その32 「ベル坊やくんを担がせて!」
「ぐーぐー・・・貴様の血は何色だ~・・・・」
「ミーヤーったらいったいどんな物騒な夢を見てるんだろう」
カラオケをその後2時間余り熱唱し、ミーヤーはこのように寝言をブツブツとつぶやきながら、カウンターで寝そべっていた。一方のベルシュタインもブヒブヒと、いびきをいわせており、熟睡しきっている。
「まるでベル坊やくん、豚さんみたいだね。ブヒブヒ、ブヒブヒって」
とペトラルカに、ベルシュタイン本人の意識のないところでこそこそとそう言われていた。
「こんな状況になってはや1時間余り・・・ねえ2人とも一向に目を覚まさないんだけど!」
「そんなこと俺に言われてもな~。二人が起きてくるまで、お前さんはひたすら待つしかねーと思うぞ」
「そんなことしてたら日が暮れちゃうよ。ねえ大将どうにかならない?」
「とは言っても、さっきから冷水をぶっかけたりいろいろ試してはみたものの、どれもいまいち効果がなかったからな」
「他に何かないの?」
「もう考えられるだけの策は講じてきたからな。俺もお手上げ状態だよ。残された選択肢となれば・・・」
「え?なになになに?もったいぶらずに早く言ってよ」
ペトラルカが身を乗り出してその大将の一言を待ちわびる。
「お前さんがこの2人を担いで、自分の寝床部屋まで担いで帰るしかないな」
「えええ!!そんなのいやだよ!1人ならまだしも、2人はきつすぎるよ!わたしってば、こうして1人起きてるだけで損してるよ!これって起き損じゃない!」
ペトラルカはこの酔いつぶれた2人を抱えて、最悪自身の寝床部屋まで帰らなくてはならないことを大将に指摘された途端、頭を両手で抱えだした。
「大将~、わたしの部屋まで一緒に来てくれないの?」
ペトラルカはみるみるうちに泣き出しそうになっていた。それを見た大将も申し訳なさげな顔をしてくる。
「けどよぉ、俺も明日の店の準備しなきゃならねえし、悪いがペトラルカに手を貸せないんだ。すまねえ」
「その店の準備って、どれだけ時間かかりそうなの?」
「明日の仕込みなりいろいろあるからな~。ましてやこんな夜遅くの時間から仕込まなきゃならねーしな。早く見積もっても翌日の早朝まではかかりそうだ」
「ええええ!!そんな・・・・わたしいったいどうすれば・・・」
ペトラルカの寝床部屋はこの酒場からまあまあの距離がある。1人を抱えるだけでも骨が折れるのに、ましてやそれが2人ともなればペトラルカにかかる負担は計り知れない。
「あっそうだ」
大将はなにかを思いついたらしく、手のひらをと一度パンと叩いた。
「そういえばここからなら、カステラおばさんの家が割かし近いぞ」
「え?カステラおばさんの家がどうだって?」
ペトラルカは耳をそばだてて、大将の次の一言を待つ。
「今夜は3人ともそのカステラおばさんの家に泊めてもらうといい。俺もそのばあさんの家までなら、片方担いで行ってやらないこともない」
「えええ!でもこんな夜遅くにいきなりお邪魔したら、カステラおばさんに悪いんじゃないかな・・・」
「大丈夫だ。俺がなんとか話をつけてやるよ。というわけで俺もあんまし時間がないから、とっととこの2人を担いでいくぞ」
「そんな藪から棒に・・・」
「さあ早く。2人を店の外に出すぞ。手伝ってくれ」
ペトラルカは大将に言われるがままに、それに同意しうなずいた。そしてベルシュタインは大将が、ミーヤーはペトラルカが肩から担いで、そのまま店の外に出たのである。
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店の外に出されたベルシュタインとミーヤーの2人は、すぐにペトラルカと大将によって、酒場のある建物の壁にもたれかけさせ、一度店前の地べたに座らせた。そして2人の頬をなんどもぺチぺチ叩いて、叩き起こそうと働きかけていたが、一向に目を覚ます気配がないため、最終的にこの2人をペトラルカと大将でカステラおばさんの家まで担いで帰ることになった。
「よしさっそくおんぶして、ばあさんの家まで担いで行くぞ。俺はベルシュタインを。ペトラルカはミーヤーを頼む」
「ちょっと待ってよ、大将」
「どうしたんだい?ペトラルカ」
「大将はミーヤーをおんぶしてくれない?わたしはその代わりに、ベル坊やくんをおんぶしていくから」
「え?それはどういうことだい?なんでペトラルカはベル坊くんをおんぶしたがるのさ?」
それを聞かれたペトラルカはこう答えた。
「だってミーヤーってこう見えて、ものすごく体重が重いの。ざっと65キロぐらい。大将の店に来て、いっつもミーヤーをかついで帰ってるとき、それだけでとっても骨が折れるんだよ?」
「おっおう・・・」
ペトラルカは唐突にミーヤーの体重を大将にカミングアウトしだした。
「ベル坊やくんは見た目が、か細そうなこともあって、ミーヤーより軽そうじゃない?だからチェンジしてほしいな~って思って。どう大将?頼まれてくれない?」
ミーヤーは体重が重いからと言って、担ぎたくないと言い出したペトラルカ。か細いベルシュタインなら担ぐとき楽そうだからと言って、ミーヤーとベルシュタインの交換を要求してきた。それに対し大将は顔を真っ赤にして、このように言った。
「言・・・言っておくが、そいつはいくらペトラルカの頼みであってもお断りだ!いくらミーヤーとは言えども、腐っても女の子だぞ?いくらなんでも男の俺が女の子をおんぶするのは、それはそれで恥ずかしいというか・・・・まあそんなところだ!全力でお断りする!」
「えええ!だってベル坊やくんの方が軽そうだもん!わたしはベル坊やくんの方がいいの~!」
ペトラルカはお菓子売り場で親に対してお菓子をねだってくる聞き分けの悪いお子ちゃまのように、駄々をこねてきた。その仕草はとてもかわいらしく、ギュッと抱きしめたくなってくる。
「ダメだダメだ!ペトラルカは男の身にもなって考えてくれよ!ミーヤーは実年齢こそは25だが、それに反して見た目は褐色系のいたいけな幼女そのものじゃないか!そんな娘をとてもおんぶにだっこなんてできない!」
「おんぶに抱っこまでしてなんて一言も言ってないよ~!・・・・そもそもミーヤーってとても大人なお姉さんな感じじゃない!スタイルも良いし、身長もそこそこ高いし、それをいたいけな幼女だなんて・・・大将から見たミーヤーっていったいどんな風にうつってるの?」
「そんなことは今はどうだっていい!とにかくだ。男の俺はベル坊くんを担ぐ!女のペトラルカは同性のミーヤーを担いでくれ!じゃあ行くぞ!」
話をそれっきりに切り上げ、大将は一足先にベルシュタインをおんぶして、カステラおばさんの家に向かっていった。
「あ~~!ずるい!卑怯者!」
ペトラルカは大将に、先に本命であるベルシュタインを取られたため、残されたミーヤーを渋々おんぶして、大将のあとについていくこととなった。
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「よっこらしょ、どっこいしょ。うんとこしょ、どっこいしょ」
「ひと休みするかい?ペトラルカ」
「全然大丈夫。これ以上カステラおばさんの家に到着するのが遅れたら、大将に悪いもんね」
「別にだからと言って、俺に気を遣わなくていいぞ」
「でもカステラおばさんの家までたしかあと少しだったよね?わたしあんまりカステラおばさんの家にお邪魔したことなかったから、記憶があいまいだけど・・・」
「いやペトラルカの言う通りで間違いないぞ。ここの通りを抜けたら、カステラ牧場までもうすぐだ」
「ならそこまで頑張ってミーヤーをおんぶしていくよ」
「だが無理だけはするなよ。ひと休みしたいときはいつでも言ってくれ」
そうしてペトラルカと大将の2人は、夜遅くの時間帯にそれぞれミーヤーとベルシュタインを背負って、シーンと静まり返ったコミュニティードヨルドの街を歩いていた。
昔ながらの石畳の道をひたすら歩き続け、目的地であるカステラおばさんの牧場を目指していく。
ミーヤーは酒場の時からずっと寝言を言い続け、それが65キロを誇る彼女を背負っているペトラルカを無性にいらつかせていた。
対してベルシュタインはとにかくいびきがうるさかった。
時々ペトラルカが「ベル坊やくんのその豚さんの鳴き声、なんとかならない?」と大将に文句をつけていたが、ばあさんの家に着くまでの辛抱だということで、その場をやり過ごしていた。
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「あらあらペトラルカちゃんに大将さんじゃないの。こんな夜分遅くにどうしたの?」
カステラおばさんの家はコミュニティードヨルドの中心地帯より少しはずれたところにあった。牧場を取り囲む柵のすぐ外れのところに、そのおばさんの家はあった。
「実はよ~かくかくしかじかで・・・」
大将がペトラルカの代わりにここまでの経緯を話す。
「そんなことならお安い御用よ!久々の客人大歓迎よ。さあさあみんな泊まっていきなさいな」
「ありがとうございます!カステラおばさん」
ペトラルカはカステラおばさんに礼を言った。
「話も上手くまとまったということで、俺はこれから店の下準備がありますんで、ここで失礼しますよ」
大将はそう言って、ベルシュタインをペトラルカにたくした後、カステラおばさんの敷地から立ち去っていった。
「さあ中に入って。ちょっと牛くさいかもしれないけど」
牧場の立地にポツンと建てられているその一軒家にベルシュタイン、ミーヤーを含めて3人はカステラおばさんに招かれ、中へと入っていった。
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次回は 本編 その33「共同生活宣言?」です!近日アップします。