その44 「下僕現場監督によるムチとムチ」
「これですか・・・。これはあの下僕現場監督の彼によってつけられた傷になります」
グリアムスさんの腕には無能生産者のみんなと同じくおびただしい傷の跡があった。
まるで凶悪なテロリストから拷問を受けた後のようなそんなひどい有り様だった。幸い顔の方には特に目立った傷は見受けられないものの、肌が露出している部分の大小様々な打撲傷と擦過傷がとても痛々しい。
「・・・・一体何をされたら、そんな傷を負うことになるんです?」
「バットですよ」
「バット?」
「あの薔薇のようにトゲトゲした金属製の物を巻き付けたバットの事です。ほらヘンドリック下僕現場監督がいつも持参しているバットのことですよ。
・・・・あれで徹底的にいたぶられました」
「下僕現場監督のあのしばき棒でしばき回されていたってことですか?それはいくらなんでも・・・・」
ホラー映画に出てくる殺人鬼が持ってそうな種類のあの凶器で人様をしばき上げていたなんて、どうかしている・・・・。
あんなので実際にしばかれたら、ただのケガでは済まないどころか命まで危険に晒されるだろう。
・・・・一体下僕現場監督は何を考えているんだ。人が死んでもいいとでも思っているのだろうか。
「下僕現場監督に何か気に食わないことが起こるたびに、わたくしたちは何の前触れもなく、いたぶられてきました。わたくしはこれでも無能生産者の中でもまだましな部類なんです。
・・・このような仕打ちを受けていてもね。
一番ひどいのだと、彼のあのバットの一振りのせいで、歯がすべて欠け、口周りの骨が粉々になった方もいます。口の中が血だらけになり、それはもう見るに堪えませんでした」
「しゃれになりませんよ!それって・・・・。一体なぜその方は下僕現場監督からそんなひどい仕打ちを受けることになったんです!?」
そうせざるを得ない理由があったのだろうか?
だとしても十分納得のいく答えがほしい。しかしそんな願望もグリアムスさんの次の一言であえなく崩れ去ってしまった。
「鉱山作業の時です。ちょうどコミュニティーのすぐ傍にある鉱山で石炭を採掘していたその時。彼は他の無能生産者より動きが鈍いと言った言いがかりをつけられ、ペナルティーとしてあのバットで徹底的にいたぶられたのです。
・・・理不尽極まりない光景でした」
言葉も出なかった。まさか下僕現場監督がそんなむごいことをしていたなんて・・・。
確かにあの鉄製のしばき棒を牧場で初めて目にした時、何だか棒全体に赤い塗料のようなものがべったり付いているな~とは思っていた。
それがまさか本物の血だったなんて・・・・。今となって背筋がゾッとしてきた。
「・・・彼は・・・その後どうなったんですか?・・・」
「・・・・・言いたくないですね。・・・それからのことは」
グリアムスさんは固く口を閉ざしてしまった。これ以上の事は何も言及しなかった。
「・・・もうこの話は止しましょう。あんまりこのような話をしても場がどんよりするだけです。・・・・別の・・・何かポップな話でもしましょう」
あのグリアムスさんがわざわざ明言するのを避けるとは・・・・おそらく想像以上の何かがあったに違いない。
立ち入ったことを聞くのは憚られた。
そのような話をグリアムスさんと交わしていたそんな時だった。ヘンドリック下僕現場監督が左手で聞き耳を立てながら自分たちの元へ近づいてきたのであった。
「おい!そこのベルシュタインとグリアムス!何かそっちから話し声が聞こえたような気がするんだが、俺の思い過ごしだろうか?」
ヘンドリック・カイザー下僕現場監督がしばき棒で石造りの道をコンコンと音を立てながらそのようなことを聞いてきた。
不気味そうに、にたっ~とした笑みを彼は浮かべている。
ちょうど自分たちが店裏のモップ掛けを行いながら、小話をしているところを見て、作業の手を抜いていると判断したのかもしれない。
「気のせいでしょう。おそらくバザールの表通りをうろついている人達の話声か何かが聞こえてきたんです。ほらこの通り、わたくしたちの作業は順調に進んでおります」
そう言うと、グリアムスさんは慌ただしくモップをバケツの水につけ、壁を拭き拭きしはじめた。自分もそんなグリアムスさんにならって、たっぷり水を吸ったモップで壁一面を掃除する。
もしグリアムスさんのさっきまでの話が全て本当だとしたら、今ここで彼の機嫌を損ねてしまった場合、自分たちは間違いなく、下僕現場監督特製のしばき棒の餌食になってしまうだろう。
あの鉄製の棒が自分たちに牙をむけないことをただ祈るばかりだ。
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