前編 その7 「フェンス!大嫌いだ!」
2台のトラックは幅の狭い山道を登っていた。
前方のトラックはペレスが運転し、そこにサムエル、ガルシアが同乗している。
自分とグリアムスさんはリードが運転する後方のトラックに居た。
ペレスたちのトラックはすでに物資が満杯状態であり、自分たちの座るスペースはとっくの昔になくなっていた。
そのためこの道中、まだ荷台に余裕があったリードのトラックに自分とグリアムスさんは乗せられる形となっていたのだ。
「ペレスの親分。やっと見えてきましたよ」
サムエルがハンドルを握っているペレスにそう話しかける。
「…やっとか」
くねくねした山道を抜け、ペレスたちを出迎えたのは、開けた平地に佇む1つの工場だった。その一帯に木々はなく、光も射していて、背丈の低い草がただ生い茂っていた。
しかし肝心の工場はと言うと…
「…なんじゃありゃ! いくらなんでも寂れすぎだろ!
…死にかけ寸前のとんだボロ工場じゃねえか!」
「…その通りですね、ペレスの親分。……まさに時代に取り残された廃工場って感じですね…ひどいもんです」
ペレスたちがそう言うのも無理はない。
何せ山道の抜けた先にあった、たった1つの工場は、築100年から200年を思わせるぐらい、ひどい寂れ様で、まさに先程サムエルが言っていた“廃工場”と呼ぶに差し支えないぐらいオンボロなものだった。
工場の外壁は赤茶色の錆によって浸食され、コンクリート部分のあちこちに割れ目が広がっている。
…あと異様なまでに草に覆われていて、おまけにツタまで絡まっている始末であった。
「この様子じゃ到底、中の物には期待できませんよ…ペレスの親分」
「くそ! ガソリンの無駄遣いだ! おらあ!」
ペレスは車中でハンドルを殴りつける。
「どうします? ペレスの親分。せっかくここまで来たのもあれですが…今すぐ引き返した方がいいかと…」
「いや、別に引き返さんでいい。ひとまずここにトラックを停めるぞ。
…中を見るだけ見て、周辺調査も軽く済ませてから、急いでずらかろう」
「…了解です」
サムエルはそう答える。
「ちっ。…苦労してここまで運転して来たのによお~。
全く…骨折り損のくたびれ儲けってやつだぜ! …ちくしょうーめ!」
ペレスの愚痴はとどまることを知らない。
やがて彼の運転するトラックは、工場の周囲を囲む赤茶色に錆びついたフェンスのすぐ脇のところへ停車した。
キーを抜き、エンジンが止まったのを確認すると、ペレスは後部座席にあるショットガンを手に取り、左側のドアからすぐさま降りていった。
サムエルもペレスが降りて行ったのを一旦目で追ってから、自前のクロスボウを手に取ると、ペレスの背中を追うようにして、トラックから降りていった。
ペレスとサムエルの2人はトラックの真ん前に躍り出た後、高くそびえ立つその廃工場を見つめていた。
「おい…サムエル。近くで見たら、よりオンボロだぞ」
「これ入るまであります? こんなところ探索したって、絶対何も出てきませんよ?
…ペレスの親分。悪いことは言わないんで、早いとこ帰りましょうよ」
ペレスとサムエルはそれぞれ思い思いの気持ちを率直に述べていた。
「お前、誰に向かって物を言ってんだ。俺が行くって言ったら行くんだよ!
…つべこべ言ってないで、お前はさっさと一眼レフを持って、この辺の景色を適当にパシャパシャ撮っとけ。どの風景を撮るかはお前に全部任せるから…」
「了解です。…じゃあさっそく行って来ます」
サムエルはカバンから黒塗りのカメラを取り出すと、工場周辺をぐるりと回り、いろんな被写体に対して、手あたり次第フラッシュを焚きだしたのである。
「お~い。あとフラッシュはオフにしとけ。こっちとしちゃあ目がチカチカしてたまらん」
「りょ…了解です。ペレスの親分」
「ちゃんとした写真をおさめてこいよ。帰ったらセバスティアーノ様にお前の撮った写真を見せなきゃならねえんだからな」
「了解です、ペレスの親分。ばっちし、この一眼レフに良い写真おさめてきますよ」
そうしてサムエルが野鳥や風景を撮るフリーのカメラマンのように辺りを動き回っているのをペレスがトラックのフロントの前で注意深く、見守っていたその時だった……
プップー!
「うわっ!!」
トラックの前で佇んでいたペレスの耳元に、突然耳をつんざくほどの大音量のクラクションが鳴ったのである。
「おい! ガルシア! お前、何のつもりだ!
いきなり俺の耳元で、でっけえ音鳴らしやがって…あ…痛てててて」
ペレスは耳を押さえながら、トラックからまだ降りてなかったガルシアをものすごい形相で睨み付けていた。
「ごめん、ごめん~♪ ついつい手が滑っちまったぜ~♪」
「このクソ野郎が! ……ちっ! もういい! お前もとっととそこから降りてこい!」
「了解~♪ 了解~♪ ペレス~♪ へへへへ~い♪」
ガルシアは何も悪びれることなく、ペレスに言われた通り、そそくさとトラックから降りていった。
先ほどのクラクションが皮切りになってか、後方で待機していたリードたちも続々とトラックから出てきた。
「おい、お前らもさっさとそこから降りてこい」
リードにそう言われ、自分とグリアムスさんも荷台から降りたのであった。
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トラックから降りて早々、自分はこの緑に包まれたボロボロの工場に目をやっていた。
「工場? …これって工場なんですかね? グリアムスさん」
自分とグリアムスさんはこの見上げるほどに大きな廃工場を眺めながら、お互いに言葉を交わしていた。
「これが工場でなく、倉庫の線もあるとは思いますが……まあここでは工場と言うことにしておきましょう。
まさかこんな山奥に工場があるとは……さしずめ緑に侵食されたミステリアスな廃工場ってところですかね」
「藪の中からこんにちは! とでも言いたげな感じがこの工場からは漂ってきますね。…そうは思いませんか? グリアムスさん」
「あまりおっしゃってる意味がわかりませんが…。
まあこの工場自体、あの藪の中にすっぽりと覆われていて、それがかえって秘密基地感を醸し出している。そんな感じはしますがね…」
自分とグリアムスさんがそのようなたわいもない話をしていると…
「おい! そこの無能生産者のゴミども! さっきから何、訳のわかんねえことをほざいてやがる!
とっとと行け! 俺らより先にあの工場の中を調べてこい!」
「あ…はい」
リードにライフルの銃口を突きつけられながら、自分たちはさっそく工場の中へと向かわされていた。
「まずはそのフェンスを登れ。急げ! もたもたするな! あそこにある大きな扉を開けてこい!」
リードたちの命令通り、まず手前にある錆びた金網のフェンスを自分たちはよじ登っていった。
フェンスもあの工場の外壁と同じく、鉄サビがたっぷりこびりついていて、少し触れただけで、ザラザラっとした赤茶色の粉黛が宙に舞った。
…おかげで手にも服にも赤茶色の染料のような物がべったりついてしまったのである。
手についた赤さびは後でささっと水で洗い流せば、汚れは落ちるため、心配はないものの、服に付着したサビはクリーニング屋に頼まなければならないレベルの厄介なものだ。
ちなみに今、着ているこの服は、牧場にまだ自分が居た頃、ペトラルカさんに縫ってもらったとっておきの物である。
…そう言えばその時、確かミーヤーにもペトラルカさん同様、服を新たに縫ってもらっていた気が…。
…あのミーヤー本人の血がたっぷり染みていた服を…。
ミーヤーはペトラルカさんに比べ、とにかく手先が不器用なようで、服を縫ってもらってる最中、何度も流血沙汰を起こし、その度に服を汚してしまっていたらしい。
今まで着ていた自分の服がところどころ穴が開きだし、糸もほつれだしてきたことをペトラルカさんとミーヤーに対し、前に言ったことがあった。
それを聞いて、ペトラルカさんがその場で「それならわたしが! わたしがベル坊くんの服、新しく縫ってあげるよ!」と言ってくれたのだ。
そんなペトラルカさんを見て、普段から裁縫を全くしないミーヤーも取って付けたように、
「わ……わたしも! わたしもベル坊の服を縫う! 今回は特別だぞ!
わたしが直々にベル坊のために一肌脱いでやるよ!」
と言ってくれたのである。…正直嬉しかった。
その時のミーヤーは突然、何か焦燥に駆られたかのように、非常にあせあせしていたのを今でもはっきりと印象に残っている。
…まあそんなことは今どうでもいい。
とにかく何が言いたかったかと言うと、その頃のペトラルカさんとミーヤーとの大事な思い出が詰まっているこの服を、フェンスにこびりついていた赤サビなんかに穢されてしまったことが、ぴえんを通り越してぱおんだと言うことだ。
大事なコレクションを親に壊されたような…それに近い喪失感を今、覚えているのである。
「ううう…大事な服が…」
…今にも泣き出しそうである。
ペトラルカさんに編んでもらった服…すっかり汚しちゃったな。
できることならこんな形で汚したくはなかった。
…コミュニティーに帰ったら、速攻でゴシゴシ洗っておこう。
「はあ…」
ボロボロのフェンスをようやく登り切ると、地面へと飛び降り、それから自分は1つ大きなため息をついたのであった。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その8です。よろしくお願いします!