて、今こうやって祖庭奈菜子の恋人にされた。
祖庭奈菜子にはずっとずっと付き纏われていた。
はっきりと振っても付き纏われた。
警察に相談した翌日の夜から、俺ら神崎家は祖庭に拘束された。
『母さん!今、今助けるから!』
南京錠を蹴る。
何度も何度も蹴る。
『ああ、いやあああ!!』
『母さん?どうしたの?』
視界が赤く染まる。
ヒリヒリと頭頂部が痛む。
『見たわね、神崎クン。またやり直しね。』
天井が見えた。
ああ、俺は倒れている。
バスタオルだけ巻いた祖庭奈菜子が、鉄バットを手にして立っていた。
『先生にはなんて言おうかしら、、転んで、、うーん。まあ、なんとかなるわよね、、先生も洗脳済みだし。』
意識が薄れてゆく。
思い出した。
サイトリビング症候群を引き起こさせて洗脳する犯罪が増えていること。
そしてこんな風に廃人にされていくことを。