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前編 その15 「超有機生命体」

 やがて工場のと思われる場所に降り立った。

 視界は鉛筆で塗り潰されたように真っ黒だ。

 一寸先はおろか手元すら見えず、方向感覚、距離感が一切つかめない。


 自分は今、腰が引けているゾンビのようになっていた。

 お尻を後ろに突き出し、腕を精一杯前に伸ばしながら、掴める物がないか手探りで探している状態だ。

 地下1階に降り立ってから、カラダが勝手にそうさせていた。

 傍から見たら、不格好極まりないと思うが、こればっかりは仕方ない。

 何も見えない場所にいきなり放り込まれると、誰でもこうなる。


 それからしばらくして、ようやく壁に手をつくことができた。

 一定の時間、壁に沿ってゆっくり歩いていたが、それも少しした後に、地下に明かりが灯ってくれた。

 …おかげで暗闇からやっと解放された。


「ひゃあ!」


 しかし暗いところがいきなり明るくなったため、眩しさのあまり、思わず目をつぶってしまった。

 明るさに目が馴れてくるまで、ある程度の時間がかかってから、辺りの様子をうかがう。

 ……すると目の前に広がってきたのは、左右両開きタイプの扉だった。


「超有機生命体研究所?」


 …扉の横にかかっていた看板には、イングランド(英語)語表記で、そう書かれていた。

 ……超有機生命体か。

 この『超有機』がいったい何を指しているのかはわからないが、生命体と言った単語が付いている以上、何かしらの生物の研究を行っていた場所に違いない。

 生物研究所と言えば、マウスとかモルモットを連想させる。

 もしかしたらそれらの実験用の動物が、この先の部屋でまだ生きているかもしれない。

 …マウスとモルモットって焼いて食べられるっけ?

 もし仮に何匹か生き残っていたら、今後の食料のために是非とも持って帰ろう。

 ……まあ、マウスを焼いて食べるなんて、ちょっと抵抗はあるが、背に腹は代えられない。

 どんなゲテモノでも焼けば、案外いけそうな気がするし。

 大して気にする必要はないだろう。


 それにしても工場の下に生物の研究所か…。


「何とも不揃いな組み合わせだよなぁ」


 一般的な機械工場に、理化学的な研究施設って併設されるものなのだろうか?

 自分から言わせてみると、一般的な機械工場と生物研究施設は水と油の関係にしか思えない。

 どう考えてもお互い異質な感じがする。


「う~ん……まあいいか。考えても仕方ないや。食料さえ手に入れば、おんの字、おんの字~」


 深く考えることは止め、さっそく扉を開けて、中に入ることにした。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「わお…」


 さっきの看板に書いてあった通り、中はごく普通の研究室だった。

 無機質な白を基調とした大部屋で、学校の理科室で使われているような机がずらりと並んでいる。

 デスクトップパソコンの横に、まるで宇宙ロケットのような形をした大きな顕微鏡が置かれていたり、茶色や透明色の小瓶、染色された液体の入った試験管やビーカーなどが置かれていた。

 …荒らされた形跡はほとんどない。ここも全く手つかずの状態だった。


 しかし残念なことに、部屋全体を見渡してみても、人はおろか実験用のマウスすらどこにも見当たらなかった。

 マウスの飼育用ゲージらしき物は、部屋の一番奥に無造作に山積みになって置かれていたが、その全部が空だった。


「生命体研究室と書いてあったもんだから、てっきり何かあると思ったのにな~…」


 大量の飼育用ゲージの横に、また1つ大きな扉もある。

 この先にもまだ部屋があるみたいだ。


「…まあ、まずはこの部屋を探索するか」


 奥の部屋のことは後回しにして、まずここら一帯を探索することにした。

 マウスとモルモットの件は一旦脇に置いといて、机の引き出しを開けつつ、まずはこの部屋にあるパソコン1台1台を触ってみることに。


「…ダメだ。全くつかないや」


 どのパソコンも最初から電源が切れており、起動させようとボタンを押しても、何の反応も見られなかった。

 パソコンの横に置いてあるでっかい顕微鏡に関しては、机の引き出しから、それらの顕微鏡の取扱説明書のようなものが出てきたため、


「せっかくなら動かしてみるか」


 とのことで、説明書のマニュアル通りにあれこれ動かしてみた。

 しかしページをめくっていくごとに、難解な専門用語や小難しい表現が頻出してきたことで、操作方法がわからなくなり、泣く泣く断念してしまった。


 あと液体の入った試験官とビーカーが置いてある机には、一切近づかなかった。

 そうした方が無難だと判断したからだ。

 仮に「触るな危険!」的な化学薬品が自分の目の見えないところに付着していて、そうとは知らず、机のあちこちを触ってしまったら、大変な目に遭うかもしれない。

 化学の点数が万年1桁台の自分でも、それくらいの知識はある。

 故に捜索範囲は、パソコンと顕微鏡が置かれている机のみに絞ることにした。



「……ふぅ~。これで全部か」


 ようやく全ての机を回り切った。そして得られた物。それはと言うと…、


「……虹色の石3個に、この石と一緒に入ってた紙の資料。…収穫はこれだけか」


 とある引き出しを開けた時のこと。

 その中に入っていたのが、まさしくこの虹の色彩を放った石ころに、ホッチキスで止められた3枚の添付資料だった。

 虹色の石の特徴に関して簡単に言うと、ソーシャルゲームでよくある魔法石と色合いが似ていた。

 道端に落ちていたら間違いなく手に取りたくなるほどの、芸術性の高さと美しさがこの石からは感じられた。

 ……芸術の「げ」も分からない自分が言うのもあれだが。

 あとその虹色の石はプニプニした弾力性がある。

 優しい手触りで、まるでパイオ……ではなく、まるで赤ちゃんのほっぺたみたいに、非常にクセになる柔らかさだった。

 ずっとプニプニしていたい……そんな魔性の柔らかさだ。


「…とりあえず他にやることもないし、ざっとこの資料でも読んでみるか」


 虹色の石と一緒に入っていた横書きの、いかにも研究論文らしき資料をこれから読み上げることにした。

 タイトルは「超有機生命体制御装置についての通達」である。


『ついに制御装置の試作品が完成した。ユーリン君の助力があってのことだ。

 我が第4支部の窮地を救ってくれたのは紛れもなく、研究熱心な彼女のおかげだ。ここに感謝の意を表する。

 早くて来月中にも国の協力の元、実験の参加者を10名ほど募り、そこで何としてでも詳細なデータを取り、今後の実用化に向けて大きな一歩を踏み出さなければならない。

 今まで超有機生命体の研究では、我々の最大のライバルである第3支部の連中に随分先を越されてきた。

 しかし今回の制御装置の分野においては、我々の研究の方が彼らよりはるかに進んでいるはずだ。

 ユーリン君が開発した制御装置が、次の実験でどのような結果をもたらすのか。

 超有機生命体には未だ未知数のことが多い。全ての超有機生命体に、装置の効力をいかんなく発揮できればいいが。

 もし次の実験が失敗するようなことになれば、我々第4支部は一気に存亡の危機に陥ることになる。

 実験成功に向けて、彼女と共に全力を尽くしてほしい。よろしく頼む』


 2011年9月12日。…ちょうど去年の今頃に作られた資料となる。

 ここまで資料を1ページ分、ざっと読んだ感想はと言うと……、


「何が書かれているのか、さっぱりだあ~! そもそも制御装置って何だよ!?

 超有機生命体は!? この文章からだと、全く読み取れねえ!

 これだから理系の文章は……文系の自分でも読んでてわかる文章にしろよぉ!」


 そもそもIQ70程度の脳みそしか持ち合わせていない人間に向けられた文章じゃないだろうから、その怒りは大変お門違いである。

 ……ずっと古代文字を解読しているような気分だった。

 あとページの最後の方には、こんなことも書かれていた。


『ユーリン君から直接聞いた話によると、今回の制御装置は使用者の思念を読み取り、その使用者から読み取った脳波を超有機生命体に対し、反映させる物とのことらしい。

 …恥ずかしながら、第4支部所長である我にも、ユーリン君の説明は曖昧過ぎて、まだ完全に理解できていない。

 そこのところは、おいおいまた彼女との実験の打ち合わせ時に詳しく問い正すつもりだ。

 …よろしく頼む』


 とのことだった。

 ……最後のよろしく頼むって、いったいどのような意味合いを含んだ『よろしく頼む』なのだろうか……。

 これを書いたであろう本人さえも、ユーリンさんが作った制御装置についての理解が全く追い付いていない様子だ。

 そりゃこの資料を読んでいる側の自分が、理解できるわけがないよな…。


 1ページ目はそれで締めくくられていた。…次は2ページ目となる。

 ここまで頑張って、読んできた。

 正直、とても骨が折れる作業だった。

 気力なんて、遠の昔に使い果たしてしまった。

 したがって最終的に下した判断はと言うと……


「やめだやめだ! 活字なんてもう読みたくない! これ以上読み進めたら、活字のアナフィラキシーショックになっちまうわ!」


 結局、2ページ目以降はめくらないことにした。


「……無駄な時間を過ごしちゃったな~。

 とりあえずこの石は何だか珍しそうだから、1つだけ記念に持っていくとして……あとは元にあった場所に直すとしよう」


 虹色の石1つをズボンのポケットにしまうと、残りの石と今しがた読み上げた資料はさっきの机の引き出しに戻した。


「……さてと、次はあの部屋だな」


 次に目をやったのは、部屋の一番奥にある扉だった。飼育用のゲージが山積みに置かれているちょうど横のところだ。


「マウスにモルモット……とにかく何でもいい。貴重なタンパク源、貴重なタンパク源だ……」


 今、頭の中にあることはそのことだけである。

 この先の部屋に貴重なタンパク質があれば、今後生きることに繋がる。

 虹色の石のことや先ほど読み上げた資料のことなど、頭の中からすっかり抜けていた。


 そうして奥の扉に向かおうとした、その矢先のことだった…


「!? ひっ!! 嘘だろ!?」


 ………何と、向かっていた先の扉がひとりでに勝手に開いたのであった。


「え? …ちょっと待ってよ! ひょっとして地下に誰か住んでるってこと!?」


 人の気配など、さっきまで一切感じなかったから、この地下にもてっきり人は住んでいないと思っていた。


「……ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。

 ……あの~…勝手にお邪魔してすいません! 自分、全然怪しい者ではありませんよ~」


 生存者が居ると思い、ひとまず「他人の家に土足で上がってすいません!」との意思表示をしておく。

 これで返答が返ってくると思いきや……しばらく待っても何の返答もいただけなかった。


「え? え? え? え?」


 恐ろしいことに、扉の先から誰の姿も確認できなったのである。

 ……そして極め付けと言わんばかりに、その扉から出てきた物は………何と、あの白い布を被ったヒト型のゴーストであった。


「ぎゃぁぁぁ!! 出たぁぁぁ!!」


 悲鳴を上げた瞬間、ゴーストは自分の存在に気づいたのか……自分の方を振り向き、こちらに向かってやって来たのだ!

 スーパーのビニール袋のような物が近づいてきた!


「ぎゃぁぁぁ!! やばい! この地下は呪われてるぅぅぅ! 貴重なタンパク源どころじゃない!

 …グリアムスさん! 大変だぁ~! ゴーストだぁぁ! 正真正銘のゴーストが出たよぉ~!」


 自分はこのだだっ広い地下空間を大声で叫びながら、地上の階段へ逃げるように走っていった。


ここまで閲覧いただきありがとうございます!


※完結の目処が立ちました。あと40話前後の投稿、全120~130部の間での完結となりそうです。

 最後までお付き合いいただければ幸いです!


次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その16です。よろしくお願いします!

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