前編 その12 「後悔しても、もう遅いのです」
悲劇は繰り返される。
…コミュニティードヨルドから追放の憂き目にあってしまった。
廃工場に残されたのは自分とグリアムスさんの2人だけ。
現実的に考えて、コミュニティードヨルドにはもう帰れない。
これからは外の世界で、1日3食が保証されない日々を送らなければならないのだ。
当然、自分にサバイバル知識などあるはずがない。
…生きていける自信など全くなかった。
コミュニティーに追放された事実。
自分にとって、それは到底受け入れがたく、心に重くのしかかる出来事だった。
「グリアムスさん! これって追放ですか!? コミュニティードヨルドからの追放ってやつですか!?」
自分はさっきからすっかり取り乱していた。
頭の中で思い浮かんだ言葉をグリアムスさんに、雑にぶつけていたのだ。
「冷静になってください、ベルシュタインさん。十中八九、これは追放ですってば…。
……わたくしたちは彼らないしコミュニティードヨルドから追放されてしまったんです…」
そう言って、ガックリ肩を落とすグリアムスさん。
「これがいわゆる追放ものってやつですか!?
用済みだから!? 無能だから自分たちはあのコミュニティーから追放されたんですか!?」
混乱のあまり、自分で何を言っているのかさっぱりわからなかった。
そんなご乱心中の自分をグリアムスさんは、いつも通り冷静に対処してくれた。
「その‘追放もの’と言った単語が何を指しているのかよくわかりませんが……まあだいたいベルシュタインさんの想像通りなのでは?」
「ですよね! 何も違わないですよね! これが追放ってやつですよね!!」
「落ち着いてください、ベルシュタインさん。追放、追放って何度も同じ言葉を繰り返さないでくださいまし。
…先ほどもわたくしがあなたに言ったように、この状況ははっきり言って、大ピンチです。
その事実に何ら変わりありません。
………しかしですね、ベルシュタインさん。…わたくしは何もピンチはピンチばかりではないと思ってるんですよ。
…ピンチの裏にはチャンスがある。わたくしは今、そう思っています」
グリアムスさんは何やら意味深な様子で、もったいぶるようにしてそう言い放った。
この状況に立たされても、未だに冷静沈着なグリアムスさんに対し、自分はと言うと…
「ピンチの裏にチャンス!? いやいやいや! ピンチの裏にはピンチしかないでしょうに!
この期に及んで、何とぼけたことを言ってるんですか! 正気に戻ってくださいよ! グリアムスさん! ねえ、ねえ、ねえ!」
突如自分はグリアムスさんの胸ぐらを掴み、上体を揺すりつつ、また訳のわからないことを喚き続けていた。
ピシャッ!
「いい加減にして下さい、ベルシュタインさん! これ以上おふざけが過ぎると、わたくしは怒りますよ!」
グリアムスさんは胸ぐらを掴まれたことに余程腹が立ったのか、自分の手の甲を思いっきり叩いたのであった。
「ひぃぃ…。痛いですよ、グリアムスさん…。……ほら、だんだん赤くなってきたじゃないですか」
グリアムスさんに叩かれた右手の甲をさすり、女々しそうに答える自分。
「…どうか一度深呼吸してください。さっきからあなたは取り乱しすぎです。…鼻息も荒いですよ。
まずはリラックス…リラックス。
…あとこのチョコをお食べください。これで少しでもその荒ぶった心を落ち着けてくださいな」
そう言われ、自分はグリアムスさんからビターチョコを手渡されると、すぐに丸ごとかじった。
…するとあら不思議。
先程までまるで荒波のように荒れに荒れた心がだんだんと鎮まってくるのを感じた。
そうしてようやく自分は、グリアムスさんの話に冷静に耳を傾けられるようになったのだ。
お菓子の持つ魔性の力で、正気に戻った自分を見て、グリアムスさんはほっと胸をなで下ろすと、次の話を始めた。
「ついさっき、わたくしはあなたにピンチの裏にはチャンスがあると言いました。
……もちろんさっきも申し上げた通り、比較的安全地帯であったコミュニティードヨルドを追い出されたのは大ピンチです。
そのことに何も変わりありません。
しかし…それは一転して、わたくしたちがやっとあの強制労働から解放されたと取ることだってできます。
…そうは思いませんか? ベルシュタインさん」
「はあ……まあたしかにそう取れなくもないですね。
…でも結局、これから先の生活って、コミュニティーで強制労働させられた時と比にならないくらい、過酷なものになるじゃないですか。
…1日16時間労働から、解放されたからと言って、そう手放しで喜べないですよ」
「確かにベルシュタインさんの言う通りです。…わたくしたちのこれからの旅は大変困難なものとなるでしょう。
……おそらくこの先も生き残る確率はほぼゼロに近いです。それほど絶望的な状況です。
…ですがわたくしたちには、ほんのわずかながら、まだ生き延びられる可能性があるんですよ。
希望は捨てるにはまだ早いですよ、ベルシュタインさん」
「生き延びられる可能性? …それってどういった…」
「コミュニティードヨルド以外の他のコミュニティーを見つけ、そこに移り住むと言った可能性です。
今回コミュニティーから追放されたことで、わたくしたちにはその選択肢が広がりました。
わたくしたちは今まであのコミュニティーの中で散々な目に遭ってきましたが、共同体の規模の差はあれ、コミュニティードヨルド以外の他のコミュニティーがああもひどい環境ってことはないでしょう。
…それにまさか人類の生き残りが、あの共同体だけってことはありますまい。
そのコミュニティーをわたくしとベルシュタインさんで、なんとかして見つけるんです。
まあ、途方もない旅になるのは間違いありませんが…。
しかしわたくしたちを虫けらのように扱ってきたコミュニティードヨルドとこうしておさらばでき、他のコミュニティーに移住するチャンスが巡ってきたんです。
…いわば転職活動のみたいなものですよ、ベルシュタインさん。これをチャンスと呼ばずして何と言えましょうか。
きっとわたくしたちが求めている夢のようなコミュニティーは必ず存在します。
自分たちのような人間でも暖かく迎い入れてくれるような…。
だから頑張りましょうよ、ベルシュタインさん!」
「……でも………そうは言ってもですね、グリアムスさん…。これからは一日三食が保証されない生活が始まるんですよ?
まさに過酷なサバイバル生活の幕開けです…。
自分にはグリアムスさんみたく、この状況に対し、ポジティブになることは出来ません。
そもそも生きていける自信が全くありませんよ…。…これからどうすればいいのか…」
「最初から無理だ、無理だと諦めてはいけませんよ、ベルシュタインさん。
…こういう時は、意識の持ち方を無理やりにでも変えてやるんです。
希望を捨ててはいけません。…からげんきでもいい。とにかくポジティブになるんです。
絶望的な状況も意識次第。端からネガティブな感情のままで行くと、この先もずっとズルズルと引きずったまま、わたくしたちはただ死んでいくのを待つだけになってしまいます。
…未来のために信じ、希望を抱き、勇気を持つんです。
ファイト、オー! ですよ、ベルシュタインさん!」
グリアムスさんはそう言って、自分を必死に鼓舞しようとあれこれ働きかけてくれた。
この先のことは、すべて心の持ち方次第。…グリアムスさんはそう言いたいのだろう。
…確かにそうかもしれない。
いくら絶望的だからと言って、最初からあきらめムードなままだと、それをずっと引きずったまま、自分は朽ちていき、いたずらに人生を終えていくだけなのかもしれない。
かつてカステラおばさんの牧場で、ペトラルカさんとミーヤーと共に、コサックダンスをやっていた時もそうだった。
コサックダンス体操の指南役を買って出てくれたミーヤーは自分に対し、口酸っぱく
『ぐだぐた言わない! 弱音を吐くなんて、ベル坊らしくないよ! 何事もハッスル! ハッスル!
…どんな場面に陥っても、ハッスル次第でぜ~んぶ変わっちゃうんだから!
だから頑張ろうよ。……コサックダンス!』
「…………まあグリアムスさんがそこまでおっしゃるのなら、自分も一縷の望みをかけて、命果てるまで頑張ってみます」
これからはグリアムスさんとのサバイバル生活が幕を開ける。食料の確保、寝床の確保、地図の確保、…貴重なタンパク源。
何はともあれ、これから不安定な生活がはじまるのだ。コミュニティーにまだ居た頃は当然のように用意されていた食事も、今日から自らの手で調達しなければならないのだ。
何から取り掛かればいいのか…。
こうなることがわかっていたのなら、秘境サバイバルの動画をもっと見漁っていたのに…。
…今更後悔しても、もう遅い!
せめて自分はグリアムスさんの足を引っ張らぬよう、日々反省、日々成長し、努力していくしかないだろう。
…このままコミュニティードヨルドの連中ないし統領セバスティアーノに馬鹿にされたままでは終われない。
何としてでも生き延び続け、いつかペトラルカさんとミーヤーに再会するんだ。…もちろん母さんとも。
それまでは何があっても死ねないのだ。
「…これからの話をしましょう。…グリアムスさん」
自分はグリアムスさんにそう語りかけていた。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その13です。よろしくお願いします!