中編 その4 「13日の金曜日」
バン! バン! バン!
「待ちやがれ! ちょこまかとネズミのように逃げやがって!」
薄暗い林の中、自分の遥か後方から、空に向けて銃を放つ音が聞こえてくる。
ミーヤーの死をきっかけに、サイコキラーへと覚醒したラロッカに自分は今、追われているのだ。
先程、車内で彼に首を絞められかけ、自分はたまらず逃げるように外に出た。
しかし奴の追撃がそれで止むことはなく、確実に自分の息の根を止める、ただそれだけのために、ここまでしつこく追いかけてきた。
うっすらと暗い樹木がたくさん立ち並ぶ中、銃を所持した男から逃げ続ける様はスプラッター映画そのものだ。
まさしく13日の金曜日のような構図となっている…。
林の奥の方、さらに奥の方へと逃げ続けても、ラロッカは空に向かって銃を放ちながら、自分の進んでいる方角に、その後をなぞるように、こっちへ向かって来ていた。
「匂うぞ…。匂うぞ! おめえのカラダから、腐ったミカンのような匂いがな! …かなり不快な匂いだ。くっせえの、くっせえの。
……とっととおめえを取っ捕まえて、この手でなぶり殺してやる!」
遠くの方から唐突に、そのような物騒な発言が耳に入った。
どうやらラロッカはサイコパスが目覚めたと同時に、嗅覚までもが異常に発達してしまったらしい。
時にバラエティー番組か何かで、匂いに敏感な一般の人が本物の警察犬を相手にその分野で対決をしたと聞いたことがある。
その真っ向勝負の結果、何と人間側が勝利を収めてしまったらしい。
本来警察犬の嗅覚は、人間の100万倍とも言われている。
つまりその番組に出演していた一般人は、その100万倍以上の嗅覚を持っていることになる。
……もしかすると今のラロッカの嗅覚は、その一般人と同等か、もしくはそれ以上なのかもしれない。
これは非常に面倒なことになった。
自分のプランとしては、ラロッカを林のかなり奥の方までおびき寄せ、その隙に林の中をくるっと大きく回って、元来た道を引き返す。そのつもりでいた。
しかし先程の、彼の『腐ったミカンのような匂い』発言のせいで、その作戦は全て崩れ去ってしまった。
このままだと車の元まで、物理的に引き返せない距離まで来てしまう。
かと言って、どこかの茂みに隠れ、その場でやり過ごそうとしても、嗅覚が異常に発達してしまった彼の前ではあまりにも無策だ。
「くそ…。いったいどうしたら…」
進めど地獄。戻れど地獄。……本当に手詰まり状態である。
しかも奇妙なことに、ラロッカの声と銃声もそのタイミングになってからか、急にピタリと止んでしまった。
そのことがこの異様な状況を一層引き立てる…。
「ううう……」
何とも言い知れぬ恐怖に襲われ、思わずその場にへたへたと座り込んでしまった。
ラロッカが不意に自分の背後からスッと現れ、即あの世行きということもあり得る、そんな危険な状況。
さっきまでバンバン上空に弾を撃ち続け、あれやこれやと騒ぎ立てていたのに、それらがいきなり、しんと静まり返ったようにピタリと止んでしまったのだ。
こんなの恐怖を通り越して、もはや絶望でしかない。
……自分が気付かぬうちに、ラロッカに先回りされているのでは!? そんなホラーチックな可能性が頭をよぎる。
周囲には一切の気配も音も感じない。まさにサイレントスリラー。
その不気味な静けさが自分の精神をどんどん蝕んでくる。
「ど……どうせなら、一思いに自分の前に姿を現してくれ!」
強くそう願っていた、そんな時。
……そっと誰かの手が自分の肩を軽く叩いたのだった。そして立て続けに……
「やっと……追いつきました」
至極、丁寧な口調で自分にそう語りかけてきたのだ。
「うぎゃあああ!!」
自分は背後を取られた恐怖で悲鳴を上げることしかできなかった。
「ううう……。もはやこれまでか……」
頭を抱え、人生の最期を悟ったその瞬間。その声の主は落ち着いた口調で次のことを言ってきた。
「おやおや。これは失敬。どうやら驚かせてしまったようですね。ベルシュタインさん」
「へっ?」
「……わたくしですよ。グリアムスですよ。あなたを助けに来ました。…そこまで怖がる必要はありません」
思わず耳を疑った。何でグリアムスさんがこんなところに!? 自分はサッと後ろを振り返る。
「……あっ。本当にグリアムスさんだ」
そこには正真正銘、あのグリアムスさんが自分の真後ろに突っ立っており、自分のことを見下ろしていた。
「ちょ……ちょっと、グリアムスさん! びっくりしましたよ!
後ろからいきなり脅かさないでくださいよ! 口から心臓が飛び出るところでしたよ!」
「はははは……失敬、失敬」
彼の顔に反省の色は全く伺えない。
「……ってか、グリアムスさん…。そういえば怪我は…怪我の方は大丈夫なんですか? だって、頭から血を流してたんですよ?」
するとグリアムスさんはあっけらかんとした表情でこう答えてくれた。
「別に軽く頭を打っただけのことです。これくらい大したことはありませんよ。
……むしろ心配なのは、ベルシュタインさんの方です。
先程、林の方にベルシュタインさんとラロッカさんの2人が入っていったのを見て、わたくし心配になって、ずっと後をつけてたんですよ」
「はあ…そうなんですか。……てか、それにしたって、よく気配を殺して、ここまでやってこれましたよね…。
足音も何も聞こえなかったので、全く気付きませんでしたよ。…グリアムスさん、まるで透明人間のようでした」
「はははは…。このわたくしが透明人間ですか。それは大変滑稽ですね。はははは…」
自分がただ率直に思ったことを彼に喋っただけなのだが、何故かそれがグリアムスさんのツボにはまったらしい。
グリアムスさんは腰に手を当て、随分得意げに笑っていた。
「……はっ! そういえば、グリアムスさん!
…ラロッカは。ラロッカの方はどうしたんですか? よくあのラロッカに気付かれずに、やって来れましたね。
一体全体どうやって奴の目と鼻をかいくぐって、ここまでやってこられたんです?」
グリアムスさんは平然とした表情で次のように答えてくれた。
「そのことならご安心を、ベルシュタインさん。奴のことなら、わたくしがしっかり足止めしておきました。
……ここへ来る途中で、奴をロープで縛って木の上に吊るしておいたんです。
ちょうど今頃ミノムシのように、身動きが取れない状態となってます」
グリアムスさんはその方角を指さしながら、そう言ってくれたのだった。
「えっ!? あのとち狂ったラロッカを、グリアムスさんが!?
……いったいどんな手を使ったんです? ……そんなこと、ちょっとやそっとじゃできませんよね!?」
「…別にわたくしにとっては、大したことではないのですよ。ベルシュタインさん。
奴の背後から忍び寄り、サクサクッと済ませた。たったそれだけです。
……実に簡単な仕事でした。
所謂、朝めし前ってやつですよ」
「そ…そうなんですか。はははは……」
何事もなかったかのようにそう言ってのけるグリアムスさんの態度に、自分はあっけにとられ、ただ笑うしかなかった。
……まさか、グリアムスさんにそんな一風変わったスキルがあったなんて。
ユニークスキル:しばりつけ名人。……ってところか。
「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。ベルシュタインさん。もうじき辺りは暗くなります。
そうなる前に、一刻も早く車まで戻りましょう」
「は……はい。了解です」
グリアムスさんがそう言うと、頭上から手を差し伸べてくれた。
自分は彼の手と顔を一瞥した後に、その手を受け取り、スッと立ち上がったのだった。
「では参りましょう。わたくしの後についてきてください、ベルシュタインさん」
そう言って、来た道を引き返そうとしたグリアムスさんに対し、自分は一旦彼の背中越しに、このように声をかけた。
「ちょっと待ってもらってもいいですか? グリアムスさん」
「ん? …はい。何でしょう?」
自分の呼びかけに応じ、その場で立ち止まってくれたグリアムスさん。
その様子を見て、自分は彼に以下の質問をした。
「そういえば、グリアムスさんの前の仕事って何だったんです?
……以前、自分にはごく普通のサラリーマンをやっていたと答えてくれましたが、具体的な業種までは教えてくれませんでした。
自分もそのことに関して、よく突っ込んだ質問をしていました。
しかしグリアムスさんはその度に、何かとすぐに別の話をするなりして、ずっとはぐらかしてきたじゃないですか。
……だから、そろそろ自分に1つや2つ。やってた仕事に関して、教えてくれたっていいじゃないですか。
…まあ、もちろん、人に前までやっていた仕事のことなんて、教えたくないって気持ちも分からなくもないので、無理にとは言いませんが……」
「はははは。そうでしたっけ? わたくし、ベルシュタインさんにまだ言ってませんでしたっけ?
であるならこの際、あなただけにわたくしが以前やっていた仕事について軽くお教えしましょう。
……わたくし、あれです。お花のルート営業をしていたのです。
トラックや一般車を乗り回しながら、ほぼ毎日。決まった得意先を一件、一件回って、運搬。販売。提案などいろんなことをしていたのですよ」
「へえ~、そうだったんですね。じゃあ、つまりグリアムスさんはお花屋さんに勤めておられたと。
……な~んだ。なら、もっと早く打ち明けてくれたらよかったのに…。別に人に言えないような恥ずかしい仕事じゃないじゃないですか」
「ふふふふふ……。人にはね、あまり打ち明けたくない過去と言うものもあるのですよ、ベルシュタインさん。ふふふふふ……」
「何なんですか、その薄ら笑いは。唐突に…。
気味が悪いので、やめてくださいよ。こっちまでその笑い方につられてしまいます」
「ふふふふふ……。世の中にはね、あまり多くを知り過ぎない方がいいこともあるのですよ、ベルシュタインさん。ふふふふふ……」
「だからやめてくださいよ、その笑い方。まるで裏社会で暗躍していた人間のそれじゃないですか」
「ふふふふふ……。まあいいでしょう。ちょっと長話が過ぎましたね。……戻りましょうか。
木の上に吊るしてある、あの方も早いとこ回収しなければなりませんからね」
「あっ…。そういえば、そんなことを言ってたような……。わかりました、グリアムスさん。
となれば、先を急ぎましょう」
そうして自分とグリアムスさんは、その足で来た道を引き返したのだった。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
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※あと30 話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
※明日の8月13日の金曜日に、ネット小説大賞九の一次選考の発表があります!
今作もその賞に応募しています! そして全体の応募作品数は一万近く! 多すぎる!
その中での通過数はだいたい900〜1000作品となるらしいです。
狭き門だ!
一次選考を突破できたら、それはもうとてつもなく嬉しいのですが、正直そうならない可能性の方が限りなく高いので、あまり過度な期待はせず、わたくし著者(ポン太)はこの作品の完結だけに目を向け、今後も全身全霊で頑張っていきたいと思います。
せっかく物語の終着点のところまで、しっかり決めているのに、それを途中で投げ出すのは勿体なさすぎる!
…っとそんなわけで、今後もまた引き続きよろしくお願いします。
※一応、一次選考通過したら、次回のあとがきの方でしっかりとご報告させていただきます。
Q. 8月13日過ぎても、そのことに関して一切触れられてなかったら?
A. ……まあそういうことです。
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次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:中編 その5です。
よろしくお願いします!




