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中編 その7 「また毒を吐かれた」

「クラック隊長。……ペトラルカさんは今も車の中に居るんですか?」


 ラロッカを片手一本で担ぐ彼の背中に向かって、自分はそう話しかけていた。


「ん? ……ああ。一応な」


 一瞬、言葉を詰まらせた彼に、自分はどことなく違和感を覚えた。


「一応? 一応ってことは、つまりどういう?」


 するとクラック隊長は重々しく口を開き、以下の事を言った。


「一応ペトラルカ自体はすでに意識を回復している。今も車の中で俺たちの帰りを待っている状態だ」


「そ…そうですか。何か他にペトラルカさんに問題が?」


「ああ…。実際あいつは俺たちを待ってくれてるみたいなんだが、何せミーヤーのことがあって以来、すっかり抜け殻みたいになっちまって…。

 張りつめた糸がぶつっと切れたみたいに、今もひどく憔悴し切ってるんだ」


 そんな彼の背中には強い哀愁が漂っている。


「そ……それって本当ですか?」


「ああ…。事実だ。精神的にだいぶ参ってしまってる。……あんなペトラルカを見たのは、俺があいつと初めて会った時以来だな」


 ラロッカを肩に抱えたまま、とぼとぼと歩いていくクラック隊長に対し自分は…


「そうですか…。じ…自分がこう言うのもあれですが、ペトラルカさん。これから立ち直れるんでしょうか?」


「そればっかりは俺にも分からん。……どの道、あいつが立ち直るにしてもかなり時間がかかるだろう。

 ……だからそのことを踏まえた上で、お前にこれだけは言っておく」


 依然車の方に視線を向けたまま、クラック隊長は次のことを言った。


「これはあいつ個人の問題だ。少なくても今の俺たちの手に負えるもんじゃねえ。……お前が良かれと思って、安易に首を突っ込んでいい問題じゃねえんだ。

 人の善意が相手を傷つけることだってある。

 ……もちろんお前がペトラルカを想う気持ちもわかってるつもりだ。

 だからこそなんだ。

 お前がペトラルカのことを想ってるんなら、今はあいつのことをそっとしておいて欲しい」


 クラック隊長が今どんな表情を浮かべているのか、こちらからは窺い知ることはできなかった。

 しかし彼の後ろ姿には、有無を言わせぬ断固たる意志を感じた。

『今のペトラルカに深入りするな』

 自分はその彼の想いを前に、おとなしく引き下がるしかなかったのである。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ようやく自分も含めクラック隊長やグリアムスさん、外に出ていた全員が車に乗り込んだ。

 クラック隊長が車に乗り込むまでの間、ラロッカはずっとバッグを軽く肩にかけるかのようにして、彼に持ち上げられていた。

 推定70kgオーバーと思われるあのラロッカをだ……。

 そんなラロッカは道中また性懲りもなく、クラック隊長の右腕の中でひたすら暴れ散らしていた。

 しかしだからと言って、クラック隊長の態勢がそれで崩れることは一切なかった。

 自分を林の中でひたすら追いかけ回していたあのサイコキラーを、クラック隊長はいとも簡単に片手一本で制してしまっている…。

 ……何たる屈強なフィジカル。自分にもあのたくましい力こぶの1つや2つ、分け与えてほしいものだ。

 学生時代、もしあれほどの力こぶが自分の上腕二頭筋に宿っていたのなら、きっと人生は劇的に変わっていたはず。

 遠路はるばる他の地方から、この勇ましい力こぶを一目見ようと、続々と女の子が集まってきて、ゆくゆくは自分をめぐる引く手あまたの泥沼な争いに発展していたかもしれない。

 実にぜいたくな悩みだ。

 ……そんな妄想もまあ悪くはないが、実際のところ自分のカラダは上腕二頭筋を含め典型的なもやしであり、度々通りすがりの女の子連中からは『きゃー! あの人、もやしよー!』とか何とか叫ばれたものだ。

 過去に自分もそんなもやしイメージを払拭しようと、ネットに上げられた様々な筋トレ動画を見つつ、日々イメージトレーニングを欠かさずにやっていたものだ。

 しかしその努力の甲斐もむなしく、人並みの筋肉を手に入れることは遂に叶わなかった。

 そんな何もかも軟弱な自分に対し、クラック隊長のあの超人的とも呼べる筋肉の数々。

 自分の貧相な腕や腹筋を見比べると、言いようのない情けなさでいっぱいになってしまう。


「はあ…。楽しいキャンパスライフ、送りたかったなあ……」


 助手席で自分は一つ大きなため息をついていた。

 すると運転席に居たグリアムスさんがそののため息を聞きつけ、以下のことを言ってきた。


「何をいまさら学生時代のことを思い出して、哀愁にふけってるんです?

 過去の苦い思い出を振り返ったって、何のプラスにもなりませんよ。ベルシュタインさん。

 過去のことは振り返らず、わたくしたちはただ前を向いて生きていきましょうよ」


 グリアムスさんは何を思ったのか、突然説教じみたことを言い出した。

 いったい彼に何の意図があって、そんなことを自分に言い出したのか理解に苦しむ。

 しかもよくよく聞けばグリアムスさん……。

 この自分の学生時代のことを、過去の苦い経験だって? ……まるで決めつけのように堂々と言ってくるじゃないか。

 何だかグリアムスさんから遠回しにディスられている感じがしてならない。

 ……まあ、あんまり深いことは考えないでおこう。

 今、その点突っ込んだことを聞いても、不毛な争いしか生み出さない。

 ここは平和に、平和に。


「…そうですね。その通りです、グリアムスさん」


 胸が非常にもやもやっとしてくるのを感じつつも、自分はこの場を穏便に収める努力をしたのだった。

 しかしそんな頑張りもむなしく、グリアムスさんはと言うと…


「分かればよろしい。……ベルシュタインさん」


 その妙に上から目線な彼の態度に、また1つこめかみがピクピクっと動くのを感じた。


「それではみなさん。出発します」


 グリアムスさんが車内の全員にそうアナウンスをした後、彼はゆっくりと車のアクセルを踏んだ。

ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!


※あと27話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)

最後までお付き合い、いただければ幸いです!


※8月まであとわずか! 熱中症にならぬよう頑張ります!


次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:中編 その8です。

今後もバクシン! していきます!

よろしくお願いします!!


※9/6 あとがきを一部修正しました。

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