中編 その3 「暴走機関車」
「ううう……」
頭がズキズキッと痛む中、目が覚めた。
顔を上げ、辺りを見渡すと、日が沈み、先程と比べて暗さが一層増していた。
お月さま自体はまだそこまで高く昇っていない。周りの草木がしっかり見えるぐらいには明るさが残っている。
自分が意識を失っている間に、霧の方もすでに晴れていたようで、視界はだいぶよくなっていた。
しかしそれも時間の問題だ。
ぐずぐずしていると、完全に夜になってしまう。
……車の方はと言うと、フロント部分が目の前の木にほんの少しめり込む程度で済んでいた。
この車がただの一般車だったら、自分たちはとっくに死んでいただろう。カラダに目立った外傷は一つもなかった。
「グリアムスさん! しっかり!」
自分は頭から血を流し、ハンドルにもたれかかっていた彼を揺り起こした。
……しかしそんな彼は全く反応を示さなかった。息はしっかりしているものの、気を失ったままだ。
後方の席に居るクラック隊長とラロッカ……あとペトラルカさんも、グリアムスさんと同様、後ろの席でぐったりしている。
普通にクラック隊長とラロッカは、後部座席にもたれかかった状態で気を失っていたが、一方のペトラルカさんはと言うと……座席の下にカラダをねじ込ませ、そんな大変窮屈な状態の中、寝息を立て、ぐっすり眠っていたのだ。
……思わず毛布をかけてあげたくなるほどの、可愛らしいイビキだった。
「あんなに狭いところでも寝れるなんて……」
もしかしたらペトラルカさんは、酒に酔ってベッドの下に潜り込んだとしてもすぐに眠れてしまう、そんなタイプなのかもしれない。
今のペトラルカさんは、まるで小さな隙間に潜る猫のようだった。
自分には到底真似のできない芸当だ。
……あとそんな彼女は、この車が事故を起こす前と比べ、大変穏やかな表情を浮かべている。
きっと何かの夢を見ているのだろう。
あんな悲惨な出来事があった後、彼女はしばらくの間、この場に居る誰よりも落ち込んでいて、正直かなり心配だった。
だがスヤスヤと眠っているペトラルカさんの様子を見ると、自分はほんの少しだけ胸を撫で下ろしたのだった。
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グリアムスさんは一向に目を覚ましてくれない。
先程から、やれる限りのことを尽くしたが、どれも全く効果がなかった。
ほんの一瞬だけ、グリアムスさんの頬をぺチペチ叩いて起こそうとも思ったが、それはさすがに不謹慎すぎるので止めておいた。
……とにかく自分たちには時間がない。
夜間になると、キメラ生物はますます活性化してしまう。
それを証拠にコミュニティードヨルドの夜は、大抵おびただしい迎撃音とキメラ生物の断末魔の叫びで、かなり騒々しかった。
もちろん夜間に奴らの襲撃がない日もたくさんあったが、それでも日中奴らがコミュニティーに押し寄せてくること自体、自分の記憶上ほとんどなかったはずだ。
そして自分たちが今いるのは、無防備な壁外の世界。
奴らの活動がそろそろ本格化していく中、ずっと同じ場所にとどまり続けるのは、とても危険だ。
グリアムスさんは運転席に突っ伏したまま、微動だにしない。彼の代わりに運転ができるのは、おそらく後方の席に居るクラック隊長たちだけだ。
自分は無免許人間である。ちなみにオートマ車とマニュアル車の違いすら分からない。
運転の経験も、レーシングゲームをちょっとかじった程度。あと幼少期に母さんに買ってもらった赤塗りのゴーカートを乗り回した程度のものしかなかった。
……消去法的に、グリアムスさんの代わりとなるのは、後ろに居る3人の誰かだろう。
しかしだからと言って、自分が3人のうち誰かを起こそうと行動に移しても、グリアムスさんと同様、必ずしも彼らが目を覚ましてくれるとは限らない。
かえってそこに時間を取られすぎるのもよくない。
……こうなったら、ここは自分が勇気の運転をするしかないだろう。
仮に今から自分が無免許運転をしたとしても、この世界には道路交通法はおろか、自分のような掟破りの人間を取り締まるポリスメンも存在しない。
その辺の心配は無用だ。心置きなく運転できる。
「そうと決まれば、まずグリアムスさんを自分の席に移動させるか……」
根気がいる作業になるだろう。
大きな怪我を負った彼をなるべく慎重に、自分の助手席へと運び、自分と席を入れ替わる作業。
しかも全部自分一人で、それらをやる必要がある。
あとなるべくグリアムスさんのカラダへのダメージを最小限に抑えつつ、作業を行う必要もあった。
途方もない作業だが、致し方ない。
ぐずぐず考え込むより、自分が今思いついたその考えを愚直に実行するしかない。
「じゃあ。早速失礼しますよ、グリアムスさん」
彼を運転席からどかそうと、手を伸ばしかけたその瞬間…。背後から急にゴソゴソと物音がし出したのだ。
「うわっ!!」
思わず声を上げてしまった。
…おそらくだが、後ろの席の3人のうち1人が意識を取り戻したのだろう。
そうとなれば、なおさら都合がいい。
当人が特にこれといった怪我を負っていないのであれば、自分と協力して、グリアムスさんを運転席から移動させることだって可能だ。
2人で力を合わせれば、それだけ手間がかからずに済む。
……それに、何より無免許の自分がハラハラしながら公道を走らなくていい!
自分がハンドルを握らずとも、その当人が手負いのグリアムスさんに代わって、運転してくれるはずだ!
自ら危険を冒すことだって、それで完全になくなる。
早速その当人にあらゆる面で協力を仰ごうと、自分は後ろを振り返り、声をかけてみた。
「大丈夫ですか!? …もし大丈夫でしたら、ちょっとだけ力を貸してくれませんか?」
すると自分のその声に答えるかのように、ある1人の男が手で頭を抑えながら、こちらの方に顔をのぞかせてきたのだ。
「……痛てててて。…くそっ、何てざまだ」
「あっ…」
意識を回復したその当人は、あろうことかあのラロッカだった。
突如、車内で銃を乱射し、グリアムスさんの手元を狂わせた諸悪の根源。……奴だ。
よりによって、こいつが目を覚ますなんてツイてない。
これがラロッカじゃなくてクラック隊長だったら、何の不安もないのだが…。
実際クラック隊長が目を覚ましてくれたのなら、彼の協力の元、一刻も早くラロッカをガムテープや接着剤か何かを使って、身動きを取れない状態にすることを考えていた。
ラロッカさえ縛っておけば、これ以上車内が不用意なことで騒ぎになる心配はない。
しかし現実は非情だ。
ラロッカという危険分子が目覚めてしまったのである。
こうなってしまった以上、自分にできることと言えば……。
復活してしまったラロッカを自分が極力宥め、彼の中に眠る反乱分子を発動させぬよう努めることだ。
早速自分はラロッカに対し、人質を盾に立てこもった犯罪者に優しく投降を促すポリスメンのように、慎重に言葉を選びながら話しかけた。
「……ラロッカさん。怪我の方は、大丈夫ですか?」
まず冷静に、純粋にあなたのことを心配してますよ的な雰囲気を醸し、ひとまず自分には敵意がないことをそれとなくアピールする。
しかし、やっぱりラロッカはラロッカだったようで、自分を一目見るなり……
「おい! お前! まだ生きてやがったのか!? クソが! ……お前だけは、お前だけはぜってえ許せねえ!
さっきは殺しそびれちまったが、今度こそ確実に息の根を止めてやる!」
どうやら彼の脳内では、自分 = 敵とインプットされているようだ。
せっかくこうして彼に対し、精一杯の情けをかけたつもりだったのに、その思いはことごとく裏切られてしまった。
ラロッカはまたもや顔面を紅潮させ、今度は自分の首元を目掛け、手を伸ばし、つかみかかろうとしてきた。
彼の目はもはや正常な人間のそれではない。完全に目がいってしまっている。仮に投降を促しても、とても応じてくれる人の目ではない。
理性的なものは削ぎ落とされ、今の彼はミーヤーの嫉妬に駆られ、怨念を晴らす冷酷無比な殺人マシーンと化していた。
「まずい!」
自分は本能的に死を感じ、逃げるように車から降りていった。
「待ちやがれ!! 殺す! お前だけはミーヤーの仇だ!」
ラロッカも自分を追いかけるように車から降りてきた。
「ひぃぃ~!!」
冗談抜きに本気でラロッカは自分の事を殺そうとしている。
今にも目玉が飛び出そうな勢いで、カッと目を見開き、ただ自分だけを目で追っていた。
もはや彼に人間だった頃の面影はどこにもなかった。
ミーヤーが亡くなったことで完全に自暴自棄となり、我を失っている。
「殺す! これはミーヤーの弔い合戦だぁ!!」
今の彼に何を話しかけても無駄だろう。
少なくとも今の自分に彼を正気に戻す力はない。
自分はそんなラロッカの魔の手から逃れるべく、林の奥の方、奥の方へと全速力で駆けていったのである。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
※あと31話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
※最近、ウマ娘プリティーダービーにどハマりしちゃってます! ……今作品を完結させるまで、なるべく自粛しようと思います! 今後もどうかよろしくお願いいたします!
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次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:中編 その4です。
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