前編 その1 「ペレスとガルシア」
※この回から最終章『統領セバスティアーノ編』が始まります。よろしくお願いします!
翌朝。自分とグリアムスさんは城門の前に居た。
すでに正門前には青い2台の中型トラックが停車している。
それらの2台のトラックはまるでビンテージ物かのように赤茶色に錆びついていた。
おまけに砂まみれである。
…出発前なんだから、せめてきちんと洗車してほしいものだ。
今から自分たちは壁外で荷物持ちをさせられることになっている。夜遅く、現場監督室に呼ばれ、急遽そのことを言い渡された。
そう言えばあの時、下僕現場監督は終始自分たちを睨み付けていた。厳かな口調で彼にしては淡々と荷物持ちに関して、丁寧に説明していたように思う。
…凶暴な性格の持ち主である下僕現場監督らしからぬ態度だった。
いつもの下僕現場監督なら、すぐに癇癪を起こし、しばき棒を叩きつけて「あ~ん!? ゴラ」を言うのが一種のテンプレートだったわけだが、今回に限って言うと、それらは完全に鳴りを潜めていた。
彼にしては、不自然なほどやけにおとなしかったように感じる。
最初に現場監督室に呼ばれ、反逆罪で極刑を告げられた時、下僕現場監督は意気揚々としていた。
しきりに「ざまぁ! ざまぁ! ねえ!? 今、どんな気持ち!? どんな気持ち!? あ~ん!?」を耳にタコができるくらい、しつこく自分たちに向かって連呼してた。
しかし深夜の時間帯に再びキースに呼び出され、現場監督室に訪れた時の下僕現場監督の様子は、1回目に比べ、恐ろしいほど様変わりしていた。
まるで子供がはしゃぎすぎて、それを親に叱られシュンとなったかのような……は言い過ぎかもしれないが、とにかくそう思わせるぐらいテンションがダダ下がりしていたのだ。
夜の10時15分から深夜の2時過ぎの間に、あの下僕現場監督の心境を一変させる何かがあったに違いない。…それだけは確かなことである。
「おい! 遅えぞ! 予定の時間より、10分オーバーしてるぞ!」
顔全体に十字架のタトゥーがびっしり入ったコワモテの人間に、ひどく怒鳴られてしまった。
…10分遅刻だって? そんなバカなことがあるか。
確か集合時間の1時間前に、豚小屋を出たはずだ。だいたい7時30分過ぎに。
1時間前に出発したのだから、約束の8時30分に遅れてくること自体、常識的に考えてあり得ない。
自分たちはうさぎとカメのカメさんじゃない。ちょうどその中間ぐらいの人間なのだ。
劇的に足が速い訳でもなく、足腰がガクブルの老人でもないのだ。
…至って健康的な普通の人間。遅れるわけがない。
「グリアムスさん。…これってどういうことなんでしょうか?」
彼らに話の内容を聞かれないように、ひそひそ声でグリアムスさんに尋ねる。
「…きっと豚小屋の時計が1時間遅れていたのでしょう。なにせ豚小屋に置かれている時計はデジタル時計じゃありません。
バリバリのアナログ時計です。ちゃんと定刻通りに合わせてくれる人が豚小屋に居なかったんでしょう。
…これは一本取られましたね」
「何、一本取られましたねですか!? グリアムスさん!
そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!
相手はマフィアです! 間違いない! だってあんだけびっしりタトゥーが入ってるんですよ!?
マジモンですよ、ありゃ!
10分遅刻しただけで、もう彼らはおかんむりだ! 最悪自分たち、この場で射殺されるかもしれません!
うわぁぁぁ! どうしよう! どうしましょう! グリアムスさん!」
「落ち着いてください、ベルシュタインさん。そんなこと今更言ってても、仕方ありません。
遅れてしまったのなら、遅れてしまったなりに、まず誠心誠意謝罪しましょう。
首を垂れて、土下座をするのです。…所謂、ビジネス土下座ってやつですね」
「何ですか? そのビジネス土下座って」
「…とにかく形だけでもいいので、ひとまず土下座しておくのです。
わたくしが社会人だったころ、よく上司にそうしろと口酸っぱく言われたもんです。
…これがパッと出来るか出来ないかで、今後の社会人人生が大きく左右されるのだとか」
「社会人の世界ってそういうところだったんですか? 土下座することが言わば、義務的な感じだったんですか?」
「土下座することは、ビジネスマナーみたいなところがありましたからね。
そういうもんです。あと土下座以外に、営業スマイルというのもありましてね、それは……」
「おい! そこで何べちゃくちゃしゃべってる! 俺らを待たせてるんだぞ!」
「やっぱゴミはゴミってことだね~♪ へへへへ~い♪」
顔面タトゥー男の他に、もう1人加勢してきた。
その男はアゲアゲなノリで人を見下すような目をしている。鼻、耳、唇といった顔面のありとあらゆる部位にピアスをびっしり装着していた。
コワモテ顔面タトゥー男とは、また一味違った異様さをこの男は醸し出していた。
そう言えばこの2人を自分は以前どこかで見たことがある。いつのことだったか……。
そうだ! あの時!
この2人、最初に統領セバスティアーノと自分が面会した時に、彼の背後でスタンバイしていたあの連中だ。
その後、セバスティアーノに自分を豚小屋に強制連行するように命じられ、それを愚直に実行したあの張本人たちだった。
『無能生産者一匹、ご案内~♪』
とふざけたことをほざきながら、ルンルン気分で自分を豚小屋に収容しやがったあいつらだった。
よりによって、こいつらと一緒に物資調達をしなければならないのか…。
あの時に受けた仕打ちは昨日の事のように覚えている。
正直はらわたが煮えくり返る思いだった。
今ここで、奴らに己のグーパンチをお見舞いしたいのは山々だが、そんなことで、自分たちのこの状況は変わりやしない。
そればかりか、かえって悪化させるだけだ。
致し方ない。故にここは冷静に気持ちを落ち着けるしかなかった。
「てってって~い! 無能生産者のゴミども! この荷台に乗り移れい!」
トラックの荷台に屋根はない。
ペレス隊のハイテンションさが鼻につく顔面ピアスのその1人に、トラックのあおりを開閉されてから、荷台に飛び乗るように言われた。
自分らはその男の言う通りに、薄汚れた荷台の上に乗り込む。
その一部始終を顔面ピアスの男は見届けると、
「よ~し! ゴミどもを回収完了~♪ へへへへ~い♪」
と言って、鼻で笑ったのである。
「おい! ガルシア! それは腐っても俺の愛車だ! そいつらゴミを収集するためのモノじゃねえ!」
「ごめんよ~♪ ごめんよ~♪ ペレス。そんなつもりはなかったさ。へへへへ~い♪」
「相変わらずお前は俺に対する口の利き方がなってねえな! 俺の方が年上なんだぞ!
子分は子分らしく俺様に敬語を使ったらどうだ!?」
「ごめんよ~♪ ごめんよ~♪ ペレス。へへへへ~い♪」
「…ちっ。もういい」
ペレスは軽く舌打ちすると、ガルシアから目をそらした。
「よし…。じゃあ改めて今回の物資調達についてみんなに説明するぞ。
…荷台にいる無能生産者のゴミどもも、耳の穴をかっぽじってよく聞いておけ!」
顔面タトゥーのペレスにそう怒号を浴びせられた。…どうやらこの男が今回の物資調達のリーダーらしい。
そうしてペレスから今回の遠征に関して、ざっとした説明が入った。
…構成員は自分とグリアムスさんを含め、8名ばかり。
それぞれのトラックにペレス隊の3名ずつがひしめくように助手席と運転席に座る。
対して自分たちはこの遠征中ずっと、中型トラックの後ろの荷台に乗せられることになっているらしい。
…最終目標はトラックのそれぞれの荷台に物資を満杯にすること。それまで帰還できないとのことだ。
まるで遠洋漁業の漁船のルールみたいだ。もしくは蟹工船。極寒の海で、カニを獲り続けなければならない世界でも屈指の死亡率を誇るあの危険な仕事だ。
……状況的に、今から行う物資調達の旅も言わば、蟹工船みたいなものと言えよう。
陸と海と言った違いはあれど、どっちみちかなり危険なことに変わりはない。
「よしお前ら! コミュニティー国歌斉唱だ! 整列しろ!」
話がようやくひと段落ついたと思えば、ペレスはそんなことを言いだした。
なんだ? コミュニティー国家斉唱って…。
「「おおおおおお!!!」
野郎どもはそれを聞き、雄たけびをあげる。
トラックの真横に整列すると、ペレス隊の構成員はみな唐突に、アカペラで次の歌を歌いだしたのである。
「素晴らしい朝が来た。我らの希望! 光を集めてよいしょ! よいしょ! よっこらせ!
我らの命~、セバスティアーノ様に預けた~。
俺らは戦う! 有能生産者の老若男女のために~!
ハイル! ハイル! ハイ~ル! セバスティアーノ!!
ハイル! ハイル! ハイ~ル! セバスティアーノ!!」
そんな国歌斉唱を終えると一斉に割れんばかりの拍手と、歓声がその6名の間で沸き起こった。
…なんなんだ、この歌詞。…センスのかけらもない。
誰がこの曲を作詞作曲を担当したのか、今すぐにでも問いただしたい。
…何が光を集めてよいしょ! よいしょ!だ。…どういう情景なのか全くもって想像できない。
まあこの曲が統領セバスティアーノを賛美する歌だと言うことはわかった。
…あろうことか奴らはセバスティアーノの讃美歌を無能生産者の自分達の前で歌いだしたのだ。
もはや自分らを煽りに来ているとしか思えない。……ヘドが出る。
「野郎ども!! 今回は危険な物資調達の旅となる!
もちろん荷台に物資を積めるだけ、積めなければ、帰還することはできない!!
一刻も早く大量の物資を見つけ出し、統領セバスティアーノ様にいい成果報告ができるようにするぞ!
わかったな!!」
「「イエッサー!!」」
「気合十分だな!! お前ら!! 今回も無傷で帰還するぞ!!
最後に今回の旅の無事を祈願するため、万歳三唱をする! セバスティアーノ様!バンザイ!
オールハイルセバスティアーノ様! バンザイ!」
「「バンザイ!!」」
「バンザイ!」
「「バンザイ!!」」
「バンザイ!」
「「バンザイ!!」」
「出発だぁぁぁ!!!」
「「おおおおお!!!」
統領セバスティアーノに完全にマインドコントロールされている連中の気色の悪い万歳三唱を最後に見せつけられてから、ついにトラックは出発したのであった。
コミュニティードヨルドの壁が見る見るうちに遠ざかっていく。
このそびえ立つ巨大な壁を外から眺めるのも、実に1年ぶりとなる。
周りより少々小高い丘の上にある城塞都市を遠目で見つめながら、おそらくあの広大な敷地の中のどこかに暮らしているであろうペトラルカさんとミーヤーのことを想いながら、トラックはこの先キメラ生物が待ち構えているであろう荒野を全速力で駆けていくのであった。
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次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その2です。よろしくお願いします!