中編 その1 「さよならも言わないで」
「きゃあああ!!」
ペトラルカさんの悲痛な叫びが、辺りに響き渡る…。
自分とグリアムスさんにペトラルカさんたち。おそらくこの場にいる全ての人間がミーヤーのあの一部始終を見ていたはずだ。
ミーヤーの半身は木っ端みじんに吹き飛び、飛び散ったであろう肉片もその形すら、遠目では確認できないほど粉々になっていた。
…全て本当に一瞬の出来事だった。
「ミーヤー!!」
もう手の施しようのない彼女の元に、ペトラルカさんが誰よりも早く駆け付けた。
ペトラルカさんは即座に膝をつき、ミーヤーの手を両手で力強く握りしめる。
「ミーヤー!! …わたしを…わたしを置いて行かないで!!
…ミーヤーがいなくなったら、わたし…これからどう生きていけばいいの…」
低く押し殺した声でペトラルカさんはそう言った。
血がたっぷり付いたミーヤーの手を自身の顔に近づけ、むせび泣く彼女の姿は見るに堪えなかった。
一気に自分は世界から取り残されたような、そんな埋めようのない寂寥感に襲われた。
頭の中がひどく渦巻き、同時に自分の視界と心までもがブラウン管に映し出された砂嵐のようにざらつきだす。
…自分のカラダがまるで自分の物じゃないように思えてきた。
「ペトラルカ! ミーヤーを早く俺の車の元まで運ぶんだ! 急いで治療するぞ! …手遅れになる前に」
クラック隊長はミーヤーにくっつき、その場からずっと離れようとしない彼女にそう声をかけていた。
…険しい表情を浮かべたまま。
「…わかった。…クラック」
ペトラルカさんは小さくうなずき、ミーヤーの手をそっと地面に置いた。
「ラロッカも手伝え! 俺ら3人でミーヤーを運ぶぞ!」
「……はい。クラック隊長」
ラロッカはうつむき加減のまま、そう答えた。
続けてクラック隊長は、工場の外に居る自分とグリアムスさんの方にも顔を向け…
「おい、ホルシュタイン! お前は先に後部座席のドアを開けて、車内で待機してろ!
俺たちが車の元までたどり着いたら、お前はミーヤーを中から引っ張り上げてくれ!
それとグリムリン! 君には悪いが、俺の代わりに運転の方を頼む!
…ミーヤーを最期まで、つきっきりで看てやりたいんだ。…お願いしてもいいか?」
「…承知しました、クラック隊長さん」
グリアムスさんはクラック隊長があまり多くの事を語らずとも、全てを悟ったかのような口ぶりでそう答えた。
そしてすぐさまグリアムスさんは自分の方を見て…
「ベルシュタインさん! わたくしについてきてください! 車はすぐそこです!」
そう言うと、グリアムスさんはすぐに走り出していった。自分も慌てて彼の後を追う。
そのまま工場の出口からまっすぐ向かって行った先には、車がやっと一台通れるほどのフェンスゲートがあった。
ゲートはすでに開け放たれており、そのゲートの手前には、緑色の大きな軍用車がエンジンをかけた状態のまま停車している。
…あとはクラック隊長らが来るのを待つのみであった。
自分は先程彼から言われた通りに、右の後部座席のドアを開け、そのまま車内で待機することにした。
やがてクラック隊長たちがやってきた。
3人とも返り血のように血を浴びながら、ミーヤーを運んできた。
ミーヤーの胴体の切断部分には、おそらくラロッカの物であろう服がガーゼ代わりにぐるぐると巻かれている。
「こっちです! クラック隊長!」
自分は車から顔をのぞかせ、声を荒げる。
「了解! でかしたぞ! 2人とも!」
クラック隊長が唐突に自分たちを褒めてきた。
「ラロッカ、ペトラルカ! お前らは一足先に左側から車に乗り込め!
俺は右側から行く! …ミーヤーのことは俺に任せろ!」
クラック隊長がそう指示すると、ペトラルカさんたちはミーヤーを彼に託し、それぞれ反対側の後部座席の方に向かって行った。
…そしてそれからすぐのこと。クラック隊長は単独でミーヤーを抱え、右の後部座席の所までやって来た。
「…おい! ホルシュタイン! 引っ張れ!」
自分はクラック隊長よって運ばれてきたミーヤーを素早く車内に引き入れる。
クラック隊長もそれを確認した後、車に乗り込んできた。
「ミーヤー!! ううぅ…。…これは」
ミーヤーの傷口からは血が止まらず、止血のために巻いていた服も中から血が染みて、真っ赤になっていた。
……しかしまだ意識はある。
ミーヤーはさっきの自分の呼びかけに反応を示し、かすかに指を動かしてくれたのだ。
…だが出血がひどい。
包帯や布がいくつあっても足りない状況だった。
「ホルシュタイン! 後ろの席から急いでモルヒネと布をありったけ持って来てくれ!
迷彩柄の箱の中に全部入ってるはずだ! 頼んだぞ!」
「はい!」
クラック隊長に指示され、自分は慌ててその場を立とうとした。
…と、その時。
「どきやがれ!!」
突然自分の真後ろから、ラロッカが耳がつんざくほどの声量で怒鳴り散らしてきた。
「ミーヤーの面倒は俺が見る!! 気安くお前なんかが、俺のミーヤーに触るんじゃねええ!!」
その次の瞬間。自分は凄まじい力でラロッカに腕を掴まれ、そのまま車外に放り出されてしまった。
「うっ!!」
「ベル坊くん! 大丈夫!?」
ラロッカに車内からつまみ出され、地面に尻を打ち付けた時。そこにペトラルカさんが駆けつけてくれた。
ペトラルカさんは、自分と入れ替わりで車に乗り込んでいったラロッカを睨み付け…
「何してるの!? ラロッカ君! ベル坊くんに…ベル坊くんに、何てことをするの!?」
普段温厚なペトラルカさんが、そんな彼をまるで目の敵のようにして怒鳴っていた。
「うっせえ! 黙れ! お前に説教される筋合いはねえ!」
ラロッカは素直に非を認めるどころか、逆上してきた。
「…全部お前らのせいだ! ミーヤーがこうなったのも…元はと言えば、お前とお前の隣にいる根暗野郎のせいじゃねえか!
…お前が…お前が、コミュニティーから追放されたこんな不届き者を助けに行くって言い出さなければ、ミーヤーはこんなことになってない!」
「そ…それは…」
「何でお前はあの時、ミーヤーを止めなかった!
診療所のベッドに無理矢理くくりつけるなりなんなりしておけば、ミーヤーが無茶して外に出ることだってなかったはずだ!」
「…そ…そんなこと言われても…わたし…わかんないよ…」
「しらばっくれるんじゃねえ! なんで前もってそこまでしておかなかったんだ!?
…ミーヤーはなぁ。…お前らが。お前ら2人が殺したんだぞ!!
何で当事者のお前らが被害者面してんだよ!?」
「ううう…そんなこと言わないで…ラロッカ君…」
「おい! ラロッカ! …今は揉めている場合じゃない! 騒ぎを起こすな!」
「しかし隊長! そもそもはこいつらがミーヤーを…」
「黙れ! そんなことよりも、まずはこの土地から去るのが先決だ!
不毛な争いで時間を無駄にするな!」
「うぅぅ…。は…はい…」
クラック隊長に激昂され、ラロッカは気弱な子犬のように押し黙る。
「ペトラルカ! お前も何もたもたしてるんだ! 早く車に乗り込め!」
「は…はい!」
ペトラルカさんは即座にミーヤーたちの居る後部座席に乗り込んでいった。
自分もそんな彼女の後に続き、車に乗ろうとしたものの…
「ホルシュタイン! お前は待て!」
クラック隊長は車に乗り込もうとした自分に対し、手のひらで制した後、次のことを言ってきた。
「…ホルシュタイン。お前には悪いが助手席に移動してくれ。…ミーヤーのことは俺たちだけに任せろ」
「…えっ? で…でも」
「…時間がない。いいからお前は早く助手席に行け!
キメラだってもうすぐそこまで迫ってるんだ!」
クラック隊長に急にそのように怒鳴られ、ふと工場の方角に目をやる。
…ちょうどその時だった。
トータスキメラが工場の中から突き破るようにして、再び自分たちの前に姿を現したのだ。
キメラが表に出てきたと同時に、工場全体は一気に崩れ落ち、一瞬のうちに瓦礫の山と化してしまった。
「ベルシュタインさん! 早く車に乗ってください! 急いで!」
グリアムスさんの声を聞き、自分は慌てて車の前を横切り、右の助手席に乗り移った。
「…よし、これで全員揃いましたね! じゃあ、みなさん! 出発します!」
グリアムスさんがみんなにそう伝えると、まもなくして車は急発進した。
…右のサイドミラーには、トータスキメラがどんどん遠ざかっていく様子が映し出されている。
横に居るグリアムスさんはバックミラーに目をやりつつ、アクセルを全開に下山ルートを目指して、車をすっ飛ばしていた。
…と、そんな時だった。
ドーーン! ドーーン!
車のサイドミラー越しに、突如数発の砲弾がトータスキメラから立て続けに放たれるのが見えた。
…まともにあれらの砲弾が直撃すれば、この車諸共全員ひとたまりもないだろう。
「グリアムスさん! 砲撃が来ます! このままだと…」
自分はグリアムスさんにすぐに危険を知らせる。
しかしそんなグリアムスさんは思いのほか、顔からは全く焦りの色が見えず、むしろ得意げな表情を浮かべており…
「なんのこれしき! このくらい、どうってことありません!
しっかり掴まっててくださいよ、ベルシュタインさん!」
グリアムスさんはそう言うと、次の瞬間。
まるでF1レーサーかのような華麗なドライビングで、ハンドルを左右に大きく切り出したのだった。
ドゴーーン!! ズドーーン!!
「おおお…グ…グリアムスさん! す…すごすぎます!」
そんな彼の巧みなコーナリングのおかげで、何とか被弾すれすれのところで、数発とも見事によけきってみせた。
それからもトータスキメラは、自分たちの車が山を下るその時まで、合計何十発も砲弾を放ってきた。
しかしグリアムスさんのその類まれなるドラテクのおかげで、車には傷1つ付けることなく、全弾回避することができ、ついに自分たちはトータスキメラの魔の手から逃れることに成功したのだった。
「な…なんとか撒いたようですね、グリアムスさん」
「そのようです。…いささか疲れました」
そうして2人でほっと一息ついたのも束の間…。
「!! ……ミーヤー。ミーヤーは!?」
急にミーヤーのことが頭に浮かび、自分はすぐに助手席から後ろを振り返った。
するとそこには……
「……ペ……ペトラ…ルカ。……の…のどが……渇いた」
後部座席の方には、ミーヤーがか細い声で水を要求していた。
…しかしさっきの時と比べ、ミーヤーの意識はだいぶ朦朧としている。
顔には明らかに覇気がなくなっていた。
そんなミーヤーの周りにはクラック隊長、ラロッカたちが居る。
彼らは自ら率先して、出血箇所を懸命に押さえるなどして、他にもありとあらゆる手段を用いて、彼女の延命治療を行っていた。
一方のペトラルカさんは半身状態となったミーヤーの手をただ握り、感情の赴くままに喚き散らしている。
ミーヤーはずっと泣きじゃくってるそんなペトラルカさんに対し、まだほんのわずかに動くその唇で、彼女の耳元に何かを囁きかけていた。
……ここからだとミーヤーがペトラルカさんに対し、いったい何を伝えているのか全く聞き取れなかった。
………そしてついにお別れの時が来てしまった。
ミーヤーはとても静かに、まるで健やかな眠りについたようにそっと目を閉じると、それからは二度と目を覚ますことがなかった。
クラック隊長とラロッカも手を尽くしきったからなのか、ひどく憔悴し切っているように見える。
「……そんな。ミーヤー! しっかりして! …わたしを置いて先に逝かないで!
ミーヤーぁぁぁ!! ミーヤーぁぁぁ!!」
自分はずっと声にもならない声を繰り返していた。
涙を流すだけでは到底収まり切らない感情が、自身の腹の奥底からふつふつと沸き上がって来る。
怒りや悲しみがまぜこぜになっている。
自分はミーヤーの最後の瞬間すら、そばで立ち会うことができなかった。
せめてミーヤーの命が尽きるその間際だけでも、彼女の声を一言でも聞いていたかった。
……しかし肝心の神様はそんな儚い願いすら、叶えてくれなかったのである。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
※ミーヤーとはこの回をもってお別れです。
作者本人としても、好きなキャラクターだっただけに、いささか辛いものがあります。
それでも何とか今作の完全完結に向けて、ひたすら突き進んで参ります!
大きな折り返し地点です。あともうちょっと…。最期まで走り切っていきたいと思います!
今後ともどうかよろしくお願いします!
※あと33話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
評価ポイントは下記の☆☆☆☆☆欄から! 応援のほどよろしくお願いします!
またここまでのストーリーや文章の指摘、感想などもどしどしお待ちしております。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:中編 その2です。
よろしくお願いします!