前編 その16 「やっと見つけた」
「ぎゃあぁぁぁぁ!! 来るな! 来るんじゃない!」
自分は今、後ろを振り返る一切の余裕がない。
高速道路のトンネル内部のようにして、照らされた地下道を抜け、一直線に地上を目指していた。
行きの時、この地下の照明は完全に落ちていたが、それも自分がはじめて生命体研究所の扉の前に出た時から、ずっと点灯し続けていたようだ。
おかげで帰りは大して足元を気にせず、階段のある場所まで全力で走ることができた。
「…マ…ッ…テ…ェ…」
ゴーストは未だに自分をしつこく追いかけていた。
まるで無線機にノイズが入ったかのような、かすれた低い声で自分をストーキングし続けている。
……ゴーストに待てと言われて、素直にその場で立ち止まる者は居ない。
自分はそんなにお人好しではない。
立ち止まったら、立ち止まったところで、ゴーストに呪い殺されるだけだ。
そう易々と、敵の口車に乗せられてたまるか!
……そうしている内に、ようやく出口が見えてきた。地上へ続く階段はもう目の前だ。
「これで恐怖の鬼ごっことも、おさらばだ!」
うんと明るい場所に出られれば、さすがのゴーストと言えども、追って来れないはず!
ドラキュラのように陽の光さえあたれば、ゴーストも自然消滅してくれるに違いない。
……ゴーストとのデスレースも、ようやく終止符が打たれようとしていた。
階段の段差に足をかけ、そのタイミングで今一度、背後を振り返ってみることにした。
「……って、あれ? ……いつの間に…。あのゴーストどこに行ったんだ?」
逃げるのに夢中になるあまり、ゴーストがすでに追ってきてなかったことに全く気がつかなかった。
ゴーストの姿はもうそこにはない。
やつ特有のハスキーボイスも聞こえてこなかった。
「ハア……まあ何はともあれ、なんとか逃げ延びたみたいだ。…死ぬかと思った~…」
その場でホッと一息ついた後、自分は階段を上り、やっとのことで地上に出ることが出来た。
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地上へ戻ると、グリアムスさんが階段のすぐそばで待っていた。
自分のさっきの絶叫を聞きつけたのだろうか? グリアムスさんはとても心配そうな顔つきをしている。
「地下で何があったんです? ベルシュタインさん。……全身から汗が噴き出していますよ…」
グリアムスさんにそう聞かれ、自分は地下で起こった出来事を余すことなくしゃべることにした。
…が、その前に、まずグリアムスさんを引き連れ、隠し階段のある場所から遠く離れることに。
工場の入り口付近まで、逃げるようにして向かいながら、その道中で地下での出来事を包み隠さず語った。
超有機生命体研究所のこと。虹色の石のこと。……あと、自分をストーキングしていたゴーストのことを。
工場の出入り口近辺にようやくたどり着き、そのタイミングになってから、グリアムスさんは次のことを言った。
「……なるほど。話は理解できました。
要するに、工場の地下はゴーストの温床だったわけですね。
……本当に申し訳ない! ベルシュタインさんだけに怖い思いをさせてしまいました。
わたくしは、何て薄情なことを!」
グリアムスさんはそう言った後、深々と頭を下げてきた。
「いやいやいや! とんでもない! むしろ謝るのはこっちの方です!
自分さっきグリアムスさんのゴースト発言を鼻で笑ってたんですから!
おあいこですよ! おあいこ! …どうかその頭を上げてください」
一昔前の自分だったら、ゴーストなんてまるで信じなかったし、そういったオカルト的な物を熱弁する人を冷ややかな目で見ていたものだ。
しかし今は違う! さっき自分は本物を見てしまったのだ。
グリアムスさんの言う通り、ゴーストは白い布を被ったヒト型だった。
しかもそのゴーストはまるで、コンビニのビニール袋が風で飛ばされた時のようにして、プカプカと浮いていたのだ。
…世にも恐ろしい超常現象を目撃してしまった。
……ゴーストは実在していたのである。
「科学何やっとんねん!」 …と言いたかった。
大昔の偉い人がコペルニクスの地動説を否定したのと全く同じことをやっている。
科学はまだ万能じゃなかった。
遠く及ばない領域がまだ存在していたのだ。
…まあ今はそんなことはいいだろう。科学がどうであれ、今の自分たちには何の関係もない。
それよりも第一に考えなければならないことが……
「グリアムスさん! ゴーストの退治方法って知ってますか?
今、手を打たないと、安心して夜も寝られませんよ!? 寝込みを襲われでもしたら、一大事です!」
あんな怖い思いは二度とごめんだ。藁にもすがる思いで、グリアムスさんにゴーストの撃退法を尋ねた。
…グリアムスさんなら、きっと何か知っているはずだ。
「うむむむむ……。大変申し訳ない。
わたくしは別にゴーストバスターズをやっていたわけじゃありませんので、あまり詳しいことは……。
……塩水を撒いておく程度のことしか知りません」
「塩水なんて……そんな無茶な…」
確かにゴースト除けに塩水は有効だと聞いたことはあるが、現状塩はおろか、水すら切らしている状況だ。
「代替案を考える必要がありますね……」
「そうですね…。事態も事態だけあって、急を要します。
…先程のベルシュタインさんの話を聞くに、元々地下に居たと思われる研究所の方々も、例のゴーストの呪術に全員殺られたと思われますし…。
何か手を打っておく必要が……」
ゴーストの呪いか……。
んなバカな…と言いたいところだが、今回に限っては本気であり得そうな気がしてきた。
一昔前の自分だったら、呪いとか呪術とか絶対に信じてなかったのに!
「やはりそう取れますか……。地下の研究員たちは、あのゴーストに亡き者にされたと……」
「……まあ、そう考えるのが妥当です…。……おや?」
グリアムスさんはふと自分の背後が何やら気になった様子で、工場の奥の方を食い入るようにして見だした。
「ん? どうしたんです? グリアムスさん。自分の後ろに何か気になるものでも?」
「いや……あそこに何かが居るような気がして……ぬっ!?」
そう言った瞬間、グリアムスさんの顔は見る見るうちに青ざめていき……
「どぅわああああ!!」
今まで聞いたことのない種類の素っ頓狂な声をグリアムスさんが出したかと思うと、次の瞬間、彼は転んで尻餅をついてしまった。
「うわっ! ちょっといきなり何なんですか!? ……ってか、それになんで急に後ずさっていくんです!?
自分の顔にゴキブリでもついてるんですか!? ちょっと! グリアムスさん!? 何か言ってくださいよ!」
そんなグリアムスさんは全身をひどく震わせていた。
得体の知れない何かを見たようにして、すっかりおびえきっている。
次にグリアムスさんはその発した言葉に震えを伴いつつ、自分にはっきりこう告げたのであった。
「で…出ました!」
「何がです? 何が出たんです?」
「出たんですよ! ……ほらあなたのすぐ後ろに! ……あなたの背中にゴーストがぴったりと……まるでくっつくように!」
えっ? まさか……ね?
グリアムスさんにそう指摘された後、自分は恐る恐る背後を振り返ってみた。
するとそこには……
「……ヤ……ッ……ト……ミ……ツ……ケ……タ」
「うぎゃああああ!!」
グリアムスさんの言ったことは本当だった…。
自分のすぐ真後ろにあのコンビニのビニール袋が、まるで背後霊のようにして、ピタリとくっついていたのだ!
しかも今度は『や…っ…と…見…つ…け…た』……って言ってる!
「嘘だろ!? こいつ……ここまで追ってきてるぅぅぅ!! 光にバンバン耐性あるじゃないかぁぁぁ!!」
自分とグリアムスさんは、共に尻餅をつきながら、工場の入り口の方角に向かって、慌てて後ずさっていったのである。
ここまで閲覧いただきありがとうございます!
※あと39話付近の投稿で完結になりそうです。(全120~130部の間での完結)
最後までお付き合い、いただければ幸いです!
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その17です。よろしくお願いします!
※後書き一部文章修正しました。6月19日14時頃。