その53 「永遠のさよなら」
「よ~し! よくやったリトルピッグども! これでおめえらのことは大目に見てやるとする。
持ち場に戻れ! 引き続き作業に励むように! 以上!」
「「「「了解しました!! ヘンドリック・カイザー様!!」」」」
裏切り者の無能生産者たちは自分たちに目もくれず、そそくさと路地裏から去って行った。
そんな彼らをヘンドリック下僕現場監督をはじめ、現場監督一同は目で追う。
その場には自分とグリアムスさん、ペトラルカさん、ミーヤーを含め、総勢9名を残すのみとなった。
「…ということだ。残念だったな、グリアムス。お前の提案もこれで水の泡ってことさ。
ケタケタケタケタ・・・」
「全くヒヤッとさせるぜ!」
「バカな連中でよかったよ。まあバカだからあいつらは無能生産者なんだけどな!」
「バカは一生直らねえとはこのことだな! いい勉強になったわ!
・・・反面教師ってやつ? まさにそうだわ!」
「「「ガハハハハハ!!!」」」
有能生産者たちの高笑いがとても鼻につく。…現場監督たちの完全勝利。
あの愚かな無能生産者たちの心を掌握し、現場監督たちにとって有利な盤面へと見事持っていかれてしまった。
長年、無能生産者たちを取り扱っていたことによる経験則によるものなのか…完璧にひっくり返された。
「グリアムスさん!」
自分はがっくりとうなだれているグリアムスさんにそっと声をかける。
「…どうやら失敗だったようです。…わたくしの力不足でした。申し訳ない。
イチかバチかの大勝負に出たのですが、どうやらその賭けにわたくしは負けてしまったようです。
…代償はあまりにも大きい。もっとわたくしにスピーチ力があれば、同胞の心を動かすことが出来たでしょう。
さすればこの絶望的な状況から抜け出せたはずなのに…。本当に申し訳ない。
自己啓発本なり、心理学を学生時代の時にもっと深く学んでおくべきでした」
「そ…そんなことないです。…グリアムスさんは立派でしたよ。
何も恥ずることはありません。自分はグリアムスさんのあの迫力あるスピーチに感動しました。
とても…とても心を震わせられました」
「そう言って頂けて非常にうれしいです。今回、唯一の収穫はベルシュタインさんのそのお褒めの言葉だけですね。
それを聞けただけでも十分。…勝負を仕掛けた甲斐がありました。
もはや後悔してません。この先どうなったっていい。ただ虐げられるだけの人生より、こうして男らしく勇気ある戦いを挑んで、あえなく玉砕する。
そうした人生の方が何だかかっこいいじゃないですか。
何も行動せず、何の浮き沈みのない人生。そっちの方がかえって退屈ってもんです。
…そんな人生を送るくらいなら死んだほうがましです」
「グリアムスさん…あなたは本当に立派な人です」
「はははは…わたくしをほめても何も出て来やしませんよ」
「おい! てめえら! てめえらもひとまず元の作業場に戻れ!
てめえらのやったことは立派な規律違反! 反逆罪だ! 処分はまたおいおい決定する。
処分が出るまでの間も、変わらず無能生産者として強制労働に励んでもらう。
俺らを怒らせた罪に加え、コミュニティードヨルドを敵に回した罪は重いぞ。
…覚悟しておくんだな。ほら立て! 立つんだ!」
自分とグリアムスさんは下僕現場監督らに無理やり立たされた。
「元の持ち場に戻れ。バザール通りの店裏のモップ掛け掃除だったな。…とっとと行け」
「「…了解です」」
自分とグリアムスさんは一緒に元の持ち場へ戻ろうとする。
しかしその時、ペトラルカさんが自分に対し、こう声を上げたのであった。
「ベル坊くん! お願い! 行かないで! 行っちゃダメ!」
ペトラルカさんは、自分を引き留めるかのようにそう言った。
「い…いくな…ベル坊…。戻って来い…。またわたしたちと3人で…」
ミーヤーも声を振り絞るようにして、ペトラルカさんと同じく自分を引き留めようとする。
だけど…。
今回の事でようやく自分の中で結論が出た。…彼女たちとこれ以上関わってはならないのだと。巻き込んではならないのだと。
無能生産者である以上、ここでお別れを告げなければならない。だから彼女たちにこう言おう。
きっぱりと…永遠のさよならを。
「ごめんなさい。せっかく自分をあの強制労働から牧場労働へと引き入れていただいたのに…。
2人には迷惑をかけっぱなしです。
これ以上自分と関わるとあなた方にとって、マイナスになるだけ。
…自分は元の無能生産者に戻ります。遅かれ早かれこうなってたと思います」
今日で永遠のお別れとなる。…ささやかな幸せをありがとう。今までの日々、とても楽しかった。
…人生で一番輝いた瞬間だったと思う。
「変にカッコつけたように言わないで! 別にあなたは何も悪くないの!
…だから自分を責めるようなことを言わないで!
お願い! 戻ってきて! 戻ってきてよ!」
「ベル坊…わ…わたしからもお願いだ。…一生のお願いだ。…帰ってこい。
…それに…何がマイナスなもんか。バカなこと言ってないで、さっさと引き返して来い」
ミーヤーもペトラルカさん同様に、目に涙を浮かべ、声を震わせていた。
「ごめんなさい。それはできません。…あなた方を危険に晒してしまった。
…全部自分のせいです。
自分は2人とってのただの疫病神。これ以上迷惑はかけられない。…さようなら。
…君たちに出会えて、本当によかった。それだけは揺るぎようもない本当の気持ちです」
自分は最後にそう言い残し、路地裏を後にした。
後ろを振り返ることはなかった。
今、振り返ってしまうと、自分にまた甘えが出てきてしまい、前へ進めなくなる。
せっかく決意した事が揺らいでしまう。
彼女たちにまた泣きつきかねない。だから決して振り返らなかった。
ペトラルカさんとミーヤーが後ろでどんな表情を浮かべているのか…考えるだけでもつらかった。
想像するだけでも苦しかった。
こうして彼女たちとのおおよそ2週間に渡る充実した日々は完全に幕を下ろすことになった。
この先、現場監督たちにどのような処分を下されるのか?
…残りの人生もそう長くはあるまい。自分たちに残されたこの時間。有意義に過ごそう。
彼女たちの声が路地裏に鳴り響いているのを肌で感じながら、自分たちはバザールの裏通りを目指した。
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