前編 その19 「お家に帰ろう」
だいたいの話をペトラルカさんから聞いた。
今の世の中はGPSが機能してないため、発信機が使えない。
そのため発信機の代わりにラロッカ君特製の盗聴器で、ペレス達の後を追ってきたこと。
あとミーヤーが手負いの状態のまま、ここまで来てしまったことだ。
…ちなみにミーヤーはあの時自分に抱き着きに行った衝撃で、胸骨辺りがまたズキズキと痛み出したようで、今工場の片隅で手当てを受けている。
その場所でクラック隊長とラロッカ君に座らされながら、彼らの手によって頭と胴体に巻かれた包帯を直してもらっているところだ。
「ミーヤーって、あの時…。下僕現場監督にだいぶひどい怪我を負わされてたと思うけど…。その割には、全然元気そうだよね…」
自分はペトラルカさんにそう話しかけた。
ペトラルカさんは手当てを受けているミーヤーの所へ視線を向けたまま、次のように答えてくれた。
「…う~ん。こう言っちゃ何だけど、たぶんベル坊くんを心配させないように、ああして無理に振る舞ってただけだと思うよ。
本当は息するだけでもつらいはず…。肋骨を何本か折っちゃってるしね。
頭の方は幸い軽い打撲で済んで、異常はないみたいだけど…実際はああいう感じ」
自分もペトラルカさんに続いて、後を追うようにミーヤーの方へ目をやる。
ミーヤーはさっきから何やらクラック隊長らと揉めており…
「離せ~、隊長にラロッカぁ! わたしはもう大丈夫だってば! …いいから早く、わたしをベル坊のところに行かせろぉぉ~!」
っと、当の本人はもうこれ以上包帯は必要ないと言わんばかりに、2人に噛みついていた。
いい歳をした大人が、わがままな子供のように声を張り上げている。
そんな駄々っ子ミーヤーに対し、黙々と頭部の包帯を巻き直していたラロッカ君も、その一言にカチンときたらしく…
「大丈夫な訳あるか、このバカタレ! クラーク先生には絶対に安静にしてろって言われたんだろう!?
…お前があの男を見た瞬間、急に抱き着きに行くもんだから……ほら、言わんこっちゃない! 怪我がまた悪化してるじゃないか!」
「知るか~そんなもん! たかが肋骨を何本か折っただけじゃん! 今は別に全然痛くもないし、問題ないったら、問題ない!」
「問題大ありだ、バカタレ! たかが1日やそっとで肋骨が治ってたまるか!
…おとなしくしてろって、ミーヤー。これ以上下手に動くとまた悪化するぞ!」
ラロッカは怒りながらも、若干心配そうな顔でミーヤーのことを見つめている。
「大丈夫ったら、大丈夫! …その証拠に見て、見て! フェニックス!」
そんなラロッカとは対照的に、ミーヤーは突然嬉々とした表情で、両腕を鳥のようにぱたぱたさせ始めた。
「フェニックス! …ほら大丈夫でしょ? わたしは何度だって不死鳥のようによみがえるのだぁ~」
これはミーヤーなりの一種の体調良好アピールなのだろうか…。
フェニックスと言う単語を発し、腕を羽ばたかせながら、またいつものように調子に乗り始めたかと思うと、次の瞬間……
「グギギギギ!! 痛ったああ~い!」
ミーヤーは包帯が巻かれた胸近辺をひどく押さえだした。
「何がフェニックスだ! ふざけるな!」
そんなミーヤーの浅はかな行動をラロッカにこっぴどく叱られ…
「ラロッカの言うとおりだぞ、ミーヤー! お前、肋骨折れてるってわかってるのか!?
そこでしばらくおとなしくしとけ! …これは隊長命令だ! 次にまた何か妙な真似をし出したら、ここに置いて帰るからな! 激しい運動は厳禁!」
クラック隊長もラロッカに続き、激昂していた。
「ううう……だから大丈夫なのに…フェニックス…」
ミーヤーの口からは全く覇気のないフェニックスが放たれたのだった…。
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「…………」
ミーヤーのその様子をしばらくじっと眺めていた自分は、再びペトラルカさんに視線を戻すと、次に以下のことを聞いた。
「そういえばさ、ペトラルカさん。……ペトラルカさんはいったいどのタイミングで、自分とグリアムスさんが外に連れ出されることを知ったの?
だって自分が荷物持ちで外に出されるって話は、すぐ翌日のことだったのに。
…時間もない中、どこでその情報を掴んだの?」
するとペトラルカさんはハキハキとこう答えてくれた。
「それはね~。わたしがベル坊くんの居るあの強制労働施設に潜入してたからなんだよ?
…建物の天井裏に侵入して、情報収集してたの!」
「潜入? ……えっ? ペトラルカさん…。
もしかしてあの日、豚小屋の中に居たってこと?」
思わず聞き返してしまった。
「そうだよ! …だってベル坊くん最大のピンチだったんだよ!?
……わたし今までの人生で一回も、住居不法侵入なんてしたことなかったんだからね!
とっても! とおっっっても、大変だったんだよ~!?」
そう言うと、突然ペトラルカさんは目を輝かせ、頬を赤らめつつ、顔をぐいぐいと自分の方に近づけてきた。
目と鼻の先にペトラルカさんのお顔が…。
彼女の吐息までもが、はっきり聞こえるほどの距離まで詰めてきた。
…何だかまるで褒めて、褒めてをして欲しいかまってちゃんのようだ。
恥ずかしいからやめてほしいのだが…。
「建物の中に入ってからも大変だったんだからね! 廊下でうっかり物音を出しちゃって、誰かに気付かれそうになるし。
天井裏に上手く乗れなくて、何回も落っこちちゃうし…」
「そ…そんなバタバタした感じで、よく中の人に見つからなかったな…」
「えへへへへ…。そ…そうだね。
まあそれはそれで、ベル坊くんが荷物持ちをさせられることを聞いたのは、そんな時だったの。
ベル坊くんが食堂でシチュー食べてた時、現場監督さんに呼ばれて、監督室に向かわされてたよね?
…わたし全部聞いてたんだよ」
「そうだったんだ…。全然知らなかった。
…じゃあペトラルカさんは自分たちが現場監督室を去った後も、しばらくはあの部屋の天井裏に居て、一通りそこで荷物持ちに関する情報を得てから、クラック隊長の家にまっすぐ向かったってことなんだよね?
そこでみんなと一緒に翌日の出発に備えていたと…」
するとペトラルカさんは…
「違うよ」
さっきまで朗らかだった声色を変え、あっさりと言った。
「違う? 違うって? 何が? …クラック隊長の家には向かわなかったってこと?」
「それも違うよ」
「え? …じゃあいったい何が違うの?」
「…わたし…居たの」
「居た? …居たってどこに?」
「…天井裏。…わたし、それからずっとベル坊くんの部屋の天井裏に居たの」
「へっ? 自分の部屋の天井裏? ……いつ? …いつまで居たの?」
恐る恐るペトラルカさんに尋ねてみた。
…するとペトラルカさんは何やら顔を赤らめ、カラダをくねくねさせながら、恥ずかしがった様子でこう答えたのだった…。
「……ベル坊くんが寝静まるまで。…わたし居たの。302号室の天井裏に…」
「は? ……はああああ!?」
ここに来て、ペトラルカさんは何と衝撃の告白をしてきた。
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょっと待ったぁぁ!? …なに、なに、なに!? 頭の整理が全然追いついてないんだけど!?」
まさかあの日、自分はペトラルカさんに半ばストーカーまがいの行動をされていたとは…思わなんだ。
「あの日の夜。…ベル坊くん、あのグリ…なんとかさんと一緒に部屋で仲良くしゃべってたよね…。
全部筒抜けだったんだよ!
ベル坊くんのあんなことや、こんなことまで全部聞いちゃってたの!
普段、わたしたちの前では見せないあんな一面やこんな一面まで見ることもできて、わたしとっっても楽しかったよ! …はあはあ」
ペトラルカさんはゾッとすることを平然と言ってのけた。
あまつさえ興奮までしてしまっている。
…これペトラルカさん、ヤバいモードに入っちゃってない?
「まだまだあるんだよ! 例えばね、ベル坊くんがね、まだちっちゃかった頃…」
「ああああ! もういい! もういいよ! そこから先の話、聞きたくないよ!」
自分はペトラルカさんの声を、言葉を重ねるようにして遮った。
これ以上ペトラルカさんが暴走してしまうと、自分の中の彼女のイメージがボロボロと音を立てて、崩れる!
それはもう修復不可能なレベルまで……ペトラルカさんがヤンデルカさんに昇華するレベルまで…。
……でも、それはそれでありかもしれない。
例えちょっぴりヤバめな一面を持ち合わせた女の子でも、ペトラルカさんなら、きっと好きであり続けられる。
多少愛が重くたって、何がマイナスなもんか。
こうした形であっても、ペトラルカさんに愛されているのなら万々歳だ。
そもそも誰かから愛されること自体、自分にとって超激レアなことで、何ものにも代えがたいほど特別なことだ。
そこに精神的負担も苦痛も一切感じない。
ペトラルカさんから愛されているその事実が全てを上回ってしまう。
ペトラルカさんのヤンデルカな一面も守備範囲、多めに見てやれる人間が男の中の男ってやつだろ!?
強い独占欲、過剰な嫉妬心、束縛…どんと来いだ!
…そう心の中で思いつつ、自分はそっと両手で耳を塞ぎ、ペトラルカさんの口から出てくる話が一切聞こえないように努めたのだった。
…っとそんな時、ミーヤーが手当てを無事終えたようで、自分とペトラルカさんの方に近づいてきた。
包帯が巻かれた胸近辺を抑えながら…。
「ベル坊~。時間だってさ~。隊長がもうじきここを出発するって言ってたよ。
…ペトラルカもいつまでもベル坊といちゃいちゃしてないで、とっとと行くよ~」
ミーヤーがヤンデルカさんにそう話しかけた。
すると正気を取り戻したのか、またいつものペトラルカさんにカムバックし…
「わかったよ~ミーヤー。……ごめんね、ベル坊くん。じゃあまたこの話は今度の時ね」
と言って、左手でごめんポーズを取ると右目でウィンクをしてきた。
今度も何も、二度とその話はして欲しくないのだが…。
まあ、それは一旦置いといて…。
…それよりも気がかりなことがある。
もし仮に自分がこの後クラック隊長の車で、コミュニティーに戻れたとして、荷物持ちとして追放された身の自分が果たしてコミュニティー側は受け入れてくれるのだろうか。
荷物持ちはある意味、死刑同然の処置だとペレス達は去り際に言っていた。
自分は重罪人として、追放されたのと同じ身なのだ。
…コミュニティーに戻ったところで、わざわざ殺されに行くようなものだ。そう思った。
するとペトラルカさんは自分の心の内を察してか、このように声をかけてくれた。
「安心して! ベル坊くんをみすみす処刑なんてさせたりしない! …わたしたちがなんとかしてみせる!」
ペトラルカさんは励まし気味にそう言ってくれると、続いてミーヤーも…
「そうだぞ、ベル坊。わたしだって、ベル坊のために知恵を振り絞ってやるよ!
…まあでも今回、わたしは怪我をしてて、ほとんどのことはペトラルカと隊長に任せっきりだったけど…。
でもベル坊を助けるためだったら、わたしは何だってやる!
例えそれがろくなことじゃなくても…。
まあ後は何とかなるっしょ! ベル坊は別に何も考えなくていい! わたしたちにどんと任せたまえ! あっはっはっは!」
ミーヤーは腰に手を当て、声高らかに笑った。
…まあ場当たり的にしか物事を考えない性格の彼女に、端から期待などしてはいないが…。
でもその気持ちだけで十分に嬉しかった。
「…じゃあ帰ろっか、ベル坊くん。わたしたちのお家に…」
ペトラルカさんはそっと優しく包み込むように言ってくれると、ミーヤーも…
「帰るど、帰るど~ベル坊。
…わたしたちの夢の続き。絶対に覚めさせないよ! 早くお家に帰るったら、帰る!」
またいつもみたいに陽気に励ましてくれた。
ミーヤー自身、万全な状態じゃないにも関わらず、自分をコミュニティーに連れ戻す。
ただそれだけのために、怪我を押してまで自分の事を向かいに来てくれた。
…追放された自分の事なんてさっさと忘れて、ただ自身の療養のことだけ考えてくれればよかったのに。
…路地裏での別れ際に彼女たちに放った言葉を、自分は後悔していた。
彼女たちのことを何1つ考えず、ただ一方的に迷惑をかけるからと言う理由で、安易に突き放してしまった。
心ないことを言って、ペトラルカさんとミーヤーを傷つけた。
身を削る思いで自分の事を心配してくれたのに…なぜ自分はそんな彼女たちの想いを裏切る真似をしてしまったのだろうか。
…謝りたい。
軽率で身勝手な自分の行為を恥じるべきだ。
もっと彼女たちの気持ちに寄り添える人間にならなくては。
彼女たちを今後も大切にしたいと思うのなら、自分が変わらねば。
そう思い、彼女たちにまず自分の口から誠心誠意の謝罪をする決心をし…
「あ…あの! …2人とも」
いざその想いを伝えるべく、彼女2人に向き直った。
しかし想いを伝えようと言葉の続きを言おうとしたその時、ペトラルカさんとミーヤーは急に自分の手を握り、ぎゅっとすると次にこう言ってきたのだった。
「さあ、ベル坊くん! 楽しい遠足はもう終わりですよ~! お家に帰るまでが遠足です!
ちゃんとわたしたち先生についてくるんでちゅよ~」
…ペトラルカさんはいきなり園児をあやす幼稚園の先生みたいに接してきた。
そしてミーヤーもそんなペトラルカさんに習って…
「痛いところはないか、ベル坊!? さあ帰ろう!
帰ったらわたしがみっちり診察とお注射してあげるからな~」
自分より大けがを負っているミーヤーは逆にお医者さん的なことを言ってきた。
そもそも何で2人とも、いきなりおままごと的な発言をしてきたのだろうか…。
…この際、あまり深くは考えないようにしよう。
「ううう…なんだか目が…目がかゆくなってきた…」
…あと、なぜか知らないが不覚にも涙が出そうになった。
いったいどこにセンチメンタルな感情になる要素があったのかわからないが、とにかく涙がどっと溢れそうだ。
彼女たちにそれを悟られるのは非常にまずい。
故に、今にも溢れ出る寸前の涙を「目がかゆくなってきた」といった、その臭すぎる演技で必死にごまかそうとしたのだ。
「大変! ベル坊くんが! 目がかゆくなってきたって言ってるよ!」
「ベル坊…きっと何かの感染症にかかったのかもしれないぞ!
…目薬だ! 隊長の車に急げ! 一刻も早く、目薬をベル坊の目にぶっ刺さなきゃ!」
どういうわけか自分の三文芝居にペトラルカさんとミーヤーは真に受けてくれたようだ。
こういう単純な人。…嫌いではない。
そうして自分は2人と手を取り合い、工場の入り口へと向かったのだった。
すでに正面扉にはクラック隊長とラロッカがおり、お互い扉をこじ開けようと手をかけていた。
グリアムスさんはと言うと、そんな彼らのすぐ後ろにおり、そこでじっと腕を組んで見守っている。
…特に何をするわけでもなく。
「クラック隊長! もうじき開きそうっス!」
ラロッカがそう言った。
これでようやくこの工場から出られるっと思ったその時。
…クラック隊長は急に神妙な面持ちとなり、眉をひそめ出した。
「ちょっと待て、ラロッカ! 扉を開けるのは一旦中止だ!
ここに居る全員、工場の中腹辺りまで下がるぞ!」
クラック隊長は聞き耳を立てながら、みんなにそう呼びかけていた。
「え? …クラック隊長。…何か聞こえるんスカ?」
「…聞こえる。足音が。遠くからズシンズシンと、かなり大きいのが…」
「本当ですか? 俺にはさっぱり…」
「とにかく全員工場の奥まで下がれ! 物陰に隠れろ!」
クラック隊長は鬼気迫る表情でそう言うと、自分を含めてこの場に居るみんなが彼の指示に従い、工場の奥の方へ走って行った。
玄関の扉から50メートルほど離れ、その周辺にあるプレス機械を盾に、ペトラルカさん、ミーヤーに自分。
グリアムスさん、クラック隊長、ラロッカの3人ずつが据え置きの機械の影に隠れ、入口先の様子を伺った。
しばらくじっとその場で息を潜めていると、次の瞬間…
ドゴーーン!!
工場全体に轟音が鳴り響いた。
入口の扉は完全に破壊され、扉周辺の壁にも亀裂が入り始めた。
…するとまもなくしてその亀裂の入った壁が崩れ出し、それと共に壁ごと突き破って中に入って来る、ある一体の巨大生物が居た。
自分たちの前に現れたのは、推定5メートルほどの巨大なカメ。工場の約1階分の大きさだった。
甲羅のてっぺんには対戦車砲らしき物が取りつけられ、その砲台の発射口からは煙がもくもくと立ち込めている。
「何あれ…。…あんなの今まで1回も見たことない!」
武装班所属であり、数多の戦場を切り抜けてきたあのペトラルカさんまでもが悲壮な顔を浮かべ、恐れおののくほどの相手だった。
亀キメラ。通称トータスキメラが放ったとされる砲弾はあの頑丈な鉄製扉をも、いともたやすく貫通し、跡形もなく葬り去った。
もし奴にこの工場内で暴れられでもしたら、自分を含め全員ひとたまりもないだろう。
ここまで閲覧いただき本当にありがとうございます!
※あと2、3話ほどで最終章前編は終了し、最終章中編に突入します。
※あと36話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その20です。よろしくお願いします!