前編 その17 「元ブリガリアなお方」
「…ヤ…ッ…ト…ミ…ツ…ケ…タ…」
「「うぎゃあああ!!」」
自分たちは今、命の危険にさらされていた。
目の前にはゴーストが……。
虎視眈々と自分たちの命を奪いに、地上まで出てきてしまった。
…まさに失禁ものである。
このままだと地下の研究員たちと同様、自分たちも呪い殺されてしまうかもしれない。
「止まれ、止まれ! そこのゴースト! 命だけは取らないでええ!」
自分はあまりの恐怖で腰が抜けてしまい、立つことすらままならなくなっていた。
このような命乞いの言葉もゴーストには全く通用しないだろう。
ホラー映画に出てくるゴーストは絶対と言っていいほど、人間の言葉に耳を傾けず、問答無用で襲い掛かって来る。
腹を割って話し合おうにも、そもそも向こうが取り合う気すらない。
そして映画に出演するキャストたちは一部を除いて、ほぼ全員、無残に殺られてしまうのだ。
いつものお決まりパターンだ。
どうせこのゴーストもそれと同じだろう。
現に自分がギャーとかピーとか喚いて、猛烈に怖がってるアピールをしても、向こうは全く歩みを止めてくれない。
むしろどんどん距離を詰めてくる。
まさに絶体絶命の大ピンチ。
そう思っていた時……
「……あれ? ……何か急に動きが止まったぞ?」
ゴーストは突然、その場でピタリと一時停止していた。
……ひょっとして、さっき自分が放った「止まれ、止まれ!」の言葉を聞いて、あのゴーストが馬鹿正直に従ってくれたのかもしれない…。
…まあ何はともあれ、ゴーストがその馬鹿正直なバカな方でよかった。
「この隙に……」
ゴーストが空中で動きを止めているのを好機と思い、すぐさま立ち上がって、逃げるムーブをかまそうとした途端……
「チョ…ッ…ト…マ…ッ…テ…ェ…」
とゴーストが言ってきた。
どうやら自分たちが、その場から逃げることだけは厳禁のようだ。
それだけは許してくれないのね…。
しかしこの一連の流れで、1つわかったことがある。
…このゴーストは言葉が通じる系だ。
ホラー映画特有の一方通行な悪いゴーストじゃない!
どこぞのホッケーマスクを被った冷酷な殺人鬼とは全く違う!
話せばきっと分かり合える!
そう思い、自分は次にゴーストに対して、こう言葉を放ったのだった。
「…ユーは自分と、このグリアムスさんの命を奪うつもりなんですか?」
ゴーストに単刀直入に聞いてみた。
少しの間があった後、そのゴーストはカラダを左右にブンブン振ってみせた。
……えっと…これはつまり、ゴーストなりのボディーランゲージ(意思表示)と取っていいのだろうか?
だとすると…
「カラダを横に振ったってことは、首を横に振ったと取ったとして……つまり答えはNO!
ユーは命を奪いに来たつもりじゃない! そういうことでいいんですよね!?」
するとゴーストは、今度はカラダを縦に振った。
…答えはYES。
要するに、ゴーストは命を取るつもりじゃない! …ってことになる。
それを理解してから、自分は…
「ならよかった~! よかったよぉぉ……ほへほへほへ~……」
目の前のゴーストが別に命を奪いに来たつもりじゃないことがわかり、安堵感からか一気に全身の力が抜けていくのを感じた。
……本当によかった。てっきりこのゴーストは悪霊か何かと思っていた。
だって地下で散々追い回された挙句、地上にまでしつこく追いかけてくるし、終いには背中越しにウィスパーボイスで、『やっと見つけた』って囁いてくるんだもん。
こんなの人間にやられても怖いよ。
まあ、でもよかった。人間に友好的なゴーストで。
そう思い、すっと手に床をつき、立ち上がろうとしたその時…
「ベ……ベルシュタインさん。…安心するにはまだ早いですよ!」
急にグリアムスさんは、未だに恐怖が抜けきっていない、おどおどした口調で自分にこう言ってきた。
「へっ? そ…それってどういう意味ですか?」
一瞥すると、グリアムスさんはゴーストをひどく警戒しているように見えた。
彼は次にこう答える。
「もしこのゴーストが元ブルガリアかインドの方だとすると、先程の意味合いは大きく変わってしまいます!
ブルガリアとインドの方は「はい」と「いいえ」がまるっきり逆なんですよ。
要するにYESの時は首を横に振り、逆にNOの時は首を縦に振るんです。
……さっきのあなたの「ユーは命を奪うつもりなんですか?」の問いに、このゴーストは首を横に振って、NOの意思表示をしていました。
しかしこのゴーストが元ブリガリアかインドの方だったとすると…」
「すると…?」
「答えはYES…。つまりゴーストはわたくしたちの命を奪うつもりなんですよ!」
「えええ!! うそだぁぁ! まさかそんな訳……」
ふとゴーストの方に向き直って、やつの挙動に注目してみる。
………するとゴーストは先ほどにも増して、慌ただしく自身のカラダをブンブン横に振りだした……。
「答えはYES! YES! YES! その通りだと言ってます!
ほら見たことか、ベルシュタインさん!
つまりそういうことなんです! このゴーストはやはりわたくしたちの命を奪いに来たんですよ!」
そう言ってから、グリアムスさんはまたしても顔が青ざめていった。
ゴーストもまた、それに拍車をかけるようにして、ブンブンと左右にカラダを振り続けている。
ボディーランゲージが一層激しさを増してきた!
…間違いない。……このゴーストは黒だ! 真っ黒だ!
「うぎゃああああ! じゃあ、このゴーストはブルガリアの方の亡霊ってことになるんですね、グリアムスさん!?」
「そういうことです! どぅわああああ!!」
自分たちは再び腰を抜かしてしまい、尻餅をついてしまった。
さっきの元通りだ。
「マ……ッ……テ……ェ……」
……ゴーストは「待ってぇ」と言いながら、また近づいてくる。
「「ぎゃああああ! お助けをぉぉ!!」」
またしても絶体絶命のピンチに陥ってしまった。
そんな絶望に淵に突き落とされた自分たちだったが、その時…。
思ってもみないところから助け舟が来たのであった。
ブオォォォン……
外から突然、1台の車のエンジン音が聞こえてきたのだ。
そのエンジン音はどんどん大きくなり、工場のすぐそばのところでピークを迎えたかと思うと、やがてタイヤのキュキュッと鳴る音と共に、たちまち静かになった。
その後、バンッ!っとドアの開閉音がうるさく鳴ったかと思うと、それからザッザとした音が足早に、工場の入り口の方に向かって、近づいてきた。
まもなくして工場の扉は開け放たれ、その先から出て来た人物はと言うと……
「ク……クラック隊長? どうしてこんなところに…」
そこに居たのは何と、あのクラック隊長だった。コミュニティーの武装班隊長を務めている人物だ。
「ホルシュタインにグリムリン! 土砂処理の時以来だな! 大丈夫か!? 俺らが来たからにはもう安心だぞ!」
軍人のように恰幅のいい、鍛えられたカラダ付きに、人の名前を一切覚えられないと言う致命的な欠陥を抱えた人物。
間違いない! どこからどう見ても、あのクラック隊長だ! 他人の空似でもない!
自分のことをまた乳牛呼ばわりしているのが何よりの証拠だ。
……しかしながら、この人はいつになったら、ちゃんと名前を覚えてくれるのん? とうっすらそう思っていたその時。
そんなクラック隊長の背後から、続くように現れたのは……
「ベル坊くんだ! ほら! 本当にベル坊くんが居たよ!」
あの懐かしい金髪のポニーテールをしたペトラルカさんに…
「ベル坊! ……ぐすん。……ベル坊だ。ベル坊が生きてたよぉぉ~……」
なぜか涙ぐんでいる褐色系の元気印、ミーヤーが居た。
「ペ……ペトラルカさんにミーヤーまで…。何で2人ともこんなところに…」
と何気なく口にすると…
「そんなの、ベル坊に会いたかったからに決まってんだろぉぉ~……ぐすん…。
うわ~~ん! ベル坊! 会いたかった…会いたかったよぉぉ~」
するとミーヤーは腕をキョンシーのようにまっすぐ、ピーンと伸ばしながら、一目散に自分に駆け寄って来た。
むぎゅ!
ミーヤーはそのまま自分の胸元にダイブし、強く抱き着いてきたのだった。
「うわわわわ! ちょっと! 何のつもりだよ、ミーヤー!?」
「うわ~~ん! 本当に心配してたんだよ!? もう死んだと思ってたんだからなぁぁ~~!」
ミーヤーは自分の胸先に顔をうずめ、大声でむせび泣いていた。
それを傍からじーっと見ていたペトラルカさんはと言うと…
「こら~~! ミーヤー! わたしもまぜなさ~い!」
なぜか顔を真っ赤にさせ、それからミーヤーと同じく自分の元へ駆けつけ、自分の右わき腹に飛びついてきた。
ペトラルカさんは別にミーヤーみたく、わんわん泣くような素振りは見せなかったものの、久方ぶりの友人の再会をお互い喜び合うような、そんな印象を強く受けた。
「はははは! お前らお似合いだな! なあ、ラロッカ! お前もそうは思わないか?」
ペトラルカさん、ミーヤーを含め3人。
人前で見せるに中々恥ずかしい状況になっている中、クラック隊長は外野で面白そうに笑っていた。
「はあ…。まあそうっすね」
クラック隊長の横に、自分と比べムカつくほどにイケメンな1人の男が、ポツリと呟くようにそう答えていた。
ちなみにそいつは銀髪の長身でスラッとした体型をしている。
…誰だろ? この人。
あと、これは気のせいかもしれないが、一瞬、奴は自分にペトラルカさんとミーヤーが抱き着いているこの場面を見て、さも面白くないかのような、ひどく興ざめた顔をしているようにも見えた。
「ベル坊くん! わたしたちが来たからには安心だよ!」
「ぐすん……そうだぞ、ベル坊…。……もうわたしたちから離れちゃ、いやだぞ……」
それはそうと、こんなにも長い間、2人の女の子に抱き着かれた経験はこれが初めてだった。
正直、胸が爆発しそうな思いだったが、それよりもこうして無事にペトラルカさん、ミーヤーと顔を合わせることができて嬉しい。
そんな気持ちが恥ずかしさよりも遥かに上回っていた。
再会できたことの喜びが、そうさせていたのだ。
だから自分もそんな彼女たちの想いに答えるように、何の抵抗もなく軽い抱擁を返したのであった。
……ゴーストのことも、おかげですっかり忘れてしまっていた。
先程までのことをにわかに思い出し、ふとゴーストが居た場所に目をやる。
…だがそのゴースト自体はいつの間にか、消え去っていた。
もしあのタイミングで彼女たちが駆けつけてくれなかったら、自分は今頃、ゴーストに襲われ、命を落としていたに違いない。
またもや彼女たちに、自分は救われたのだ。
それにしても、クラック隊長たちはいったいどうやって自分たちの元にたどり着けたのだろうか?
……まあ、それは後回しでいい。
そんなものは落ち着いてから、後でゆっくりペトラルカさんとミーヤーに聞けばいい。
今はただこうして、互いに再会できたことの喜びを分かち合うんだ。
そうした最中、自分の頬には何度も涙がキラリと伝っていた。
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※あと3、4話ほどで最終章前編は終了し、最終章中編に突入します。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その18です。よろしくお願いします!




