前編 その14 「臆病風に吹かれたグリアムスさん」
何とあのスイッチは、地下に繋がっていた。
今までそこにあったはずの機械が消え、突然地下に続く階段が現れたのだ。
階段の下は大変真っ暗で、目を凝らしても、その先に何があるのか、ここからだと全く分からなかった。
まさかあのスイッチを押したことで、工場全体がいきなり揺れ始めるなんて思ってもみなかったし、しばらくして揺れが収まったかと思ったら、あら不思議。
…隠しダンジョンの出現である。
あまりに突飛な出来事の連続に、自分はしばらく唖然としてしまった。
…まあ、無理もないだろう。
「……これまた大掛かりな仕掛けだな~」
……感心している場合ではない。
こうしてこの工場には、地下の空間があることが判明した。
この先に何かしらの物資が眠っているかもしれない。
…となれば、向かわない選択肢などない。
…工場の設計者は何を思って、こんな隠し階段を用意したのだろうか。気になって夜も眠れそうになかった。
「グリアムスさん。地下に行ってみましょうよ」
興味本位で、さっそくそう提案してみた。しかしグリアムスさんはと言うと…
「わ…わたくしは遠慮させていただきます。…申し訳ありませんが、今回はベルシュタインさん、あなただけが行ってきてくれませんか?
わたくし、暗いところが大変苦手なのですよ。ブルブルブル…」
肝心のグリアムスさんは、顔が青ざめており、わなわなとカラダを震わせていた。……え?
「…別にささっと中を調べて、ささっと帰ってくるだけですよ? …何をそんなに怖がってるんです?」
グリアムスさんのその挙動不審ぶりに首を傾げつつ、そう聞いてみた。
「おっかないのですよ……ゴーストが」
「へっ? ゴースト?」
グリアムスさんは何を言っているのだろうか。
…ゴーストなんて非科学的存在じゃないか。現実にゴーストなどいるはずがない。
…情けない。そんなありもしない物に、グリアムスさんは恐れをなしているのか。
「…わたくしがまだ幼かった頃、家の近くの公園にて、全身に何やら白い布を被ったヒト型らしき物を見ました。
…それっきりゴーストないし、1人で夜分遅く出歩くことさえ、大の苦手になってしまったんですよ。ブルブルブル…」
唐突にそんな怪談話を披露されても、反応に困る。
どうせグリアムスさんが見た白い布とやらも、ブラズマか何かの見間違いだろう。
UFOの正体だって、ただの光の反射って言ってるくらいだし、ゴーストだって、きっとUFOと同じ原理に違いない。
「…もうゴーストの下りはいいんで、早く調べに行きましょうよ」
ゴースト、ゴーストと言って、ずっとぐずぐずしているグリアムスさんに、しびれを切らした自分はその怪談話を早々に断ち切ると、手招きし、遠く離れた彼にこっちに来るよう催促した。
するとグリアムスさんは、またぐだぐだと何かを言いはじめ…
「それにおっかないのはゴーストだけじゃありませんよ!
地下に入った瞬間、いきなり密室空間に閉じ込められて、殺人レーザーが飛んできたら、どうするんですか!?
そうなればわたくしたちのカラダは、たちまちサイコロステーキですよ!?
わたくしは何も恐れているのはゴーストだけじゃありません。この先に待ち受けているトラップの可能性も危惧しているんです」
「何をそんな映画みたいなことを…。現実でそんなこと起きませんってば。
映画の観過ぎですし、考えすぎですよ、グリアムスさん。
さあさあ、さっそく共に地下の深淵へと参ろうじゃありませんか」
再びそのように言って、催促するものの…
「ベルシュタインさんに何を言われようと、わたくしはこの先を進むつもりはありません! どうかあなた1人で調査してくださいまし! 失敬!」
そう言ったのを最後に、グリアムスさんは風のようにその場を去って行った…。
「!? グリアムスさん!?」
こうして彼が尻尾を巻いて逃げていったことで、自分はただ1人、この地下を降りて行かなければならなくなった。
…誰が好き好んで、こんな場所に行きたがるものか。
端からゴーストの存在を信じていないとは言っても、暗い中1人で乗り込んでいけるかどうかは、また別問題である。
赤信号みんなで渡れば怖くない理論と同じで、2人で行けば怖くないだけの事。
視界をシャットダウンされた漆黒の闇の中でも、その雰囲気を楽しめ、堂々と乗り込んでいけるような度胸ある人間じゃない。
だから自分はグリアムスさんに対し、さっきの提案をしたのだ。
「そもそもゴーストなんかより、人間の方がよっぽど怖いっちゅうのに…」
ブツブツとそんなことを言いつつ、自分はただ足元にだけ注意を払いながら、ゆっくり階段を降りて行った。
…臆病風に吹かれたグリアムスさんを心の中でひどく恨みながら。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その15です。よろしくお願いします!