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その46 「彼の信条」

「助けに行きましょう!!グリアムスさん!!」


 グリアムスさんも他の無能生産者と同じく、下僕現場監督に追われている彼を助けようといった気概すら感じられなかった。


 当然自分らは当事者だ。目の前で事件が起こった。下僕現場監督に襲われている彼も自分たちと同じ無能生産者であり、仲間のはず。

 グリアムスさんも無能生産者の彼らのことを同胞とも言っていた。そんな同胞のピンチならいち早く駆けつけてあげるべきなのでは?


 しかしそんなグリアムスさんからは傍観者意識しか感じられなかった。

 クラスにいじめがあっても見て見ぬ振り。クラスに居る誰もがいじめを受けている対象を助けようとしない。

 いじめの加害者もいじめの傍観者も等しく同罪だ。彼らが今やっていることは下僕現場監督の横暴を許しているのと何ら変わらない。



「・・・・ダメです。彼を助けたらわたくしたちまでやられてしまう。それをわかっておいでですか?ベルシュタインさん」


 グリアムスさんはずっとこんな調子だった。弁解に弁解を重ね、さも傍観者を気取ることがこの場の最善策であるかのように主張していた。

 自身の主張をさも正しいことかのようにあれこれ言って、正当化しようとしている。


「何でですか!?あの様子を見るに、彼はきっと殺されてしまいます!

 これから彼の身に起ころうとしていることがどれほどの大事(おおごと)になるかわかってますよね!?」


「はい・・・それはなんとなくわかっています。ですが・・・」


「それがわかってるなら、尚更助けに行くのが道理ってもんじゃないんですか?」


「しかし道理は道理でも例外があるんですよ。ベルシュタインさん」


「何が道理に例外がある!・・・ですか!?彼は今窮地に陥ってるんですよ?

 周りの連中を見てください。誰もあの彼を助けようと動こうともしない!

 ただ黙々と見なかった振りをして作業に徹しているだけ!自分には彼らの行動が到底理解できません!」


「・・・彼らもわかってるんです。彼を助けた結果どうなるのか。

 ・・・それを散々思い知らされてきた。だから動きたくても動けないのが実情なんです」


「自分の身がどうなるかなんてこの際関係ない!そんなの知ったことか!!ですよ!

 彼はきっと誰かの助けを求めている!この期に及んで手を差し伸べないわけにいかないでしょ!」


 自分はグリアムスさんの両肩をガシッと掴んだ。必死に彼のカラダを揺さぶり、説得を試みようと何度も何度も働きかけた。

 しかしグリアムスさんの心はそれでも動くことはなかった。


「・・・・ベルシュタインさん。彼の事はあきらめましょう。もうどうしようもないんです。

 ・・・・彼を助けたところで、わたくしたちに待ち受けている運命は残酷なものです。

 仮に下僕現場監督に歯向かったとなれば、おそらくわたくしたちまで巻き添えにされる。

 現場監督の彼らには、わたくしたちが無能生産者の彼のほう助したか何とかで因縁を付けられ、殺されるだけ殺されて、あとは何も残らない。

 ・・・リスクとリターンが見合ってないんですよ、ベルシュタインさん。

 ・・・この意味が分かりますか?」


「いいえわかりません!そんなリスクとリターンばかり考え、機械的に物事を捉えて生きていて、グリアムスさんは人生に窮屈しないんですか?」


「あなたが何を言おうと、これが最善策なんです。下僕現場監督に対し、わたくしたち無能生産者は徹底的に不干渉を貫き通す。

 これがあなたが2週間も豚小屋に不在だった頃に自然と出来上がった無能生産者間の不文律なんですよ」


「一体どうしちゃったんですか・・・グリアムスさん。不文律なんて言ってる場合じゃないんですよ。

 この2週間の間に下僕現場監督を含めみんなもすっかり変わってしまった。

 ・・・・どうしてあなた方は他人事となるとこうも薄情になれるんですか・・・」


 自分は彼らが見せるあまりの薄情さにガッカリしてしまった。揃いも揃ってどうして仲間のピンチを他人事だと割り切ってしまうのか。とても理解できなかった。


「そのお言葉をそっくりそのままあなたにお返しします。あなたは2週間もの間、牧場でぬくぬくと労働していたことですっかり腑抜けてしまったようです」


「それはこっちのセリフです!腑抜けているのはあなた方のほうです!

 何で困っている人が目の前に居るのに、あなた方の中で誰も彼を助けようという気が起こらないんですか・・・」



「ベルシュタインさん。現実を受け入れてください。世間と言うものは非常にドライなんです。誰も助けてくれない。

 自分の身は自らの手で守り抜かなければならない。自分の身も守れない人間は世間に殺されるしかないんです。

 ・・・みんな今日生きるのに精いっぱいなんですよ。例外などありません。そんなわたくしたちが人様を助ける余裕なんてあるわけがない。

 ・・・わかっておいでですか?これは世界が変わっても、いなかったとしても何ら変わらない真実なんです。

 ・・・その現実に目を背けるべきではありません。見ない振りを決め込んだとしても、現実は一切その姿を変えることなく、あなたを叩きのめす。そして思い知らされる。

 あなたは変わらなければなりません。そう割り切って生きていかないと、人生生きるには非常に苦しいです。あなたの主張はただの机上の空論に過ぎない。

 ・・・彼の事は諦めましょう。自分の身すら守れないわたくしたちがどうこうできる問題じゃないんですよ・・・」



 確かにグリアムスさんの言ってることは紛れもない真実である。世間は自分たちの庇護者ではない。

 世間は人としての成長の手助けは最低限してくれるかもしれないが、親身になって何が何でも面倒を見てくれるわけではない。

 ましてや何の価値もない人間など気にもかけない。気にもかけられない人間の人生は残酷そのものだ。

 最低限度の世間的ステータスを持ち合わせていないとゴミのように扱われ、永遠に虐げられる人生を強いられる。

 それを避けるために個々の人間は他者と競争し、他者との競争に勝ち残っていかなければならない。競争に負ければ地獄が待ち受けているからだ。

 世間がそんな状況だから人は蹴落とし、蹴落とされ、そうしているうちにいつの間にか誰の心にも思いやりの精神と言うものが残らなくなってしまうのだ。


 グリアムスさんの指摘は十中八九何も間違っていない。揺るぎようもない真実だ。

 しかしそんな悲しい現実ばかりに気を取られてしまうからこそ、人は本来あるべき姿を忘れてしまう。

 自分はそのことをペトラルカさん、ミーヤー、カステラおばさんらと過ごしていく中で教わったのだ。

 しかしそれは別に彼女たちの口から直接そう教えてもらったわけではない。

 ・・・彼女たちと関わっていく内に自然と気付かされたのである。・・・それは自分がずっとずっと忘れていたことだった。



「自分は決して腑抜けてなどいません。現実もわかっているつもりです。

 わかってはいるが、それでも自分にはそんな現実にあらがってまで貫き通したい信条というものがあるんです」


「信条なんてものがいくらあろうと、そんなものは非情な現実の前ではすべて夢物語となって意味をなさなくなってしまうんです」


「確かにそうかもしれません。他人を気にするぐらいならまず自分の事を気にしろ。

 無能生産者のあの彼を助ける前にまず自分の身を案じるべき。確かに自分もそうするべきなのかもしれません。

 自分はペトラルカさん、ミーヤー、カステラおばさんらと出会い、2週間の間ずっと牧場で暮らしてきました。

 その間、また彼女らに例のバーに連れられ、またきついお酒を無理やり飲まされ、大してうまくない歌を歌わされました。

 そんな日常を彼女らと共に、暮らしているうちに自分は大切なことを気付かされたんです。

 優しさを失わないこと。弱い者いたわり、互いに助け合い、どこの国の人達とも友達になろうとする気持ちを失わないこと。たとえその気持ちが何百回裏切られようと決してその信じる気持ちを失わないこと。

 彼女たちと楽しい日常を送れ、その生活を素直に受け入れられたのも子供の時にどこかで聞いたその言葉があってこそだと思ったんです。

 ・・・・でも現実は全くこうはなっていない。むしろ逆行していっている。そう思います。それが真実だと思っています。

 ジュニアハイスクール、ハイスクールと段々年齢が上がっていくにつれて、他人をいたわろうする人はいなくなってしまいました。

 優しさは失われ、弱い者はいじめられ、排他的になり、何百回どころか何千回、何万回も裏切られる。

 そんなお人よし、今となってはどこを探したって見つかることはないでしょう。

 彼らも同じです。何万回も裏切られ、バカにされ、けなされる。

 そんな経験を腐るほどしていくうちに、彼らもいつの間にか自分の保身ばかりに走って、互いに助け合うことなど考えなくなってしまったんです。

 困っている人が居たとしても、その人を助けるだけの価値に見合わないと思えば、決して動こうとしない。前の社会でも今のコミュニティードヨルドの社会でもみんなそうです。助ける価値がないからと言って、誰も助けようとはしない。


 でも自分たちはそう言うのをお構いなしに自分だけは助かりたい、助けてほしいとばかり願う。

 それってとっても身勝手じゃないですか?

 自分からは他人に何も与えようとしないし、救おうともしない。そのくせ自分だけには優しさを振り撒けてくれとばかり願う。そんな受動的な人間が世の中には多すぎます。

 だから彼女たちと出会って自分はこう思ったんです。

 なら自分はその与える側の人間になろうと。彼女たちが自分に手を差し伸べてくれたように、自分も彼女たちに(なら)って、与える側の人間になろうと。・・・・そう思ったんです。

 自分は彼を助けます。彼女たちが自分に手を差し伸べてくれたように、今度は自分が彼に手を差し伸べる番です」


「・・・そうですか」


 グリアムスさんは顔を隠すように深々とうなだれた。それからすっかり黙り込んでしまった。


「・・・・グリアムスさんは別に無理してついてこなくていいです。

 グリアムスさんの考えは何一つ間違っていません。グリアムスさんの行動は正しい。

 自身の命のことを最優先に考えての選択なんですから。自分はそれを頭ごなしに否定するなんて真似はできません。かえっておこがましいです。

 これはあくまでも自分がそうしたいと思った末に取る行動なんですから。

 これからの自分の行動は命を軽々に投げうつ、はたから見たら決して喜ばれる行為ではないかもしれません。

 ですがそれでもいいんです。世の中がどうあっても、これらの信条だけは貫き通していきたい。

 自分は今から彼らの元に向かいます。それでは・・・・」


 ベルシュタインは手に持っていたモップをバケツの水に勢いよく突っ込んだ。

 彼ら2人はバザール裏の近くの路地裏へと入っていった。その先は確か行き止まりだったはず。今行けばまだ間に合う。そう思い、急いで彼らを追おうとしていたその時だった。


「待ってください。ベルシュタインさん」


 グリアムスさんはそんな自分を呼び止めたのである。


「自分はさきほど彼の事は諦めるとは申しましたが、それは何もベルシュタインさんあなたをも諦めると言った意味合いではありません」


「ど・・・どういうことでしょうか?グリアムスさん」


「わたくしは今でも後悔してるんです。

 この2週間の間、わたくしの目の前で何人もの同胞が下僕現場監督の彼によって次々と殴り殺されてきました。

 そんな状況になってもわたくしを含め誰も声をあげる者はいなかった。誰も動こうともしなかった。傍観者を気取って、何事もなかったように澄ましていました。

 誰かが声を上げるべきだった。誰かが声を上げて、彼の暴挙を止めなければならなかった。

 きっとわたくしたちは全員、そうした声を上げてくれる誰かを待っていたのでしょう。自分自身から動こうとせず、全て他人任せにして。

 ・・・しかしそんな人は誰一人現れなかった。

 わたくしは目が覚めました。待っていてばかりでは仕方ない。

 動く。動くしかない。誰も動かなかったら自らが。自らが動いて、無能生産者たちの現状そのものを変えていくしかない。

 誰かが何かしてくれるだろうと思って、待っているばかりでは未来は切り開けない・・・。

 ・・・・長話が過ぎましたね。

 わたくしはみんなを呼んで来ます。ベルシュタインさんは一足先に彼の元へ行ってください。

 ・・・わたくしもすぐ後を追います」


「みんなを呼ぶ?・・・一体みんなを呼んでどうするつもりですか?」


「ははははは。・・・それはまた後でのお楽しみと言うことで。

 ・・・・ベルシュタインさんはあの下僕現場監督を無理のない範囲で足止めしておいてください」


「わかりました。・・・では行って参ります」


 そうしてグリアムスさんとは一旦そこで別れ、自分は単身ヘンドリック下僕現場監督と無能生産者の彼の元へ、路地裏の方へと向かって行ったのであった。


ここまで閲覧いただきありがとうございます!


次回も宜しくお願いします。

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