その40 「しばき棒を持った悪魔」
そしてお昼過ぎとなった。
早朝、ミーヤーに叩き起こされてから、丸々1時間みっちりコサックダンスの指導を受けた。
コサックダンスの地獄のような早朝トレーニングを終えてからは、カステラおばさんの家で、みんなでいつも通りの朝食を済ませる。
軽く朝食を済ませて、一通り、後片付けをした後に、いつも通りの牧場勤務がはじまる。
そこから3時間ほど、牛やヒツジと彼女らと戯れている間に、今現在やっとお昼を迎えたというわけである。
昼頃になると、小休憩に入る。
自分を含め、ペトラルカさん、ミーヤー、カステラおばさんと共に、牧場の外れのところにある小屋の壁にもたれかかり、そこでいつも通りの昼食を摂るのであった。
「そうだ!そういえばわたし、宿舎の鍵、まだ管理人の人に返してなかったんだった!」
ペトラルカさんは、バターがたんまりと塗りたくられた食パンを、モグモグさせながら、そのようなことを言っている。
「わたしもだ!ペトラルカ。・・・・すっかり忘れてたよ」
ミーヤーもペトラルカさん同様、その例の宿舎の鍵とやら物を未返却な状態のままでいたらしい。
「・・・・・ペトラルカ。今からちょっくらその宿舎に行って、鍵を返してくるか」
「そうだね!・・・・今頃、管理人の人も困った!困った!状態になってるかもしれないし・・・。善は急げってことだね!」
善は急げ・・・・。
ただ単にペトラルカさん達が、その宿舎の鍵を返却し忘れただけじゃね~の?
そこに善も何もないでしょ!っと不覚ながらも、自分はそう思っていた。
「・・・・そうだ!こうして宿舎に行く用事ができたことだし、そのついでに、ちょっと寄り道してお買い物して行かない?」
ペトラルカさんはミーヤーにそう提案してきた。
「それある!・・・・ドヨルドチップもたくさん余ってることだし、せっかくの機会だ!そこで奮発していこう!」
「だねだね!ショッピング~ショッピング~」
どうやらこのお2人さんは、これから町へと繰り出し、お買い物に興じてくるらしい。
いざこれからショッピングする!ってことになってから、すごくイケイケなムードがこの2人の間に形成されていた。
・・・・・自分がそこに入り込む隙は無いように思える。
男の自分が惨めったらしく、「そのお買い物とやらものに、自分も入れて~入れて~」などと、死んでも口走ってはいけない。
「はぁ・・・・・」
1つ大きなため息をついていると、ミーヤーがそれを見たからなのか、自分に対し、話しかけてきた。
「そうだ。ベル坊もどうだ?ついでにわたしたちと一緒になって、ショッピングゥ~していこうぜ」
「へっ?自分も?」
なんと予想に反し、そのお買い物とやらに、あろうことか自分も誘われたのであった。
絶対この場において、自分なんかにお声がかかるとは思ってもみなかったので、驚きである。
「そうそう。ベル坊もドヨルドチップ、貯まりに貯まってるだろ?
せっかくだから、わたしたちと一緒にショッピングゥ~して、チップをばらまきにいかないか?」
キランッ!
ミーヤーはきれいな歯をのぞかせ、グーサインをしてきた。
・・・・チップをばらまきに行くって、ミーヤーはいったいどんな買い物を、これからするつもりでいるんだろうか?
「ベル坊の今着てる服って、めちゃくちゃ貧相じゃん?だからわたしが買い物ついでに、直々にコーディネートしてあげるよ!
・・・・他人のドヨルドチップをふんだんに使って、するコーディネート。
・・・・楽しみだなぁ~フヒヒヒヒ」
ミーヤーはどうやら自分の有り金すべてを使って、自分の服を爆買するつもりでいるらしい。
自分の懐事情など、お構いなしだ。
・・・・ミーヤーにそのコーディネートとやらものを全任せすると、自分の家計があっという間に、火の車状態になってしまいそうで末恐ろしい。
・・・・せっかくの女の子からのありがたきお誘い。
・・・・丁重にお断りさせていただこう。
それに自分が彼女たちと一緒になって、そのお買い物とやらものについて行ってしまうと、カステラおばさんを1人寂しく牧場に残すことにもなってしまう。
あとそれと自分がその町に繰り出したタイミングで、仮にグリアムスさんがこの牧場へとやって来るようなことがあったら、完全に入れ違いとなってしまいかねない。
それらの事情を考慮した上で、ミーヤーきってのお誘いは今回はきっぱりと断る事にした。
「いや、自分は遠慮しておくよ。ここの3人が一緒になって、牧場を空けちゃったら、カステラおばさんに悪いし・・・・・。
・・・・今回はここに残って、カステラおばさんを手伝うことにするよ」
「そ・・・そうかー。ちょっぴり残念だな。・・・まあ仕方ないか」
そう言うと、ミーヤーは少し可愛らしく、シュンとした表情を一瞬だけ覗かせた。
・・・・少々意外な反応だった。
自分がペトラルカさんとミーヤーと一緒に同伴しないってなったことに対し、こうも残念そうな表情を見せるなんて、ミーヤーらしからぬ反応だ。
・・・・・なんじゃこれ。
「でも今度こそは、絶対わたしたちとショッピングに行くんだぞ!ベル坊!
・・・・絶対だぞ!?」
ミーヤーがちょいと落ち込んで、沈んだ表情を見せたかと思うと、一瞬のうちにして、そのような表情は影を潜め、またいつも通りの明るさを取り戻していた。
「了解、了解。次は絶対・・・にな」
変に気取ることも、取り繕うこともなく、自分はそう言ってのけた。
「センキュー!ベル坊!・・・・じゃあまたの機会にな!」
ミーヤーは、元気よくそう言ってから、その場から立ち上がって、カステラおばさんの家の方へと向かっていった。
「本当だよ?ベル坊君?・・・・約束できる?」
「大丈夫。次の機会が来たときは必ず行くよ」
ペトラルカさんにもそう念押ししておく。
「本当?・・・でも・・・もしその時になって、約束を破るようなことがあったら・・・・・嫌だよ?」
ギロッ!!
「ひっ!!」
ペトラルカさんは、あのお祝いパーティーで垣間見せた時と同じく、鋭い眼光を放ってきた。
次にペトラルカさんとミーヤーの下着がなくなるようなことがあったら・・・・どうなるかわかってるよね?といった脅迫めいたものを見せてきた時と、同じような雰囲気を漂わせていた。
・・・・なんでこんな和やかそうなムードが漂っている時に限って、そのような一面を見せてくるんだよ!
いつからペトラルカさんは、こんなヤンデレ気質?とでもいうべき一面を見せるようになったのだろうか・・・・。
こういった表情を見せてきたときは、なるべくペトラルカさんを刺激しないように気を遣って、取り扱わなければならないだろう。
「了解!了解!・・・や・・・約束!約束!約束!・・・・約束破ったら針千本飲みますから!
だから次は絶対に行くって誓えるからね!」
自分は慌ただしく、そう答えてしまった。
・・・・こんなあせあせした感じを出してしまうと、ペトラルカさんを逆上させかねないだろ!
・・・・落ち着け、落ち着けベルシュタイン!
「ありがとう!ベル坊くん!そう言ってくれると思ってた!わたし信じてるからね!!」
ペトラルカさんは目を煌々と輝かせながら、そう述べてくれた。
こんな表情をまざまざと見せつけられてしまったら、約束など破れるはずもない。
「ふう~~」
ほっと胸を撫で下ろす。なんとか波風を立てずに、その場をしのげてよかった。
その一連の会話のやり取りが行われてから、まもなくしてぺトラルカさんとミーヤーは一緒に牧場をあとにし、宿舎の鍵を返却しに行った。
宿舎の鍵を返すと先ほど言っていたが、おそらくその宿舎の鍵と言うものは、2人がこの牧場に移り住む前までに、ずっと寝泊まりしていた場所のルームキーのことだと思われる。
コミュニティーでは1人1人に部屋を与えられているらしい。無論、部屋を与えられるのは有能生産者に限るが。
無能生産者は豚小屋施設で、雑魚寝するのが基本で、寝床部屋も複数人で共有するのが基本原則だ。
このコミュニティーの内部にはちょっとしたリッチなビジネスホテルがいくつか存在し、ペトラルカさん達がさきほど言及していた宿舎も、まさしくそのビジネスホテルの中の1つを指しているのではなかろうか?
コミュニティードヨルドは、そのようなビジネスホテルが壁の内部にいくつも建っているような広大な面積を誇っている。
そんな一種の地方都市とも呼べる規模を誇るコミュニティードヨルドは、セメントや大量のコンクリートを用いた屈強な壁で広く囲われているのである。
・・・・要塞都市と呼んでも差し支えないかもしれない。
「・・・・たぶん2人が帰ってくるのも、夕方ごろかな」
牧場でペトラルカさん、ミーヤーの姿を見かけない時間帯が到来するのも、久々のことだった。
・・・・なんか少しだけ、物寂しい感じがしないでもない。
自分だけ彼女たちに置いてきぼりにされたような・・・・そんな感じがするのだ。わざわざミーヤーの誘いを蹴っておいて、何だが。
・・・・彼女たちが不在の今、自分に構ってくれるような人はカステラおばさん、ただ1人しかいない。
「カステラおばさん1人じゃなくて、あの2人にぜひとも構ってもらいたいよなぁ~・・・・うん」
そうした思いを抱きつつ、自分はまた牛舎小屋へと入り、午後からの作業に移ったのであった。
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しばらく牛舎小屋で1人、1頭の牛の乳を搾っていたところ、ふと牧場のはるか彼方から、自分に歩み寄ってくる人物がいた。
「誰だ?・・・・よく見えない」
自分はあまり視力がいい方ではない。よく目を凝らさなければ、その人物の顔すらぼやけて見えてしまう。
目を細めていないと、その人の顔がまるでのっぺらぼうのように見えてしまうからだ。
そしてその人物がだんだん自分の方に向かって近づいてくるにつれて、その人物の身なりが少しずつ見えてきた。
現場作業員風の全身グレーのコーデだった。
「これは・・・・間違いないな。・・・・無能生産者時代の時の正装だ!」
その例の人物はカステラおばさんみたいに、ふくよかで恰幅のいい体格でもなく、むしろシュッとしていて、やせてもいる・・・・。
「もしかして・・・グリアムスさんなのか?・・・・あのひょろひょろした体格・・・遠目からでも漂ってくるひ弱そうな感じ・・・・・ひょっとして、ひょっとするかも!」
その人物がグリアムスさんかもしれないことに、自分の胸は高鳴りを覚えた。
1週間に4日経って、ようやくにして、グリアムスさんがこの牧場へと凱旋してきたのだ!
「グリアムスさん!自分です!ベルシュタインですよぉぉ!!」
自分は知らず知らずのうちに、大声をあげ、腕も大きく振るった。自分の居場所をグリアムスさんに一刻も早く知らせたかった。
1週間以上も待ちぼうけをくらい、散々焦らされてきた中、やっとのことでグリアムスさんとおぼしき人が、ついにこの牧場へと足を踏み入れたのだ。
興奮を覚えずにはいられないだろう!
「聞こえてますか~、ベルシュタインです!ベルシュタインですよ~!自分は今ここに居る!!」
「・・・・・・・・・・・・」
しかしどことなく反応が薄い。久々の再会なのに、なんだか拍子抜けだ。
・・・・向こうも自分の声を聞いて、おそらく牛舎近くに居る人物がベルシュタイン本人であることに薄々気付いているだろうに。
自分が予期していた反応とは全く違い、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
「グリアムスさん・・・・てっきりテンションを上げて、バカみたいに騒いでくれるのかな~と思ったのに・・・・ちょっとショックだな~」
期待していたものと違い、これじゃない!感が自分の中で漂っている間に、その人物は自分の視力でもはっきりと顔が見える範囲まで近づいてきた。
「えっ?・・・・・どうして?・・・・なんで今頃になって、あの人がここに・・・・」
・・・・どうやら自分の勘違いだったようである。
完全なる早とちり。その人はグリアムスさんでは決してなかった。
自分が無能生産者として、最後の仕事となったあの土砂処理作業の時に、無能生産者である自分たちの現場監督をしていたパワハラ現場監督とは、超絶対照的な、気の優しかった現場監督。
あのパワハラ現場監督の下僕的存在の人物。
そう・・・・自分に近寄っていたその人物の正体は、かつてのパワハラ現場監督の完全な下僕的存在であった、下僕現場監督その人だったのだ。
「おい!ベルシュタイン!こんなところにいたのか!くそったれが!」
その下僕現場監督とも、実に1週間4日ぶりの再会となる。あの土砂処理作業以来だ。
しかし下僕現場監督の彼の口調は、どことなく、お互いの久々の再会を歓迎するようなものではなかった。
・・・・・どこか自分に対して、ひどく威圧的な印象を受ける。
「ベルシュタイン!お前よくも豚小屋から、逃げてくれたな!やっと・・・・やっと見つけたぞ!」
下僕現場監督の手には、鉄条網をグルグル巻きにした金属の棒が握られていた。
その金属棒を片手に、これから自分に圧迫面接をおっぱじめようとするのと、似たような感じで近づいてきたのである。
・・・・・その下僕現場監督が片手に持っている、何とも物騒な棒は一体なんだ?
下僕現場監督がその棒を持って、鬼のような形相をしていることも相まって、これから起こる出来事がそう穏やかなものでないことは、容易に想像がつく。
「実に1週間ぶりの再会だな!・・・・いったいどこへ逃亡を図ったのかと思ったら、こんなところにいたとはな!
探したぞ!・・・・よくも今まで散々、俺の手を煩わせてきやがって!」
「えっ?一体何を言ってるんでしょうか?自分は別に逃げたわけじゃなくて、正式な手順をちゃんど踏んでから、ここで働いていたわけで・・・・」
「はあ?正式な手順だと!?黙れ!くそ無能生産者が!・・・・なに訳のわからないことを言っている!?
お前が豚小屋から、逃げ出したことくらい全員知っている!!よくも・・・よくも無能生産者のくせして、逃げ出すような真似をしてくれたな!!」
今自分の身に降りかかっていることが、全くもって理解できなかった。
逃げ出した!?どういうことだ?
自分はカステラおばさんから聞いたように、統領セバスティアーノに好きにしていいって言われたから・・・・そのお墨付きがあったからこそ、ここで働けているのではないのか?
カステラおばさんの言ってることが嘘っぱちだったということか?
・・・・・いや、カステラおばさんに限って、そんなことはないはずだ。
だとしたらなぜ?
ふと顎に手をやって、あれこれと考えてみた。
「うっ!!・・・・待てよ・・・・もしかして・・・・」
自分はカステラおばさんが言っていたことをあのシーンをもう一度、頭の中でリプレイしてみた。
「「好きにしていいって言われたわ。だから大丈夫!」」
確かに、統領セバスティアーノは好きにしていいって言っていた。しかし・・・・
(好きにしていいからと、統領セバスティアーノに言われたからと言って、その言葉の中に自分という人間が無能生産者から、晴れて解放されるといったことまで、果たして意味合いとして含まれていたのかどうか?)
「「好きにしていい。あとは知らん。勝手にやってくれ」」
つまり統領セバスティアーノはこういった意味合いで、好きにしていいと言ったのではないのか?
無能生産者などにさらさら興味も示さないセバスティアーノのことだ。
カステラおばさんがいるその場では、好きにしていいとだけ、適当に言っておくだけ言っておいて、肝心の無能生産者を監督する立場にある現場監督の連中には何の知らせもしていなかったのではないか?
つまり自分は依然として、牧場労働をしている時期も、ずっと無能生産者に籍を置いていたということになる。
しかも豚小屋の監督係の連中に対して、何の報告もされていないということになれば、自分はその間、無断欠勤扱いとなる。
「つまり自分は完全なる職務怠慢・・・・・」
ただでさえ無価値な無能生産者が、仕事までサボったってことになると・・・・、想像するだけで身の毛がよだつ。
「おい!聞いてるのか!ベルシュタイン!!」
今目の前にいる下僕現場監督の反応から伺うに、自分は未だに無能生産者として扱われているようだ。
統領セバスティアーノはあろうことか、無能生産者の監督係にあたる現場監督たちに、この一件を全くもって、伝えていなかったのだ。
ただセバスティアーノは「好きにしていい」っと言っただけで、それは自分の身の上を保証するものでも、なんでもなかったのである。
統領セバスティアーノは社会人として、当たり前に出来ていなければならない、ほう・れん・そうが全く出来ない超絶無能な人間だったということである。
ここまで閲覧いただきありがとうございます!
次回は、本編その41「繰り返されるあの日々」です。次回も宜しくお願いします。
※『アポカリプス』世界崩壊編、2話から6話までが完全新規エピソードです。そちらの方もどうか閲覧のほどをよろしくお願いします。