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中編 その10 「石火の恐怖」

「くそっ! なんてすばしっこい奴だ! ……おい、グリムリン! 顔を上げろ! 今のうちにあのワニキメラから距離を取れ!」


「か……かしこまりました!」


 グリアムスさんは上体を起こし、運転席へ戻ると、即座にペダルを踏んで車を後退させた。

 自分も彼に続いてカラダを起こし、ちょうど助手席に座り直していたところ、さっきのクロコダイルキメラがあの炎の中から出てくるのが見えた。

 クロコダイルキメラはたくさんの炎をまとっていても平然としており、さらにそんな奴のカラダにはショットガンの銃痕が一切残ってなかった。

 先程クラック隊長が奴に何発も銃撃を浴びせていたにも関わらずだ。

 普段から銃の扱いに慣れているであろうクラック隊長が、あんな至近距離で標的をみすみす逃すなんてことは考えづらい。

 ……となれば、あのクロコダイルが映画のマトリックス避けみたいなことをやって、銃弾を全部かわし切ったってことになってしまう。

 もしそうだとしたら、奴はとんでもない動体視力の持ち主だ。


 仮に奴のように驚異的なキメラが、コミュニティーに大量に押し寄せることにでもなれば、自分たちの生存圏は大いに脅かされるに違いない。

 もはやキメラ生物がはびこるこの世界に、安全領域と呼べるモノはどこにもないのかもしれない。

 コミュニティー内で日々重労働を押し付けられ、外の世界をろくに目にしてこなかった自分にとって、今回のことでキメラ生物たちの脅威が身に染みて理解できた。

 それまでの自分は心なしかコミュニティードヨルド以外に、自分が自分らしく生きられる場所があるのではないかと思っていたのだ。

 しかしそのような考えも、一年ぶりに外の世界に足を踏み入れ、あの悲劇的な状況に見舞われたことで、ただの幻想だとわかった。

 現状に不満があるからといって、今より良い居場所があるかもしれないといった、所謂自分が人生の主人公でいられる環境などどこにもなかったのだ。


 ペレス達に追放されたあの時。

 必ずどこかに自分たちの居場所があると、安易なことを考えていた自分が恥ずかしい。

 自分たちが仮にコミュニティードヨルドに帰れたところで、再びコミュニティーの一員として、彼らが自分たちを受け入れてくれるのだろうか。

 正直かなり厳しいと言わざるを得ない。

 おそらくこの世界に、自分たちの命を保証してくれる所などどこにもないのだ。


「グリアムスさん! あのワニがこっちに向かって来ます! もっとスピードを上げてください!」


 車が後退するや否や、前方からあのクロコダイルキメラが鋭利なランスをちらつかせつつ、走ってきた。


「無茶言わないでください、ベルシュタインさん! これで精一杯なんですよ! バックじゃこれ以上の速度は出せません!」


 グリアムスさんはハンドルを握ったまま、悲痛な顔を浮かべていた。

 そんなグリアムスさんとは裏腹に、クロコダイルキメラはお構いなしと言わんばかりに、自分たちに刻一刻と迫ってくる。


「……おい、お前ら! もういっぺんそこで伏せろ!」


 奴が自分たちの目前に迫ったところで、クラック隊長は迅速にそのような指示を出した。

 自分たちがそうして身を屈めていると、後方から再びショットガンを構える音が聞こえてくる。

『今度こそ仕留めてください、クラック隊長!』と自分は心の中で叫びながら、全ての命運を彼に全て託す思いでいたところ……。


「クソ! 照準が定まらねえ! ……あいつ、ぴょんぴょん飛び跳ねやがって!」


 クラック隊長は後方からそのような言葉を吐いていた。

 自分はそのことが妙に気になり、一瞬だけ車のダッシュボードから顔を出して、前方の様子を伺ってみた。

 するとそこには……当のクロコダイルキメラがそのワニの体躯に見合わず、まるでカエルのように全身にバネがついているかのごとく、軽やかにジャンプをしていたのだ。

 そのように上に高く飛び跳ねているにも関わらず、自分たちは奴に差を詰められる一方だった。

 さらに、その次の瞬間。

 奴はまるで跳び箱の踏み台のようにして、橋の上を高く飛び上がっていったのだ。


「クソ! あいつ、もっと高く飛んでいきやがったぞ! ……どこに行った!?」


 ジパングニンジャ(NINJA)のごとく、颯爽と飛び跳ねていったクロコダイルキメラ。

 一度自分たちの視界から外れた奴の居場所を確認すべく、クラック隊長は再びハッチへと登っていった。

 いつどこから奴の襲撃があるか分からない恐怖の中、一切減速せず、バックし続けていたその時。

 突然車の天井がまるで投石にでもあったかのように、大きく凹みだしたのだ。

 それと時を同じくして、車上からクラック隊長の痛みに悶絶するような声も聞こえてきた……。


「クラック隊長!!」


 後方の席でライフルを携えていたラロッカが、それらの異常事態を察し、一目散にハッチへ駆けて行った。


「来るな!! ラロッカ!!」


 ルーフハッチを登ろうとしていたラロッカの行動に気がついてか、クラック隊長は警告のニュアンスを含んだ声で、ラロッカを思いとどまらせようとしていた。

 しかし当のラロッカはそんな彼の忠告を無視し、そのままハッチを登り切ってしまっていた。


「ラロッカ!! よせ!! 引き返すんだ!!」


 それでもクラック隊長は声を張り上げ、ラロッカが来ることを頑なに拒み続けていたが、その次の瞬間……。


 グシャッ!!


「ラロッカあああ!!」 


 突如クラック隊長の悲痛な叫びが辺りを響き渡った。

 自分たちの頭上でいったい何が起こったのか、正確には分からない。

 ただクラック隊長が叫んだと同時に、何かが突き刺すような“ひどく不快な音”が聞こえてきたことだけは確かだ。

 その時点でもういやな予感しかしなかった。

 ……だがそんな異様な事態が上で起こっているからといって、ハッチを登ろうとする勇気など自分にはなかった。

 自分がその現場に駆け付けたところで、ラロッカの二の舞になるだけだ。


 やがてそれらの予感を的中させるかのごとく、時間差でおびただしい血がルーフハッチから車内に流れてきた。

 またそれと時を同じくして、あのクロコダイルキメラが自分たちの車の真ん前に降り立っていた。

 ヒタッと足音を立て、その場で着地したクロコダイルキメラ。

 そんなクロコダイルキメラは自分たちの方を一切振り返ることなく、奴の槍によって心臓を貫かれ、無残にも串刺しにされてしまったラロッカを連れ、そのまま前へ走り出してしまった。


「そ……そんな」


 その衝撃的な光景に呆気にとられ、身動きできなかった自分。

 だがそんな中、ふとクロコダイルキメラによって連れ去れているラロッカと一瞬だけ目があった気がした。

 助けを懇願するその目で。

 ……その時自分は何を思ったのか、気付けば助手席から車の外に出て、クロコダイルキメラの背中を追っていた。


「ベルシュタインさん! 何をしてるんです!? 彼はもう……」


 背後からグリアムスさんの声が若干耳に入ってきたが、自分はそれを聞き入れることはなかった。

 自分は最後の最後まで、痙攣を起こし、口から泡を吹き出すかのように血を吐き続けていたラロッカを必死に追いかけ続けた。

 だがその思いも、クロコダイルキメラが橋の上から川に飛び降りたことで全てが打ち砕かれてしまった。

 ようやく奴が飛び降りた地点までたどり着き、橋の下を流れる河川を見下ろした時には、すでに大きな水しぶきが上がっていた。

 それらは全てほんの一瞬の出来事だった。

 自分は橋から身を乗り出し、クロコダイルキメラと共に水中へと消え去っていったラロッカの後ろ姿を、目で追いかけることしかできなかったのである。

ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!


※あと24話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)

最後までお付き合い、いただければ幸いです!


※次回、中編その11のタイトルは『盾となり矛となり、騎士となれ』、『袋のネズミ』、『同志が死んだ』のどれかになると思います!


よろしくお願いします!

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