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前編 その4 「白物家電。まさに三種の神器」

 銃砲店から物資を回収し、それらをトラックに載せた後、次に自分とグリアムスさんは、とある一軒家に向かわされていた。

 そこでもペレス隊の連中に背後から銃で脅されながら、彼らの先頭を歩かされ、部屋の下見をさせられている。


 自分たちがまず最初にその家の部屋一つ一つに立ち入り、下調べをし、そこで何事もなく一定の時間が経過すると、その部屋は安全だと見なされる。

 部屋の安全が確認出来ると自分らは早々にその部屋から追い出され、中にある物資の厳選はペレス隊の彼らが主導で行うことになっていた。

 荷物持ちの自分らは部屋を調べるだけ調べさせられるだけで、何の報賞もなしだ。

 部下に散々、下働きさせておいて、肝心の美味しいところだけをガッサリ持っていくのである。

 せっかく体張って、懸命に仕事をこなしたのになんだかモヤモヤっとした気分になってしまうのも無理はない。


「なんだかな…」


 自分は知らず知らずのうちに、廊下でそうボソボソ呟いていた。


 その部屋にある物資を彼らが探し、その中でめぼしい物を見つけると、廊下で待たされている自分たちを一方的に呼びつけ、またあのトラックのところまで彼らに指定された物資を運ばされるのであった。


「ゴミども~♪ この白物家電を運べ、運べ~♪ へへへへ~い♪」


 ちなみに今運ばされているのは、未開封のダンボール箱に納められている新品の洗濯機である。

 つやつやな肌触りの良さをまだ残している自分の胴体以上のサイズのダンボール箱をグリアムスさんと2人掛かりで運んでいる最中だ。

 HANZENKOハンゼンコ社の2012年製の電気洗濯乾燥機である。

 ダンボール箱の横側面にはそう記載されている。


 きっとこの家の持ち主は、奮発してこの最新型の洗濯機を買ったは良いものの、その矢先にキメラ生物の襲来に遭ってしまい、結局最後までこの新品の家電にお目にかかれなかったのだと思われる。

 …その家主が今現在、どこで何をしているのかは知る由もない。


 物資調達なんて聞こえはいいが、実際のところ白昼堂々、空き巣に入っているのとあまり変わりはない。

 何せ、人ん家の物を勝手に持ち去り、こうしてトラックに積めているのだから…。

 大金をはたいて、この最新型の白物家電を手に入れただろうに、それを易々と、どこの馬の骨とも知れぬ人たちにこうして盗まれてしまっているのだ。


「なんだかな…」


 まさになんだかなぁ…である。


 こんな火事場泥棒みたく、盗掘行為と言った犯罪の片棒を担ぐことなど、正直したくもないが、我々コミュニティー民のみんなが生き延びるためっと考えれば仕方ない部分もあるのかもしれない。

 この白物家電が1つあるだけでも、コミュニティー内の洗濯事情は変わる。

 何しろコミュニティードヨルドは慢性的な白物家電不足に陥っている。

 少しでも多くの白物家電を持ち帰ることができれば、また元の文明的な生活を取り戻す大きな一歩となるだろう。

 …とは言っても、それは有能生産者に限った話ではある。

 豚小屋に洗濯機が贈呈されることは今後もおそらくない。

 有能生産者の誰それが、階級の高い順にこれらの家庭用洗濯機は優先的に回されていくのだろう。


 そもそもの話、コミュニティードヨルドには電気自体、通っているため、この白物家電もあのコミュニティーまで持ち帰えれば使用可能になる。

 無論コミュニティー内に水力、火力、風力発電所などの大掛かりな電力供給施設はない。

 …では一体どのようにしてコミュニティードヨルドは電力を確保しているのか?


 それは無能生産者たちがひたすらサイクリングしているからであった。

 要するに自転車を漕いで、自家発電を行っているのだ。

 つい3ヶ月前の事。

 とある有能生産者の技術班によって、自転車による大掛かりな自家発電装置が開発された。

 この発明の甲斐があって、コミュニティー全体にようやく電気が通るようになり、今現在のコミュニティードヨルドは夜でも明るい街となったのである。


 しかしその裏には、当然無能生産者たちの尊い犠牲がある。

 懸命に汗水を流し、ヒラメ筋がパンパンになってもなお、無能生産者は自転車を漕がされ続けた。

 地下空間のちょっとした動力施設に無造作に置かれた自転車にまたがり、まるでツールドおフランスに出場している選手のように、永延と長い航続距離を走らされたのである。

 この発明のせいで無能生産者はさらなる過酷な労働を強いられることとなった。

 到底許されるべきことではない。ただでさえしんどい強制労働に、今度はサイクリングまで追加してきやがったのである。

 自分たちを差し置いて、今もなおコミュニティー内で快適な生活を送っている有能生産者たち。

 その暮らし自体も、無能生産者による犠牲の上で成り立っていることをどうか忘れないでいてほしいものだ…。



「グリアムスさん、大丈夫ですか?」


 洗濯機の入った重たいダンボール箱をグリアムスさんと一緒にトラックまで運んでいる。

 しかし先ほどからグリアムスさんの様子がおかしい。

 グリアムスさんは歯を食いしばりながら、苦悶した表情を浮かべていた。


「何のこれしき…。わたくしはこの通りぴんぴんしております」


「自分にはとてもそうは見えませんが…。

 さっきからグリアムスさんが腕をプルプルさせてるおかげで、この洗濯機が激しく揺れてるんですよ。 

 だからこうして心配の言葉をかけているのです」


「こう見えてもわたくしは学生時代、引越し業者のアルバイトをしておりました。

 しかも皆勤賞です。故にこういった重たい荷物を持つことに関して、わたくしは誰よりもプロフェッショナルなのでございます」


「…どうやらそれも口先だけのようですね。

 …グリアムスさんがあまりにも貧弱なためか、こっちの方にかなり負担が…」


 グリアムスさんの持つ力が弱すぎるためか、大変迷惑を被っている。


「たかがこんな白物家電ごときにわたくしが敗北を喫するなど…あってはならないのです」


「そうは言ってもですね、それももはや敗北寸前のところまで来てるんですよ。

 グリアムスさん。どうかこの荷物をあの荷台に乗っけられるまではなんとか持ちこたえてくださいまし」


「心配はいりません。わたくしは必ずやこの白物家電に対し、勝利を掴んでみせます。

 ベルシュタインさんのそのような心配もきっと取り越し苦労で終わることでしょう。

 とくとご覧あれ! わたくしのスーパーパワーを!」


 そう訳の分からない御託を並べつつ、ようやくトラックのところまで来た。

 トラックの荷台の上にグリアムスさんは足をかけ、下から洗濯機入りのダンボール箱を引き上げようとする。

 そうしてグリアムスさんが精一杯、力を入れた次の瞬間だった…。


 そんなグリアムスさんに悲劇が襲ったのである。


 グキッ!!


「あいたたたたた!!!」


「グ…グリアムスさん!?」


 グリアムスさんは急に腰を押さえ出し、その時…白物家電からパッと手を離してしまった。

 唐突に何の予告もなしに、パッと手を離したものだから自分は咄嗟の判断で受け止めることができず、そのまま新品の洗濯機は地面へ真っ逆さまに落ちてしまった。

 コンクリートの割れ目が入った地面に落としてしまい、ガシャンと音を立て、ダンボール箱もそれと同時にグニャリと変形してしまった。


「ああああ!! グリアムスさん! なんてことを!! 新品つやつやの洗濯機が!

 …これ…中の物、大丈夫ですかね?」


 グリアムスさんにそう聞いてみる。


「くっ! わたくしもどうやらここまでのようです…」


 そんなグリアムスさんは残念ながら、自分の問いに答えるだけの余裕がなさそうだ。

 そんな彼は眉をひそめ、ぎっくり腰を患った腰に手を当てるおじいちゃんみたいになっていて、今はそれどころじゃなさそうだ。


「あなた、まだ30代半ばでしょうに…。気を確かに!」


「い…いつかあなたもわたくしと同じ齢となれば、今のわたくしの気持ちが痛いほどわかってくるかと思います。

 30を過ぎると、だんだんカラダが蝕まれていくのです。そういうものですよ、ベルシュタインさん」


「に…にわかには信じがたいことですが……てかそれとこれとは話は別です!

 グリアムスさん! 急に手を離さないでくださいよ! 腰をいわせたのであれば、すぐにそう言ってくれたらよかったのに…。

 一言でも何か自分に言ってくれれば、この洗濯機を落下させることだって防げたはずです」


「そう言ってられるのも今のうちです。あなたもわたくしのように30となった暁には、カラダにガタが来始めます。

 …30になればそのことを身をもって知ることになるでしょう」


 今回のグリアムスさんからは珍しく全く反省の色が見られない。…必死にこの過失の責任逃れをしているようにしか見えない。

 それはさておき…今、気になることを言っていた。

 30になるとカラダにガタが来る? グリアムスさんは確かにそう言っていた。


「…自分もこの先、30代になればグリアムスさんみたく腰をいわせるようになってしまうのでしょうか?」


「その通りです、ベルシュタインさん。じきにわかってきますよ。

 これは人間である以上、避けては通れない道なのですから」


「そ…そうなんですか。…年は取りたくないものですね…」


 と表向きにはグリアムスさんの主張に賛同を示したのだが、実際のところあまりピンと来てはいなかった。

 「30代、40代になったらカラダが衰え出す!」とか世間の大人はよく口酸っぱく若者に言って聞かせているが、それも本当なのかどうか正直疑っているのだ。


 中高年の大人はきっと自身の筋力のなさ、体力のなさをただ加齢のせいにして、誤魔化しているだけの事だろうと思っている。

 あんなものただの詭弁だ。

 人より筋力も体力もないことを年齢を言い訳にして、その現実から目を背けているだけだと思っているのだ。

 正直、見苦しいことありゃしない。


 今の自分はまだまだ発展途上だ。この先、いくら歳を取ろうとも、カラダは衰えるどころかむしろ持続可能的に成長していくものと思っている。

 グリアムスさんには「ガタが来ますよ」と先ほど、半ば脅し文句のように言われたが、到底信じられない。想像もつかなかった。

 自分は衰えを見せるどころか、ずっとずっと伸び盛りの時期のままだ。

 その間にもっといろんな人生経験ができ、様々な価値観を得て、カラダも衰えることはない。

 どう考えてもこの先、自分が凋落(ちょうらく)の一途をたどるとは到底考えられないのだ。


 時間なんていくらでもある。

 自分はこの先、余りある時の中で、とどまることの知らない成長の中で生き続け、いずれ最強で輝きを放つことのできる地位にまで上り詰められる。


 時間がきっとそうしてくれるはずだ。だから今は気楽にしておけばいい。

 人間の若さは永遠にその効力を失わない強力なカードとして自分の手元に残り続ける。

 これから失効していくことになるなんて考えもつかない。

 そのような大人のウソに自分は絶対騙されないのである。    



「おい! ふざけるな! せっかくの物資を落っことしやがって!

 全部見てたぞ!」


 サムエルが顔を真っ赤にして、自分らの元に近づいてきた。

 そしてダンボール箱のへこんでいる部分をじっくり見て、次のことを言う。


「あ~あ…すっかり変形してやがる。

 せっかく統領セバスティアーノ様への献上品になると思ったのに…お前らどうしてくれんだよ!」


「も…申し訳ございません。全部、わたくしの責任です」


 グリアムスさんは顔を伏せ、しっかりとサムエルに反省の意を伝えていた。


「もういい! お前らは次の物資でも運んで来い! …たく、まじで使えね~奴らだ!」


 そう彼にブツブツと文句を言われながらも、自分たちはその場を離れ、次の現場へと向かうことになった。

 自分はふと振り向きざまに、トラックの荷台の方を一瞥した。

 するとサムエルはなんと、自分たちが2人がかりでようやく運び出せたその洗濯機を軽々とひょいっと持ち上げ、手前の荷台のスペースにそっと置いていたのであった。


「…おい! 何、ぼけ~っと、こっち見て、突っ立ってんだ!?

 さっさと次の物資を運びやがれ!! この役立たずどもが!」


 彼にそう言われ、自分たちは有能生産者が今現在、探索を行っている家の方に再び向かって行ったのであった。

次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その5です。よろしくお願いします!

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