前編 その13 「押すな! 絶対に押すな!」
その後、グリアムスさんと話し合った結果、この工場内をもう一度探索することとなった。
工場にある物資はペレス達に根こそぎ持っていかれ、ほぼもぬけの殻状態であったが、それでもまだ彼らが見落としている場所があるかもしれないとのことで…、
『明日の出発に備え、もう一度探してみましょう。…今後のサバイバル生活に役立ちそうな物を」
グリアムスさんのその提案で、今一度工場内を手分けして探し回ったはいいが、結局全て無駄に終わった。
…工場のどこを探しても、何の物資も見つからなかったのである。
「とほほほほ…」
…俗に言う、骨折り損のくたびれ儲けってやつだ。
今、自分とグリアムスさんは、2階のあのプレハブ事務所に続く階段横でひと休みしているところだ。
特にこれと言ってやることは他になかったため、1台のプレス機械を背もたれにカラダを預け、菓子を食いながらのんびり過ごしていた。
『この箱を丸々くれてやる。…3日は持つだろう。それまでせいぜい頑張ることだな!』
ペレスが最後に投げ捨てたそのダンボール箱は今、自分が抱えるようにして持っている。
去り際にペレスは『3日は持つ!』と言っていたが、到底そうは思えないほど、量的には少なかった。
…2日持つかどうかも怪しいぐらいだ。
日の入りもだんだん近くなった。工場の外窓からはオレンジの暖かな色が差し込んできた。
ちなみに工場の照明は未だ顕在である。
現状、明かりの心配はない。
しかしそれも今日の夜までの事だ。明日の朝にはグリアムスさんと共にここを出て、食料探しの旅に出なければならなくなる。
外に出てから、まずやること。それは火起こしに必要な材料を手に入れることだ。
火種を作るための材料をまず確保しなければならない。
これを明日の日没までにできなければ、自分たちは寒さで凍え死んでしまう。
それに加えて、新たな食料を手に入れることも必要だ。
とにかく一目見て、安全に食べれそうな物。
できれば缶詰などの保存がちゃんと効いている食料が望ましい。
…山菜を採るなんてまっぴらごめんだ。
山に生えている植物を口にして、体調不良になったら目も当てられない。
キメラが猛威を振るう世界で、下痢を起こし、栄養失調で死に絶えるなんてことは是非とも避けたい…。
しかしこの3日の間に、新たな食料が見つからなかった場合、自分たちは山菜採りと言った度胸試しを強いられることになる。
その中に致死性の毒を含む物があったら、もうお終いだ。
自分たちがポックリ逝く可能性として考えられるのは、この山菜による食中毒死、もしくはキメラの襲来だ。
…お先は大変真っ暗だと言わざるを得ない。
そんなこんなもあり、自分とグリアムスさんは少々早目の夕食を取っていたのだ。
缶詰とチョコをそれぞれ1人分食べ、残りのポテトチップスはお互い分け合うことにした。
…おかげでお腹は膨れた。チョコとポテトチップスは腹持ちがいい。それを自分は、生まれてはじめて実感することになった。
そうして飯を済ませてから、自分はグリアムスさんに対し、これまでこの工場内で感じてきた違和感を全て洗いざらい話すことにした。
…この工場で感じてきた違和感の正体を、グリアムスさんに是非とも解き明かして欲しかったのだ。
「工場に入ってから、ずっと気になってたことがあります。
……どうしてこの工場に置かれている機械は全部新品のように、ピッカピカなんでしょうか。
今、自分たちが寄りかかっているこの機械もそうです。
工場の外のボロボロさ加減から見ても、違和感しかありません。…グリアムスさんはこのことについてどう思われます?」
自分がそのように言うと、グリアムスさんは首を傾げつつ、次にこう答えてくれた。
「そうですね…。そのことに関してはわたくしもずっと気になってたことです。
…あとこれもあくまで、わたくしの1つの推測に過ぎないのですが…わたくしが思うに、おそらくこの工場は、どこかしらの企業の再開発計画にあったのではないでしょうか?」
「再開発計画?」
「要するに、どこかの企業がこの工場をリフォームして、内部だけ再び使用できるように作り替えたのでは? とわたくしは思っています。
…ほら、リゾート地の再開発事業の話をよくニュースで耳にしたでしょう?
それと似たようなことが、この工場でも行われたのですよ、きっと」
「でも…それはそうと、なぜそんな手間がかかることをやる必要があったんです?
わざわざリフォームして手間をかけるよりも、古くなったのならさっさと取り壊して、そこから新しい建物をポンポン立てればいいだけのことなのに……」
「建物を取り壊すだけでも、かなりのお金が必要なんですよ、ベルシュタインさん。
取り壊すだけでもお金が要るのに、ましてやそこから新たな建物を建てるとなれば、いったいどれほどのお金がかかることやら…。
わたくしの生涯年収を軽く超えてしまいます。
…だからこうして内部だけをリフォームして、再び使えるようにした方が安上がりなんですよ」
「へー、そうなんですね…。建物を取り壊すだけでもお金がかかるから、あえてリフォームして、経費を節約したと…。なるほど…」
自分はそう言いながら、うんうんと深く頷いていた。
「故にわたくしは、そう考えたまでです。
……案外この工場も建設されてから、それほど月日が経ってなかったのかもしれません。
それでこの工場の再開発計画が持ち上がり、いざ操業させるために、真新しい大量の機械を揃えていたんだと思います。
実際に設備も整ったところで、さあ操業しよう! …となった矢先に、キメラ生物が現れ、これらの計画はすべてご破算となってしまったのでしょう。…おそらく」
「なるほど! 全てはそういうことだったんですね! 納得です、グリアムスさん!
さすが、ジャーロック・ボーンズばりの推理力ですね!」
そう言った後、自分はまるで助手のワトソン君みたく、えらく仰々しい拍手をグリアムスさんに送っていた。
「…あくまでこれはわたくしの推測の域を出ないお話です。…あまり真に受けない方がいいかと…」
グリアムスさんはそう言って、謙遜の態度を決して崩さなかった。
…自分的には名推理だったと思う。
仮に自分1人だけがこの現場に送り込まれ、ワトソン君に「さあ、推理しろ」と言われても、おそらくここまでの答えにたどり着いていない。
自分ならきっと『ここはだね、ずばり国が秘密裏に操業してた軍事工場なのだよ!』とか、『ここはだね、世間からひた隠しにされてきた、特殊な闇を抱えた何とかかんとかなのだよ!』などと言った空想めいたことしか思いつかなかったに違いない。
そんなSFチックなことを考え、胸を躍らせつつ、結局自分もその助手のワトソン君みたいに、1人では何も導き出せぬまま、この工場の謎は迷宮入りしていたに違いない。
…容量の少ない自分の脳みそでは、それが限界だ。
「まあ…そんなことあるわけないよな…」
グリアムスさんによって、それらの説が見事に一蹴されたことで、自分の妄想は終わりを告げた。
勝手に期待して、裏切られたのと似た感情を抱きつつ、自分はふと、あるプレス機械に目を向けていた。
…自分たちの目の前には、ちょうど工場用の通路が1本通っているのだが、その通路の向こう側にある、とある1台のプレス機械に自然と意識が向いていたのであった。
「あの1台だけに取り付けられている一際大きなスイッチ……気になりますよね。
手のひらサイズの……まるで真っ赤に染まったメロンパンみたいに、丸い形状をした……」
「それを言うのなら、まるで火災報知器のような形状をしたスイッチ。…でしょうに。
…例え方が、少々特殊過ぎますよ、ベルシュタインさん」
その機械の下腹部に備え付けられている、不自然なスイッチ。
…さっきからずっと気になっていたことだ。
「結局何なんですかね、あのスイッチは。…何のために、あんなにわかりにくいところに、付けられていたのでしょうか?」
「さあ、知りません。興味も湧きませんね。あれは見るからに怪しげなスイッチです。
触らぬ神に祟りなしですよ、ベルシュタインさん。
もし仮にあのスイッチを押したことで、わたくしたちの身に何か危険が及ぶようなことがあってもあれなので、下手に触りにいかない方がいいですよ」
「でも……やっぱりもったいないですよ、グリアムスさん。そこにスイッチがあるのなら、押してみるべきですってば。
…この際だから、もう一度言います。……自分にあのスイッチを押させてください。
……またあのスイッチをポチッとしてみたくなりました」
「唐突に何を言い出すんです、ベルシュタインさん。そこにスイッチがあるから押してみたくなる理論。…わからなくもないですが、さっきも言いましたように、今回ばかりは是非とも止めていただきたい。
…ただでさえこの工場はわからないことが多いんです。
何か変なギミックだって、ひょっとしたらあるかもしれません。
もし仮にあのスイッチが、何かの起爆装置だったら、どうするんです?
わたくしたちもろとも、月まで吹っ飛んでしまいますよ? …ですからお止めください。どうか変な気持ちだけは起こさないでいただきたい。
「グリアムスさん。…スイッチを押すなと言われたら、押してみたくなるのが人の性なんです! この衝動はグリアムスさんと言えども誰にも抑えられない…!
…自分、今決めました」
「何をです?」
「今からあのスイッチを押しに行きたいと思います!」
そう言ってから、自分はその場からスッと立ち上がり、一目散にあの怪しげなスイッチのある機械へと駆け出して行った。
タタタタタッ…
それを見て、グリアムスさんはと言うと…
「ベルシュタインさん! そうはさせませんよ! とお!」
グリアムスさんは、自分がその機械にまっすぐ向かって行ったのを見て、急に膝下タックルを仕掛けてきた。
…ミーヤーがあの時、下僕現場監督にしばき棒で殴られた際に、グリアムスさんが繰り出していたあの必殺技である。
「おっと!」
しかし自分は華麗なステップでタックルをかわした。…グリアムスさんがタックルを仕掛けてくることなど、すでに織り込み済みだ。
自分があのスイッチを押すために動こうとすると、当然グリアムスさんが止めに入ってくることなど、容易に想像できた。
「ぐはあ!」
グリアムスさんは自分を捕まえそこなったことで、工場の硬い床に思いっきり、カラダを打ち付けてしまったようだ。
ドゴッ! と鈍い音が鳴った。…大丈夫だろうか。…振り返っている余裕はない。
そうして自分はその赤いスイッチのところまでやって来た。
手のひらサイズの真ん丸な形状をした赤いスイッチ。
機械のスイッチの割には、いささかサイズが大きすぎる気がするが、心配いらない。
あと、そのスイッチの周辺には何か但し書きのような物もあって、黄色と黒の縞模様のラインが入ったシールも貼られまくっているが、気にしない、気にしない。
そこにスイッチがあるのなら、押してみたくなるのが人の性!
自分は何のためらいもなく、そのスイッチを押したのであった。
ポチっ!
「あぁぁぁ! ベルシュタインさん! …なんてことを! もしそれが何かの起爆スイッチだったら…」
振り返ってみると、グリアムスさんは両手で頭を抱え、床に伏せていた。
…グリアムスさんはこのスイッチが、ミサイルのスイッチか何かと思いこんでいるのだろうか。
きっとこのスイッチが絶対に押してはいけない何かと勘違いしているのだ。
さすがにそれは杞憂と言うものだ。
たかがこんなスイッチを押したところで、どうこうなるわけがないのに…。そう思っていた束の間のことだった……。
ゴゴゴゴゴゴ…
突如、工場全体が大きく揺れ出したのだ。
地響きと共に、工場の床が押し寄せる波のように揺れ、その場で立っていられなくなった。…周期の長い大きな揺れだった。
「あれ? …これやばくね?」
横揺れも激しい。…このような異変が起こったのも、あのスイッチを押してからだった。
「まずい! まずい!」
自分もグリアムスさんにならって、頭を抱え、床に伏せることにし、この揺れがおさまるのをじっと待ち続けることにした。
ゴゴゴゴゴゴ……
……やがて揺れはおさまった。
…幸いなことに、起爆スイッチではなかったようだ。誰のカラダも月まで吹っ飛んではいない。
「ふう…助かった…」
顔を上げ、スイッチのあった機械の方向を見てみた。すると、そこには……
「え? 嘘だろ!? まさかこんなことが……」
目の前に広がった光景に、自分は思わず目を疑った。
さっきまで確かにそこにあったはずのプレス機械は、姿をくらましてしまったのだ。
そして、その代わりに自分たちの前に現れたのは………この工場の地下に続く階段だったのである……。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その14です。よろしくお願いします!