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その31 「思いっきり笑ってショータイム」

「もうだめだぁ~」



 ガシャン!



 テキーラジョッキを勢いよく置いた。



 あれからミーヤーに連れ戻されてから、テキーラを何杯飲み付き合わされただろうか。本当に限界だった。本当に本当にこれ以上は無理だった。酒をろくに飲まないくせして、よくここまで善戦したものだ。



「ギブアップします!自分はもう飲めません!」



 これ以上はテキーラを飲めないことを声高らかに宣言したところで、この勝負の決着がついた。そして自分はカウンターにて、すぐさまぐったりと倒れこんでしまった。



「ふふふふ・・・・どうやらこの勝負、私の勝ちみたいね。それにしてもナイスファイトベル坊!・・・バタンキュー・・・」



 そうしてミーヤーも自分と同じようにして倒れ込んでしまった。ミーヤーもさきほどまでは酔ってない素振りしか見せてこなかったが、ここにきて彼女もまた限界を迎えていたらしい。



「ええええ!!!大丈夫なの!?2人とも!!ちょっとしっかり!!」



 ペトラルカさんはその2人の様を見て、非常にあたふたしていた。酔い潰れて寝息を立て始めた2人を自身の子供のように心配する。



「ははは、だいぶ酔い潰れちまったみてーだな。でもいい試合を見せてくれたぜ!2人とも!!またこれからも来てくれよな!ガハハハ!!」



 そう言って大将はミーヤーとベルシュタインの分のコップなり小皿なりを片付け始めようとしていた。ペトラルカも大将がそうしたのを見て、一緒になって食器やらコップを一か所に集め始めた。



「今日もありがとうございました。大将」



「礼には及ばんよ、ペトラルカ。また是非とも来てくれや」



「はい!また来ます!」



 2人の間でこのような会話が執り行われ、完全に店はお開きモードに入った。その流れで大将がミーヤーのテキーラジョッキを取ろうとしたそのとき・・・



 がばっ!!



 ミーヤーは突然顔を上げ、起き出した。そしてまさに今ミーヤーの分のテキーラジョッキを片付けようとしていた大将の右手を掴み、それに対し待ったをかけてきたのである。



「おおびっくりした」



 酔い潰れて、眠り始めたと思っていたミーヤーが突然そのようなことをしたため、大将はそれを見て、思わず声を上げてしまった。



「わたしがこの程度で酔い潰れると思った!?まだまだ終わらないよ~!」



「いきなり驚かさないでくれよ。びっくらこいたぜ」



 そんなミーヤーに対して、ベルシュタインは未だにすやすやと眠ったままだった。起きてくる気配が感じられない。



「それはそうとベル坊やくん、完全におねむになっちゃった」



「残念だね~。これからわたしとペトラルカの最期の締めのカラオケ演奏が残っているというのに」



 ミーヤーをよそに、ペトラルカはしきりにベルシュタインのカラダをゆすり起こそうとする。しかし当の本人は、全くもって無反応だった。



「ベル坊やくん、なかなか起きないよ~」



「じゃああとでベル坊に氷がたんまり入った冷水をぶっかけて、無理やり起こしてやろう!そんでもって・・・」



「そんなのダメだよ!そんなことしたら店の床がびしょびしょになるじゃない!」



 ミーヤーの提案にペトラルカは若干食い気味に反対する。



「さすがに床をびしょびしょにされるのはちょっとな~」



 それを聞いて少しむっとした表情を見せたミーヤーは、あごに手を当てて、少し考え込む仕草を見せてから、また次のようなことを言った。



「大将!キンキンに冷やしたビールもってきてくれない?」



「おお、別にいいがそれを頼んでいったい何するつもりなんだ?」



「それをベル坊のほっぺにピタッとくっつけるの。キンキンに冷えたビールをほっぺに当て続けたら無理やりにでも目を覚ますかな~って思って!」



「そんなんで起きるのかね?俺はそうは思えねえけど、おもしれーこと思いつきやがるなミーヤー」



「でしょでしょ?」



「まあそれがベストな方法かわかんねーけど、一応言われた通りキンキンなビール持ってくるぜ」



「ありがと!大将!あっでもその前にカラオケボックスをビールの前に先に持ってきてくれない?」



「はいよ~ちょっと待ってろよ」



 大将はそう言って、厨房へと向かっていった。



「じゃあ大将が戻ってくる前に、ペトラルカはなにを歌うか決めてちょーだい!」



「えええ・・・わたしは別にいいよ~。選曲はミーヤーに全部お任せするよ」



「だっていっつも曲選んでいるのわたしばっかりじゃん。たまにはペトラルカも何か選んでよ」



「いいよ別に。これといって大して歌いたい曲なんてないし」



「またいつもの流れじゃん。まあいいや。じゃあまずはあの曲から行ってみようか!」



「お~!いつものあれね!おっけーい」







 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






 ぴたっぴたっ・・・



 頬になにか冷たいものがあてられている気がする。ひんやりして気持ちいい。その感覚を感じるとともに、何やら騒がしい音が耳に聞こえてきた。電子音があたりに鳴り響いている。その電子音がふと聞こえだしたと思うと、突然マイクのエコーがかかり、それとともに女の子2人の声が漏れ聞こえてくる。



「ペトラルカさんにミーヤーさんの声だ」



 彼女らの声だと気づくのに少しばかり時間がかかってしまった。そしてまぶたをあける。



「うわ!まぶし!」



 目の前に飛び込んできたのは、無数の光輝くミラーボール。テキーラで意識を失う前の店内の照明より、今は若干薄暗くなっている気がする。少しばかり手元が薄暗くうつっていた。まるで自分の今いる空間がディスコのように思えた。



「「 思いっきし 笑って 夢をプリーズ、プリーズミ~♪ 」」



 アップテンポな曲調のそのワンフレーズの歌詞を聞いて、何の曲を彼女らが一緒になって歌ってるのかを理解した。キメラ生物がはびこるようになったちょうど1年か2年前にヒットした曲だった。曲名はずばり「思いっきり笑ってショータイム」だ。


 この曲は自分がちょうど大学4年生のときによく街中で流れていた。穏やかで窮屈な日常の中に、安息と、大切な人々の笑顔と、ささやかな幸せがあるのだとハッと気づかされる曲だった。よくこの曲を耳にして、なんの代わり映えもなくふがいない自分の当時の境遇を無意識のうちに励ませていた気がする。


 今となればその穏やかで退屈な日常といったものが、いかに幸せだったのか身に染みて理解できる。



「「 いえーい! 思いっきし笑って 夢をくれ! フォーーー! 」」



 2人は気持ちよさそうに、気分上々でそのアップテンポな曲を歌っていた。



「あっ!ベル坊やくんが目を覚ましたよ!」



 ペトラルカさんがマイク越しに自分が起きたのをミーヤーに報告する。



「大将!もう一本マイクをくれ!」



 同じくミーヤーもマイク越しで、大将に対して声をかける。



「はいよ。受け取れ」



 そして大将の手からひとつのマイクがミーヤーにむかって投げ出された。それを彼女はマイクを持っている右手とは逆の方の手で華麗にキャッチ。そしてすぐさま自分の真ん前にそのマイクをコツンと置いた。



「さあ!ベル坊!わたしたちと歌って、踊り狂いなさい!」



 テキーラ一気飲み対決の次は、カラオケで歌を歌えと言う。そのマイクを手に取って、2人と一緒に自分も歌って、踊って、はじけろということらしい。



「ベル坊やくん!はやくしないと、歌唱パートに入っちゃうよ!」



 ペトラルカさんにそう急かされ、仕方なくマイクを手に取ることにした。そして曲の方も伴奏パートが終わり、最終パートに入った。



「へーぃ へーい 笑って笑って ゆめぇーのなかーでぇー」



 音程も思いっきりはずし、テキーラを飲みすぎたこともあって、見事に喉がやられていた。ガラガラボイスならぬ、まるでガマガエルのようなゲロゲロボイスだった。自分が思っている以上に声が出なかったし、聞くに堪えない声質でもあった。


 自分の通称ゲロゲロボイスを聞いて、案の定2人はマイク越しでゲラゲラと大笑いしていた。またしても笑われてしまった。ミーヤーに初めて会ってからと言うものの、何から何まで失態続きで笑われっぱなしな気がする。


 そしてその「思いっきり笑ってショータイム」の全パートが終了した。


 その後2人にもう一度その「思いっきり笑ってショータイム」をアンコールされた。今度はソロで歌うよう迫られた。ミーヤーはともかくして、ペトラルカさんがその曲をもう一度歌ってくれと懇願してくれたので、仕方なしに歌ってあげた。そして4分30秒にわたって、見事なまでのゲロゲロボイスで恥ずかしさ満載ながらも、なんとか歌い切ったのであった。


 2人は自分の歌っているのを見て、とてもにこやかで屈託のない笑顔でもって見守ってくれた。ゲロゲロボイスを聞いてもなお、曇った表情を彼女らは1つも見せることはなかった。自分はカラオケのモニターに映っている歌詞と彼女ら2人の顔を交互に見ながらその後も気持ちよく歌ったのであった。

ここまで閲覧いただきありがとうございます!


次回は 本編 その32「また3人で・・・」です!近日アップします。

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