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その37 「違和感」

新たに第1部から第8部まで、新エピソードの追加、及び加筆を行いました。


もしよければ、序章『アポカリプス』世界崩壊編、全8話あるので、閲覧いただけたらと思います。

「うんめぇぇぇ!!」



 自分は食卓に用意された料理の数々に舌鼓を打っていた。


 カステラ牧場で育てられた牛、ヒツジの肉、そしてケーキの数々。


 どれもおいしかった。



 彼女たちと食事しながら、談笑しあうこの風景。


 本当にこの世界がキメラによって、めちゃくちゃにされてしまったことが嘘のように感じる。



 自分の向こう正面の席に座っているペトラルカさん。


 武装班のキャンプの時に、初めてお会いした金髪美女。


 無能生産者であった自分とグリアムスさんをキャンプ地で休憩させるよう助言してくれた。



 もし彼女があの時、声を上げてくれなかったら、おそらく土砂処理の現場に戻る道中にあのクジャクキメラと自分たちは鉢合わせとなり、命を落としていただろう。


 彼女のあの時の助言があったからこそ、自分とグリアムスさんは命を救われたのだ。


 そんなこんなもあり、今や自分もペトラルカ親衛隊のそのメンバーの1人に加わっても良いと思うまでになっている。


 ペトラルカさんがピンチに陥った時、身を挺して守ってあげたい。そんな気持ちを抱くまでに、自分のペトラルカさんに対する思いは強くなっていた。




 対するミーヤー。カステラおばさんのラストクッキーをかっさらっていった張本人。日に焼けた褐色系の女の子。



 性格がやや、おとなしめのペトラルカさんと違い、こっちはがさつでキャピキャピしていて口がうるさい。


 酒が入ると、余計手が付けられなくなるどうしようもない女の子。



 酒に酔った勢いで男子トイレにまでついてくる始末だし、テキーラ一気飲み対決にも付き合わされた。もうやりたい放題だ。



 でもそんな破天荒な彼女が居たからこそ、こうして今の日常を手にすることが出来た。


 彼女があの時、自分のラストクッキーをかっさらうことがなければ、あのバーにも行くことはなかったし、こうしてこの牧場の片隅にあるお家で、楽しく食卓を囲むことなど出来ていないのだ。



 まだミーヤーに関していえば、ペトラルカさんと比べて苦手意識はあるが、この牧場での日々をお互い過ごしていくうちに、次第に彼女にも慣れていくだろうと思う。


 別にこういったがさつな女の子が元来苦手だからと言って、彼女と最初から距離を置きたいとはさらさら思っていない。


 むしろ彼女の事をもっと深く知って、理解したいとまで思っているくらいだ。


 彼女の事を理解するのに、慣れるのには、時間はまだまだかかるかもしれないが、一歩ずつ、一歩ずつ、距離を縮められたらいいなと思っている。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 お祝いパーティーが進むにつれて、話題はそれぞれの過去の話にうつった。


 肉料理なりケーキなりを頬張りつつ、その話題に至るまでに、実にいろんな話をしていた。


 ペトラルカさんは元獣医で動物を扱っていた経験があることや、ミーヤーが軍人格闘技を習っていたことなど。


 特にミーヤーが格闘技を始めたきっかけと言うものが、少々意外なものだった。



 ある夜の事、酒を飲みべろべろに酔っぱらっていた時に、男にダル絡みされた経験があり、その時のトラウマがあってから格闘技をはじめたと言っていたのだから。


 今後もしそういった男に絡まれたとしても、ちゃんと女手一つで撃退できるようになるために、格闘技そのものを始めたらしい。



「その男に絡まれた時にね~、わたしの元に白馬の王子様が突然舞い降りたんだよ!本当にカッコよかったんだから!」



「へ~そうなんだー」



「その白馬の王子さまは、わたしに絡んできた男1人をあっさりと撃退。そして一言も何も言わないで、颯爽とその場を去っていったわけ!どう?カッコいいでしょ!?

 それがわたしの初恋ってわけ!ねっ!すごいでしょ!ベル坊!」



 別にミーヤーのその話のどこがどうすごいのか、自分にはよくわからなかったので、適当に「すごいすごい~」と言ってその場をやり過ごしておいた。



 そしてそんな調子でペトラルカさん、ミーヤー、カステラおばさんがそれぞれ自身の過去を話し終えてきたところで、自分の番に回ってきた。



 ついに自分の過去のエピソードトークを彼女たちに披露しなければならなくなったのだ。



 よく大学の模擬面接や本番の面接で、「学生時代には何をしましたか?」など「あなたの長所、短所を教えてください」などを、耳がタコになるぐらい聞かされていた。


 学生時代においても、自分の長所短所においても、ゲームをしていた程度のエピソードしかなかった自分にとっては、まさに地獄のような質問だった。


 ・・・・・といった具合に、過去も何もかもがゲームにはじまりゲームに終わるような、薄っぺらい人生を歩んできた自分であったため、いざ何を話そうにも、何も出てこない。



 それはもうびっくりするぐらい白紙の人生。ぺらっぺらで何の厚みもない人生だった。



 そんな薄っぺらい過去を歩んできた、自分の番が来た時に限って、ペトラルカさんとミーヤーから、質問に次ぐ、質問攻めを受けた。



 これには大変頭を悩まされた。



「さあさあ!ベル坊の波乱万丈の過去物語を是非ともお聞かせ願おうか!」



「ベル坊くんのこともっと知りたい!知りたい!」



 といった感じで、大変自分の過去に興味がおありのようだった。



 ・・・・なんで自分なんかの過去が、2人にとってそんなに気になるのかしらん?



 そんな彼女たちの熱々の想いに是非とも答えようと、頭をこねくり回し、ひねくり回していても、出てくるのは、やはりゲームで時間を費やした時のエピソードばかり。


 故に非常に退屈極まりないそんな話をするわけにもいかないので、過去の自分物語の矛先を、世界がキメラによって変わってしまった時期からの、自分がこのコミュニティードヨルドにやって来るまでの話に向けることにした。



「キメラが町に現れてから、死んでしまった父親を裏山に埋葬したり、食料調達に行ったり、その日から行方知らずになった母をずっと家で待ち続けたりと、いろいろありましたね」



「まだベル坊がこのコミュニティーに拾われる前までは、いったいどこで食料調達をやってたの?」



 ミーヤーは皿の上に盛り付けられているショートケーキを頬張りながら、聞いてくる。自分はその質問に対し、とても丁寧な口調で答えた。



「一応近場のショッピングモールで食料調達をやって生きながらえていました」



「そのショッピングモール以外ではどこで調達してたの?」



 彼女たちとしては、来る日も来る日も食料を求めて、別々の場所を転々とし、調達しているものだといった認識が当然の前提として持っていて、自分にもそれがあたかも当てはまっているものと鼻から思っているような節があった。



 まさか食料調達していたのが、ショッピングモールのその場所だけじゃないだろうといった認識で物を聞いている。



 だが実際食料調達に行ったのは、その場所だけであり、それ以降は家の外に1回も出ていない。食料調達のために外出したのも、その1回ぽっきりだった。



 なので彼女たちには、正直にその事実を伝えるしかなかった。



「いやそのショッピングモールだけです。しかも食料調達に出たのもその1回きりで、それ以外はずっと家で過ごしていた」



「えええ!!たったその1回だけ?・・・それでよく3か月も生きてこれたね。その間、食料はいったいどうやってやりくりしてたの?」



「実家には幸い多くの備蓄があって、日々それで食いつないでいけてたので、正直なところわざわざ危険を冒してまで、外に出る必要がなかったんですよね」



「そうなんだ。てっきりわたしたちのように、ベル坊くんも外に出て、食料調達を頻繁にやってるものだと思ってたよ」



 ペトラルカさんもその話に驚きを隠せないでいた。



「まさか1回だけしか食料調達に行ってないんだなんてね・・・・・。

 でもそもそもなんで、食料調達に出たのがその1回だけだったの?1度調達に出て、生きて帰ってこれたんだから、もう1回外に出ればいいじゃん。衰弱して死ぬより、外で死ぬ方がまだましだと思うな~」



「死ぬにしてもどっちも嫌な結末だな・・・・。う~~~ん。でもなんでだろう?・・・・あんまり考えたことなかったな~そのことに関して。・・・・結局のところよくわかりません」



「・・・・よくそれで生きてこれたね。わたしたちの仲間がベル坊の家に行ってなかったら、とっくの昔に死んでたね。・・・・本当に運が良かったよベル坊」



「感謝してます・・・・。ここのコミュニティーのみなさんには」



「でもなんでベル坊くんは、食料調達をその1回だけでやめようって、なっちゃったわけ?」



 ペトラルカさんも自分がそれ以降、外に出なくなった訳が気になりだした様子で、たまらず聞いてきた。



「う~~~ん、なんでだろう?・・・・なんとなく気乗りしなかったとしか」



「まあ一度外に出たはいいものの、その時散々痛い目を見て、それ以来外に出るのが怖くなっちゃっただけでしょ!

 ベル坊って見た目からして、小心者だしね~。そこでちょっとしたことが起こって、それ以降、外に出るのが怖くなっちゃったんだよ!きっと!」



 うう・・・・小心者か。あの時のミーヤーとの男子トイレのことをふと思い出す。



「その時は何の物資を手に入れて、家まで持って帰ったの?」



 ペトラルカさんが引き続き、尋ねてくる。



「あぁ・・・・えっと、たしかポテトチップスに保存食、グレーのタンクトップに藍色のスウェット、あと黒いぶかぶかのズボン・・・・」



「へえ~、食料調達に行った割には、その時、自分用の服も一緒になって持って帰ってきてたんだ。案外気楽に調達やってたんだね」



「ははは・・・そ・・・そうなのかな?・・・あ・・・あとは、それに加えてええっと、・・・赤のスカッ・・・・・・」



 その時自分の口が止まった。やべ!彼女たちが居る前で、いつの間にかその調達したバックの中に入り込んでいた物を口にしたらまずい!そう思って、急に口を閉ざしたのだった。



「あれ?どうしたのさ?ベル坊。急に黙り込んで?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ミーヤーに言葉の続きを催促されるが、自分は黙秘を貫く。



「赤のスカ?がどうしたの?」



 ペトラルカさんもミーヤーに続き、その言葉の続きを催促してきた。



「このあと出てくる物の名前を自分が仮に口にしたとしても・・・・決して馬鹿にしなり、見下したりしないこと・・・・ここに誓えますか?」



 念のため、2人には確認を取っておく必要がある。



「え?どういうこと?・・・・別にわたし、ベル坊くんがこれから何言ったってバカにしたりするつもりなんてないよ?・・・・そのさっきの赤のスカッて言ってた物に何か関係があるの?」



「・・・・大ありです」



「誓える~誓える!わたしも誓えるよ~!ベル坊が今から何言ったって、ペトラルカと一緒で、決してバカにしたりするつもりはないから!・・・・だからベル坊!とっととその言葉の続きを吐くったら、吐く!」



 ここにきて1番信用に足りない言葉を言ってのけてきたミーヤー。



「・・・・いやミーヤーがこの場にいる限り、やっぱり言うのはやめにしとくよ。・・・うん」




 自分は結局その言葉の続きを言うのをやめにした。この秘密は墓場まで持っていくつもりでいよう。


 すでに無能生産者たちには、知れ渡っていることだが、せめて彼女たちには知られないままで、余生を過ごしていたい。


 自分の身に降りかかってきたそれら一連の出来事を、無能生産者たちの間では散々いじられてきて、当のパワハラ現場監督に至っては、ごくたまにベル坊や以外の不名誉な名称で呼ばれたこともあった。




「おい!この女装趣味野郎!」・・・・・と。




「なんでわたしがこの場に居たら、言えないんだよ!余計その言葉の続きが気になるだろうが~」



 ミーヤーはそう言うと、急遽自分の席を立ちだし、自分のほっぺたを両手でむにゅ~と掴みだした。



「さあ!吐け~吐け~!ベル坊!わたしには何か言えない秘密でも抱えてるのかにゃ?」



 ミーヤーは自分のほっぺたを掴みながら、猫ちゃん言葉をつけてくる。



「いやだ!ミーヤーだけには言いたくない!だってミーヤーのことだから、絶対コミュニティーのみんなにこのこと言いふらしそうだもん。

 だからミーヤーがこの場から居る限り、絶対言ってなるものかと、たった今決心した!」



「なんでわたしってば、こうもベル坊に信頼されてない女なわけ!?

 ねえねえ!わたしにも言ってよ!決して言いふらして、他の人としゃべる時のネタにしたりしないからさぁ~!」



「鼻から言いふらす気、満々じゃないか!今の一言で疑惑から確信に変わったよ!」



「ちょっと待ってってば!お願いだからベル坊~!わたしにも言ってよ~そう恥ずかしがらずにさ~」



 そう言うと、ミーヤーはさらにベルシュタインのほっぺを引きちぎれるくらい、上下にブンブンとつねってきた。



「痛い痛い!わかったよ!言うから!言うから!・・・・あ・・・・赤色のスカートだよ!赤色のスカートを持って帰ってたよぉ!」



 自分はミーヤーに観念して、ついに言ってしまった。・・・・禁断の言葉を思わず口にしてしまった気分だった。



「へ?・・・・スカート?」



 ミーヤーがスカートと聞いて、一瞬表情が固まった。



「スカート?ベ・・・ベル坊君が?」



「あらまあ、スカートだなんて。これまたどうしてそんなものを持って帰ってきたのかしら?」



 4人の食卓席の隣に座っていたカステラおばさんが、2人に続き、そう言っていた。


 ふと自分の向かい側に座っていたペトラルカさんとミーヤーの顔も一瞥(いちべつ)する。



「じーーーっ・・・・」



「じーーーっ・・・・」



 何やら大変他人行儀な、冷ややかな目線を送っているのがわかる。自分のことをまるで生ごみを見ているかのような、そんな目つきだった。


 場の空気は一瞬にして凍り付いた。



 ・・・・・これやばくね?



「ベル坊くんって、ひょっとして普段から女の子の服を集めたりするのが、フェチ?・・・だったりするわけ?」



「いや!違う!これには深い訳があって・・・・」



「ヘエ~。ベルボウッテ オンナノコ ノ フク 二 コウフン ヲ オボエル トンダ ドヘンタイサン ダッタンダネ~。 トッテモ トッテモ オドロイタヨ~」



 なにやらひどく感情がこもっていない、単調なトーンで言い放ってきたミーヤー。


 とんだド変態さんって・・・・男子トイレに堂々と何も悪びれることなく入ってきたミーヤーがそれ言う?



「違うから!自分は断じて、そんな女物の服フェチでも何でもないから!2人とも話を最後まで、聞いてくれよ!これにはちゃんとした訳があって・・・・」



 自分は、これには事情があるといったことをしっかり目に力を込めて、必死に訴えかけた。


 しかし自分の気持ちとは裏腹に、彼女たちの目線は相変わらず冷ややかなものであった。



「「じーーーーっ・・・・・」」



 その2人の視線に臆することなく、自分は立て続けにしゃべる。



「ショッピングモールには1度行ったは、行ったんだけど、その時の記憶がとっても曖昧なんだ!

 じ・・・実はショッピングモールの中で食料調達をした時の記憶が全くなくって、なんで自分がその時に女の子の服をそもそも持って帰っていたのか、よくわかってないんだ・・・・」



「記憶がない?記憶がないってどういうことなのかな?・・・・ベル坊くん」



 ペトラルカさんはまったく要領を得ていない顔をしている。その目はまるで犯罪者を裁くときのものになっている。


 完全にクロだと思われている!でもありのままの事実を言っていくしかなかった。



「ショッピングモールに着いて、どこにどういったエリアに行って、何の調達を実際にやったのか?ってことまで、全部ひっくるめて、全く覚えていないんだ。

 そんで気付いた時には家に居た。さっき言ってた赤色のスカートも調達する時に背負っていたリュックサックの中に、いつの間にか入っていた物なんだ」



「ナニソレ? ベルボウ ノ イッテルコト ガ ナンダカ トッテモ イイワケガマシクテ マッタク セットクリョク ガ ナイナー」



「ミーヤーそれやめてよぉ!なんかそのロボットみたいな起伏のない棒読み口調、ものすごく心の距離感を感じるんですけど!」



「ソウカナー? ワタシ ハ ベツニ ベルボウ トノ ココロ ノ キョリカン、マッタク カンジテ ナイケドネー」



「いや!ミーヤー自身は大して感じてないよ風にふるまってるけど、こっちとしたら、その棒読み口調されると、とってもそうは思えないんだって!」



「でもベル坊くん、さっき言ってたショッピングモールの時の記憶があんまりないって言ってたけど、それってどういうことなの?具体的にどこからどこまでは覚えているの?」



「ええっと・・・それは・・・。実は家から、そのショッピングモールのエントランスまで行って、そこのフロアマップをじっと見ていたことまでは覚えてるんだけど、そこから先が全くぼやけちゃってて・・・・、気付いた時には家に居ちゃってたって感じ?」



「えええ!じゃあ本当に、ショッピングモールで何をしていたのか、記憶が全くないんだ!」



「そうそう。それで意識が戻った時に、ふと横目に置いてあったパンパンに詰まっていたリュックの中身を覗いたら、さっき言ってた食料と赤色のスカートを含む女性用の服が、いっぱい詰め込まれていたんだよ。

 ・・・・だから実際にショッピングモールに行って、調達をしていただろうことは、ほぼ間違いないとは思う。でもなんでよりによって、女物の服が入っていたのか、未だに謎なんだよね・・・・」



「プハッ!なにそれ!記憶喪失ってやつじゃん!?実際にその時の記憶がまるっきり消えちゃう、そんな体験をしたって言ってる人、初めて会ったよ。」



 気付いたらミーヤーの口調は、さきほどのロボットのものから、元の調子に戻っていた。



「自分でも驚いてるよ。記憶喪失なんて、一種の都市伝説だと思ってたし」



「いったいベル坊くんのその失われた記憶の間に、何があったんだろう?」



 ペトラルカさんは、右手の人差し指を自身のほっぺに当て、家の天井を見ていた。



「カステラおばさんは、そういった経験ある?ベル坊くんと同じように、記憶がなくなっちゃった経験とか」



「ないね~。わたしも近頃、歳をとったせいなのか、よく物忘れをするようにはなってきたけどね~。でも記憶が丸々なくなっちゃうようなことは、まだ一度たりともないわ」



「そうなんだ。う~~ん。・・・・このことを1回クラーク先生に相談してみるのもありかもね。わたしとしてもベル坊くんが本当に記憶を失っちゃったのか気になるところだし・・・・ね?ミーヤー」



「だね!わたしとしても、ベル坊がド変態さんなのかそうでないのかは気になるところだし。まあクラーク先生に、一度相談してみることには賛成かな」



「ちょっと別にそんなこと確認するまでないって!本当に誤解だから!それは!

 女性物の服を集める趣味なんて自分にはないから!」



「う~~ん。ほんとかな?」



 今までずっと自分の肩を持っていてくれたペトラルカさんも、ここにでは疑いの目を自分に向けている。



「ホントだって!そもそも自分は服なんてさらさら興味ない!自分の着る服すら無頓着なのに、そんな自分がましてや女の子の服自体に興味を持つと思う!?」



 必死に目で訴える。自分が女装趣味の変態と言う名の紳士ではないことを2人に理解してほしかった。




 たしかにあの日はいろいろ変だった。ショッピングモールまで携帯を頼りにやっとの思いで到着し、エントランスの中に入った途端からの記憶がごっそり抜け落ちていて、いつの間にか家に帰っていたんだから。


 あの時何があったのだろうか?あのショッピングモールには誰にも遭遇していないはずだし、ましてやキメラとかに襲われてもいないはずだ。


 ・・・・別にどこか頭を打ったから、記憶喪失を引き起こしたとかそんな感じもなかった。


 その時の自身の頭には、特にどこにも打たれたような形跡も痛みもなかったのだから。



 そして調達していた時に背負っていたリュックサックには、ペトラルカさんとミーヤーにさきほど伝えた通りの服の数々が入っていたが、それ以外にもう1つ。


 全く身に覚えのない物を首元にかけられていたのだ。



「Dのネックレス・・・・・」



 そう。アルファベットのDがかたどられたブロンズ色のネックレスであった。


 自分の首元にそのネックレスが、かかっていたのだ。


 自分はパリピでもなんでもない。だからそんなオシャレなネックレスなどを調達の時に、わざわざ手に取って、あまつさえそれを首元にかけるといった心の動きになりようがなかった。





 ・・・・・ちなみにそのネックレスは、今も自分の首元にかかっている。


 コミュニティードヨルドで葬儀が執り行われて、長ったらしいセバスティアーノと神父のポエムを聞いていた間も、ずっとネックレスは首元にかけていた。



 ショッピングモールから帰ってきて、最初の1週間ばかりは、そのネックレスがかけられていたことを気味悪がり、リュックサックのポケットのところにずっと仕舞い込んでいた。


 しかしその後、どういう風の吹き回しか、知らぬ間に自然とそのネックレスを手に取っていて、それからなんとなしに、自分の首元から肌身離さず、かけるようになってしまっていた。



 コミュニティードヨルドで強制労働をさせられるようになってからも、それは続いた。


 しばらくはいつもの通り、首元にそのネックレスを作業中もずっとかけていた。


 しかしある時、そのいつもかけていたネックレスを作業中に紛失してしまった時があったのだ。


 その時は炭鉱作業に従事していて、その作業中に紛失してしまったのである。



 たかがあんなネックレスなど、なくなったとしても一向構わないのだが、それでもしきりにそのブロンズ色のネックレスのことが気になりだした。


 ツルハシを振るのも、作業中であるのにも関わらず、たびたびやめて、ネックレスを探していたのだ。




「おい!そこの女装趣味野郎!また手が止まってるな!俺のミドルキックをそこまで頂戴したいのか!」



 とパワハラ現場監督に再三に渡り、注意を受けていたのだった。



 しかしそれからすぐにして、そのネックレスは見つかった。



「おい!ベル坊や!探しているのはこれか!?」



 自分が作業している間に、パワハラ現場監督にそう声をかけられたのである。



「次はなくすんじゃねえぞ!くそ虫が!」



 パワハラ現場監督がわざわざ自分のために、そのなくしたネックレスを探してくれて、その手で渡してくれたのだった。


 それがパワハラ現場監督の見せてくれた最初で最後の優しさだった。


 なぜその時に限って、そんな一面を見せてくれたのか?パワハラ現場監督亡き今では知る由もない。


 自分はパワハラ現場監督に頭を何度も何度も下げ、一通り礼を述べた後、すぐにその渡されたネックレスをズボンのポケットにしまった。



 そしてそれからというものの、無能生産者としての作業を行う前は、必ずそのネックレスは首元から外すことにして、豚小屋に置いてあるリュックサックの中にしまっておくことにしたのだ。



 強制労働の作業がない時、作業終了時に豚小屋に帰還した時になってから、またそのネックレスを首元にかけることとなった。



 ・・・・・実に不思議なものだ。あんなネックレスにそんなになってまで、執着するとは、自分でも予想外だった。



 そんな魔訶不可思議な行動をとる自分も、かなり気色悪いことこの上ないが、でも一つだけ、これだけは絶対に言えることがある。



 ・・・・・・あのネックレスを含め、リュックサックの中に入っていた女性ものの服の数々は、絶対になくしてはいけないものだということ。


 なくしてしまったら、ひどく後悔する。そんな感じがして、捨てるに捨てれないのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「でもでも、こう言う人ほど夜な夜な女の子の下着を盗みに行くんだよな~」



 自分はふとそんな昔の出来事を思い出して、ぼーっとしていたところ、ミーヤーのその一言で現実へと戻らされた。



「へっ?・・・・ち・・・違う!自分に限ってそんなことはない!」



 必死に身の潔白を証明しようとする自分。



「・・・なんか一瞬、答えるのにちょっと間があったし・・・・これ確信犯じゃね?」



 ミーヤーはその自分の不自然な間に違和感を覚えたようだった。



「ないから!それだけは絶対にありえない!頼むから自分の事を下着泥棒みたく言うのはやめてくれる!?」



「でも何であれ、ベル坊くんはそんなことをする人じゃないって信じてるからね!

 ・・・きっとベル坊くんのことだもの。何か事情があるんだよ」



「ペトラルカさん・・・・」



 ペトラルカさんも自分が変態と言う名の紳士でないことをようやく信じてくれたようだった。


 ・・・・・内心ほっとした。ミーヤーはともかくペトラルカさんには、あらぬ疑いをもたれて、嫌われたくないからな。



「だけどね・・・・ベル坊くん?」



「な・・・なんでしょう?ぺ・・・ペトラルカさん?」



「・・・・今後、わたしたちの下着がなくなるようなことがあったら・・・嫌だよ?」



 ギロッ!



「ひっ!!」



 ペトラルカさんの表情が突如一変した。彼女の背後からは、その最後の言葉とともに、どす黒いオーラのようなものが立ち込めてきた。



「おお、ペトラルカ・・・・ペトラルカさん、怖え~」



 あのペトラルカさんにも手が負えないミーヤーまでもが、さん付けをしていて、若干引いていた。


 次に下着がなくなるようなことがあったら、容赦なく許さないから!っと言ったその言葉に、強い執念めいたものを感じる。



「だ・・・大丈夫です。ご・・・ご安心を」



 ペトラルカさんは裏表がない、とっても純粋で温厚な女の子とばかり思っていたが、ここにきて彼女の二面性を垣間見てしまった気がする。



「なんか見てはいけない何かを・・・・自分は見てしまったのかもしれねえ・・・・」



 ・・・・もし今後、ペトラルカさんを怒らせるようなことがあったら、自分の命はないものと思った方がいいだろう。

ここまで閲覧いただきありがとうございます!


次回は その38 「コサックダンス体操」です。


※ 序盤の『アポカリプス』世界崩壊編も主に2話から6話が完全新規エピソードなので、そちらの方も閲覧いただけたらと思います。 


今回投稿した、本編その37に若干つながりがあるので、よければ閲覧いただけたらと思います。

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