前編 その2 「アクセル全開!」
トラックはどこを目指して走っているのだろうか。風のあおりを受けながらもぐんぐんスピードを上げている。
自分たちは彼らに行き先も告げられぬまま、山や川や湖など様々な景色が過ぎ去って行くのをただ眺めているしかなかった。
…いやそうしていられたのも、出発してから10分少々の間だけだった。
何せ今は、顔面を蒼白にさせ、自分の横で荷台から身を乗り出し、ひたすらオエオエと嘔吐きまくっている人を看病してあげている最中なのである。
「オロロロロロ!!」
「グリアムスさん、大丈夫ですか?」
舗装されていない凸凹道を全速力で走っていればこうなる。
トラックは頻繁にガコンガコン鳴っていて、その度に自分たちは上下左右にカラダを大きく揺さぶられていた。
「か…かたじけない。…ベルシュタインさん」
さっきから自分はグリアムスさんの背中をこうしてさすってあげている。
正直自分もグリアムスさんにかまってあげられるだけの余裕は皆無に等しい。
胃の中から今にも込み上げてきそうな内容物をギリギリのところで食い止めている状態だ。
「…どうやらわたくしは車酔いならぬトラック酔いをしてしまったようです」
「そんなことわざわざ言わなくても、わかりきってます」
できればグリアムスさんのことなど放っておき、自分は遠くの緑の景色でも眺めながら、さっさとトラック酔い対策を講じたいところなのである。
だが苦しんでるグリアムスさんを見過ごすことはできない。故にこのトラックが次の目的地まで着かないことには、どうしようもないのである。
しかし…このトラックは一体何時間、この悪路の中、走り続けているのだろうか。
ペレス隊の連中に自分たちはほとんど何も知らされぬまま、こうして連れ回されている。まるで荒れ狂う海の上に、舵を失った船で漂流しているようなものだった。
今回の物資調達の遠征は自分たちにとって、羅針盤のない航海そのものであった。
トラックは未だどの街にもたどり着いていない。
そもそも一時停止すらしてなかった。小休憩もなし。トイレ休憩もなし。制限速度は無制限。
これだけ長いこと走っているのだから、そろそろひと休みさせてほしいものだ。
いつまでも荷台の上でこうして揺られていると、荷物持ちとしての仕事に間違いなく支障をきたすことになる。
そうなってしまう前に、早く到着してほしいと切に願うばかりであった。
一方運転席、助手席側の方はと言うと、自分たちと対照的にこれまた随分、呑気なものである。
「アドレナリン全開~♪ 俺たちハイウェイスターだぜ! へへへへ~い♪」
「久々の外でのドライブ、たまらねえぜ!」
「「「フォー!!!」」」
…っとこのように、野郎どものバカ騒ぎが荷台に居る自分たちの方まで聞こえてくる始末だ。
窓を開けっぱなしにし、カーステレオを大音量で流しながら、トラックは走行していた。
…耳がつんざくぐらい、やかましかった。爆音が車外に漏れ聞こえている。
この音にキメラ生物が引き寄せられないか心配になってくるが…。
しかしこれが動物除けならぬ一種のキメラ除けになっているらしい。逆にこうして爆音を流すことがキメラ生物対策になっていると言う。
優雅にドライブを楽しんでいるペレスとガルシアたちがさっきそんな会話をしていたのを自分は思い出す。
「ロックンロール最高~♪ へへへへ~い♪」
「しかしよ~ペレスの親分。本当に音楽かけっぱなしで良いんすかね?
…俺が思うにキメラをただ引き寄せてるだけにしか思えないんっすよ。
この音を聞きつけて、奴らが俺たちの方にやってきたらどうするんです?」
「その心配はねえよ、サムエル。キメラ生物だって元は野生の動物だったんだ。
奴らが普通の動物だった頃の習性ってもんは、未だにちゃんと残ってるらしいぜ」
「へー。未だに残ってるって……それってどんな習性なんです?」
「音だよ。音が鳴り続けてる場所に、奴らは基本的に近寄らない。
だから大音量で音楽をかけ続ければ、少なくとも寄ってくることはない。
生身のドスやら拳銃やらを大量に引っ提げる恐ろしい姿に成り果てても、爆音にはビビッて、逃げてくらしいぜ。
クマ除けの鈴みたいなもんは未だに有効ってわけさ」
ペレスは一服、煙を吐き出しながらそう答える。
「それで音楽をこうして垂れ流してるってわけなんすね。
でも動物撃退のことを考えるなら、超音波をずっと流し続けてる方が効果あるんじゃ?」
「そんなんずっと聞かされてる身にもなってみろ。…耳がキンキンしてきて、気が滅入ってくるぞ。
だからこれで良い。大音量のハードロックを奴らに聞かせ続ければ、対策になる」
「…はあ。そうなんすかね?」
「もし仮にキメラ生物に出くわしたとなったら、そん時は後ろに積んである手りゅう弾なり発煙弾を奴らに向かって、バカスカ投げつければいい。銃だってある。
…少なくとも目くらましぐらいにはなるだろう。奴らがそれで怯んでるすきに俺らはさっさと退散すればいいんだよ」
「はあ…そんなんで大丈夫なんですかね?」
「…何だよ、サムエル。お前ビビってるのか? …そりゃ俺も怖いさ。できれば俺も奴らと鉢合わせたくはない。
だがそんなこといちいち言ってても仕方ねえだろ。物事なるようにしかならん。
俺らはただ人間の味を覚えちまったキメラにこの先、出くわさないことを祈るばかりだ。
それに今回は統領セバスティアーノ様の直々の指令だ。物資調達に周辺調査、及び特別任務も兼ねてる。
今回も無事に任務を達成し、生還できれば、俺様は晴れてやっと、正式な幹部の仲間入りができる。
そうなればお前たちファミリーも全員、こんな危険な任務から遠ざけられる。
…絶対に成果を出して、コミュニティーに帰ろう。…今回で最後の任務にするんだ。わかったな?」
「そ…そうっすね。…最後の任務としたいと思います」
「その意気だ、サムエル。今回でラストミッションにしたいのなら、とにかく精一杯頑張るしかねえ。
あとは神様次第だ。結局なるようにしかならん。
俺たちは生き残れる。そう信じて、任務を遂行するしかねえ。
だがな、それも今回の遠征で成果を出せば、全て終わるんだ。
そうしたら、俺らはずっと内地で暮らせる。それまでお互い頑張ろう。
今回の任務、絶対に成功させるぞ」
「その通り~♪ その通り~♪ へへへへ~い♪」
ハンドルを握ってるガルシアがノリノリなテンションでペレスの言うことに呼応する。
「いいぞ! いいぞ! ガルシア! 盛り上げてくれるじゃねえか!
よぉ~し、景気づけだ。ガルシア! トラックをもっとガンガンに飛ばしてくれ!」
「了解、了解~♪ へへへへ~い♪」
するとガルシアはペレスの指示通り、アクセルを全開にし、トラックはさらに加速していった。
ガコンガコン!
「うわ!!」
自分とグリアムスさんは危うく、荷台から放り出されそうになった。
「オロロロロロ!!」
「大丈夫ですか! グリアムスさん!」
グリアムスさんはまた盛大にオエオエいわせていた。
「うう…なんとか持ちこたえてはいますが・・・・」
「何言ってんですか! 全然持ちこたえてませんよ!!
顔もすっかり青いエイリアンみたいになってますし!」
「青いエイリアン…ですか。…わたくしどれだけ顔を青白くさせてしまってるんだか」
「それはもうカメラがあれば今すぐにもパシャりたいぐらい、真っさっ青な状態です」
「それを言うなら真っ青です。青が一文字余分ですよ、ベルシュタインさん。
……オロロロロロ!」
「大丈夫ですか!? グリアムスさん!」
「ううう…肺が押しつぶされそうです…」
こりゃかなりの重傷だ。
到着はまだか!? このままだとグリアムスさんがどこかに到着する前にトラックの荷台の上でくたばってしまう。
今流れている曲はハイウェイスターだろうか? 快速を飛ばしたくなるようなハイな曲調だった。
…これまたずいぶんと下品な歌である。どこぞのニューヨーカーが好みそうな歌だ。
これらの種類の曲はDQNや、不良などのパリピイケイケ軍団御用達の歌なので、バリバリの陰キャピーポーの自分たちにとって、この曲に対し、全くと言っていいほどシンパシーを感じなかった。
どうせならしっとりしたバラードなりカントリーミュージックを流してほしい。ガチガチのヘビーメタルなんて、こののどかな自然風景に全くマッチしないのだ。
こんな荒くれ者が好む歌なんて大っ嫌いなのである。
「来世でまた会おうぜベイベー!!」
「「フォーーーー!!」
早く1つ目の街につかないものだろうか・・・・。
こうも長時間トラックに揺られるだなんて、聞いてない。一刻も早くこの荷台から降り立って、外の空気を存分に吸いたい。
この赤茶色に錆びついた荷台の上で、そのような気持ちを自分は抱いていたのである。
グリアムスさんもきっと自分と同じことを思っているに違いない。
「「「フォーーーー!!!」」」
トラックは相変わらず最高に飛ばしてやがる。
次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その3です。よろしくお願いします!