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その45 「おだまり!下僕現場監督」

 ゴシゴシゴシゴシゴシ!


 背後にとても嫌な気配がする。後ろに立たれるのは苦手だ。

 おまけに下僕現場監督特製のしばき棒のことも脳内にちらついてくる。

 背後からいきなりしばき棒で殴打されようものなら、自分たちの生涯はあっけなくここで終えてしまうことになるだろう。


 そんなこともあってか、頭や背中が非常にゾワゾワしてきた。辺り一帯の空気が大変重たく感じる。

 背後にいる下僕現場監督の存在がまるで悪霊のように思えてきて、この場から逃げ出したい気持ちをさらに増長させていった。


 ヘンドリック・カイザーはずっと自分たちのモップ掛け掃除の一挙手一投足に気を配っているようだ。

 そんな中、自分たちは私語をやめ、お互い黙々と作業に従事していた。

 下僕現場監督が背後に立つのをやめるまで、悪霊退散の願いも込めつつ、自分たちはモップを店裏の壁に力強く擦りつけていた。


 そうしているうちに2、3分ばかり経過すると、下僕現場監督は自分たちにこう声をかけた。


「いいだろう。その調子で作業に励め。くれぐれも私語で無駄な時間を食わないように・・・・。

わかったな!リトルピッグども!」


 それだけを言い残し、ヘンドリック下僕現場監督は去っていった。

 去っていくと彼はまた所定の位置へと戻り、胸ポケットから銀色のメタリックな風合いのしたタバコケースを取り出した。

 ケースから一本、タバコを取り出し、それを咥えるとおいしそうにぷかぷかと吹かしながら、ぼんやりとコミュニティードヨルドの晴れ渡った空を眺めていた。


「へなへなへな・・・・」


 ドット疲れた。緊張の糸が張り詰めたあの空気感からようやく解放された。


「あ・・・危なかったですね。自分、背後をとられた恐怖で思わず発狂するところでした・・・・」


「同感です。わたくしたちのパーソナルスペースにあの下僕現場監督がにらみを利かせながら、ずっと突っ立っていましたからね。・・・・恐ろしかったです」


「心臓がまろびでるところでした・・・・」



 一歩間違えば大惨事だった。下僕現場監督に背を向けた状態で一方的にやられようものなら・・・想像するだけでもゾッとする。

 打ち所が悪ければあの世へすぐさまゴートゥーザヘブンとなっていただろう。そう思わせるだけの差し迫った状況に自分たちは置かれていたのだ。


「今の危機に瀕し、あなたにも十分理解できたことでしょう。これだけは言っておきます。

 ・・・彼の動向には今後も注意を払っていてください。気を抜いたところにで奇襲にあうことだってあり得ます。・・・・気を付けてくださいね」



「はい。・・・・わかりました」


 自分はグリアムスさんのそれらの忠告に深くうなずいた。



「それにしても一体いつからあの下僕現場監督は、あんなバイオレンスな性格と落ちぶれてしまったんですか?自分が豚小屋から居なくなる2週間前はそれなりに温厚な人だったように思えたんですが・・・」


「下僕現場監督がすっかり変わってしまったのは、パワハラ現場監督がいなくなった時からです。パワハラ現場監督がいなくなって、実質的なリーダーはヘンドリック下僕現場監督となりました。

 彼があそこまで落ちぶれてしまったのはそれからのことです。ベルシュタインさんがおっしゃったように、以前まではあんな乱暴な人ではありませんでした。」


「何かきっかけでもあったんですか?下僕現場監督がああも豹変してしまった何かが?」


「きっかけも何もありません。パワハラ現場監督がいなくなった途端に彼の態度は急変したんです。その様はまさしく化けの皮が剥がれたぶりっ子女のようでした」


「・・・・グリアムスさん。その例え方・・・自分にはわかりずらいです・・・」


「おおっとこれは失礼。

 まあわたくしが言いたかったことは、下僕現場監督の彼の本性が元々温厚なものではなく、グリアムスさんが先程おっしゃったような大変バイオレンスなものだったのでは?ということです」


「・・・・つまり下僕現場監督は今まで猫をかぶっていたと?

 あの凶暴性はパワハラ現場監督が居る間、ずっと押さえつけられていたと?・・・・そういうことですか?」


「その通りです。おそらくパワハラ現場監督があんな形で失脚したことがきっかけになり、タガが外れたんでしょう。それから今現在までずっとあの調子です。

 パワハラ現場監督がいなくなったことで、押さえつけられていた本性が爆発したんでしょうね。その結果があのザマです」


「そんな人間が現にいるだなんて・・・・信じたくないですね。所謂二面性がある人間だったと?

 ・・・下僕現場監督の彼は」


「そういうことです」


「でもたかがあのパワハラ現場監督1人が居なくなった程度で、こうも人って様変わりしてしまうもんなんですか?」


「さようです。パワハラ現場監督は体格に恵まれていて、腕っぷしも強いこともあってか、豚小屋に居る間、誰も彼には逆らえませんでした。

 所謂オトナのガキ大将ってやつですね。そんな彼に反対意見を唱えようものなら、わたくしたちはコテンパンにやられてしまいます。

 ・・・・いよいよそんな人がパワハラをして強権を振るうとなると、もはや誰も逆らえません。

 逆に言えばそのパワハラ現場監督の存在のおかげで、下僕現場監督の本性が出るのを食い止めていた。いわばパワハラ現場監督が下僕現場監督の防波堤となっていたわけです。

 そしていざパワハラ現場監督が居なくなったことで、ずっと押さえつけられていた下僕現場監督の本性がここにきて爆発してしまった。そんなところでしょう。」


「パワハラ現場監督はとにかくとんでもない置き土産を自分たちに残していったってことですね・・・・」


「そういうことです。わたくしたちはパワハラ現場監督が居なくなったことで、やっとこの豚小屋強制労働生活から解放されると思っていましたが、皮肉なことに下僕現場監督がリーダーとなって、もっと状況がひどくなってしまった。

 パワハラ現場監督の次は下僕現場監督。・・・・また歴史は繰り返す。

 ・・・・そういうものなのかもしれませんね」


「そんな歴史、繰り返してなるものですか!・・・この負の連鎖は絶対止めるべきです」


「確かにそうあってほしいですね。・・・ですがどうしようもありません。この負の連鎖を止める力など、無能生産者のわたくしたちにはありません。

 ただ現実を受け止め、ただ耐える。・・・・それだけしかわたくしたちに残された道はないのですから」


「そんなこと言わないでくださいよ!グリアムスさん!」


「・・・・パワハラ現場監督の居た時代の方がまだましでした。そんなパワハラ現場監督は度重なる不祥事で地下労働に左遷された・・・。

 何か手違いをし、食肉を盗み出して秘かにお弁当にしていた罪。たったそれだけのことで罪に問われ、地下労働行きとなってしまった。

 ・・・・パワハラ現場監督の彼があのような不祥事を起こさなければ、今頃わたくしたちはもっと平和に暮らせていたのかもしれません」


「何言ってるんですか!?グリアムスさん!!昔のパワハラ現場監督も今の下僕現場監督も最低最悪の環境であることに変わりないじゃないですか!?

 パワハラ現場監督の時が平和だったなんて腑抜けた事、絶対に言っちゃいけません!!」


「・・・・あなたが何を言おうと、わたくしたちはコミュニティードヨルドの無能生産者。

 すこぶる無能な連中の集まりです。こんな他人から役立たずの烙印を押されたわたくしたちのような人間が、このコミュニティーの体制に文句など言える資格などないのです。

 いいですか?ベルシュタインさん。わたくしたちには市民権がないのです。無能に市民権を与えるようなお人よしはこの世に存在しない。

 ・・・故にわたくしたちはこのコミュニティーに居る限り、ずっと運命に身を委ねるしかないのです。何かしたところで、わたくしたちは明るい未来を切り拓くことはできないのです」


「違います!グリアムスさん!あなたは間違っています!なぜなら・・・・」


 

 グリアムスさんと話を続けていたそんな時だった・・・・。



「申し訳ございません!カイザー様!ど・・・どうかお許しを!!」


 突如悲鳴が聞こえてきた。・・・・同じ班に配属されていた無能生産者の1人がしばき棒を持った下僕現場監督に怒号を浴びせられている。


「おい!!よくも俺に汚ねえバケツの水をぶっかけてくれたな!

 おかげでタバコの火もすっかり消えちまったじゃねえか!!許さねえ!徹底的に痛めつけてやる!!」


「すいません!カイザー様!どうかお許しを!」


「許さねえ!リトルピッグのおめえには、傷みを知ってもらう必要がある!

 ・・・さあ頭を差し出せ。このしばき棒でリトルピッグのおめえに教育を施してやろう・・・」


「ひっ!カイザー様!!それだけは!!」


 下僕現場監督がしばき棒を無能生産者の彼に振りかざしたところで、彼は一目散に背を向け、逃げ出していった。


「おい!リトルピッグが!リトルピッグのくせして逃げてんじゃねーぞ!」


 その場から逃げていった無能生産者をしばき棒片手に下僕現場監督は追いかけていく。

 その一部始終を他の無能生産者たちも自分たち含め、じっと見守っていた。

 しかしそんな彼らは何をするでもなく、完全に見て見ぬふりを決め込んでいた。


 恐れをなして逃げていった彼が下僕現場監督にどういう目に遭わされたとて知ったことじゃない。

 ただ自分たちも巻き込まれたくない一心で、今から起ころうとしている現実に彼らは目を背け、黙々と引き続きモップ掛けをしていた。


 みんなの目は下に向けられたまま、彼らの行く末に目を向けようとする者は誰一人して現れなかった。



「グリアムスさん!・・・・これってやばい状況ですよね!グリアムスさん!」


「そうですね。あの下僕現場監督の荒ぶった様子を見ると、・・・・どうやら取り返しのつかないことになりそうです。

 ・・・・彼は下僕現場監督、奴の怒りを買ってしまったんです・・・・」



 グリアムスさんはそう言って、そんな彼らの後ろ姿をただ呆然と眺めているだけだった。



ここまで閲覧いただきありがとうございます!


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またここまでのストーリーや文章の指摘、感想などもどしどしお待ちしております。


次回も宜しくお願いします。

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