コミュニティードヨルド編 最終話 その55 「荷物持ち」
※この回でもって、『無能生産者』コミュニティードヨルド編は完結となります。
次回以降、最終章に突入します。よろしくお願いします!
「・・・まずい・・・」
グリアムスさんと久方ぶりの夜食をともにした。
いつもの隅っこの席ではなく、ストーブ横の特等席で、相変わらず食えたもんじゃないコミュニティードヨルドのシチューを呑み込むようにして食べている。
昼頃の無能生産者の裏切りの事もあってか、彼らとの間で随分と溝ができてしまったようだ。
そんな彼らは、性格から何もかもが無能生産者だと言うことがわかった。
グリアムスさんは同胞の彼らのことを想って、ストライキを提唱したのに…彼らはまたもや裏切った。
所詮、彼らも権力者に媚びるただの犬に過ぎなかったわけだ。
もはやグリアムスさんに味方はいない。……この自分を除いて。
先ほど彼らから不干渉、無関心の態度を取られたことから察するに、どうやら自分たちは完全に浮いた存在となってしまったようだ。
そもそも自分はグリアムスさん以外の人とあまり関わりを持たない。それはグリアムスさんにも言えることだ。
グリアムスさんも自分以外の人とあまり関わることはない。
だから別にどうって事はない。…ないのだが、いざそうした態度を彼らに取られてしまうと若干心にくるものがあった。
精神的にじわじわ来る、何か自分たちだけが世間様から置いてきぼりを喰らったかのような…。
そんな一種の疎外感を覚えてしまうのだ。
その状況にさらに追い打ちをかけるのがこのシチューである。
…冗談じゃない。とてもじゃないが、喉を通らない。
「大丈夫ですか? ベルシュタインさん。…何か具合でも?
苦虫を噛み潰したような顔になっています」
この期に及んで何を言い出すのかと思えば、そんな阿呆な事をグリアムスさんは聞いてきた。
…自分は別に具合も何も悪くしてないのだが…。
……ただこのシチューがあまりにも薄味で不味すぎるから、グリアムスさんの言う苦虫を噛み潰したような顔になっているだけだ。
いったいグリアムスさんは自分のどこをどう見て、カラダを悪くしたと思ったのか? …グリアムスさんの思考回路が謎すぎる。
「別にどこも悪くしてません。
…ただどんな調味料を使ったら、こんな食えたもんじゃないシチューを生み出せるのかな~と思いながら、食べてただけです」
病院で出される食事並みに薄味なシチューを口に含みながら、自分はそう答える。
「そんなの決まってるじゃないですか。
無能生産者の食事に大した量の調味料が使われてないからです。
豚小屋に収容されてる人数分の砂糖も塩もバターも圧倒的に足りてないんです。
だから配給されるシチューがこんなに薄味となってしまうんです」
「じゃあ、コミュニティードヨルドのシチューが食えたもんじゃないのは、そのせいと?
使われてる調味料が粗悪品だからじゃないんですね?」
「いや、それも一理あるかもしれません。少量でかつゴミのような調味料…。
まさに地獄のような組み合わせですね。…美味しくなるはずがありません」
「はあ…。まあどのみちこのシチューが抜群に美味しくなることは永遠になさそうですね」
「そういうことです。はなから期待すること自体が間違いなのです。
…ベルシュタインさんも嫌と言うほど、このシチューを口にしてきたじゃありませんか。
なぜ今になって、シチューの味付けが気になりだしたんです?」
「自分、つい昨日まで、濃い味付けの物を食べてましたからね。あの彼女たちとあの牧場で一緒に。
そしていざここへ戻ってきて、初っ端のこのシチュー。
…あまりにも落差がすごすぎて、それでついついこの薄味加減が気になりだしてしまったんです」
「…そうなんですね。…それでどうでしたか? その牧場の日々は」
「最高でした。…言葉で言い表せないくらいに」
「そうですか。…わたくしもベルシュタインさんが牧場で働いている姿を間近で見てみたかったです」
「本来なら、そうなるはずでした。グリアムスさんもあのカステラ牧場で働く予定だったんです」
「このわたくしがですか? …にわかには信じられない。
この2週間の間、一度もそのようなこと聞いたことがないです」
グリアムスさんは自分の話を聞いて、驚いているようだった。
彼にとって思ってもみなかったことなのだろう。彼自身に無能生産者から牧場労働へ配置転換する話が出ていたこと自体に。
…統領セバスティアーノが現場監督たちにこのことをきちんと伝えていれば、あの路地裏での悲劇は起こらなかったかもしれない。
セバスティアーノのその不手際が今回の事件を招いたと言ってもいい。
「全部あのセバスティアーノのせいです。カステラおばさんは確かにグリアムスさんの労働許可を取ったと言ってくれました。
しかしセバスティアーノは現場監督たちに伝えるべきことを全く伝えていなかった。
その彼の怠慢のせいで、グリアムスさんと牧場で働く夢は潰えてしまいました」
「…そうだったんですね。2週間の間にそのようなことが。
…まあ何せあなたが不在だったころは、非常に退屈な日々でしたよ。
共同部屋に戻ってもわたくしは誰にも相手にされませんでした。
…ずっとその間、1人チェスをして遊んでいたものです」
「ほんとに申し訳ない。自分、ついついあの牧場での生活で手一杯で…。
…この2週間の間に一度でもいいから、グリアムスさんに顔を見せて、無事を報告するべきでした。ほんとに申し訳ない」
「いえいえ。別に気にしてません。こうしてまたお互い会えたことですし。はははは…」
グリアムスさんは屈託のない笑顔でそう答えてくれた。
だがグリアムスさんから見た自分はさぞかし薄情な人に映っているかもしれない。
自分は彼に何も告げず、突然いなくなってしまったのだから。
グリアムスさんは全然気にしてない素振りでそう答えてくれたが、実際のところはわからない。
…内心どう思っているのか……彼の表情からそれをうかがい知ることはできなかった。
ガラガラガラ…
「おい! ベルシュタインとグリアムスはここに居るか!?」
そんな事をじっと考え込んでいた時だった。食堂のドアが突如開かれたのである。
そこには現場監督のキースが立っていた。
「…なんだ。ここに居るのてめえらだけかよ。…ヘンドリックが呼んでいる。
至急現場監督室まで来い」
「はあ…」
どうやら自分たちに用があるらしい。自分としてはまだまだストーブのそばで暖まりたいところだったのだが……、
「急げ! もたもたするな! 皿はそこに置いとけ。後片付けは後だ。
さっさと俺のところまで来い!」
仕方なく、自分たちは食べかけのシチューをその場に残し、現場監督の彼について行くこととなったのである。
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キースに3階にある現場監督室まで連れられた。
「おっ。来たか」
ヘンドリック下僕現場監督が自分らを見るなりそう言った。
現場監督室の掛け時計を見ると、すでに深夜1時を回っている。
現場監督室まで向かう道中、明かりが灯っているのはこの部屋だけだった。
他の無能生産者たちはみな寝静まったらしく、どこの部屋も消灯していた。
席はちょうど7席。中小零細企業に置いてあるような古びた鉄製の事務机である。
しかしその中で1つだけ、空席がある。
……おそらく元現場監督総主任、パワハラ現場監督の物だと思われる。
デスクの上には何も置かれていなかった。あとその席だけ妙にホコリをかぶっているのが気になった。
「夜分ご苦労さん」
ヘンドリック・カイザー下僕現場監督は机の上に足を乗り上げている。腕を組んで、こちらを睨み付けていた。
あの時ミーヤーの頭を振り抜いたしばき棒は、その机の真横に立て掛けられていた。
昼間にあんなことがあったのに、当の本人は全くそのことを引きずってる素振りがない。
まるで端からなかったかのように、随分と澄ましている。
「さっそくだが、本題に入らせてもらう。…単刀直入に言う。1回しか言わないぞ」
下僕現場監督は1度大きく深呼吸し、息を吐くと、それからもったいつけるようにして、次のことを言ってきた。
「リトルピッグ2人には明日、特別な仕事が任された。…ついさっき無線にその連絡が入ったところだ」
「と…特別な仕事? …一体何なんでしょうか?」
「まあ待て、ベルシュタイン。そう慌てることはない」
下僕現場監督はそれでも話をもったいぶってくる。先ほど単刀直入に言うと言っておきながら、すでに話を長引かせている。非常に人を不快にさせるしゃべり方だ。
結論を急いでほしいあまり、自分はその続きを催促する。
「いったい自分たちは何を任されたんですか? ヘンドリック・カイザー現場監督」
「…荷物持ちだ。明日の早朝、武装班の物資調達の遠征が何班かに分けて行われる。
2人にはその中の1つの班に荷物持ちとして同行してもらうことになった。
…これは上からの直々の指令だ」
「直々の指令? …誰からのでしょうか?」
グリアムスさんが下僕現場監督にそう尋ねた。
「なあに…それほど心配することはねえ。ただ外に行って、荷物を持って、お手伝いするだけの事だ。
別に簡単なことじゃねえか。誰の指令かだなんて、いちいち気にすることか?」
「しかしわたくしたちは、さっきあなた方に反逆罪で処罰すると聞かされました。
それにも関わらず急遽、荷物持ちだなんて…随分急な話だなぁと思ったまでです」
「それとこれとは話は別だ。…いや、でも全く話が別ってこともないか」
「…それは一体どういう意味ですか? わたくしたちにその荷物持ちと反逆罪に何か関係が?」
「大ありだ。実はなセバスティアーノ様から恩赦を得られたんだ」
「「恩赦?」」
「もし今回お前ら2人が荷物持ちとして、十分な働きぶりを見せた場合、その反逆罪を免除してやるとまで言ってくれた。
ありがたく思え。本来ならお前ら2人は俺らに処刑される身だったんだ。
だが明日以降の働き次第では死罪を免れる。これは2人にとってまたとない機会だ」
「荷物持ちって本当にそれだけなんでしょうか? 本当に…荷物を持ってただ運ぶだけなんでしょうか?」
「疑ってるのか? グリアムス。さっきからそう言ってるだろ。
ただ彼らと同伴して物資を運ぶだけ。
それ以上もそれ以下もない。まあ当然、外での物資調達ってことだから、危険はおのずと伴ってはくるがな」
「はあ…」
当然、壁の外となれば、キメラ生物がうじょうじょいることになる。
…死罪を免れたければ、命を張れと言うことなのだろう。
「…ちなみにわたくしたちは明日、どなたと一緒に行動するのでしょうか?」
「武装班のペレス様率いるペレス隊とお前らは同伴することになる。ちなみに言っとくが、ペレス隊は統領セバスティアーノ様の直近クラスの部下の集まりだ。
噂に聞くところだと、ペレス様一行は元バリバリのマフィアだったらしい。
だから立ち居振る舞いには気を付けることだな。
下手をすれば、キメラ生物じゃなく生身の人間に殺されることになりかねない。十分注意するように」
「うわぁ…おっかない。…それだけは何としてでも避けないと」
本物のマフィアと明日以降、自分たちは行動しなければならないそうだ。
ちょっとでもヘマをしようものなら、即、足元をコンクリート詰めにされ、海なり池なりにポイッと不法投棄されるかもしれない。
…何としてでもそれだけは…。
そんな人生の終わり方を迎えるぐらいなら、一層のことキメラ生物に襲われて、絶命する方がまだ100万倍ましだ。
明日以降、マフィアにもキメラ生物にも神経を使わなければならないなんて…大変激務になるに違いない。
「ということだ。早朝の8時30分。正門の前で待機しておけ。
直に彼らがお前らリトルピッグどもを迎えに来る。
…以上だ。明日に備えて、今日はさっさと寝ることだな。何せ命がかかっている。しっかり寝ておくように。
…もう帰っていいぞ」
「失礼します」
自分たちはこの部屋に居る現場監督たちに一礼してから、部屋を出た。
「はあ…」
…明日から荷物持ちだ。
もしかしたらこれが自分たちの人生最後の大仕事かもしれない。
…不安で押しつぶされそうだ。荷物をひたすら持って重労働。しかもキメラ生物とマフィアの居るところで。
…気が狂いそうになるのは言うまでもない。
「荷物持ちかぁ…。グリアムスさんは今回の荷物持ちについて、何か知ってますか?」
自分はその「荷物持ち」と言った単語を今回初めて耳にした。グリアムスさんならその「荷物持ち」について何か知ってるかもしれない。
自分は直接、彼に尋ねてみる。
「わたくしも何も知りません。今しがた初めて聞きました」
「そうですか。…グリアムスさんでもご存知ないんですね。…荷物持ち。何か嫌な予感がします」
「同感です。下僕現場監督は、先ほどわたくしたちの荷物持ちとしての働き次第では死罪を免れると言ってました。
…わたくしとしては、どうも虫が良すぎる気がしてならないんです」
「なぜです?」
「下僕現場監督はあの時、かなりいきり立っていました。
彼女らにこてんぱんにやられ、無能生産者の部下からもあわや反旗を翻されるところまで来てましたからね。
そこまでやられておいて、こうもあっさりとわたくしたちに生き延びるチャンスを与えるものでしょうか?
先ほど無線で連絡があった件についても気になります。
…きっと何か裏がある。…そんな気がしてなりません」
「そうですね。…一体自分たちが明日以降、どこに連れられることになるやら」
「……いくらわたくしたちがあれこれ考えた出したところで何も変わりやしません。
わたくしたちには選択肢がないのですから。
ともかく明日に備えて、早いとこ寝ておきましょう。…明日以降、何があっても良いように」
「…そうですね。では、お休みなさい。グリアムスさん」
「お休みなさい」
こうして2人は漠然たる不安を抱えながら、それぞれの就寝部屋へと戻り、床に着いたのであった。
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次回、最終章『統領セバスティアーノ編』:前編その1です。よろしくお願いします!