その50 「両手に花。むぎゅーっとな」
「おい!止まれ!そこの3人!」
現場監督のうちの1人ファルコンが自分ら3人を呼び止める。
自分は今、両脇をペトラルカさんとミーヤーの2人に抱えられながら、歩いていた。両肩に彼女らの腕が回され、自分がこの路地裏から出るための献身的なサポートをしてくれている。
現場監督のファルコンが自分たちにそのようにして制止を求めてきたので、両隣に居るペトラルカさんとミーヤーも素直にそれに従った。
「おい!ベルシュタイン!女どもを引っ提げて、どこに行くつもりだ?
無能生産者風情が女どもと呑気にランデブーってところか?・・・身の程を知れ!無能生産者のブタが!」
「何って、今からベル坊をクラーク先生のところまで連れていくだけだよ。
今からわたしたち3人、仲良しこよしでデートに行くわけじゃない!・・・こうしてケガ人を運んでるだけだ!」
「うっせえ!口を挟んでくるんじゃねえ! 小娘が! 俺らは今ベルシュタインとしゃべってるんだ!部外者はさっさと失せやがれ!」
「部外者じゃないもん!ベル坊くんはわたしたちの友達、マイフレンドなんだよ!?部外者でも何でもないんだから!」
ペトラルカさんはそう言うと、フグのようにパンパンにほっぺを膨らませた。激おこだった。
「残念ながらそのお友達は無能生産者。コミュニティードヨルドにおける最下層の不可触民だ。
そんな奴をコミュニティーきっての名医であるクラーク先生に診てもらおうだなんて、とんでもない!クラーク先生の手を煩わせるようなことはやめろ!」
「何よ! 何よ! ベル坊くんは全身あざだらけなんだよ!? 早くクラーク先生の元に連れていってあげないと・・・」
「うるさい! たかが無能生産者がケガを負ったところで、それが何だっていうんだ。クラーク先生が診療するのは有能生産者様だけだぞ! 愚かな無能生産者に医療を受ける権利などない!」
「もうしつこい!」
このような押し問答にしびれを切らしたのか、ミーヤーはついに現場監督のファルコンにそう怒鳴った。
「そこまで言うんなら、ベル坊をあんたたちに引き渡さないといけない何か正当な理由を言ったらどうだ!
さっきから渡せ!渡せ!と喚いてばっかりで一向に埒が明かない!」
「うるせえ!うるせえ!うるせえ!奴は無能生産者だからだ!それ以外に理由はない!御託を並べるな!
いいから観念して俺らにその男を寄越せ!」
「嫌なこった!ベロベロバー!」
「それとベルシュタイン! お前の今やってることは無能生産者規約第3条違反! 不純異性交遊に抵触するぞ! だからとっととその女どもから離れろ!」
「そうだそうだ!ファルコンの言う通り!何、現場監督の身分じゃねえお前が、一丁前に女どもと腕を組んで歩いてるんだ! 無能生産者のクセに生意気だぞ!」
「もうミーヤー!この人達、しつこすぎるよ!何が不純異性交遊なの!? どこが!? どこのどこが!?」
「どこも不純異性交遊じゃないよ、ペトラルカ! わたしたちにとって、こんなの当たり前ったら、当たり前!」
「そうそう! ベル坊くんと腕を組んで歩くのは当たり前のことだもんね!」
ファルコンが彼女たちに自分の元から「離れろ! 離れろ!」としつこく言ってくるタイミングになってから、急に彼女たちの腕が自分の両脇から両腕へと変わっていた。
・・・今、自分は彼女たちに無理やり、腕を組まされている。
ちなみにさっき、ペトラルカさんとミーヤーがこの自分と腕を組んで歩くのは、さも当たり前のように言っていたが、全くそんなことはない。彼女たちに腕を組まれたのは、今回が初である。
彼女たちと今までこんなに密着したことはなかった。牧場生活の時もお互いある程度のパーソナルエリアを保っていた。
両手に花で傍から見たら、ラブラブカップルのように見えなくもない構図は、この場にいるみんなの視線を一身に浴びていて、正直とても気恥ずかしい。
「うっせえ! てめえらとそいつがどんな関係にあるのかこの際どうでもいい!
無能生産者の所有権は俺らにある!無能生産者は俺らの所有物だ!
無能生産者の時点で俺らの命令に絶対に服従しなければならない!
お前らにそいつと一緒に居る権利はどこにもねえ!だからとっととそいつを寄越しやがれ!」
「何言ってるの!? 暴論もいいところじゃない! ベル坊くんはわたしたちの所有物よ!
ねえミーヤー!この人達、なんかとんでもない勘違いしてるよ!」
「あんたたちの物はあんたたちの物。わたしたちの物もあんたたちの物ってか?
ふざけやがって! あんたたちはどっかのガキ大将か何かなの?」
「ごたごたうっせえぞ! 女ども! 無能生産者は俺らの所有物だって言ってんだろ!?
コミュニティードヨルド憲章にもしっかりとそのことが明記されてんだ!
正義は俺らにあるんだよ!!」
「うっせえ!カスども!ベル坊はわたしたちの物!異論は認めない!」
双方の議論は大変白熱していた。自分が一体誰の所有物なのか。争点はそこにあった。自分の所有権争いと言った稀に見ぬディベート合戦が繰り広げられていた。
そもそもこの議論の前提に、自分が誰かの所有物にあるっといったことが全く揺るぎもない決定事項として、認識されているのが気になるが・・・。
何だろう。男として、不甲斐なさを感じ得ない・・・。
「いいから!とっととそいつを渡せや!ゴラ!」
「ダメダメダメ! ベル坊くんはわたしたちの物なの! だからこうしてむぎゅーってすることくらい造作もないんだから!」
そう言うとペトラルカさんは唐突に、自分の腕にむぎゅーと抱き着いてきた。ペトラルカさんのたわわな胸が腕に押し付けられる・・・。
「そうだ~そうだ~。ベル坊はわたしたちの物ったら、わたしたちの物! だからこうして、むぎゅーってすることにだって、抵抗ない!」
そんなミーヤーもペトラルカさんに続き、腕に抱き着いて来た。ペトラルカさんよりかは少々小ぶりではあるものの、それでも割とたわわなブツを腕に押し付けてくる。
その2人のブツの感触はバランスボールの柔らかさとはまた違った、何て言うか・・・マシュマロのようにフワフワしたような・・・とにかく抑えがきかない反則的な高揚感が心の底からメラメラと湧き上がってくる、まさに禁止級のたわわだった。
「ちょっと! ペトラルカさんにミーヤー! 悪ふざけはよしてくれよ!」
自分がこのように彼女たちの唐突な行動を戒めるも、
「わたしたちは友達~友達~なんだから、これくらい当たり前のことだもんね~。むぎゅー」
「そうそう。ベル坊は何ら恥ずかしがることはないぞ! むぎゅー」
一体2人が何のつもりで、唐突に自分の腕にむぎゅーっとしてきたのか、全く見当がつかないが、是非ともやめていただきたい。
いい加減にしないと、2人の豊満なたわわをガシッ!と鷲掴んで、揉っみ揉みのパッフパフにしてやるぞ!?
・・・だから自分がその気にならないうちに、そのむぎゅーするのを早いとこやめていただきたいと思っている。
「おい!ベルシュタイン!俺らに見せびらかしてるんじゃねえ!」
「無能生産者のくせに女なんて作りやがって! 生意気だぞ!」
「命令だ! ベルシュタイン! 今すぐその女どもから離れろ! 無能生産者規約違反だぞ!」
「「むぎゅー」」
もはや収拾のつかなくなったこの場をどう治めたらいいのか、自分にはわからなくなっていた。
両腕には花。そして自分のこの有り様を見つめ、いつも以上にカッカしている現場監督たち。
現場監督係は一応肩書きの上では、有能生産者とされているが、実質はほぼ無能生産者の上位互換程度に過ぎない。
だからそんな現場監督たちはコミュニティーの女の子にとにかくモテない。
・・・おそらく女の子とよろしくやってるのはあの豚小屋広しと言えど、自分だけである。この点に関していえば、自分は誰よりも上位互換であった。
実に面白い!
普段から現場監督係、ないしにパワハラ現場監督にいびりにいびられて、虐げられてきた自分だったが、ここにきて初めて彼らに対し優越感に浸ることが出来た。
所謂、高みの見物?ってやらものができているのだ。
現場監督係の連中は語気を荒げて、先程から「無能生産者規約違反!」と口酸っぱく言ってるが、実際のところ女の子に縁もゆかりもない彼らにとって、自分の今置かれている状況はさぞかし羨ましく映っているに違いない。
嫉妬の炎に全身を焼かれ、どうしようもない状態となっているだろう。
してやったり! これはずばり現場監督たちに対する復讐となっているのではなかろうか?
・・・まあ少なくとも相手方に不快な気持ちにさせることができているのは確かだろう。まさに「ひゃっはー」ってやつである。
「・・・もう埒が明かないから、わたしたちはここで失礼するよ。そこをどいた!どいた!」
ミーヤーはついにしびれを切らしたのか。斬り捨てるかのようにそう吐き捨てた。
「そうだね。じゃあ帰ろ?ベル坊くん。クラーク先生のところに一旦寄ってから、わたしたちの牧場に」
ペトラルカさんもミーヤーに呼応する。哀愁が漂うような柔らかな口調で彼女はそう言った。
「そうだな。・・・じゃあ帰るとするか!・・・・・それはそうと随分探したんだぞ?
わたしが元の宿舎まで向かってる最中に、ちょっと忘れ物してたことに気付いて、いざ牧場に戻ってみたら、あのカステラおばさんがまあそれはそれは、めちゃくちゃあせあせしてたんだぜ?
『ベル坊が赤塗のバットを持った誰かさんに連れ去られてしまったの!』って言って・・・」
「そうそう。わたしたちとっても心配してたんだよ? だっていきなりベル坊くんが牧場から居なくなっちゃったんだもん。本当に・・・本当に心配したんだよ?」
あのペトラルカさんとミーヤーが自分の事をそんなにまで心配してくれてたなんて・・・。
彼女たちはそう言うと、一安心したように顔をほころばせていた。
・・・なんて声をかけて上げたらいいのか。
・・・彼女たちの自分を優しく包み込むようなその笑顔に自分は思わず涙が出そうになっていた。
「あれれ?」
目頭がだんだんと熱くなってきた。・・・今にも水がドッと溢れ出そうだ。
・・・いかん!意地でも寸前のところで食い止めねば!
「ううう・・・目が・・・目が!かゆくなってきたぁぁぁ・・・」
自分はその涙ぐむ様を目がかゆいの何のと言って、ごまかすことに決めた。その様子を見た彼女らは、
「え!?どうしたの!?ベル坊くん!いきなり目をゴシゴシとこすりだしたよ!?」
「これは大変だぁぁぁ!ベル坊はきっと何かの感染症を罹ってしまったんだ!
早くお医者さんのところまで!クラーク先生のところまで連れていってあげなきゃ!」
自分の見事な迫真の演技に騙されてくれたようだった。
ミーヤーとペトラルカさんは再び自分の腕を組みながら、歩き出した。
自分も彼女らにつられ、歩き出す。
「おい!止まれ!話はまだ終わってねえぞ!」
現場監督係はそんな自分たちをとおせんぼうしようと、横一列に並んで、3人の行く手を遮る心づもりだ。
「やれるものならやってみな! 何を隠そう!わたしたちは武装班所属のミーヤーにペトラルカだ! クラック隊長の直属の部下だ!」
「ず・・・頭が高いよ!・・・ひ・・・控えろ~」
ペトラルカさんはあまり慣れてないような口調で恥ずかしがりながらも、弱々しくそう言ってのけた。
「・・・ベルシュタインさん。いいお友達が出来たようで。・・・羨ましい限りです。
やっと春が来たようですね。
・・・・あなたたち3人にどうか神のご加護があらんことを・・・」
グリアムスさんはそんなささやかな祝福の辞を自分に送っていたのであった。もちろん当の自分がそのことを知る由はなかった。
「できることならわたくしにも、あなたたちの幸せのひとかけらだけでも味合わせてほしいものですがね・・・。
万年窓際社員だったわたくしには、とうとう30後半になっても・・・春は来ませんでしたから・・・」
グリアムスはベルシュタインとそんな彼の両隣にいる彼女たちを暖かい目で見守りつつ、かつ、恨めしそうに、ぼそぼそとそのようなことを呟いていたのであった。
牧場での騒ぎを聞きつけ、すぐ駆けつけてきてくれたペトラルカさんにミーヤー。心が折られそうになったところをまた彼女たちが暖かく自分を包み込んでくれ、救ってくれた。
・・・無能生産者の彼を救うことは敵わなかった。
しかし彼を救い出そうといった決意に力を与えてくれたのは、紛れもなく今、自分の両隣を歩いている彼女たちだった。
確かに今回は失敗してしまったのかもしれない。
だが今度こそ、今回救えなかったあの人の分まで、人に優しさを振り撒けられる、与えられるようなそんな人間になってやる。
自分はそう心に誓った。
「ははー!! 失礼しました! 武装班の方々とはつゆ知らず、無礼な真似を働いてしまいました! どうかお許しを!」
現場監督たちはいつの間にか、ペトラルカさんとミーヤーに対し、頭を下げ、平伏していた。
きっと武装班の肩書に恐れをなしたのであろう。コミュニティーのかなり上位の身分である彼女たちに無礼を働いたことを悔いていた。
そんな彼らは猛烈に反省を重ねに重ね、おでこを地面に擦りつけながら、すすり泣いていたのであった。
・・・ただし、現場監督係のある1人を除いて。
ペトラルカさんとミーヤーが自分を両腕に抱え、現場監督たちも、先程までの頑なな態度から一変して、すんなりと道を明け渡してくれた。
そうして自分たち3人が、まもなく路地裏を出ようとしていたその時だった・・・。
そんな彼女たちの背後に誰にも気づかれず、おそるおそる忍び寄ってくる1人の影があった。
「!!」
その異変に気付いたのはグリアムスさんただ1人だった。
「3人とも!危ない!」
突然グリアムスさんが大声を出し、自分たちに危険が迫っていることを知らせた。
その声は路地裏中に反響して、響き渡っていた。
「え? い・・・いきなりどうしたんです? グリアムスさん?」
自分たちはまだ気付いていなかった。背後に忍び寄るその影のことを。
自分を含むペトラルカさん、ミーヤーの3人とも、自分たちの前で平伏し、額を地面に付けていた現場監督たちに気を取られていたのだ。
完全に油断していた。その3人の誰1人として、背後のその存在に気づくことはなかった。
グリアムスさんのあまりに悲痛なまでの必死な叫びにつられ、3人はほぼ同時に後ろを向いた。
するとそこには・・・・、
「くそ女どもが! よくも俺をコケにしてくれたなぁぁぁぁ!!」
3人めがけて、今にもしばき棒を振り抜こうとしていた下僕現場監督の姿があった。
その存在に気付くのに、みな一瞬反応が遅れてしまう。
無情にも3人の頭上には、しばき棒が振り抜かれようとしていた。
「み・・・みんな!危ない!!」
それにいち早く反応したのは、ミーヤーだった。
ミーヤーは素早く、自分とペトラルカさんを突き飛ばした。
そしてそんな2人の身代わりとなり、しばき棒の餌食になってしまったのはミーヤーであった。
下僕現場監督のしばき棒はミーヤーのこめかみへとフルスイングされ、まともにヒットしてしまったのである。
バタンッ!!
「ミ・・・ミーヤーぁぁぁぁ!!」
ペトラルカさんは地面に鈍い音を立て、そのままぶっ倒れてしまったミーヤーを見て、悲痛な叫び声をあげる。
「このクソビッチが!!」
しばき棒が地面に仰向けに倒れていったミーヤーに目がけて執拗に叩きつけられる。
「よくも・・・よくも俺を!! 死ね!! 死んでしまえぇぇぇぇ!!」
ブン!ブン!
しばき棒が容赦なくミーヤーに振るわれる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!やめてぇぇぇぇ!!」
「げ・・・現場監督さん! あなたは一体なんてことを!!」
グリアムスさんが自分が動くよりも先に、下僕現場監督を止めに行った。
「ぐふっ!!」
グリアムスさんは果敢に下僕現場監督に対し膝下タックルをかました。しばき棒の魔の手からミーヤーから逃れさすことに成功する。
「ベルシュタインさん!このバットを!」
グリアムスさんは下僕現場監督からしばき棒を取り上げ、それを自分の元へ蹴り上げた。
・・・カランカランっと音を立てて、鉄製のしばき棒が転がり込んでくる。
・・・自分にこれを拾い上げろということか。
グリアムスさんのそんな意図を汲み取り、転がり込んできたしばき棒を拾い上げる。
「ミ・・・ミーヤーぁぁぁぁ!!!」
ペトラルカさんはすでにミーヤーの元へ駆け寄っていた。
「しっかりして!ミーヤー!ミーヤー!」
ミーヤーからは反応が見られない。
心なしか意識を失っているように見えた。
束の間に起こってしまったこの悲劇に自分は呆然として突っ立っていることしかできなかった。
自分は大してミーヤーの元にもグリアムスさんに加勢するわけでもなく・・・。
さきほど自ら拾い上げた下僕現場監督のしばき棒を見つめる。
・・・・状況が飲み込めない。
ペトラルカさんの方に視線を移す。ミーヤーの頭からは恐ろしいほどの流血が・・・。
血が止まらない。ミーヤーはずっと気を失ったままだ。
自分は・・・自分は、特に何をするでもなく、事の成り行きをただ見守っているしかなかった・・・。
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